5話 当日
「あ、あれぇ?」
学校帰りの寄り道で、金時は素っ頓狂な声を出した。
今、彼の目の前にあるのは
なにせ争奪を行うのは奈保と弥生だけだと思っていたのだ。なのに三人目──しかも聞いたこともない名前が連なっている。
「金時君」
「ああ、弥生に奈保」
どこからかうわさを聞きつけ、弥生たちが慌てた感じにやってきた。そして掲示板に書かれている金時、そして自分たちの名、更にもうひとりの名前を見て深いため息をついた。
「金時君、とてもまずい状況になったわ」
「ああうん、何か知らない子が入ってるんだけど……」
「
桜楼花学園のミミツキのリーダーで他の生徒と同様グレーのブレザーなのだが、シルクでできているのか銀色の光沢を放っている。
「弥生と奈保の争奪に出て来るってことは強いの?」
「個としては大して強くないと思うの。だけど彼女が率いる『
旭を中心に4人が手足……いや、旭が考えることなく反射のように動く集団。命令するまでもなく思ったように動く彼女らを倒すのは弥生たちでも難しいだろう。
「どうするつもり?」
「うーん、まず最初に抑えておきたいかな。奈保ちゃん、それでいい?」
「んー? いーよぉー」
部外者にはご退場頂こうという話だ。どうせ彼女らは金時に興味があるわけではない。弥生と奈保への個人的執着程度のことで割り込まれたくない。
「ちなみに二人は何人で戦うつもりなの?」
争奪は本人含め、他に4人まで加えることができる。これはミミツキではない少女たちでも争奪に参加できるようにしてあるためだ。友好関係や人脈もまた、その人の力であると言える。
「私は三人だよ。奈保ちゃんは?」
「アタシひとりだよー」
「ん……奈保ちゃんなら大丈夫かな」
「大丈夫なのか?」
他はみんな複数で来るというのに、奈保はひとりで戦う。誰がどう見ても明らかに不利でしかない。金時ですら不安になっている。
「集団はいざ知らず、個の戦闘力なら奈保ちゃんは間違いなくトップクラスよ。まともに相手ができるのなんて、芍科の赤猫くらいだと思うし」
「赤猫?」
空手道場の娘で幼少から武道を学び、この島で独自進化した彼女の戦いは群を抜いている。赤猫と白ウサギ、本当に強いのはどちらか。これも少女たちのうわさのネタになっている。皆わかっているのだ。最強はどちらかで、弥生ではないことを。
それでも最後まで倒れないのは弥生。そのことも知っている。弥生の強さは肉体的なものだけではない。その揺るがない芯の強さなのだ。
「でも多分赤猫と敵対することはないと思うよ。彼女は気まぐれだし……」
そこまで言って気付いてしまった。気まぐれだからこそ敵対することもある。弥生は苦々しい感じに口を歪める。
この島の情勢は酷く不安定だ。現在トップに君臨している弥生にさえ、隙あらば牙を剥こうとしている連中もいる。
明確な敵意を見せる灰色狐群はその代表格で、転覆させる機会を虎視眈々と狙っていた。
赤猫は気まぐれと言われるくらいだから特に最強へのこだわりはない。だがそれは弥生に従うということでもなく、なにかしらのきっかけで敵対することも充分に有り得るのだ。できるだけ触れずに放っておくほうがいい。
とはいえ赤猫側もわざわざゼルダに喧嘩を売ろうとなんて思っていないだろう。なにせ争奪に10戦以上参加して無敗なのは、現在この島で弥生ただひとりしかいないのだ。今5年生の前ゼルダでさえ1敗を喫している。気まぐれだからといって、余計なことをして黒星を付けるのは嫌であろう。
「とにかく、争奪までは周りの目もあるからあまり会わないほうがいいかもね」
「そういうものなの?」
「うん。八百長とか変な疑惑が出るとやりづらいし……」
弥生の立場上、周囲へ示しをつける模範的行動をしなければならない。そのためには少しでも周りからの目からも隙を減らしたいのだ。
争奪は発表後の土曜。本日木曜のため明後日だ。数日会わないだけと考えれば、大したことではない。
金時、奈保、弥生は頷き、帰路へついた。
争奪当日。当日の朝、案内係のミミツキに連れられて金時が向かった競技場は満員になっていた。本日の争奪は4組。そして最終戦、つまりメインイベントをつとめるのが奈保たちだ。
