第14話 帰国

◆◇◆◇


 しばらくはネチーラとの争いが終わったことにより、バタバタと忙しない日々が数日続いた。

 邪魔になるわけにはいかないと、なるべく部屋から出ず。バルトも暇だろうと思っていたが、部屋に顔をたまに出すくらいで、レイサ達と同じくバタバタと落ち着きがなかった。

 そんな中、いつも通り半透明の布に覆われた寝台で目を覚ますと、布の奥に数人立って何かを話しているのが聞こえる。

 服を着替えて寝台から足を降ろし、布を退ける。国に来た時のように、灰色の布で体全体を覆い、持ってきていた荷物をまとめてある鞄を片手に所持したバルトと、レイサとウェイス、久々に見る国王の姿があった。


「バルト…もしかして帰るのか」

「起きたか」


 四人の視線が集まる。

 寝台の上で着替えていたことを知っておきながら、今起きたことに気付いた風で声をかけられる。


「一度報告がてら帰らないといけなくてな」

「もしかしてそれでバルト忙しそうだったのか」

「そういうこと」


 てっきり、レイサ達の手伝いをしているのだと思っていた。

 それからまたレイサ達と美弦のわからない話を進めていたが、ひと段落したかのように一つため息を吐くと、バルトが振り向いてくる。


「じゃあな。さびしいからって泣くなよ」

「泣かないよ。でも、気を付けて」

「あぁ」


 城の入り口まで見送ろうと部屋を出ようとしたが、レイサに手で止められる。


「私が戻るまで、部屋から出るな」


 その瞳には、ただのお願いではなく、命令。もしくは、約束と言いたげな表情だった。

 感じ取ってしまった以上、無視して意見を押すほど、勇気や無謀さは持っていなかった。

 返事を待つことなく扉が閉められ、いつもの静けさが残る。

 扉の前でつい一分ほどの放心。

 今まで自由を許されていたからこそ、制限を行うということは、何かよくないことが起きている。それはバルトがこのタイミングで自国へ戻ることと何か関係しているのだろうか。

 美弦がいろいろ考えたところで、知る情報がなく、正確な答えが出るわけもなかった。

 一つため息を零してテーブルのほうへ向き、乱暴に椅子に座って頬杖をつくと同時に棚が視界に入る。何気なく見た先に日記とペンが目に入った。

 もう一度立ち上がり、それらを手に取り、テーブルへと戻る。

 捲るとそこには、書き始めた日の数行しか書かれていなかった。


「そういえば、あれから手を付けてなかった」


 同時に、ウェイスから借りている、他者が書いた日記の事も思いだしてペンを持ち、これまでに起きたことを、思いつくがままに書いていく。

 考えてみれば、書いた次の日にネチーラとの争いが起きたのだ。バルトが必死に読もうと、数行しか書かれていない日記に、何度も何度も視線を送っていたこと。地図の事。虚地の事。そして、ネチーラとの争いの事。実際、現場には行っていないが、ヴェイと言う医者の手伝いをしたこと。そこで初めて自らヘルガを使うように示したこと。

 患者の事。毛布を掛けることしかできなかったこと。ヴェイとウェイスの関係を勘違いしたこと。は、あんな言い方をされたら仕方がないという文句まで記載して。そして、楽しく接してたバルトが本日、帰国してしまうこと。

