龍人と籠の鳥少女
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第1話
モンスターラブという乙女ゲームがある。
プレイヤーはその世界(ゲーム)の中で異世界人という立場で。
自由に出身を選んでゲームを始め様々に攻略対象と出会い。
子を育み育成を繋いでいくという育成ゲームの側面を持つ。
そんなやり込み要素を持つゲームをプレイしていた一人の少女。
井之頭 八重子がこの物語の主人公となる。
気が付いたら豪華な部屋の、綺麗で柔らか、絹っていうのはもしかしてこれ?という感触のベッドの中にいた。
ここはどこだろう、ととっさに思ったら脳裏を何かがかすめる。
私はこの部屋の家具に、その配置に見覚えがある気がする。
でもそれはなんだか奇妙に条件づけられている気がしたのです。
だから、私は部屋の中を色々歩き回って、中を色々な角度から見てみました。
そして、部屋の片隅の一方向から見た時にひどい興奮に襲われました。
"この家具の配置はモンスターラブの貴族スタートの自室だ!"
部屋の中の家具は曲線を多用し、中でも直線の交点には渦を巻いているような意匠が目立ちます。
それは水の魔族が住む地域の特徴。
渦の螺旋の数が多くなるほど富貴な者といわれる飾りの渦巻きは六重。
これはモンスターラブの出身:貴族(水魔)の主人公の保護者である水の伯爵を現すのに最も多用される印であり。
もしこの出身でゲームをスタートした子には最も部屋の中の特徴として印象に残る部分でしょう。
……すいません。ちょっと興奮で早口になりました。
ともかく重要な点は二点です。
一つ、みた事はあるけど現実にはないはずの場所にいる。
二つ、なぜここにいるのかわからない。
三つ、私をこのドレスに着替えさせたのはだあれ?
三つめはこんな緊急時に何をと思うかもしれませんけど。
これって普通に乙女のピンチですから!
大問題ですから!
大問題ですよね!?可愛いメイドさんに着せ替えさせられたともかく。
むくつけき変態おじさんに着せ替え人形にされたなんておぞましい!
いや、件のゲームの伯爵様がそういう変態なわけではないですけれど。
ここが誰の御宅かまだ確定できない私には、まだそういう可能性が残っているということです……。
あ、なんか落ち込んできた。
もし本当にそういう危ないオジサンの毒牙にかかってたらどうしよう……やだ、やだよ。
ううー……。
思わずベッドではなく、無駄に大きそうなクローゼットを開くと、そこには色とりどりのドレスが……。
最初に思ったのは「これじゃ入れないじゃないですか」でしたけど。
はっと我に返ると「違うそうじゃない」で。
ベッドに戻ってぽつんと広い……キングサイズっていうのかな?……ベッドの上で膝小僧を抱える。
想像がどんどんマイナスな方向に引っ張られる。
容姿に自信があるわけじゃないけど、こんな状態にされる理由が他に見つからない。
私にはちゃんと確実なお父さんとお母さんがいて、こんな状態にしてくれる親切な「本当の両親」なんていない。
だから怖い。
恵まれた環境に見える今が怖い。
怖い。
怖いよぅ、お母さん、お父さん……。
あれから、どのくらい時間が経ったんだろう。
そんなに長い時間ではないと思う。
よく見ればカーテンの隙間から差し込む日の光の強さに変わりはないから。
私は、いつの間にかメイドさんに背中をさすられていた。
「お嬢様、お嬢様。どうなさいました?」
「は、えと、あのお嬢様って……」
「覚えていらっしゃらないのですか?ああ、仕方ないかもしれませんわね。昨日のお嬢様は酷く動揺なされていて……」
メイドが語る私の狂乱、惑乱ぶりは酷い物だった。
道端に寝ていた私は馬車で通りがかった伯爵様に見つけられて、帰りたい帰してと繰り返す。
身に着けていた制服があまりにも精緻な作りだったから貴人が何者かに浚われて混乱しているのだろう。
ということで保護されることになったと。
伯爵様に色々酷いことを言ったりもしたらしい。
でも、これ、覚えがあるんです。
その状況そのものがモンスターラブで主人公が貴族(水魔)出身スタートする時の状況そのままなんです。
この時、少しだけ。
そうほんの少しだけ。
自分が物語の主人公になってしまった。
いや、成れたんじゃないかなって。
そう思いました。
あの、不安に包まれて、ドレスだと思っていたのはネグリジェだと知った間抜けをしながら。
主人公に成ったと思った日から数年。
あの日から、引っ込み思案だった私には自信が付いた!
