ボクのセカイはHENTAIでミチテイル

天川 榎

第1話テトリアシトリ

 早速で悪いが、ボクはHENTAIだ。どれだけのHENTAIかというと、そうだな、警察に逮捕される位、とでも言っておこうか。

 この世はHENTAIには生きづらい世の中だ。トイレは男女別、風呂も男女別、挙げ句の果てには女性専用車なんてのも出来るくらいだ。誰に何の得があるのだろうか?男女別にしたところでより想像力(妄想とも言う)を掻き立てられ、ただ劣情を煽るだけだ。

 理不尽だ。昔はそんな区切りなんてなかったのに。昔は裸で生活していたっていうのに、何故だ。何故裸で生活することが許されないのか。裸を見せ合うことに元来罪は無かったはずなのに、文明が進みいつの間にか裸で外を歩くことは罪となっていた。

 服を着ることは普通だ。だがその普通は誰が決めた?服を着ることで弊害も起きているのではないか?

 例えば下着。本来裸を見せてはいけないならまだしも、下着を見せることすら憚られるというのだ。最低限の『服』であるにもかかわらず、何故恥ずかしがるというのだ。

 しかし、世の中にはそのような風潮に異を唱える人間もいるのだろう。その証拠に、服の中でも大きな発明と言えば『スカート』と『ブルマ』だ。下着で無いから恥ずかしくないという自己暗示のもと、世に下着を晒す、常識に唾を吐くようなアンチテーゼ的な服と言えよう。

 ボクはこの文明に仇なすこれらの存在を何らかの形で残したいと思い、通学路や学校に侵入し『撮影』を敢行した。

 ボクの家からそう遠くない距離に女子校がある。幸運なことに、通学路が目の前の道路なのだ。毎日黄色い声が道路を埋め尽くし、ボクを奮い立たせる。

 朝の恒例行事として裸でベランダに立ち、登校途中の女子高生に向かって『おはよー!』と叫んでいる。挨拶は人間としての基本だ。その人間として基本的な立ち振る舞いに、人間本来の身も心も解き放たれた姿で女子高生にコミュニケーションを取ると、奥底に拘泥されていた羞恥心が解放され、リビドーの放出が可能となる。

 今日も悲鳴に似た黄色い声がボクを埋め尽くし、リビドーを放出させる。そのうち白と黒のパンダカーが赤いランプを点灯させボクのリビドーを止めに入るだろう。

 ここはリビドーワンダーランドだ。どんなリビドーをしても問題ない。なぜならここはボクの家だから、止められる筋合いはない。

 さて次の女子高生だ。なにやら歩きながらスマホをいじっている。少しブロンドに染まったショートボブの髪をたなびかせ、イヤホンを耳に突っ込んでいるのか、顎のフェイスラインから黒い線が顔を覗かせている。友達あるいは彼氏との空虚な戯れをSNSが何かで行っているのだろう。そんなコミュニケーションに実など無い。ボクが身をもって教えてあげよう。

 ボクはベランダの縁に立ち、『おはよー!』と叫ぶ。しかし、その女子高生は鼻で笑いボクの挨拶に応えようとしない。

「なんて奴だ。最近の若い者ときたら、これだから・・・・・・」

 これは『教育的指導』が必要だ。ボクのリビドーを間近で感じれば、その捻くれた心も真っ直ぐになるだろう。

 リビドー真っ盛りのボクは2階のベランダからクルクルと回転しながら飛び降りる。道路のアスファルトに無事着地。足の裏がジンジンと痛みを発する。

 先ほどの半ば無視していた女子高生は、道路の幾ばくかの振動に感づき、スマホから目を離し、真っ直ぐ前を見つめる。そこには裸の男が、意味有りげに含み笑いをして目線を下に落とし、女子高生のスカートを見つめていた。

「何だい?近所の人に挨拶するって、学校で習わなかったのかい?」

 そう女子高生にボクは尋ねる。だが、当の女子高生は全く動じず、目線を再びスマホに落とした。

「アンタこそ、外を出歩くときは服を着るって学校で習わなかったの?」

 少しイラついている女子高生は気怠そうに話す。とりあえず証拠にと思ったのか、スマホを面前に掲げ、写真を撮ろうとする。

「キミは、男の裸に興味があるのかな」

 ボクは対抗して腰に両手を当て、股間を強調する。

「うん、結構」

 女子高生も負けじとスマホを股間に近づけ、一枚撮る。そして続けざまに腹筋、鎖骨、首筋、上腕二頭筋と舐めるようにじっくり観察したあと、写真に収めた。

 このまま写真プレイを続けられると、ボクが負けを認めているような気がする。ボクも首に提げている一眼レフ(お手製)のカメラをいっちょ前に構え、こう尋ねた。

「ほう、なかなかのHENTAIだな。ボクも一枚撮っていいかい?」

「別にいいよ」

 思わず生唾を飲み込んだ。こんなところで『生』撮影会をしても良いというのか?しかし、ここでおっぱじめるのは余りにもリスクが高すぎる。この女子高生が良いと言っても世間の目がそれを許さない。傍から見れば只のHENTAIだ。女子高生を朝から堂々と屋外で撮影しようとしているのだ。でも何かの雑誌の撮影とかいって、勘違いするだろうか。その前に、裸が目立ってしまうから意味が無いか。