 そこまで書いてペンが止まる。

 淋しいかと聞かれたら淋しい。唯一、友人のように接してくれた人物だった。死んだわけではないからまた会えるだろうが、それでもやはり物足りなかった。

 ペンを置き、日記を閉じると同時に扉から音がする。返事をせずに振り向くと、扉が開かれ、見送りを澄ましてきたらしいレイサ達が戻ってきた。


「不便な思いをさせてしまってすまないな。もう大丈夫だ。いつも通り城内探検を始めてくれて構わない」


 そう口を開いたのは国王だった。

 国の王とこんな頻繁に、馴れ馴れしく会っていていいものなのだろうか。よくはないだろう。

 他国の王の事情などもよくわからず、接し方がわからないため、とりえず頷いて見せた。すると、満足したのか踵を返し、ウェイスと共に部屋から出ていく。

 話があるのか、レイサは残って椅子に座り、テーブルに肘を置いた。


「何か必要なものはないか」

「え?」

「この間、城外に出たというのに、買い物一つしなかったであろう」

「あ、あぁ。別にほしい物もないし、あの時は本当に、外がどうなってるのかが気になってたから」


 あれから気にしていたという雰囲気でもない。ただ、会話はないが傍に居なければいけない何かがあるかのようだった。


「リベラルは、わがままなんだかそうじゃないんだか、よくわからんぞ」


 困ったように少しだけ眉間に皺をよせ、口元だけを微笑ましている。


「一つわがまま言ってもいい?」

「なんだ?」

「虚地に行ってみたい」


 いつもの小さなわがままだろうと、何気なく聞き返したレイサだったが、すぐに目を見開き美弦のほうを見つめる。

 言葉が出てこないのか、少しだけ開けた口が、閉じることもそれ以上開くこともなかった。


「ダメかな」


 もう一度お願いする様に首をかしげてみると、ようやく動き出した口は、怒鳴り声ではなく、とても弱々しい口調だった。


「な、にを言っておる…」

「一緒に来てほしいとは言わない。一人で行かせてくれて構わない」

「ならん!」


 弱々しい口調から、想像していた大きい怒鳴り声が響き渡る。

 自分の声にも驚いていたのか、怒鳴った口は閉じ、視線を落として落ち着かせるように、深呼吸をしているのが目に入る。

 落ち着きを取り戻したレイサは、視線を戻していつもの声量で言葉をつづけた。


「誰からその場所の事を」

「バルトから聞き出した。どれだけ危険かも理解した」

「行きたいと言う者は、危険を理解したとは言わぬ」


 ため息をつきながらも、呆れるような声が聞こえる。

 二度ほど首を横に振り、やはりだめだと、何度も自分にも美弦にも言い聞かせる。


「今、この世界にリベラルの存在は必要なんだ」

「う……。でも、俺何もしてやれないし。少しでも、役に立ちたかったんだけど」

「失うことが役に立つということなのか」

「な、何も失うとは言い切れ…ない…わけでもないのか」


 戻ってきた者はいない。つまり、どうなるのかわからない場所。それが虚地なのだ。それでもどうしても行きたかった。戻ってこれない理由が何かあるはず。その限界まで行ってみたいという好奇心。

 迷いを見せた美弦に、勢いよくレイサは立ち上がり、何も言わずに背を向けて歩きだし、扉を開ける。声をかけようと駆け寄ろうとしたとき、急ぎ気味に出て扉を閉められる。


(怒らせちゃったかな…?)


 乾いた笑いを出そうとした瞬間、外からガチャリと何かがかかる音がする。


「あれ? 俺、この音知ってる気がする」


 急いで扉に手をかけて引くが、ほんの少し動いただけで引き戻される。何度もいつものように扉を開けようとしても、開く様子は見せない。

 手をあてて扉を叩く。


「おーい。あーけーてー。たーすーけーてー!」


 なんとなくだが、すぐそこにはまだレイサがいるのはわかっていた。

 数回叩いては耳をあて、まだそこに居るかを確認する。しかし、レイサからの声がする様子はないが、返事をする代わりに、扉の向こうから布が擦れる音と、遠ざかっていく足音が聞こえる。

 耳を扉に当てながら、滑り落ちるように膝を曲げて床に着き、耳から扉を離してお尻も床に着ける。体重を後ろに移して両手を後ろに動かして体を支え、大きなため息を吐く。

 今まで自由だったものが、ついに監禁されてしまったようなものなのだ。

 拗ねるように寝るにしても、先ほど起きたばかりで、今向こうの世界に目を覚ましたところで二度寝をすることになり、結局同じこと。

 どこにだれに向ければいいのかもわからない苛立ちを、曲げていた膝を伸ばして、足元にある扉にあたる。


「…痛い」


 想像していた以上に足に痛みが走り、身を丸めるでもなく、蹲るでもなく、ただ膝を伸ばしたまま体をひねって床に向き合うよううつ伏せになる。

 腕で枕を作ってそこに顔を埋め、一つため息をついて心を落ち着かせる。

 小さく唸り、腕に力を入れて上体を起こし、後ろに体重を移して正座をするように座り、もう一つため息をついて立ち上がる。

 言わなければよかった。と後悔はあまり感じてはいない。いつかは言わなければならなかったから。内容の問題上、タイミングを考えていると、いつまでたっても言えないのはわかっていた。


「監禁か…」


 ノソノソと足を動かし、テーブルに置いたままの日記を手に取り、寝台に腰を下ろす。靴を少し乱暴に脱ぎ捨て横になった。

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