第19. 3話 デシアーナ③ 気分転換

 街を襲った暴走魔族を撃退する事は出来たのだが、後始末をしなくてはならない。

 現場で調子に乗って悪ふざけをしていた兵士達に減給を通達する。

 やる気を出してくれればいいが、徴兵元の村でも厄介者扱いされていた連中だ、辺境伯が帰還するまでに改心する様子が無ければそれなりの扱いになる。


 ふと視線を巡らすと、コンちゃんがおっかなびっくりといった感じでこちらを見ていた。

 兵士達を叱責している顔を見て、怖がられてしまっただろうか?

 だとしたら悲しい。

 本当の私じゃないんだよ。

 任務だから仕方なくやってるんだよ。

 お願いだからそんな目で見ないでほしい。

 スキルを使った後は体が冷えて動きにくいし、精神状態が不安定になって辛い。

 ミリアへの報告は小隊長に任せればいいか、さっさと指示を終わらせて寮へ帰ろう。


 詰所からほど近い場所に建てられた二階建ての寮は、女性専用の宿舎として利用されている。

 外から見ると石造りだが、中身はほぼ木造で廊下を歩けばギシギシとうるさい。

 自室へ入ると私はメイド服を棚に吊るし、ベッドに寝転がった

 体調は優れないが戦闘からあまり時間が経っていないせいで眠りにつくことができない。

 王都から辺境伯領へ移り住みもう7年になるのか……

 ぼやっとした頭で昔を思い出す。


 ☆ ☆ ☆


「デシアーナ・セレクタリア、前へ」

「はい」


 15歳になった私は成人の儀式として、スキルを受け取るべく王立スキル院へ来ていた。

 スキル院とはスキルを研究している施設だ。

 どのスキルが発現するかの予想、スキル習得者の管理と育成、等を目的としている。


 私は係官から霊木と鉄が絡み合った腕輪を受け取り、腕輪をはめた右手を前に出す。

「チェック」

 と唱えると、魔力の視界と呼ばれている場所に『リスパルミアーレ』という文字列が浮かび上がる。

 聞いた事のないスキルだ。


「スキルスタート・リスパルミアーレ」


 一度発動してしまえば、スキルの基本的な使い方は時間とともに自然と身に付く。

 応用にはやはり練習は必要なのだが。

 基本的な部分だけとは言っても、何故練習もせずに使い方が身に着くのか多様な説はあるが、確実と言われるものは無い。

 生まれた時から無意識に練習していて一度発動したのをきっかけに表面化し始める。

 スキルには意思があり教えてくれている。

 同じスキルを持っていた先祖の記憶や感覚が蘇る。

 等々。


 スキル院の研究者達も知らないスキルだったようで、翌日にまた来るように言われた。

 そして翌日知らされたスキルの内容は。

 魔力を肉体の一部に本来の許容量を超えて蓄えられ、解放すると高密度な魔力そのものを一定時間自由に操れるというもの。

 代償は不妊。

 その意味を飲み込んだ私は目の前が真っ暗になった気がした。


「お前に女神教から破門状が届いている、本日よりセレクタリアの家名を名乗るのは許さない」


 帰宅した私を待っていたのは父からの放逐宣告だった。

 私の世界が壊れた。


 女神アーナは子宝と宝箱の神、女性の懐妊を祝福し、ダンジョンに挑み魔物を討伐した者にアイテムや、人の手では作り出せないアーティファクトなどが納められた宝箱をもたらす。