だって主人公みたいに勉強すればなんでも身について、結果がついてくる。
伯爵様も私に優しい(彼は攻略キャラの一人で、穏やかな目をした龍面人心の龍神の眷属なのだ)。
世界のすべてが私を祝福しているようだった。
幸せだった。
引っ込み思案で、出来があんまりよくなくて、ぱっとしない私とさよならできた。
その事がとても幸せ。
でも、どうしても後ろ髪を引かれる記憶があるんです。
お母さん、お父さん。
血の繋がりというだけじゃなくて、きちんと『保護者』をしてくれていた、大好きな二人。
お母さん、私にちょっと嫌われても構わないとばかりに料理洗濯を教えてくれた。
今は洗濯の機会なんて数えるほどだけど、料理は今でもお母さんに教わった癖が出るの。
人参の皮をむく時、角の小さい八角形みたいになっちゃうの。
私が甘えたいのに甘えられないでいると、格好はよくなくて、おじさん臭くても、何か話はないかい?って甘いミルクティーを入れてくれたお父さん。
友達に自慢するのは恥ずかしくても、大好きだったの。
クラスメイトにはあの小説の何某様みたいな人がお父さんだったらいいのに、なんて言ったりしたけど。
好きだったの、大好きだったの。
小さいころお嫁さんになってあげるっていったのも覚えてるの。
離れてしまった今になってその事をより強く感じるの。
哀しいの、辛いの。
伯爵様が私に養父として優しくしてくれるたびに、お父さんを思い出して辛い。
楽しいのに、辛い。
凄くわがままだと解っていても、才能的な事に関する楽しさ、充実感があるのは確かだけど。
家族で辛いなんて伯爵様には言えない。
本当の父のように思ってくれと言っている人に、こんなこと言えない。
言えないの。
でも、そんなこと伯爵様にはお見通しで。
ある日の夕食の後、私は伯爵様の私室に呼び出された。
「数年、君を見てきたが……どうやら私では君の父にはなれないらしい」
深い淵のように、外気温によっては水の中の方が暖かいと思わせるような声で伯爵様がいう。
私は咄嗟にその言葉を否定できなかった。
ごまかしも、うそも沢山重ねてきたから。
心の中の確信を感じさせる伯爵様の言葉を、否定できなかった。
「……ごめんなさい……」
終わった、と思った。
ずっと伯爵様は優しくしてくれたのに、ずっと、待っていてくれたのに。
私は時を逃してしまったんだ。
きっとこの屋敷からも出されて……当座の仕事は斡旋してもらえるかもしれないけれど……。
ああ、また考えが悪い方に。
「そういう事なら父ではなく、男として君を支えさせてくれないか?」
「はい、はい?」
「はい、と言ったね」
「あ、いや今のはいは肯定じゃなくて」
「はいと、言ったね?」
「……はい」
「ふふ、それならいいんだ。ねぇヤエコ」
「なんですか、伯爵様」
「君がずっと苦しんでいたのは知って居たよ。だが私はそれを敢えて放っておいた。何故だと思う?」
伯爵様が悪戯っぽく、人間とはさかさまで下側から上がる目蓋で目を細めて。
長く伸びる犬のような鼻筋の下に広がる鱗に包まれた口元に笑みを浮かべて伯爵様は質問してきた。
私は、まとまらない頭でなんとか答えをひねり出す。
「それは、下手な事を言えば私を傷つけるから……」
「そうだね、それもある。だがそれだけではない」
「どういう、事でしょう?」
「君が自分で割り切れるなら、自分で立てる強い子なら私はそのまま見送れたよ。だがね」
「あ」
思い出してしまった。
伯爵様の設定を。
「君が辛い二択を選べないなら、私が自ら選択肢を替えよう。今の養父と過去の実父ではなく」
ああ、この人は。
「過去の父を思うといい。そして今傍にいる男である私に甘えなさい。私の恋人の一人になりなさい。ヤエコ」
そうだった。この誠実だけれど悪い男性でもある伯爵様は。
一人で立てない、けれど磨きがいはある女を自分好みに育て上げて。
自分の周りに侍らすのが趣味のワルい大人だったんです。
ゲームではルートに入るとその愛をプレイヤーにだけ向けるほどに魅了されるのだけれど。
本来の彼、水神の眷属である水魔は人間よりもずっと強い種族。
そんな彼だから許される傲慢。
「ねぇヤエコ。私の籠の鳥になりなさい」
深い声が甘やかで、私はいいえと言えない。
ああ、ゲームの主人公になったから、攻略されることはないと思っていたのに。
お父さん、ごめんなさい。
八重子はワルい男に攻略されてしまいました。
それから、私は。
幸せな籠の鳥。
伯爵様のために自分を磨いて、彼を飾る宝石になる。
それでも伯爵様が素直に父母への慕情を嘆ける相手になったことが。
寄りかかれることが。
私にはとても幸せ……。
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