第15話 逃

 結局、大人しく待っていても、誰も中に入ってくる様子がなければ、扉の鍵が解除されることもなく、着替えずに日記に手を付けたまま、現実世界へと戻った。

 現実世界では、監禁されていることなんて知ることもなく、特に変わったこともない平凡な一日が過ぎ、再度夢の中へと戻っていく。


「…う…」 


 寝苦しさで体を捻らせ、ゆっくりと瞼を開けながら腕で上体を起こす。

 うつ伏せになっていたようで、背中に架かっていた布団が肩からずれる。手元に置いてあったはずの日記は、手探りで探してみても見当たらなく、そこでようやく違和感に気付く。

 着替えてもいなかったはずの服が寝間着に着替えられ、布団の上にいたはずの身体が、布団の中で横にされていた。

 腕で布団を振り払い、足を寝台からおろして天蓋の布を退ける。

 視界に入ったテーブルの上に、枕元に置いてあるはずだった日記が置かれてある。適当に放り投げていたペンも、日記の横に添えるように置かれていた。


「誰かは来た…。そして俺を着替えさせられるってことは、女性じゃない…よな」


 日記を置きなおすことは、ルータ達でもできることではあるが、三人揃ったとしても、意識のない男性の服を着替えさせるほど、体力はないだろう。

 靴を軽く足に引っかけ、引きずりながら日記のほうへ進め手に取る。頁をめくってみても、誰かが追加で記載した様子もなく、中途半端に記載されたままになっている。

 おいてあった場所へと戻し、扉に近づく。

 ノブを回してみようと手を伸ばした瞬間、扉に二度ほどノック音が響く。つい、びっくりして肩をびくつかせ、一歩後ろに下がる。


「う…あ、はぁ…?」


 鍵がかかっている以上、こちらから開ける術はない。

 ガチャリという音を鳴らしてからノブが回る。やはりまだ鍵は健在のようだ。

 数歩下がって様子を見ると、扉が開き、銀色のカートが入ってくる。視線をゆっくりあげると、そこには食事が数種類並べられ、先には、ルータ達が少し驚いたような表情でこちらを見ていた。


「ちょうどよかったです。起きていらしてましたか」


 嬉しそうに微笑んだのは、ロングヘアーのニタだった。

 さらに数歩下がると、ルータが微笑みながらカートを押して中へと入ってくる。ルーニが扉を閉め、テーブルに近寄り料理が並べられる。

 一歩下がっていた足を前に伸ばし、閉められた扉のノブを握りまわしてみる。


(あ…)


 静かに回し切り、ゆっくりと少し押す。隙間ができて、鍵は不在。一度ルータ達のほうへと視線を戻すと、丁寧にきれいに並べ続けている。視線を向けたまま体の体重も合わせて扉を開く。

 そこで不意に振り向いたニタと視線が合ってしまう。一度二人して身体がピタリと止まる。それに気づいたルータとルーニがポカンとした表情でニタを見て、視線を移して美弦のほうへと視線が移り、大きな声を出して足を踏み出そうとする。

 扉に目線を急いで移して全開に開け、閉める余裕なくして走りだす。


「リベラル様!!」 


 叫び声に気付いた両サイドの護衛も手を伸ばしてきたが、その手を無我夢中でかわして走り続ける。

 後ろから追いかけてくる男性の足音二人分。その二人から逃げきれる自信はないが、このタイミングを逃すと次がいつになるかもわからなかった。

 目に入った角を曲がりに曲がり、若干迷子になりつつ、警備の多い正面玄関、中庭を避けて走る。

 周りにいた警護も反応したのか、後ろから聞こえる足音が数人増える。振り向く勇気もなく、二個目の角を曲がった瞬間だった。


「わっ」

「おい」


 人が回り込んでいたのか、目の前には警護とは違った見慣れた正装が覆い、勢いが止まらずに額からぶつかる。反動で後ろに体重が移り、倒れそうになった背中に腕が回って固定される。

 気づけば瞑っていた眼を、恐る恐る開けてみると、少し驚いた様子のヴェイの表情が見えた。


「ヴェイ様、そのままっ」


 後ろから追いかけてきた護衛の声がして我に戻り、ヴェイの身体を引きはがすように押して、身体を横にスライドさせて横切ろうとしたが、何かを察したヴェイが背中に回していた手に力を入れ、引き戻される。

