第13話 関係

◆◇◆◇


 数日間、起きたらヴェイのところに行き、力を渡す。そんな日々が続いた。

 平日はさすがに現実世界での生活があるため、いつものリズムにはなるものの、起きている時間はヴェイに付きっ切りの生活。

 疲労が溜まったせいか、いつの間にか現実に戻ってしまっており、次に目を覚ました時には、誰かの手により寝台に寝かされていた。服も違う寝間着に着替えさせられており、近くには次に着るべき服が用意されていた。

 寝台の上で着替え終わると、半透明の布を退かして靴を履く。

 寝る前、テーブルに突っ伏しているバルトの姿はなく、静まり返っていた。

 扉を開けると、昼間の護衛がいつものように立っていた。


「バルトは?」

「レイサ様とウェイス様が戻りましたので、そちらに」

「戻ってきたんだ。二人」


 状況はわからないにしろ、生きて戻ってきているということだけがわかって、ホッと胸をなでおろした。

 まだ安心できるような状態ではないのだろうが、廊下に出ると、昨日までのような慌ただしい雰囲気は、廊下に感じられなかった。

 少しは落ち着いているのだろうかと中庭に足を進める。

 怪我人が集まっていたが、ここ数日ほどの人数はなく、救護班も顔色は戻ってきているようだった。

 ヴェイの姿を見つけ、表情を遠目で見てみると、同様顔色は悪くはないようだった。邪魔にならないよう足を進め近づく。


「ヴェイ、俺を使って」

「リベラル様。今日は多くはないので」

「いいから。少しでも楽できた方が良いって。まだ顔色そんなに戻ってないし」


 そう言って、肩を二度ほど優しく叩く。


「なるほど、兵の戻りが早いと思えば、そういうことでしたか」


 治療に専念しようとした瞬間、後ろから聞きなれた声がする。

 ヴェイも少し驚いたように後ろを振り向くと、そこにはレイサとウェイスの姿があった。疲れている様子ではあったが、小さな怪我や痣などが頬や手の甲などに見えるが、大きな怪我をしている様子はない。


「ウェイス、向こうはどういう感じなの」


 ヴェイよりも先に口を開く。

 ウェイスが放った、冷たく何かを責めているような口調が耳から離れない。あたかも、リベラルの力を使うことが、よろしくない事だったかのようで。


「兵の補充は、おかげ様でこちらが有利でしたので、相手が退いて行きました。今は警備と被害の後片付けで忙しない状態ですが」


 淡々と話すウェイス。故意的なのか無意識なのか、言葉一つ一つに何かを感じてしまう。その何かに名前を付けてしまうと、余計にウェイスに向かって牙を剥いてしまいそうになり、落ち着かせるように一つ深呼吸をする。

 わかったというように首を一度縦に振り、再度ヴェイのほうに向きなおして、治療を続けてもらうよう、腕に手を当てる。


「リベラル様、戻られた方が…」

「いいの。どうせ、ウェイスたちの所に行ったところで、俺、役に立たなさそうだし。城から出してくれるわけじゃなさそうだし」


 拗ねるような口調で言う美弦に、何か言いたげなヴェイの視線が届いたが、それでもなお、気にしないかのように、負傷者である患者のほうへと視線を戻した。

 すべての負傷者の治癒が終わったころには、すでに夕陽の明かりが、塀の向こうから感じられた。

 疲れ切っており、救護班のみんなも各々座り込み、呆然とどこかを眺めているようだった。

 今すぐに片づけに入る体力もないのか、ヴェイも塀に寄りかかるように座り、渡り廊下のほうをただ茫然と見つめていた。

 隣に腰をおろし、ヴェイの顔色を見てみるが、素人目でもわかるくらい青白い。ここ数日ほど疲れを感じていないため、もしかしたらリベラルのヘルガを、あまり使っていないようにも感じられる。

