第4話 寄り道はファーストフード店と決まっている

 二人がかりでやっとの、重い蓋をあけると、もわんとした空気があふれ出してきた。


「うわ、くさっ!カビくさっ!」


タンクの中はカラッポだった。ツツカナが中を覗き込むように頭を突っ込む。

「あぶないぞ。おちるなよ。って、あぶないって!ああぁぁぁ」言ってるそばからツツカナが落ちた。ガンっっと大きな音がタンクの中からこだまする。

「おい、大丈夫か!」

「だ、だいじょうぶ。わ、わざとだから。おちたんじゃないから。」その割に、慌てた様子の声が返ってきた。


「中はどんな感じ?」

「空っぽだね。それにくさい」

「それは落ちなくてもわかる。ほかには何かないの?」

ツツカナはタンクの内壁に鼻をくっつかんばかり近づけ更に匂いを嗅ぐ。「ちょっと生臭いのが混じってる。ジャージャーの痕跡が感じられる。あと、ぼく、おちてないから」

 ぼくは、タンクを見上げてポカンとしているカナエにも声をかけた。

「おい、どうやら、当たりらしいぞ。ジャージャーの匂いがするってさ」

「そ、そこに、妖怪がいるの?」

「妖怪じゃなくて、不思議。もういないみたい」

 カナエは好奇心満面で、それでいながらもまだ、僕らを信用していないようでもあり、なんだかソワソワしている。

 タンクの中を再び見下ろすと、ツツカナがしゃがみ込んで何かしている。

「何やってんの?」

「盛り塩」

「そか。盛り塩ね」不思議退治って、なんだか地味だな、と思いながらも、ツツカナが狭いタンクの中で、体の位置を変えながら、その度に内壁にどこかをぶつけ、「いてっ」とか「セーフ」と呟いている様子を見守る。

しばらくして、

「よし、いい形になった」と言って、ツツカナは立ち上がった。

「もう、おしまい?」

「うん。とりあえずやれることはやった」

「そか」

「うん」

「じゃぁ、もう行こう」

「うん」

 上から見下ろす僕と、タンクの底から見上げるツツカナと、目が合った。一瞬沈黙が流れる。


「成田くん」

ツツカナが、ちょっと泣きそうな顔をしてる。

「僕、どうやって、上にあがろう…」


   ◇◇◇



それから-


 僕とカナエと二人がかりで、どうにかツツカナを給水タンクから引っ張りあげた。カナエは服が汚れたと文句をいい、お詫びに何か奢れというので、僕らはファーストフード店に移動した。トイレ傍のボックス席に陣取ると、自然と僕とカナエが並んで座り、反対側にツツカナが座るという、なんだか面接みたいな配置になってしまった。


「カナエさんにも助けられてしまったね」ツツカナはそういいながら、席に着くなり、カバンをごそごそやり、何かをテーブルの上に積み上げる。

「それは、奢ってもらうから、いいとして、ねぇ、聞いてもいい?」カナエが眼鏡をくいくいと押し上げながらツツカナに問いかける。

「なんでしょう」

「それ、なに?」

 カナエがテーブルの上に積まれている物を指差す。本、のように見える。というか、本である。ただなんというか、表紙は何かヌメヌメとした生き物の革のようなもので出来ているし、中のページは、なんだか大きさが少しずつ不揃いのようで、ところどころ飛び出しており、波打ってもいる。極めつけは、なにか緑色の汁のようなもの時々、コポッ、コポッと溢れだしている。一言でいうなら、とても禍々しい。

「今年度版の不思議図鑑。今年から、上下巻に分かれて出版されてるんだ。どうやら不思議の数が増えているみたいだ」と事もなげに言う。


カナエは「うっそ!マジ、マジ!やっぱ、彼、まじもん?」と僕の方を向いて叫ぶ。

「声でかいって!」

「だって、だって、だって、えーどうしよう!」カナエは口に拳を突っ込んでいる。

「だから声でかいって、うっわ、ツツナカ、ページめくるなよ、汁が溢れてるじゃないか」何か、が、溢れている。『ひぃっ』と小さくさけんで、カナエは飛び退く。

僕は、店員に気づかれないかと慌てて身を乗り出し、その奇妙な本の表紙を閉じた。手に汁が着いた。

「あ、手は洗った方がいい。放っておくとかぶれるし、口に入るとおなか壊すよ」

「そんなもの食べ物の店で出すな!」と、思わず怒鳴ると

「成田くんが一番うるさいね」と返された。ツツカナは意に反さず、ページをめくる。

「だから、汁が飛び散る!」

「大丈夫、僕はなれてるからお腹こわさない」

「そういう問題じゃない!」もう手についてしまったものは仕方ないと、半ばキレ気味に紙ナプキンでテーブルを拭く。

「僕がやろうか。僕はなれてるからお腹こわさない」

「そう願いたいね!」なんなんだ、この落ち着きっぷりは。お腹こわさないの自慢なのか!

 カナエを見ると、驚きのポーズのまま目をキラキラさせて固まってる。でもちゃっかりと、背中をぴったりと背もたれにくっつけてミドリ汁の被害に合わないようにしている。


「ねぇねぇ、ツツカナくん?」

「なんでしょうか」

「あなた、その、不思議ハンターなのよね」

「そういう名前の仕事じゃないけど、まぁ、そんなところ」

「何か、術とか使えたり、超能力とかあったりするわけ?で、バトルとかしちゃうわけ?妖怪と!お札とか使うのかなっ!陰陽師とかそういうやつ?わっ、言ってて、たぎってきた!マジで、あたし、今スゲー人と会ってる感じ?やっば!やっば!」

「カナエ!ちょっと、おちつけって」

「いや、おちつかないっしょ!あたしら、バトルに巻き込まれるんだよ!あたしヒロイン!まさかハルにゃんがヒロイン枠じゃないよね!あたしコンタクトにしようかな!め、眼鏡の方がヒロリンっぽいかな!む、が!」興奮してどんどん声が大きくなるカナエの口を無理やり塞ぐ。いけね。汁洗ってないや。


「カナエさん、ちょっと質問が多いよ」ツツカナは一向に動じず、丁寧に答える。

「僕たちは、術とか使わない。この図鑑で、不思議の事をしらべて、無効にする方法を探す。」ツツカナはページをめくり、何かを指差すと「ジャージャーは燃えるとなくなる、と書いてある」とつづけた。

 ツツカナの指差したページに書かれているものは、僕らには『何か』としか言いようのない、不可思議な図形やくねくねした文字らしきものの塊にしか見えなかった。

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ツツカナと真夏の蜃気楼 カスタネットで たん、たん、た、たーん @enzo

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