4話 騒乱の予感

「はぁい」


 扉をノックされ、返事をして開け出てきたのは妹の有希だった。

 最後に会ったのは小学6年生。流石に幼さは抜けてきて、以前よりも大人びてきてはいるものの、そこにいる少女は金時が知っている妹のままである。


「有希っ!」

「お……お兄ちゃん!? なんでこんなところに!?」


 金時がいることに有希は驚く。彼女もまた金時のスペックを知っているため、この島へやってくることはないだろうと思っていたようだ。


「お前が全く連絡をよこさなくなったからだよ。父さんや母さんも心配してたんだぞ」

「う……ごめんお兄ちゃん」

「一応事情を聞いたから仕方ないとは思うけど……。まあ無事で何よりだよ」


 2年ぶりの兄妹の再会。感動的ではないが、ある意味劇的だ。

 そして有希はとても申し訳なさそうにしている。それはそうだろう。彼の進路を自分のために変え、しかもこんな男にとっては地獄とも言えるような場所へこさせてしまったのだから。


 だが今の金時にはそれは別にどうでもよかった。なにせ妹だけではなく、別れてしまった幼馴染2人の安否がわかったのだ。これはとても良いことではなかろうか。


「それで、向こう見ずなところは治ってないみたいだな。もう少し考えないと周りにも迷惑がかかるんだからな」

「……それ、お兄ちゃんには言われたくないよ」


 金時もすぐ自分が思ったように動いてしまう。似たもの兄妹だ。その様子を見ながら奈保はいつも通りニコニコし、弥生は苦笑いする。


「あー……、僕はほら、男なんだし、ある程度のことは自分で解決できるからだよ」


 若干たどたどしい喋り方だ。少しは自覚があるのだろう。


「弥生、有希はなんとかならない?」

「なんとかしたいところだけど、常に私たちが目配りできるわけじゃないから仕方ないよ。それにあまり他のマメーリアの子たちを刺激したくないし……」


 相手がこの島の女王、ゼルダとはいえ絶対服従というわけではないらしい。綻びがあればそこを突こうとしている人物はそれなりにいる。

 勿論実力で決着をつけるという手もあるし、弥生は負けないだろう。しかし暴力のみで雌雄を決するのは力しか正義がないと言っているようなものだ。弥生は今の現状をなるべく変えていきたいと思っているため、それはあまりやりたくない。


 もちろん争奪イスティントもそうだ。しかし自分のときだけやらないみたいな流れでは反感を買ってしまう。少なくとも数度は戦わなければいけないだろうということは覚悟している。


 弥生がゼルダとして君臨してまだ1年。問題は山積みであり、一番の問題であるミミツキ、つまり力のある生徒がそれを望んでいないということをなんとかせねばならない。

 暴力によって支配された、力こそが正義の世界。それがこの島の実情である。


「じゃあ有希はずっとこのまま?」

「ほとぼりが冷めるまでは仕方ないかな。あと有希ちゃんが逆らった生徒も今は5年生だし、彼女らもそろそろ島から出た後の進路を決めないといけない時期だから大丈夫だとは思うんだけど……」


 弥生はゼルダとはいえまだ3年生。この島は実力主義であり年功序列ではないが、あまり上級生と事を構えたくはない。


「まあとりあえず母さんには連絡しておきたい。連絡はできるんだよね?」

「有希ちゃんを連れて行くのは難しいかな。もちろん今の金時君もね」


 電話連絡などをするためには、港にある連絡棟まで行かねばならない。この周囲はまだ漣華学院の縄張りテリトリーであり、他の学校のミミツキが近寄らないから安全なのだが、そこから出たらどうなるかわからない。

 それに金時は弥生と奈保が目を付けたといってもまだただの男子だ。彼氏でもない男子を連絡棟へ入れるのは難しい。

 連絡棟を守るミミツキは通常のミミツキと異なる独立部隊であり、いくら弥生だからといって簡単に言うことを聞いてくれるわけではない。つまり現在のところ、連絡手段はないと言える。


「だったら弥生か奈保がうちに電話して教えるくらいはできるよね?」

「あっ……うん、そうだね……」


 気付かなかったようだ。こういうところでぬけているのは昔からだなと金時は苦笑する。勉強はできるのだが、それ以外のことで駄目なところが多いのだ。


「ゼルダ、そろそろお時間が」

「もうそんな時間? ごめんね金時君。ちょっとこの後行かないといけないところがあるから、今日はこの辺で」

「うん……。じゃあまたね、有希」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 弥生が目を付けたとはいえ、ここの建物で金時が好きにできる場所はない。弥生が出た瞬間、彼も一緒に追い出されるのだ。積もる話はいくらでもあるだろうが、ここは従わなくてはならない。そのため金時は奈保と共に寮へ帰ることになった。





