3話 争奪(イスティント)

「僕がここへ来た理由は、有希を探しに来るためだよ」


 金時がこの島へ来たのは、1年前から音信不通、ほぼ行方不明となってしまったひとつ下の妹の安否を確認するためだった。

 男子はさておき、女子は大抵月1くらいの割合で家族に連絡をする。有希も毎月半ばになると電話をしていた。それが去年の春辺りからぱったりとなくなってしまった。

 今年中学3年生、つまり去年は中学2年。変な妄想に取り憑かれたり、反抗期のようなものになって親と連絡したくなくなったという可能性もある。

 だが外から連絡する方法は手紙くらいしかなく、緊急時でなければエマージェンシーコールも使えない。そうなるとなにが起こっているか調べるため、この島へ来なくてはならないのだ。


「少しは予想してたけど、やっぱりそれで来ちゃったんだね……」


 全く連絡をよこさない妹を心配して来るのではないかと考えてみたものの、金時の身体能力ではここへ来ることができない。真面目というわけではないが、彼もそれなりに正義感が強いため、教師などを騙すような真似はしないと思っていたから、成績を落としてまで来るという結論は出なかった。


「あー、有希ちゃんはねぇー」

「金時君、有希ちゃんなら無事よ」


 奈保の言葉を遮るように弥生が答える。ただ単に奈保と話をするよりも自分と話して欲しいというわけではなく、弥生のほうが事情を詳しいからという感じだ。

 もちろん前者が全く否定されるわけではなさそうだが。


「ほ、ほんと!?」


 金時は驚きの声をあげる。音信不通だった妹の行方を知っている人物がいた。幼馴染のふたりであったし、しかも無事だと言うのだ。これでまず心配ごとのひとつが消えたわけだ。


「彼女は私たちの方で保護してるの。ちょっとトラブルに巻き込まれちゃってね」


 か。そんな言葉が彼の頭に浮かぶ。

 妹の有希はトラブルメーカー。正しくは自分が気に入らないことがあると楯突くわけなのだが、わがままというわけではなく、自らの正義と信念に基づいている。

 それは傍から見ても正しいと思われるようなことが多いため、文句が言いづらい。


「会わせて欲しい」

「うん、金時君ならそう言うと思ってたし、もし止めても行こうとするだろうから」

「じゃあ早速……」

「そこも相変わらずなんだね。わかった、ついてきて」


 音信不通になって1年だが、会わなくなってからは2年だ。今更数日くらい空いたところで誤差みたいなものなのだが、こうと決めたらすぐ動く金時の性格は変わらない。



「それで一体有希はなにをしたの?」


 歩いている途中、金時は弥生に訊ねた。色々と予測はつくのだが、実際になにが起こったのかはわからない。会わない間に変わったのかもしれないため、確認したかった。


「ええっとね、男子を庇うためミミツキに歯向かっちゃったんだよ」


 ミミツキ、つまり秩序管理部に逆らうなんて言語道断だ。しかも男子を庇うためだなんて許されるはずがない。有希の正義には男子も女子もない。だからそんなルールなんて関係なく、正しいと思った相手を助ける。

 以前と変わらぬ妹で安心した反面、自分が危うい状況になることも顧みず出張ってしまうことに対して自らも反省する。それが結果周囲に迷惑をかけ、巻き込むことになるかもしれないのだ。金時自体もその傾向があるため頭が痛い。




 暫く歩き辿り着いたのは、弥生の通う漣華れんげ学院の近くにあるビルだった。校門からも教室からも見ることができるここは、彼女らによって常に警戒されているといってもいいだろう。


「私よ」


 弥生が声をかけると、電動シャッターは音を立てつつ開いた。

 中には数人のミミツキ、それも弥生と同じベージュのブレザーを着た少女がいた。


「ゼルダ、そちらの男は?」

「気にしないで。私が人だから」


 弥生は金時の腕に抱き着き、笑顔で言った。

 するとシャッターの傍にいたミミツキの少女たちは驚愕の表情を覗かせた。


 ミミツキたちは女の子らしくうわさ好き。特に恋愛話となれば猶更だ

 男嫌いのゼルダ、博愛主義の白ウサギ、気まぐれ赤にゃんこ等、有名になればなるほどその恋愛対象に興味津々だ。中でもこの島で最高位である弥生は男嫌いと思われており、どんな彼女ができるのだろうとみんな話していたくらいだ。