通常であれば、今日3試合目に行われる争奪がメインだ。なにせひとりの男に対し、6組。総勢30人という大きな戦いが行われるのだから。
客としても、400メートルトラックの収まる大きな競技場で小さな勝負を見ても盛り上がらない。しかし今回は別だ。不敗の弥生と番犬、個人では最強と謳われる奈保。それに5人組であれば無敵と言われた
争奪を行うものは専用のボックスシートにてその他の試合を見守ることができる。ここで争奪の対象になる男を皆が確認でき、且つ誰と誰が奪い合うのかがわかる。席に座る少女からしたら、周りへのアピールにもなるのだ。
金時は奈保と弥生に挟まれるかたちで席へ着く。そして後ろにある空いている席を怪訝に見つめた。
「それでええっと、銀狐って子は?」
「彼女がここに来るはずないよ。金時君に興味すらないと思うし」
この席に着けるのは、争奪対象である男と、奪い合う少女だけ。一緒に戦う仲間などは控室で待っている。とはいえボックスシートへ座るのは男以外義務ではない。銀狐は控室で他の仲間たちといるのだろう。それが余計に弥生を苛立たせる。
「えーっと、それにしても弥生の応援凄いな……」
弥生の心境を察したのか、金時は他へ気を逸らせようとする。まだ弥生の試合は先だというのに、もう既に横断幕などがたくさんかかっていた。
「アタシの応援もあるよー!」
奈保の言葉に金時は周囲を確認する。奈保の学校、澄礼女子は全て奈保の応援だ。それ以外にもちらほらと奈保の応援らしき旗や幕がある。
「なんだウサ耳の星って……」
「普通兎耳の子は戦力にならないから
「それでウサ耳代表みたいな扱いなんだ」
争奪はただ単に女子同士が男を奪い合うだけの場ではない。ミミツキたちが己の力を誇示する場でもあるのだ。たくさんの観客の中、どのミミツキが強く秀でているのかがよくわかる。
「実際はその俊足で追跡するから犯罪検挙率はトップなんだけどね。それでもやっぱり弱いと思われてて」
「なるほどね。奈保はこの島でもトップレベルの強さを持っているから、ウサ耳だから弱いというわけじゃないってことになるのか」
「うん。だからうちの学校の兎耳の子も結構奈保ちゃんを応援してるよ」
金時が見回すと、弥生の学校の制服を来たウサ耳女子が、肩身狭く奈保の応援幕を広げている。
「それはいいの?」
「誰を応援しても咎める気はないよ。強制された応援って、受ける方としてもなんか嫌だし……」
「そうだね」
遠慮しながら応援といっても、周りがそれを嫌な目で見たり止めたりしない。自分たちが応援したい人を応援するよう弥生が言い聞かせていたからだ。そういう寛大な点も弥生の人気のひとつである。
「あのダンシングドールって?」
「それも私の愛称かな」
弥生の得意な戦い方は、回転による攻防一体の技だ。その姿はまるで
実のところ、弥生の愛称はたくさんあり、ゼルダの他は統一感がない。それだけいろんな場面で活躍しているということだ。
「それにしても、周りが女子ばかりで気後れするんだけど……」
「争奪を見学できる男子は
争奪は娯楽とはいえほぼ女の園である競技場の客席は男子禁制。つまり男子は娯楽に興じさせてすらもらえない。今の男子の流行りは自作のカードゲームかTRPGである。
「あの、弥生様!」
「ん? なに?」
突然隣のボックスシートから、ひとりの少女がやって来た。
狐耳であるが、制服が異なる他校の生徒だ。弥生の前でもじもじしている。
「わ、私は前座を務めさせて頂きます空──」
「空知さんだよね。これはあなたの大切な戦いで、決して前座なんかじゃないんだよ。がんばってね」
「はっ、はい! 頑張ります!」
笑顔で話す弥生に少女は顔を赤らめ、足早に下へ行った。これから争奪でグランドへ降りる前に挨拶をしに来たようだ。
そして間もなく、最初の争奪が開始される。
恋する兎は何見て跳ねる? 狐付き @kitsunetsuki
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