「ほ、ホントに良いんだね?でも、ここだとアレだし、ボクの部屋でもいいかな?どう?」

 言った側から後悔した。こんなの誘拐犯が言う常套句じゃないか。さすがにこの言葉を聞いて乗る奴なんか余っ程ヤバいHENTAIしか乗ってこないだろう。・・・・・・いや待て。ここまでの女子高生との会話を振り返る。普通の女子高生にあるはずの、男の裸に対する抵抗感が無い。それどころか、何食わぬ顔で男の裸を撮影し始めた。これはまさか、乗ってきてしまうんじゃ無いか?

「さすがに今は無理かな。放課後ならいいよ」

「そ、そうか。わかった。なら、放課後。このアパートの201号室に来てくれ」

 ボクは住んでいるアパートを指さし、はにかむ笑顔を浮かべ話す。

「うん」

 そう言い残して、女子高生はその場を去った。

 まるで夢のようだったと言わんばかりの残り香を漂わせて、ボクはその女子高生の居た場所にしばらく立ち尽くし、そのジャスミンに似た匂いを堪能した後、地面に僅かに付いていた靴の跡を丁寧に舐めまわし、意気揚々と家に帰っていった。


 早朝だったこともあり、通報も無く無事平穏なニートライフを送っていたボクである。この家は実家では無く賃貸アパートである。ニートなのに何でこの家に住めてるのか、疑問に思う人も居るだろう。実家が金持ちと安易に考える者もいるが、そうでは無い。なら貯金をたんまり貯めて脱サラしたんじゃないかとか、宝くじを当ててその金で生きているんじゃ無いか、とか考えるかも知れない。その考えは実に浅はかだ。HENTAIを馬鹿にしている。

 ボクは株やFXで金を荒稼ぎしまくるデイトレーダーだ。しかも儲かる銘柄、損する銘柄を瞬時に見分け、買い売り注文を全てプログラムで自動処理し、ボクの操作なしで自動的に儲かるようにしているのだ。昔から経済とプログラム関連の知識は豊富だったから、それの副産物といっても良い。なので、ボクが今こうして裸で女子高生を待ち構えていても何の問題もないのだ。

 もうそろそろ日本の株取引終了の時間だ。あの女子高生もそろそろ学校が終わるころだろう。まあよく考えたら本当に来るとは限らないし、期待半分で待っていよう。別に来なくても、ベランダから女子高生が見れることには変わらないのだから。

 その日の収益を確認しようと、PCの前に座ったその時、ベランダからなにか物音がした。

「だれだ?」

 ボクは恐る恐る声を掛ける。まさかこんな時間に空き巣泥棒?さすがにプロなら下見とか行動パターンチェックとかしてから盗みに入るだろう。

 しかし、そんな予想とは裏腹に現れたのは、朝であった女子高生だった。

「入るよー」

 どういう訳か、2階までよじ登って来たらしい。玄関から入れば良かったものを。

「なんでベランダから入った?」

「アンタもベランダから現れたし、これでおあいこでしょ」

 ベランダの縁をよじ登り、無事着地した。朝のセーラー姿とは打って変わり、ブルマ体操服姿だった。

「ちょ、え、部活抜け出して来たの?」

「アタシ部活も入ってないし、友達居ないし、そんな訳ないでしょ」

 友達居ないなら、なんで道でスマホなんて使ってたんだ?掲示板とかまとめサイトでも漁ってたのか?というより何だよその格好。まさか我慢しすぎて・・・・・・

「なら、なんでワザワザそんな格好して来たの?」

「アンタがこういう格好が好きだって、『視た』から」

 『視た』ってどういうことだ?占い師?霊能力者?いわゆるエスパーの類いか?一瞬で人の嗜好や考えを読み取れる、みたいな摩訶不思議オカルト的能力でも持ち合わせているとでも言うのか?でも、確かにブルマはボクの好みだし、ブルマが好みとは朝の段階で一言も発していない。というか今まで言っていない。