 国教にも指定されている女神教の信者貴族で構成された派閥は、王都では最大の規模だ。

 私が生まれ育ったセレクタリア子爵家もまた一族揃って女神教へ入信し、派閥へも参加していた。


 女神教の教えでは不妊は天罰の結果という事になっている。

 私が何の罪を犯したと言うのか。

 女性としての役割が果たせなくなった私の存在は、子宝の神を奉る女神教にとって都合が悪いだけだろうに。


 それだけでは終わらず、私とリッジの幼少時より取り交わされていた婚約は取り消され、代わりに妹のミリアがリッジと結婚する事になった。

 私は絶望したが、私以上にミリアとリッジが不安定になってしまった。

 自分と同じ顔が絶望の表情をしているのは鏡を見せられているようで耐え難い。

 いつの間にか逆に私が二人を慰め、仲を取り持つ側になってしまった。

 お陰で私の方が早く立ち直ることができたのだが。


 その後、離れの屋敷に住む母の元へ身を寄せていた私は城へ呼び出され、変わり者の第三王女が私の経緯を憐れんでか護衛メイドとして雇ってもらうことが出来た。

 だがそれも長くは続かず18の頃、王女が遠国へ嫁ぐと後継人のあてが無くなってしまう。

 王女の嫁ぎ先の事情により私はついて行くこともできず、取り残されてしまった。


 一定以上の破壊力のあるスキルを持つ者は本人が貴族でないなら、貴族の後見人を得るか王軍の管理下に置かれる必要がある。

 女神教を破門された私の後見人になってくれるような貴族を王都で見つける事は、三年の間に更に難しくなっていた。

 王軍の中では派閥の影響が強く、どのような扱いを受ける事になるか悪い予想しか思い浮かばない。


 ブケパロス辺境伯家の人間が私に話を持ち掛けてきたのはそんな時だった。

 メイドとしての経歴と、魔族にも通用するスキルを持っている事がお眼鏡にかなったらしい。

 女神教の影響がほとんどない辺境からの誘いは都合が良かった。

 ミリアとリッジも三年間で落ち着いている、近くに私がいない方が幸せになれるだろう。

 私は一人で辺境の地へ移り住む決心をした。

 しかし、その一年後にはミリアとリッジが……


 ☆ ☆ ☆


「……さん……デシアーナさん」

「誰ですか?」


 部屋の外から私を呼ぶ声に返事を返す。

 いつの間にか眠っていたようだ。

 体はまだ重く本調子には程遠い、気分も悪く口調がついきつくなってしまう。


「ローリアです、報告したい事がありまして、ミリアーナさんが手を離せないようなのでこちらに来たのですが」

「少し待って下さい」


 髪を軽く整えメイド服を着ると、ドアの方へ向かう。


「何がありました?」

「コンテナさんの様子がおかしくて、精神的に参っていたようで、一応落ち着いたのですが何かあれば優先して報告するようにと伺っていたものですから」

「そうですか私も様子を見に行ってみます、今後も何かあれば報告して下さい」


 ローリアが去った部屋の中で、湿らせた布で顔を拭き、軽く体をほぐし、魔力を巡回させ、香料混じりのスライム粉を全身に振り掛ける。

 指二本分程の小さな鏡を覗き込むと、表面的にはいつもの自分が出来上がっていたので、詰所のコンテナさんの部屋へ向かう。


「ローリアから聞きましたが、大丈夫ですか? 体調が悪いとかであれば、早めに申告して下さいね」

「もう大丈夫です、ローリアさんに助けて頂きました、心配をおかけしてすみません」


 表情を見た限りでは無理をしている様子は無い。

 ホッとした。

 どうせなら私が慰めてあげたかったが、ローリアは良い仕事をしてくれたようだ。


「あら? 何か良い匂い……甘い匂いがしますね……なんでしょうこの匂い……何か変な物を食べましたか?」


 甘い食べ物は遠征へ全部持ち出している。

 提供している食事にこんな匂いのものは無い。


「チョコレートという物を……」


 初めて聞く名前の食べ物だ。

 そんなものを手に入れる機会は……


「それは誰に貰いましたか? カッシュと一緒に詰所に戻っている時に見ず知らずの人から貰ったとかではありませんよね? 駄目ですよ知らない人から食べ物をもらったりしては」

「えーっとその、スキルで作りまして」


 スキルで作ったというのはどういうことだろう?

 コンテナに収納しておいた材料を取り出して作ったという事だろうか。

 それよりも、スキルを勝手に使っている事をたしなめなければ。


「スキル使ったんですか? 使ってはいけないと言いましたよね?」

「安全面には十分に気を払っておりますので、問題ないと考えた次第でありまして」


 コンちゃんの目が泳ぎ、言葉遣いがおかしくなる。

 かわいそうになってきた。

 僅かに垂れた眉が庇護欲を誘う。

 ぐぬぬ……無理、これ以上は叱れない。

 チョコレートというものを見せてもらって許して、それで終わりにしよう。


「……そのチョコレート見せてもらえますか? 一度だけスキルの使用を許可します」

「はい……スキルスタート・コンテナ……どうぞこれです」


 コンちゃんから黒い板のようなものを受け取ると、口元に寄せ匂いを嗅ぐ。

 匂いを嗅いでいるだけで口の中に唾が溢れてきた、誘惑に負け一口齧った。

 強烈な甘味が舌にまとわりつくとともに口の中一杯に広がり、僅かな苦味が更に甘味を押し広げる。


「あっ」

「ふみゃっ! パクッ ひゃまい! パクッ ふぉいしい!」


 一口だけのつもりだったのに、美味しすぎて全部食べてしまった。

 こんなに美味しいのだから、コンちゃんも食べるのを楽しみにしていたのだろう、悲しそうな顔をしてこちらを見ている。


「はっ、いえあのこれは……こほん、とりあえず大丈夫なのはわかりました、今日はコンテナさんの立場や今後についてなどミリアがお話しする予定だったのですが明日に延期させて下さい、事後処理が多く今日は時間が取れなくなりました、不安な思いをさせてしまって申し訳ありません」

 慌てて取り繕う為に話題を変える。


「かまいません、大丈夫です、あんなことがあったんですから仕方ないですよ、それより体は大丈夫なんですか? カッシュには1日でその……元通りになると……いやその……体に怪我とかありませんか?」


 私の顔と胸に視線を往復させ、顔を赤らめる様子がかわいい。

 怒ってはいないようで安心した。


「私は大丈夫です、怪我もありませんから心配無用です、胸はこちらの方が元の状態ですが1日でまたスキルは使えるようになります、少し疲れてはいますが私だけ先に帰らせていただくことになったので、この後はゆっくり体を休めようと思います」

「ああ、じゃあ僕なんかに構ってないでもうゆっくり休んで下さい」

「そうですね、では失礼します、お休みなさい」


 んー……チョコレート凄く美味しかった、また食べたい。

 でも欲しいって直接頼むのもはばかられる。


「なにあれなにあれ、凄く美味しかった、どうしようまた食べたいって頼んでいいかな、うわースキル禁止しといてダメかな……」


 部屋から出た私は、室内の防音を解除すると、わざと聞こえるように独り言を呟く。

 コンちゃんの性格を考えるとこれが正解だろうと判断した。

 不思議と気分も体調も良くなっているのに気付く。

 疲れる事があったらまたコンちゃんの顔を見にこよう。

 ミリアの話に乗るのも悪くないかもしれない、束の間であっても諦めかけていた幸せが欲しかった。

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異世界転移のコンテナ術師 香村エージ @kamuraeiji

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