第3話 彼女は屋上で石を投げる


 屋上と言えば、学内の放課後人気スポットのひとつだが、給水塔のある、A棟の屋上は例外だった。新しい建屋である、B棟、C棟の屋上が、生徒の立ち入りを前提としたきれいな作りで、ベンチまで設置されているのに比べ、使われなくなったカビ臭いプレハブ倉庫があったり、金網に囲まれた何かの排気口があったりと、なんだか雑居ビルの屋上のような汚らしさがあるからだ。

 ところが、そういう場所をわざわざ好む人種もいて、実は僕もその一人。そして、僕の予想が正しければ、今この状況にうってつけの人物がそこに居るはずだった。


はたして、やっぱり彼女はそこにいた。カナエだ。


「ハルにゃん」

 カナエはこちらに気づくと眼鏡を中指で押し上げながら声をかけてきた。最近、女子の間では、トンボ眼鏡のような大きな眼鏡が流行ってるらしいが、彼女のは伊達じゃなくて本物だ。流行とは関係ない。地べたに胡坐をかいて本を開いている。立ち上がる時に無造作に太ももがあらわになるが、下着が見えそうで見えない長さのスカートは流行とは関係ある。彼女は重度の活字中毒で、暇さえあれば本を読んでいる、どちらかと言うと「オタク」な女子であったが、最低限の見た目には気を配るだけの要領の良さも心得ている子だった。

 本人いわく「浮かない程度に周りに合わさないと身に危険が及ぶから」だそうだ。女子も何かと気苦労が多いらしい。

 彼女は活字中毒ではあるが、その趣味趣向は偏っている。ファンタジー、ホラー、推理小説、及びそれらに関係するもの。そういったものに限定されていた。加えて今や絶滅危惧種に近いオカルトマニアだ。間違っても恋愛小説には手を出さない。

 本人いわく、「偏ってるんじゃなくて一貫してるのよ」だそうだ。


「よっす」僕はそのカナエに軽く手を上げてあいさつをする。

「こんにちは。おじゃまします」ツツカナは行儀よくお辞儀をする。

カナエは同学年にお辞儀をする中学生という不審な人物を見て、「その人だれ?」と、ツツカナではなく僕に聞いてきた。

「彼は、転校生のツツカナ。職業は不思議ハンター」

「成田くん、僕の仕事はそんな名前じゃないよ」

「ま、いいから」

 こういう言い方の方が、カナエが食いつくんじゃないかと思ったら、案の定、変な顔をしてツツカナを凝視してる。

「え、なに?つつ?今なんつったの?フシギハンター?」とか言いながら、頭の上にいくつものハテナマークを浮かべている。

僕は「で、こちらがオカルトハンターのカナエさんです」とツツカナの方を向いて、彼女を紹介する。

「僕の名前はツツカナです。中学生ですが、仕事をしています。不思議を見つけて封印することです。まさか同業の人に会えるとは思ってもみませんでした。よろしく。」そういってツツカナは右手を差し出し、握手を求める。

ああ、うん、といって握手に応じるカナエを見て、噴き出しそうになってしまった。人は握手を求められると意外にたじろぐものらしい。ツツカナが常に自分のペースに人を巻き込んでしまうのは、握手の効果かもしれない。機会があれば、僕も真似してみようかと思った。