 やはり、先ほど来たウェイスの言葉が関係しているのだろうか。

 ヴェイに聞きたいのは山々だが、ようやく仕事を終え、疲れ切っているときにそんな話をさせるわけにもいかず、腰を上げて部屋に戻ると一言伝えた。


「リベラル様。今回は本当に…」

「いいから。休んでて。何か持ってこようか?」

「いえ。おやすみください」

「うん。ありがとう」


 お礼を言われるほどの事はしていない。ヘルガを渡すことしかできず、治癒自体はヴェイの力である。普段楽をしているからこそ、役に立てそうなときくらいは力になりたかった。

 部屋に戻ると言いながらも、護衛の元へ戻り、先ほどのレイサ達がどこに行ったのかを聞くと、二人とも自室へと戻ったとのこと。

 城を歩き回ったことはあるが、その中にある部屋が、何に使われているなどを知らないため、今更になってレイサとウェイスがどの部屋を使っているのか、知らないことを思い出した。

 レイサの部屋を案内してもらい、ドアを三度ほど音を鳴らす。


「レイサ、えーっと…」

『リベラル?』


 自分の事をどう名乗ればいいのか迷っていると、中からレイサの声が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。

 部屋を訪れたのがそんなに驚くことなのか、中から顔を出したレイサは、目を見開き、どうしたのだと言いたげな表情をしていた。

 中に入るよう勧められ足を踏み込む。

 美弦の部屋のような豪華な寝台ではなく、厚めの板に布を引き、枕を置いて布団を置かれただけの、素朴な寝床と、数枚の書類が置かれた机。その椅子が引かれているところを見ると、先ほどまでそこにレイサが座っていたのだろう。

 本や書物などが積まっている背丈ほどの棚が、二個壁沿いに置かれており、部屋の中心に置かれたテーブルは、美弦の部屋にある物と同じような物だった。

 椅子に座るよう勧められ、水の入ったコップを渡される。


「ここに来るのは珍しいな。ヴェイに何かあったか」


 水差しをあった場所に戻して、向かいの椅子に座り、姿勢を正して聞いてくる。

 一口水を飲んでコップをテーブルに置きなおす。


「治療は終わったみたいなんだけど、ちょっと聞きたいことがあって」

「どうした?」

「ヴェイに、ヘルガを渡すのは約束違反?」


 そう聞くと、驚いたかのように、扉を開けた時と同じような表情をする。しかし、その表情もすぐに戻り、代わりに眉間に少し皺をよせ、考えるかのように視線を落として口を紡ぎ、少しうなったような声を出した。


「リヘンサでは、国王はもちろん、私かウェイスが使用する権利与えられている」

「うん。それは護衛の人に聞いた」

「今回、ヴェイがリベラルの力を使っているというのは、国王にも報告が入ってる」


 当たり前の事だろう。

 それがどこから伝わっているのかはわからないが、そのことに関しては間違えではない。ただ、力を分け与える案を出したのは、リベラルである美弦からだというのは、あの場にいた者しか知らないだろう。


