第14話 父とカルソニア騎士団

 俺、ママン、アンジュを始め、その場にいる全員の視線が一斉にパパン注がれている。

 にも関わらず、うちのパパンはどこ吹く風な態度。

 さすが頼りになる男!

 大物になるぜ、あんた!


 パパンは、一頻り連中を視線で追い掛けてから、俺達が居る玄関に向かって一歩足を踏み出す。

 その都度、銀色に光るG達が道を開き、さながらモーゼの十戒で海が避けるが如く、パパンの先に道が出来て行く。

 我が家の玄関前で鎮座しているアンジュの前まで辿り着くと、表情こそ笑ってはいるものの、その目は相手を威嚇するように、鋭いものに変わっていた。


「珍しく誰か来たかと思えば、カルソニア騎士団御一行様とはな。

 一体何の用だ、アンジュ?」


 目の前の相手を射抜くような視線と口調に、アンジュから若干のためらいが見えた。

 額にうっすら汗を浮かべ、唾を飲み込み喉をゴクリと鳴らしてから、アンジュは口を開く。


「お、お久しぶりです……副団長……」

「ふん、さっさと用件を言え」


 アンジュは何かに怯えるようなか細い声を喉から絞り出した。

 無理もない。

 パパンから溢れるものは殺気。

 それも半端ない……

 見ているこっちがチビりそうになるわ……


「こ、国王より特命です。大至急、騎士団に戻られよとのお達しを届けに参りました」


 国王と聞き、パパンは眉間に皺を寄せ、目つきが更に鋭くなる。


「騎士団に戻れ? 一体何があった?」

「機密ゆえ、おいそれと伝える訳には……」


 と、アンジュは俺の方をチラチラと見ている。

 ママンを見ると、彼女も厳しい視線をアンジュに送っているようだった。


 うーわ、怖……こんな顔、見た事ないや……


「はっ、機密ってか。国王め、相変わらずだな。

 悪いが俺は戻る気はない。団長に言っとけ。

 あのフザケた名前のな……」


 パパンはピシャリと断った。

 しかし、アンジュの表情は浮かない。

 どうやら、訳ありのようだな。


「……団長は、先の戦争で戦死されました……」


 アンジュの言葉に周囲は静寂と化す。

 そうか、それで彼女の顔は浮かなかったのか。

 ところが、パパンはそれを聞いて嘆くどころか、片眉を釣り上げただけだった。


「はっ、あのジジイ。やっと死んだか。

 いつかこうなるとは思っていたが……死ぬと分かってれば、もう一発殴っとけば良かったぜ」


 と愉快そうに笑うパパン。

 あなた、そんなにもその人の事が嫌いだったのね……

 色々あったんだろうなぁ。

 あったんだろうけど、やっと死んだって言うのは、ちょっとあんまりじゃ……


「そんな……団長はああ見えて……」

「あぁ見えてなんだ? 部下を前にして自分はさっさと逃げ出したり、実力がない癖に偉そうな事ほざいたり。

 挙句にゃ権力に振り回されてよ。

 俺達はいい迷惑だっただろうが!

 死んで清々するぜ。そうだろ?

 違うか? お前ら?」

「貴方って人は……かつての師に何て事を……」


 そうそう、ちょっとパパン言い過ぎよ……

 って、え? え?


 パパン、胸ぐら掴まれてる!?

 その様子を見ていた一人の甲冑が兜を脱ぎ捨て、アンジュとパパンの間に割り込んで来たかと思ったら、パパンに殴りかかっていた!

 どうなるの? 殴られるの、パパン?

 とは言っても、殴りかかった相手の方がフルボッコにされるとは思うけど!

