第16話 夢告白



「ん…っ」


 身体に何か違和感を覚え、ゆっくりと瞼が開く。

 何かがあるというよりも、何かがない。身体が少し寒さを覚えた。


(圭太…窓開けたままか…)


 寝てしまったかと思い、上体を起こしてようやく気が付く。寝たということは、つまりそういうことだ。

 視界がはっきりしてようやく寒かった理由も分かった。


(寝相…?)


 にしてはきれいに布団が捲られていた。そして、左右を確認するとレイサとヴェイが、寝台に腰掛けるよう両サイドに座って、美弦のほうを見ていた。


「……えっと、おはようございます」


 薄く口元を引きつりながら微笑んでみせるが、レイサもヴェイも微笑を見せることなく、ただ無表情で美弦のほうを見つめるだけ。

 何も言われなくても、なんとなく言いたいことはわかっていた。

 両手を自分の目の前に持っていき、手のひらを広げてみてみる。ヴェイがいる以上、残っている怪我は一つもない。

 その状態のままヴェイのほうに視線を向けると、一つ小さいため息を零す。


「ご説明いただけますか」

「その前に、俺は監禁だけじゃなくて監視までもされてるの? タイミング良すぎない?」

「いつもよりも永い眠りでしたので様子を」

「……あー」


 いつもこっちの世界で行動している時間帯、美弦は友人たちとゲームセンターやカラオケで遊んでいた時間帯。

 カラオケで怪我をして、すぐに回復したのも、今になってはヴェイのおかげだということを認識できるが、現実世界の美弦にとっては、異様な現象にしかならない。


「起きて手の平を見たということは、何が起きたかわかっているはず」


 話したがらない様子の美弦に、はっきりとした発音で、ヴェイが手のひらを見ながら言い終えると、目線をしっかりと合わせ、レンズ越しに見つめられる。


「言いにくいのだろうと、こちらは我慢した。そろそろ教えてくれてもいいだろう」


 ため息交じりに言葉を発したのはレイサだった。

 ヴェイから視線を外し、恐る恐る視線をレイサに移すと、ヴェイとは違って困ったような表情で、小さく一度ため息を零す。それを見て首を縦に頷かせる。


「寝ると、元々いた世界に帰るんだ」


 夢の話だろう。そう言いたげな表情で口を開きかけたのは、レイサだった。しかし、何を思ったのか、視線を落として開きかけた口を閉じ、もう一度美弦のほうを見つめてくる。

 そんな様子に、小さく微笑む。


「それは夢の世界だって、思ってるんだろう」


 核心をついたのか、困ったような表情で二人は美弦を見た。


「わかってるし、そう思われるだろうなって思ってたから、いままでちゃんとは言ってこなかった」

「…すまない」


 申し訳なさそうに謝るレイサに、微笑んだまま仕方がないんだと言い、小さく横に首を振った。


「最初俺の中では、こっちが夢の世界だった。向こうに戻るとこっちの記憶は全くない。夢みたいだろう? でも、ある日実験してみた。果物と一緒に小さいナイフを持ってきてもらったとき、それを親指に当てて傷をつけた」


 出来事を思い出したかのように、ヴェイが小さく肩を動かして反応した。


「あの時、ヴェイのところに行くって言って行かなかったのは、起きた時にどうなるのか試したかったからなんだ。結果、起きた向こうの指にも、同じ傷があった。全部の傷を持ってきた様子はない。切った時よりも、傷は全然浅かった」


 その時のことを思い出すように、手のひらを出して見せる。


「逆も然り。向こうの傷がこっちにくる。今日みたいに、寝ているときに傷が出たことがあるだろう? その時もヴェイが治してくれた。あの時、向こうでちょっとした喧嘩に巻き込まれちゃってて。実際に、ヴェイが手当てしてくれたおかげで、傷はすぐに治った。向こうでは何が起きてるのかわからなかったけど、正直痛みが引いたから助かった」

「そういう…こと、だったのですね」


 信じるべきかどうかを迷っているのか、視線を伏せ、切れの悪いレイサの声が聞こえる。


「今すぐ信じてって言うつもりはないよ。今まで言ってこなかった俺も悪い。名前を名乗りたくなかったのも、こっちの世界と向こうの世界を、自分の中で区別しておきたかったからなんだ。そもそも、こっちの世界が本当なら、リベラルの名前は誰がつけていることになるの?」


 初めて名前のことを言われたときには、何も感じてはいなかった。しかし、理由を口に出した時、心に何かが引っ掛かり、その疑問を思いつくままにぶつけてみる。

 すると、少し身を引き、表情を固まらせて驚いた様子を見せる二人。


「俺がここまで成長した世界があるんだよ。生きた時間が長いのも向こうの世界なんだ。最初は夢だと思ってたけど、こっちの世界も俺ではもう夢じゃないんだ。だからさ、寝てる間は違う世界で生活してるって、すぐに信じろとは言わないけど、そう思ってくれたらいいなとは思ってる」