「国王はそれに対して、お咎めはなかった。例外と言うものだろう。私もそれで納得はしている。実際に現場では助かった」

「うん。お咎めがないならいいんだけど」

「通常は違反なのだが、何事にも例外はある。気にすることはないし、正直感謝しておる」


 そう言って、柄にもなくレイサは礼をするように頭を伏せる。

 すぐに頭は上げたものの、お互い何かがすっきりしていない。


「レイサもウェイスも前線にいたんだろう?」

「あぁ」

「だから疲れているのはわかるんだ。疲れているだけじゃ言い切れない苦労があったっていうのも。でも、ウェイスがヴェイにかけた言葉が引っ掛かって」

「それは…」


 レイサも気づいているのだろう。

 視線を逸らして、言いにくいことだが、仕方のないことなのだと言わんばかりに、何度かチラチラと美弦のほうに視線を飛ばしてきた。


「本人たちがいないのに言うのも気にかかるが、別に隠していることではないのだが」

「…うん?」

「あの二人は兄弟でな」

「えっ!? あー…。うん。なんか、あの淡々と話す感じとか、冷たい表情をする割に、気にかけてくれてたりとか。なんか、わかる気がする」

「そう。意外と似ているんだがな。あの二人は」


 美弦にとってはかなり衝撃の事実に近かったが、全く似ていない兄弟ではなく、確かに似ている個所はあると納得せざるを得ない。

 だが、その兄弟と言うのが、二人の仲に問題があるとレイサは言う。


「リベラルはどっちが兄だと思う」

「え? んー。どっちも見た目はそんなに変わらないんだよね」

「実際、そこも少し問題ではあるんだが、兄はヴェイなんだ」

「あ、そうなんだ」


 ヴェイもウェイスも、どちらも老けておらず、しかし若すぎない。ちょうどいい年齢が、大体20代半ばくらいのイメージを持つ若さだった。

 だからこそ、どちらが兄だと言われても、違和感がない。しかしそのことにレイサは微笑みながらも、目元は少し困ったような表情を見せていた。


「仲の問題はお互いの立場にあってな。別にどちらの立場が、上か下と言うものは本来ないんだが、周りからしてみれば補佐と言うのもあって、医療の長であるヴェイよりも、ウェイスのほうが偉いと思われてるんだ」

「そう、なんだ」


 不便だな。

 レイサの言葉を聞いてすぐに感じたのは、その一言だけだった。

 同じ立場のレイサが言うのだから、本当にどちらがと言うのはないのだろうが、振り回されてしまうのは、やはり周りの目と言葉。

 偉い人の近くにいる者が、どうしても周りよりも偉く見えてしまう。それは、こちらの世界もあちらの世界も変わらない。王ではないにしても、頂点に立つ者の近くにいる以上、心構えは大切なのだろう。


「周りからの目が、どうしてもヴェイとウェイスの仲に亀裂を入れてしまうんだ。最初はお互い、仕方がないことだとわかり合ってはいたはずなんだが」

「なんか、ちょっとだけわかる気がする。全部じゃないけど。俺、弟居るから。やっぱり、弟には胸張って居たいけど、それでもやっぱり違う人だから。得意分野が違うだけで、弟のほうがすごいって思われるのは癪に触るかも」

「あぁ、最初はお互い、それはわかっていたんだ。ウェイスは戦闘に長けていて、ヴェイは治癒能力が誰よりも手際が良く、向いて評価されて今の立場を手に入れた。お互いがお互い、能力を尊敬しあい、助け合っていたんだ。周りの声を聴くまでは」

「…周り」

「リベラルも見ただろうが、救護班はヴェイの能力の凄さを知っている。だからこそ、尊敬し慕っている。しかし、逆にウェイスは兵たちの憧れでもある。攻撃魔法に特化し、常に前線の隊を束ねる。それだけではなく、自らその場に出向くからこそ、兵の士気も上がる」


 救護か攻撃か。

 見事に真逆の立場で特化しているとのこと。兄弟だからこそ、支え合えればよかったのだが。そうつぶやくレイサは、今の状況を悲しんでいるというよりも、なんだか昔を思い出しているように、瞼を閉じて少しだけ微笑み、優しい笑顔を見せ、懐かしい表情をする。


「いつからだったのかはわからない。気づけば兵と救護班でどっちがすごいのかとか。そういう話がいろいろ連鎖して、それに振り回された二人の仲が崩壊していったんだ」

「周りの目を…気にしちゃった。いや、気にさせるような状況を周りが作っちゃったんだ」

「そうだな。ただ、やはり兄だな。ヴェイはすごい。普通であれば、弟に対して妬みの感情を起こすものだろうが、純粋に弟はすごいからと、身を引いてしまうんだ。だから大きな喧嘩にはならない」