 カナエは僕の方を見て、一層怪訝な顔をして言った

「そういうキャラ設定の人?」

「いやマジの人」

「それを信じろ、と?」

「なんつーか、……僕を信じろ」力強く言ってみた。

「それに説得力があるとお思いですか、ハルにゃんさん」カナエがジト目でこちらを見つめる。

「…無理だろうね」


それから、僕は、ツツカナに聞いた話を、出来るだけ忠実に話した。本人に喋らせるより、その方がいくらかマシに思えたからだ。

 カナエは終始難しい顔をして、それでも口をはさまず、聞くだけ聞いてくれた。


「で、あなたは妖怪ハンター。という設定の人」カナエがツツカナを指差す。

「妖怪ハンターではありません」とツツカナが答える。

「設定の人でもありません」と僕。


ふーん、とやや強めに言いながら、カナエはしばらく腕組すると「いいわ。わかった。そういうことにしておいてあげる。わたし、そういう話、嫌いじゃないから」と言った。

 信じていないのは明白だったが、今はそれで良かった。彼女が話にのってくれるのが重要だったし、事の真偽はいずれ解るだろうと思っていた。


「で、オカルトハンターのカナエに聞きたい」

「あたし、そういう設定じゃないけど」

「そこは気にするな。最近、なにか学校で不思議な事件とか起きてない?聞いた話でもいいんだけど」

ふむ、と頷いてから、彼女はニヤリと笑う。

「…あるわよ」


「あたしが本好きなのは知ってるわよね。最近嵌ってるのが郷土史なんだけど、図書室にそのコーナーがあるの。あたしは全10巻を読破しようとしてるんだけど、5巻だけないのよ。いっつもだれか借りてるの。だって郷土史よ。あたし意外誰が読むっていうのよ。それがね、入れ替わり立ち替わり借りられてるのよ。図書室と、この屋上の往復に学校生活のほとんどを費やしてるこの私が、本棚に並んでるのを一度もみたことがないのよ。あの本には、何か重大な秘密があるのよ。何か、とてつもない秘密が書かれているんだと思うわ」

「お前、そんなものも読むの?」

「なーに言ってんのよ、地域密着のしきたりとか、土着信仰とか、民話とか、オカルトねたの宝庫よ。たぎるわ~」

「知らないよ。じゃぁオカルトブームが再来したんだろ」

「あんたちょっと今バカにしたでしょ」

「してない、してない」

「この話、続きがあるんだけどさ、その郷土史コーナーだけ本の並びがぐちゃぐちゃでさ、あたしそういうの気になるから、第一巻から並べ直すんだけど、またすぐぐちゃぐちゃにされちゃうのよ。これって不思議じゃない?」

ちっとも不思議じゃない。

「なぁ、お前、ひょっとして、何かやり返そうとしてる?」

「あら、お気づきになりまして?」カナエが再びニヤリと笑う。

僕はため息をついた。「一応真剣な話なんだけど…」


「カナエさん」それまで黙っていたツツカナが割り込んできた。

「ジャージャーは水の不思議なんだ。水にまつわる話は何かないかな」ツツカナはカナエの悪意など意に介さずマイペースで話す。いや、ひょっとしたら、カナエの話も不思議として聞いたのかもしれない。

「み、みず?」

「そう、水。」

「水も、…あるわよ」

「え、どこに?」

「そこ」そう言ってカナエは給水塔を指差す。

「カナエ、いい加減にしてくれよ、これはまじめな…」言い終わらないうちに彼女が言葉をかぶせてきた「そうじゃなくて、水の不思議の話があるのよ、そこに」

 そういって、立ち上がると、給水塔の傍に立つと、タンクを拳で叩く。カンカンという金属音が響く。

「わかる?」

なんの事だろうと、僕とツツカナは顔を見合わせる。

「カラなのよこれ。いつのまにか」そう言って、またカンカンと叩く。

「3カ月前くらいからだけど、音が変わったのよ。あたし、読書しながら、たまにこれに石なげたりしてたから、偶然気づいたんだけど。」

「確かなの?」

「どっちの話?3か月前って話?中がカラって話?」

「両方」

「空っぽって方は確かめたわけじゃないから微妙だけど、でもたぶん間違いない」たぶんか間違いないのかどっちなんだ。

 ツツカナはそれを聞くと、給水塔に近寄り、「確かめてみよう」と言いながらタンクに登ろうとする。

「それ、鍵掛かってるからタンクは明かないわよ」とカナエが言うと、

「そうか」、と言いながら、今度はカバンの中を何やらゴソゴソとかき回し始めた。

「…ねぇねぇ、彼何してるの?」カナエが不審感いっぱいの表情で僕を見る。

「まぁ、見てろって」僕はわくわくしていた。

 あった、と言いながら、ツツカナはおもむろに鍵束を取り出すと、今度こそタンクに登っていく。てっぺんにたどり着くと鍵束をジャラジャラと鳴らしながらまたゴソゴソやっている。

「ねぇってば。彼、もしかして、開けちゃうわけ?」そういう間にもツツカナはゴソゴソしつづけ、「あ、開いた」と小さく言うと、タンクの蓋をギギギと音をさせて持ち上げようとしていた。

「え、なんで開いちゃうわけ?あの鍵束はなんなの?」カナエが目を丸くしている。

「だから、あいつは本物なんだって」

当のツツカナは、まだ蓋に悪戦苦闘していた。


「成田くん。重くて無理だ。手伝ってくれまいか」

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