 美弦の中では、まだ疑問点はあった。

 生まれた時からこちらに身体があるのであれば少しは理解ができる。高校生にもなって、いきなり成長した身体がこちらに現れたことに疑問を感じている。

 小さいころからこちらの世界と行き来しているのであれば、もう少し考え方が違ったのかもしれない。


「もっと、こっちの世界を知りたいんだ」


 困った様子。悩んでいる様子を見せる二人に、眉を落として首をかしげて見せる。

 ヴェイとレイサは二人顔を合わせ、もう一度美弦のほうに視線を向ける。


「そうだったな。お前はこっちの事、何も知らなかったな」

「魔法の事も、ましてやリベラルの事も、自覚も理解もしていなかったな」


 わかってくれたのか、最初にあった時のことを思い出しながらも、小さく軽いため息を一つこぼして首を縦に振ってくれた。

 疑問が解決したわけではないが、少し心が軽くなった気がして、薄く微笑みを見せる。


「虚地に行きたいっていうのも、この世界を知りたかったんだ。だって、絶対に何かあるだろう虚地。でも、ダメっていうなら説得し続けるから。無理やり抜け出してまで行こうとはしないからさ、もう、監禁は止めてほしいな…なんて」

「虚地は…何かある。何かはあるだろうが、生還したものはいない。どういう方法をとってもダメだったんだ。だから、虚地にはどう説得されようが頷くことはできない。ただし、そういうことなら監禁は解除だ。しかし、虚地の事に関わらず、逃げ出すようなことをするようであれば」

「不条理や非道な事をされない限りは逃げ出さないよ」


 通じるかどうかはわからないが、右手でⅤサインを見せてにっこり笑顔を向けると、うっすら微笑んで肩の力が抜けたのがわかる。


「じゃあ、今度時間があるときにでも、リベラルの向こうの話でも聞かせてもらおうかな」

「話すような楽しい世界でもないけど、平和であることは確かだよ」

「平和であれば、暴行を受けないはずですけど」


 薄ら笑って言うヴェイに、ごまかすように声を荒げて笑ってみせると、レイサもつられて微笑んでいた。

 戻るつもりなのか、立ち上がり寝台から離れようとしたとき、思い出して二人を呼び止める。


「あのさ、向こうの世界でも俺は生活してるんだ。だから、こっちで食事は特に必要ない。もう、食事っていうのは用意してくれなくていいよ。もったいないだろう」

「…じゃあ、これからは軽食にしよう」

「だからいらないって」


 妥協案を出すレイサに、美弦はため息交じりに答えると、背を向けていたヴェイが振り返る。


「リベラルが来るまでは天候があれ、不作続きで食事もままなりませんでした」

「だったらなおさら…」


 身を乗り出すようにヴェイに強く言おうとするが、その言葉をヴェイの滅多に見せない微笑みに止められる。


「来るまではのお話ですよ。リベラルが来る前の前兆として、天候が少し落ち着きました。そのタイミングで王はレイサをアクリアへ送った。そこからはリベラル。貴方の知っているお話です」

「…俺がレイサに拾われた?」

「そうです。それからというものの、雲の流れが安定し、晴れの日もあれば予測通り恵みの雨が降るようにもなった。作物が豊かとなり、食事が安定してとれるようになったのです。リベラルのおかげです。だからこそ、こちらで採れた作物などをリベラルに食べていただくのは、不条理で非道な事でしょうか?」


 首を横に振るしかない。

 それでも、空腹となっていない状態で無理に食べるのは、料理人にも作物を作ってくれた人にも失礼だと、必死に美弦は訴えるが、二人は少し困ったような表情を見せるだけだった。


「じゃあ、せめてもう少し量を減らしてほしい。一品とかで問題はないし、ルータ達が持ってきてくれる果物とかで全然足りてるんだ」

「検討しておきましょう」


 少し笑ったような口調でそう言い残し、二人は部屋を出て行ってしまった。

 最後に鍵をかける音はしなかった。本当に監禁は終了したのだろう。

 向こうの世界とこちらの世界の話ができ、少し安心して小さくため息をつき、誰もいない一人の部屋で薄く微笑みだしてしまった。



 ●○●○●


「ん……?」


 オールをしていたせいか、気づいたら寝てしまっていたようだった。

 目を覚ますと、圭太の部屋が少し傾いて見えた。目を擦りながら平行になるように頭を戻すと、小さく鳴るゲームのBGMが流れ続ける。辺りを見回すと、ゲームをしながら寝落ちした友人や、ベッドを占領し、寝転んだまま漫画を読んで寝落ちした友人、床に寝転んでいる友人数人。隣には、ベッドの側面に背中と頭を預けて、座って寝ている圭太の姿があった。

 部屋が傾いて見えたのも、同じように座って、頭を圭太の肩に預けていたせいだった。


(起こしてくれればよかったのに)


 どのくらい寝ていたかはわからないが、決して軽くはないだろう。

 窓枠の上の壁にかけられている時計を見上げると、お昼過ぎ。朝に圭太の部屋に来たのはおぼえているから、四時間くらいは軽く寝ていただろう。

 それでもまだ眠い目を擦りながら、圭太のように頭をベッドに当てて目を閉じようとした。


「寄りかかってていいぞ。床に頭落とされる心配のほうが寝れん」


 寝ていたと思った圭太も、重みがなくなって起こしてしまったのか、あくびをしていた。


「じゃあ遠慮なく」

「おう」


 起きた時と同じ体勢になるように、身体を少し圭太のほうに傾け、頭を収まりの良い肩に預けて目を閉じると、すぐに眠りに落ちてしまった。



●○●○●

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柚雲 琴哉 @kotonaly

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