 体勢を崩してしまった美弦は、前のめりの状態で膝が曲がり座り込みそうになる。それをもう片方の腕でヴェイが支えてくれたが、そのおかげで逃げ場を失う。


「ヴェイー!」

「確かリベラル様は、お部屋から出るのを昨日から許されていないはずですが?」


 顔を上げると、少し楽しげに微笑むヴェイ。滅多に見ないその表情を観れてうれしいと思いつつ、同じように微笑みを向ける。


「いやーだー。ヴェイー!」


 両手両足を必死に動かし、解放してもらおうと暴れるが、引き取るように後ろから腕を回してくる警護の力により押さえつけられ、軽く持ち上げられて引き返していく。

 微かな視界の端から、美弦に向かって笑顔で小さく手を振るヴェイの姿があった。


「ヴェイの裏切者ー!」

「手を組んだ覚えは、ございませんよ」


 手を伸ばしても、手を振るだけで手を貸してくれることはないヴェイが、見えなくなるのは早かった。

 部屋へと戻されると、半泣きのルータ達が、姿勢を正しくして並んで立っていた。

 手荒に扱われることなく部屋に入れられると、護衛は困ったような表情をして美弦をおろし、部屋を出ていく。

 ルータ達がいる以上、鍵を閉めないのはわかっているが、この三人の表情を見てしまった以上、抵抗する気が引けてしまった。


「…ごめん」

「リベラル様…ご勘弁を…」

「うん」


 ごめんともう一度口にすると、小さく礼をして三人も部屋を出ていく。最後にはご丁寧に鍵をかける音。

 静かになったところで、小さくため息を零して肩の力を抜く。

 力尽きて引きずる足でテーブルに近づき、椅子に腰かけ近くにあった箸で、目についた野菜を小皿に寄せた。



 それからは部屋の脱出方法をひたすら思考するのみだった。

 出来ることなら、現実世界で脱出方法をネット検索して、華麗に抜け出したいのが美弦理想だったが、現実に戻ると忘れてしまう以上、叶うこともなく。

 ご飯が運ばれ、全部食べきれないと嘆きながら、扉をただ眺める。そんな日が数日続く。理由があるのか、無言の訴えのつもりなのか、鍵を取り付けてからレイサは姿を現さない。


「もー書くこともないよ」


 ただ平凡な日々が数日続いたせいで、日記に綴ることがない。

 過去のリベラルの日記を手に取り、すでに行動範囲となってしまった寝台の上に横になる。ペラペラめくりながら、物語を読む感覚で頁を進める。

 読んでいるリベラルは、最初から軟禁されていたようで、元々部屋を出る回数自体が少ない。そのため、部屋で過ごした日々の日記が主につづられている。様子を見に来てくれている人も限られているようで、出てくる人物の名前は三人ほどしかなかった。


「今の俺にはルータ達しかいないしなー」


 食事を運んだり、合間の水を用意したりするのに出入りするルータ達は、数分だけだが話し相手になってくれている。あれ以来、さすがにルータ達の出入りの時に逃げ出すのに躊躇いを持ってしまい、大人しく寝台で靴を履かずに、逃げ出さないことを面に出していた。

 しかし逃げ出して以来、ルータ達の出入りの時には扉をわざと開けたままにし、その扉の所には、今まで見たことのない護衛が見張りのように遮っており、逃げるに逃げられなかった。

 仲良くなりかけていたいつもの護衛は、警護場所が変わったようで、扉の近くにいることもないという。


「慣れ合い過ぎちゃったのかなぁ」



 ◆◇◆◇



「美弦、明日は休みだぞ」


 お昼、楽しげな声で肩に腕を回し、寄りかかってきたのは友人の圭太だった。

 言うとおり、明日明後日は週末で学校はお休み。


「休みだな」

「今日他の奴らにも声かけてオールで遊ぶぞ!」

「いいねぇっ」


 放課後、足を向けたのは、銅像が建てられているゲームセンターだった。よく遊びに来る場所で、以前男たちに絡まれる前に来ていた場所でもあった。

 嫌な記憶を思い出しながらも、そのゲームセンターに足を何気なく踏み入れる。

 いつものように友人たちと戯れながらゲームを楽しみ、ある程度楽しんだ後に、違う階層へと階段を上っていく。


「カラオケとか久々」


 ゲームセンターに遊びに来ることはあっても、そこで遊び尽くしてカラオケに行くときは、大体オールで遊ぶという時が多い。

 圭太が受付を済ませ、店員の案内通りに足を運ばせて一室に入る。

 扉の電気をつけていろいろセッティングが終わると、店員が出ていき各々腰を下ろしていく。

 デンモクよりも先に食事のメニューを広げ、今日の夕飯を選び、遊びに入る。



 ●○●○●

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