 そして二人が絡み合う様子を見て、アンジュが悲鳴のような声を上げたのである。


「マ、マルコ⁉︎」


 マルコと呼ばれたのは、若い騎士だった。

 彼は憎しみがその表情を埋めるかの如く、恐ろしい形相でパパンの胸ぐらを掴んでいる。

 多分、普段は爽やかイケメンナイスガイなのかもしれないが、今は違う。

 歯をギリギリと食い縛り、拳は充電オッケーて感じに引いてる。

 いつでも発射だ、マッハパンチって感じでな。

 だが、パパンは余裕シャクシャクである。


「よう、マルコ。俺に掴み掛かるとは、ちょっとは小便臭さが抜けたか?」

「あなたという人は……どこまで騎士団を舐めているのですか?」

「舐めてない。見切りを付けただけだ」

「見切りですってぇ……!?」


 パパンの答えに、マルコは目を剥いた。

 胸ぐらを掴んでいるその手は怒りに震えている。

 だが、パパンは素知らぬ顔で、その手に自分の手を重ねる。

 パパンが力を込めたのかどうかは分からないが、マルコの手はゆっくりと胸元から外された。


「俺にはな、守らなきゃならない家族がある。

 お前らにとっちゃ、国が一番かもしれんが、俺にとっては家族は国と同じだ。

 ここから離れる訳にゃ行かねえんだよ」

「そんな詭弁を! あなたには忠誠心がないのか!」


 引くことを知らぬかのように悪態をついてくるマルコを、パパンは少しばかり悲しげな目で流した後、アンジュに視線を変えた。

 当の本人は困惑した表情をパパンに向けている。


「ジェイド副団長、王はあなたが戻れば即団長として迎え入れたいと仰っていました。

 騎士団もあの頃とは違って、規律を重んじる風習に変わりつつあります。

 どうか、お戻り頂けませんか?」

「アンジュ、その呼び方止めろ。俺はもう副団長じゃねぇ。

 大体、そんな簡単に騎士団が変わる筈ねぇだろ。

 長い歴史の中で、規律が歪んだ形で残っちまった。

 それが今の騎士団だ。

 命令されるままに動くだけの烏合の衆しかいねぇ。

 お前らは王に死ねと言われたら死ねるのか?」

「…………そ、それは……」


 咄嗟の質問に、アンジュは一瞬表情を曇らせた。

 マルコは、そんなの当然て顔してるが……

 もしかしてこの人。

 軍国主義とかお上絶対とか言う性格なのかな?

 だとしたら、割と危険人物なんじゃね?

 パパンはそういうところを危惧して、「命令されたら死ねるか」なんて事を言ったのかもしれないな。


「お前らが言う忠誠心ってのは、そう言う事だ。

 俺はそんなのごめんだね。

 家族の為ならともかく、国なんかの為に命を投げ出すつもりはない」

「しかし、守るべき対象は違えども、国を守る事は家族を守る事と同じです!」


 そう言ってマルコはなおも食い下がる。

 つーか、もうやめとけよ?

 パパンにその気は無いのに、それ以上続けたら本当、火に油を注ぐぜ?

 フルボッコされても治癒魔法かけねぇからな。


「その家族が、戦に巻き込まれたら意味ないだろうが。

 国を守っても家族が守れなきゃ、何の為の騎士団だ?」


 パパンにそう言われ、マルコは口をつぐんだ。

 こりゃ決まりだな、パパンの勝利だ。


「さぁさ! 帰った帰った!

 ウチにゃお前らを泊めるベッドも無けりゃ飯もねぇ!

 明日も朝から畑が待ってるんだ、いい加減寝かせてくれよ!」


 パパンは、玄関口から騎士団に向かって声高らかに言い張った。

 それを聞いてアンジュも諦めたのか、我々家族に一瞥すると、甲冑達に指示を出して引き下がり始めた。

 と言うよりも、彼自身はパパンにその気はない事くらい分かっていたのだろう。

 逆にマルコはこちらを食い入るように睨み付けている。

 ああ見ると諦めの悪い性格だろうな。

 そういう性格だと、獲れる獲物も逃しちまうぜ。

 マルコはアンジュに促され、渋々と敷地の外へ歩き始めた。

 その時……


「おい、マルコ」


 パパンはマルコを呼び止めた。

 呼ばれて振り向いたマルコの目は、まだ怒りに満ちている。

 うん、こりゃやっぱり諦めの悪い性格だな……


「この次会う事があれば、その時はいっちょ揉んでやるよ。俺の愛剣でな」


 と言って、肩に担いでいた鍬を高らかに頭上に差し出した。

 それを見て馬鹿にされたと思ったのだろう。

 顔を赤らめるマルコの姿があった。

 そんなマルコを見てゲラゲラ笑うパパン。

 こいつが絡むと性格悪くならないか?

 それとも、唯のイジメかいびりか?


 パパン、何事も程々ですよ……

 そのうちしっぺ返し食らうぜ。

 俺は、パパンを眺めてそう思った。

 本当にしっぺ返しがあるとも思わずに……

 

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異世界家族計画 としくん @toshi0620

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