「ウェイスは、そういうわけにもいかなかった。んだね?」


 少しだけ苦い顔を見せる。


「今回の戦いは、ウェイスの言うとおり、兵の補充の速さがネチーラの撤退につながった。それは前衛の粘りと、現場の救護班と城の救護班の釣り合いが良かったんだ。本当に感謝している」

「うん。ヴェイ、すごく頑張ってた。そして、戻ってきた兵たちも、また戦いに行こうとしている兵たちも、この国を守ろうとしているのがすごい伝わってきてたよ」

「だがそれも、ウェイスの気に触れたんだろう」

「え?」

「ウェイスは別に兄であるヴェイを嫌いなわけでも、憎いわけでもないんだ。ただ、今回は周りがうるさすぎた」

「何を、言われたの?」

「ヴェイは、リベラルを使って楽をしている」

「なっ…」

「私もウェイスも、そんなことは思っていない。でも、言うやつは言うんだよ。ウェイスを苛立たせたのはその言葉だったんだ」


 つながりそうだったものが、いきなり離れていく。

 鵜呑みにしてヴェイに対して強い言い方をしてしまったのだ。と、どこかでレイサが言う気がしていたのだ。しかし、実際には全く違う状況だった。

 読み切れない二人の関係に、身体が徐々に前のめりになる。


「ウェイスはヴェイの治癒能力を知っている。だからこそ、実力自体はヴェイの物だ。と。変に影響の与える者は罰を与える。それがウェイスのやり方だった。だから、今回も前衛で一悶着あったんだ。それでも、どうにか収めることはできたんだが。結構それでウェイスに疲れがたまっていてな、ウェイスの言っていた“そういうこと”は、リベラルの力を使っていたにしても、あんなにも顔色を悪くなるほど、力を使いすぎていたのだろう。と。そして、使われていたはずのリベラルの顔色は悪くはなかった」

「……もしかして、あのそういうことって、悪い意味じゃ…なかったの?」

「あぁ。違う」 


 先ほどとは変わって、なんだかうれしそうに微笑むレイサに、肩の力が抜けて腕をテーブルの上に伸ばして顔を伏せる。


「なんだよもー! …もー!!」

「もし本当に、リベラルの力を使い続け、自らを楽にしているのであれば、酷使しているはずのリベラルが、あんなにもいい表情ができるほど元気なわけがない。逆に、あんなにもヴェイの顔色が悪くなることはないはず」

「わかりにくい。っていうか、二人の仲を裂いてるのって、ウェイスのわかりにくい優しさのせいじゃない?」

「それを、兄はわかっているんだよ」

「……結局仲良しってことかよ」

「はは。そうだな」


 レイサは、一切の反省をしないかのように、美弦を見ながらも声を上げて笑っていた。

 そんな楽しそうなレイサを見るのが初めてで、怒っていることをわかってもらうにも、強く言えずに頬を膨らませる。


「レイサも分かりにくい言い方するな」

「まぁ、そのせいで周りは仲が悪いのだろうと言われているがな」

「でしょうよ・・・」


 結局はそこなのだ。

 仲が悪いと周りに思われているからこそ、変な捉え方をされることが多いのだ。ただ、それが正確なのであれば美弦がとやかく言えることではないし、ヴェイがわかっているのであれば、それこそただのお節介だ。

 美弦を惑わして楽しんで満足したのか、テーブルに手をつきレイサが立ち上がる。それに続いて美弦も立ち上がり扉に向かって歩き出す。


「心配する必要がないなら部屋に戻りますー。仕事の邪魔してごめんな」

「いや。良い憂さ晴らしになった」

「憂さ晴らしって……やっぱり俺で遊んだだろ」

「あぁ。おやすみリベラル」

「うん。おやすみなさい」


 振り返ることなく、片手をヒラヒラと振って部屋を出て行った。

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