「そう、アンタが思ってるとおり、アタシは人の考えていることや、その『視て』居る人の一日後までの未来よ予知できる、いわばエスパーよ」

「それって、周りの学校の人は知ってるの?」

「知ってたらとっくに騒ぎになってるわよ」

「なら、『占い』とか言って誰かの未来を予知してあげたら、友達の一人や二人くらい出来るんじゃ無いの?」

「するわけ無いでしょ。みんな性根が腐ってるクソ人間しかいないから、占うとかそういう価値は無いの。関わるだけアタシが不幸になるだけ」

 女子の間柄って図れるようで図れないっていうしね。きっと友達同士で会話している間も腹の探り合いでもしているんだろうな。

「だから友達作れないんだ。へー」

「それに比べてアンタは心がとっても綺麗。というより、自らの欲望に忠実過ぎて心が純化されてる希有な存在といってもいい」

「それは、褒め言葉と受け取っていいのかな」

「もちろん」

 女子高生は、ようやくボクに向かって笑みを浮かべた。

「アタシ、ワダジマエイミ。アンタは?」

 そう言えば名乗ってなかったな。田中一郎っていうダサい名前を女子高生に名乗るのは、ボクのプライドが許さない。HENTAIはジェントルマンたれ。カッコいい外国人風の名前を名乗ってみよう。

「ボク?ボクの名前・・・・・・そうだな、ジョニー一郎とでも名乗っておこうか」

「へえ、田中一郎って言うんだ」

「え?!なんで分かったの?」

「だから、さっき言ったばっかりじゃん。アタシは人の考えてることが分かるって。すぐ忘れるんだから」

「それは失敬」

 ワダジマエイミは、ボクの部屋にある一人用の小さい冷蔵庫の扉を開け、勝手に500mlペットボトル入りの炭酸水を取り出し、ふたを開けて飲み出した。

「ああ・・・・・・それは、今日買ってきたばっかりの『聖水』なのに」

「あ、ゴメン。喉渇いてたから」

 相当喉が渇いていたのか、一気に飲み干し、近くのゴミ箱へシュートした。綺麗な放物線を描き、見事乾いた音を響かせゴミ箱にダイレクトインした。

「それで、結局撮らないの、写真?」

「あ、そうだ」

 色々衝撃的な事象に見舞われすぎたボクは、本来の目的をすっかり失念していた。今日ワダジマエイミが来た目的は、ボクに写真を撮られる為に来たんだっけ。

「ええと、カメラ、カメラ」

「そこのエロ本の上に放置してあるよ、ほら」

 ワダジマエイミが指さした場所には、女子高生×教師モノのエロ本があり、その上に申し訳なさそうに一眼レフカメラがちょこんと置かれていた。コミックIOじゃなくて良かった・・・・・・

「へー、田中さんってロリ趣味もあるんだ」

「ハッ!!」

 しまった、考えてしまった。一瞬でも性癖について考えるとワダジマエイミに筒抜けになってしまう。そうだ、無心になればいいのだ。無心、無心・・・・・・

「ほら早く、そのロリで邪な気持ちがいっぱい詰まったカメラで、アタシを撮りなさいよ」

「あ、ありがたきお言葉」

 ボクは、ワダジマエイミに命じられるがままに、カメラを構え撮影を始めた。ワダジマエイミも『その気』だったらしく、様々なポージングを披露してくれた。良くグラビアアイドルが見せるような四つん這いのポーズや、仁王立ちし見下すようなアングルなど、存分にサービス精神を発揮してくれた。ここまで至れり尽くせりだと、逆に何か裏があるんじゃ無いかと勘ぐってしまうのが、社会に生きる者の性。『無料』ほど怖い物は無い。

 一通り写真を撮り終わり、一息ついたところで、ワダジマエイミに尋ねる。

「これって、何かお金とか払った方が良い?」

 続けざまに『聖水』を飲み干すワダジマエイミは、何やら企みを孕んだ笑いを浮かべ、こう言った。

「別にタダでいいよ。その代わり、毎日アタシに付き合って」

「え、それでいいの」

「いいよ。アタシ、こうやって何も考えなくて生きてられる場所が欲しかったんだ」

「それって、自分の家でも良いんじゃ無いの」

 その言葉に、ワダジマエイミは表情を暗くした。

「アタシ、養子なんだ。そこの家と、上手くいってないんだ」

 恐らく原因が学校でのことと同じだろう。人の気持ちが分かってしまうことは、時として悲劇を生んでしまうのだろう。

「そうか。それでいいなら、このHENTAI紳士、田中一郎がお付き合いしよう」

 こうして、裸男と超能力の奇妙なつきあいが始まった。

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