 弥生と奈保が同じ男に目を付けているといううわさは瞬く間に島中を駆け巡った。

 なにせ両者とも今まで男の影すらなかったのだ。特に弥生が男とくっつくなんてあり得ない話である。

 弥生のことはあの場にいた仲間しかいなかったのに、どこから漏れたのだろうか。だがどちらにせよ発言したことには変わりなく、撤回しようがない。


 それに今まで友好的だったこの2人が争うなんてまず見られない。以前ちょっとしたいざこざはあったものの、基本仲良しである。だがこれ以上の争奪なんてまずないだろう。ミミツキの最高権力者、ゼルダの弥生と、ミミツキ最強と呼ばれる白ウサギ奈保。争奪を行う競技場の入場がチケット制であれば、恐ろしい金額で取引されることになっただろう。



 色々な話が飛び交うなか、弥生は奈保を呼び出し、話をする。漣華学院と澄礼女子とのテリトリーの境界線付近にあるビルの一室。建物の外を漣華のミミツキと澄礼のミミツキが固め、この部屋には奈保と弥生、そして『番犬』と呼ばれる弥生の護衛をしている犬の女王キャニーダエ2人だけだ。外部に内容が漏れることはない。



「ねえ奈保ちゃん。やっぱり考え直してもらえない?」

「んー……。一応アタシは『澄礼の白ウサギ』だから引くわけにはいかないんだよー」


 奈保は少し困ったような笑顔を返す。

 実のところ奈保が突出して強いだけであり、澄礼のミミツキは大して強くない。

 もしこれで、例え相手がゼルダであろうとホイホイ従ってしまういい子ちゃんであったなら、他の学校から甘く見られてしまう。

 それは島内序列2位である澄礼の生徒全員に良くない影響を与えてしまう。女王としてそれは避けねばならないのだ。

 

 つまり弥生と奈保の2人が同じ男子に目を付けた時点で、漣華学院と澄礼女子の戦争となってしまうのだ。


「や、弥生ちゃんが退いてくれるわけにはいかないのー?」


「奈保ちゃんも知ってるでしょ、この島の状況を。金時君を守るには澄礼の白ウサギよりも最高位ゼルダのほうが庇護下へ置くにはいいと思うの」

「うぅー」


 この島でゼルダに逆らう人間は滅多にいない。単純に強いというだけでなく、彼女の信奉者は多いため、それすらも敵に回す可能性が高いため、歯向かうのは得策ではない。


 だがそれは奈保にも言える。内部生がこの島で最も怒らせてはいけない人物はと聞かれたら、大抵の人は『澄礼の白ウサギ』と答えるだろう。


 一度奈保はキレたことがある。一年半前のことだ。まだ彼女が兎の女王レポリディーになったばかりで澄礼自体が馬鹿にされやすかった時期だった。

 泣きながら暴れる奈保は、誰にも止められなかった。それは女王クラスを2人含む20人がかりでもだ。

 結局止めたのは、その後にやって来たまだゼルダになる前の弥生と、やがてその下で番犬として従うことになるイヌ耳2人、更に後の赤猫と呼ばれるネコ耳少女の4人でようやくといった感じだった。怪我人は重傷者2名含む13名。本来ならば、それほどのことをしでかした奈保は強制退去させられるはずだったのだが、原因はどう考えても奈保にちょっかいを出した方であったため、不問となった。


 だがその件以来、澄礼の中学プライマリには魔獣が潜んでいると言われ、それがそのまま『澄礼の白ウサギ伝説』となって語られている。


 どちらにせよ逆らうのは危険。双方を敵に回すなんて以ての外だ。だが奈保は『博愛主義の白ウサギ』とも言われるほど争いを好まないため、与し易いと思われている可能性がある。


 結局話し合いは平行線を辿ることしかできず、争奪にて決着をつけることで同意せざるを得なかった。





 ────桜楼花おうろうか学園高等部────



「旭様、お話が……」


 生徒会室で、ソファにもたれかかり足を組むグレーの狐耳を付けた旭と呼ばれた少女は、侍らせている下着姿の少女たちから目を外し、気だるそうに声の主を見た。

 旭は少し長いショートカットの髪をいじりながら、少しずつ距離を置こうとしている怯えた少女たちを一瞥してから立ち上がり、声の主のほうへ歩み寄る。


「なんだ?」

「ちょっと小耳に挟んだのですが……」


 声の主、後ろで束ねた長い髪の少女は、耳打ちするように旭へと話しかける。

 


「なに? 澄礼のウサ公とマメギツネが?」

「はい」


 どこからだろうか、いや、島のあちこちでうわさになっている話であるから出処は不明だが、奈保と弥生の争奪のことを伝えに来たようだ。


「くくっ、面白いことになってるみたいじゃないか。いいねぇ」


 旭の顔から先ほどの気だるさが消え、嬉しそうに微笑む。普通の少女の笑顔ではあるが、見る人によってそれは凶悪な印象を受けるだろう。


「いかがなされますか?」

「当然乗り込むだろ。んで散々引っ掻き回して、あわよくばあいつらの男を奪ってやる」

「流石です旭様」


 旭はソファに戻り、背もたれにかけてあったグレーのブレザーを乱暴に掴み、袖を通すと部屋から出た。

 廊下には同じような狐耳を付けた少女たちが並び、旭の言葉を待っている。


「よしやるぞ! この島は我々灰色狐群グレイフォックスのものだ!」

『はいっ』


 旭を先頭に列を成し、集団は長い廊下を歩いて行った。

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