 そんな弥生が男連れ。しかも滅多に見せない笑顔としっかりとしがみついた腕。こんなことがあるだなんてこの場にいる誰も思っていなかったはずだ。

 固まっている周囲のミミツキを尻目に、金時たちは奥へ進み、廊下を歩く。その途中、気になったことを聞いてみることにした。


「あのさ」

「どうしたの?」

「奈保も言っていたけどさ、その『目を付けた』って何なの?」


 金時の言葉に、弥生は一瞬固まってしまった。そして油の切れた機械のようにギギギと奈保の方へと振り返る。


「えっ……奈保ちゃん、あなた……」

「えへへー」


 奈保は悪びれた様子もなく、笑顔を向ける。弥生は額に軽く手を当て、顔をしかめた。


「そのことは誰かに言った?」

「うんー、金時君に絡んでいたネコちゃんたちに帰ってもらうためにー」


 もう既に誰かへ伝えてしまっていたのだ。しかもミミツキの女子へ。今更なかったことにはできない。


「それで、それって一体なんなの?」

「……金時君は知らなくていいよ」

「話を聞く限り、僕は当事者じゃないのか? だったら知る権利はあると思う」


 弥生は深いため息をつき、それがどういうことかを説明しだした。

 目を付ける。それは女子が他の女子に対して男子を指すとき使う言葉であり、簡単に言えば『こいつは自分の彼氏になる男子だから手を出すな』という意味だ。


 そしてもし一人の男子に対して二人以上の女子が目を付けた場合、争奪イスティントが行われる。

 もちろん男子に選択権は無い。まるで猫のような社会である。


「……ってことは……」

「そう。私と奈保ちゃんは戦わないといけなくなったの。あなたを奪い合うために」

「えっ」


 これは2人の女子がひとりの男を賭けて勝負することになるわけだが、それはもちろんキャッキャウフフなお遊びの延長みたいな勝負ではなく、血飛沫上がる殴り合いをするということになる。

 男子なんぞ勝者へのただの賞品だ。拒否することもできなければ、ただただ従うことしか許されていない。そして相手がミミツキであれば、捨てられた後は悲惨だ。だから必死に捨てられぬよう従順になるしかない。それがどのような相手であっても。


「奈保ちゃん、最高位ゼルダの名のもとに命じます。『退いて』」

「やだよー。アタシだって兎の女王レポリディーだもんー」

「はぁ……結局そうなるんだ……」


 本日何度めかの深いため息をつく弥生の表情に諦めが伺える。もうこうなったら戦うしかないのだろう。


「弥生、ゼルダっていうのは?」

「ゼルダはね、昔は島の女王アニマリアと呼ばれていたらしいの。秩序管理部マメーリアのトップ……警察で言うなら警視総監みたいなものなのかな」


 ミミツキが警察みたいな組織であるというのならばそうなのだろうが、実際にはミミツキがこの島を支配しているわけで、つまり弥生こそがこの島の実権を握っている、文字通り女王ということだ。



 6年前、この島に最強の狐耳がいた。

 彼女は自らをゼルダと名乗り、引退まで負けることがなかった。

 小さな体で大きな狐耳をつけた少女は、見るからに大して強そうではなかったため、侮られ、舐められ、様々なミミツキが牙を剥いた。

 だが初代ゼルダのイスティントにおける戦歴は、27戦27勝。この島の伝説だ。


 それ以来、ゼルダの名はこの島の最高位として継承されてゆき、現在その栄誉を弥生が預かっているのだ。



「てことは、弥生って相当強いの?」

「うーん、自分で言うのもなんだけど、私が加わったイスティントは負けたことがないんだよ」


 戦歴で言うと14戦14勝。どんな負け戦と言われていた勝負でも、最後まで立っていたのは弥生であった。彼女の戦い方は優雅かつ凄まじく、初代ゼルダの再来とまで言われている。


「なんだかよくわからないけど、それじゃあ弥生が学校でも女王なんだ?」

「うちの学校はそこにいる2人の犬の女王キャニーダエだよ。私は別」


 弥生のボディーガードのような黒い制服の2人だ。本来女王は各校1人だけなのだが、この両者は実力が拮抗しているため比べられない。

 それに漣華学院には弥生ゼルダがいるのだから、あとはどうとでもいいみたいな雰囲気があるため、女王が2人いるのだ。


「それでその争奪イスティントをやらず穏便に済ませる方法は……」

「ないよ。私も奈保ちゃんも立場があるから」


 奈保はのほほんとしているようでも、自分がどういう決断をしないといけないのかはちゃんとわかっている。ただ単に強いだけで上に立っているわけではない。


 また厄介な問題が増えた。しかも相当な面倒ごとだ。

 こうなってしまったら、とにかく目先のことから片付けていくしかない。


「ここだよ」


 弥生はひとつの扉の前で止まる。

 金時はまず最初の問題、妹の安否を確かめるため、扉をノックした。

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