2話 再会

 ほとんど寮の外へ出ずに過ごしたおかげで、トラブルに巻き込まれず無事入学式を迎えた金時は、他の生徒と紛れるように校舎を出て学校へ向かう。

 これから5年間、外食はできず寮に戻ってレトルトのごはんや缶詰を食う生活を強いられるのかと思うと足が重い。それでも1日1日を過ごしていかねばならないため、周囲の暗い顔をした連中と共に歩く。まるでゾンビの群れのようだ。


 学校へ近付くにつれ、他の寮の人たちとも合流する。学校までの移動は1年生が最も遠い寮で、それから学年ごとに近くなっていく。となると最後に合流するのは5年生。彼らはもはや衰弱しきっていた。


 そのなかでも色艶のよい生徒もいる。見るからにわかる、モテそうな容姿だ。つまり彼氏レムールである。彼らのことを恨めしそうな目で見ている生徒もいる。しかしもし手を出してしまったら彼女らからどういう目に合わされるかわからないし、やせ細った彼らがしっかりと栄養を取っている彼らに勝てるはずもない。



 学校へ到着し、顔認証を行うゲートをくぐり玄関にある液晶板からクラスを確認、あとは教室へ行く。羊一と同じクラスになったが、夕とは別だ。それでも知った顔があるだけ金時は安心した。


 教室には黒板が無く、代わりに巨大なモニターが教壇にある。それにより通常の学校授業のような状態にできる。

 ならば最初から自室でもできるのではないかといえばそうではない。学校生活というのは社会へ出る前に必要なことを覚えることができるのだ。


 そんなわけで、講堂に全校生徒が入れるわけではないため、教室にて入学式及び始業式を行う。これは全ての学校が共通で同じ校長がモニター越しに話をする。形だけの校長なため、そこらへんは問題ないのだろう。教頭は各校おり、教師も各校で異なる。これは学力が学校ごとに異なるから仕方ない。

 ただし高校は選択制、つまり中学時代最低点でも学力トップの高校へ入れる。もちろんついていけるわけではないのでその生徒の今後は不明。

 だが大抵の生徒は失敗を恐れ、身の程以下の学校へ行くようにしている。なにせここで無理をしたところで、元の世界へ戻ったとき痛い目にあうのは自分なのだ。


 そして入学式の校長の話なんぞ退屈なのはどこでも変わらない。皆眠気を堪えつつ過ごし、ようやく終了。

 特に学校でなにかをするわけでもない金時と羊一たちは一斉に教室を出る。同じクラスの仲間と親睦といっても、どうせ1年生は同じ寮なのだから、部屋でくつろぎながら仲良くなったほうがいい。




 学校帰り金時は、恐喝じみた光景を見た。

 睨みつけているのはネコ耳を付けたミミツキ女子2人、怯えているのは中学くらいの男子だ。同じ帰路についている男子たちはそれを見ないようこそこそと過ぎ去る。


「やめろよ!」


 考えるよりも先に実行。金時は間に割って入った。その肩を羊一が掴み止めようとする。


「おいやめとけ! ミミツキには逆らうなって言われてるだろ!」

「悪いけど僕はああいったものを見過ごせるほどお人よしじゃない」


 お人よしの使い方を間違えている。むしろお前がお人よしだと言いたい気持ちを羊一は堪え、金時と距離を取る。

 こいつのことは放っておこう。俺は関係無い。この場ではそういった対応をしたほうがいいと羊一は判断したようだ。ある程度離れたところで振り向き、一気に走ろうとした。


「おいお前」

「は、ひゃい!」


 ミミツキの一人が逃れようとしている羊一を見つけ、声をかける。呼び止められた羊一は恐る恐る振り返り、恐怖の色を隠していない笑顔を向ける。


「お前はそいつのツレか?」


 少女は顔を羊一に向けたまま目で金時を見て、小さく顎で指す。


「や、やだなあお姉さまがた。俺はいつでもお姉さまがたの味方ですぜ」

「ほう、殊勝な心掛けだな。踏んでやろうか?」

「マジっすか!?」


 羊一は嬉しそうにいそいそと服従した犬のような仰向けになった。いつでもスタンバイはOKだと言わんばかりの表情で。

 その様子を見ていた少女たちはドン引きである。やばいなぁ、マジモンに声かけちゃったよと言いたげな顔だ。

 だけど言ってしまったのだから仕方がない。ミミツキの少女は羊一の顔をつま先で恐る恐る踏んだ。


「うへへ」

「ひぃっ」


 羊一の薄ら笑いに少女は思わず足を引っ込める。少し涙目だ。完全に怯えてしまっていた。もはや立場が逆転しているといってもいい。


 もちろんこの場に流れる空気は、なんとも言い難いものになってしまう。

 金時と少女は見合ったまま言葉に困る。



「ちょっと待ったあー!」


 そんな沈黙を叫び声が打ち破った。その一言で我に返った少女たちは、聞こえた方へ目を向けようとした。


「ああん? 私らに喧嘩売るってどこのどいつ──」

「ちょ、やばいって美和。あいつは……」


 一足先に声の主を見つけた少女は慌ててもう一人の少女、美和を止めようとする。


「げっ、澄礼すみれの白ウサギ……っ」


 2人のミミツキ少女は顔をひきつらせた。

 澄礼の白ウサギと呼ばれた少女は、なるほど言われた通りの白い姿であった。

 白いウサ耳はもちろんのこと、本来グレーのセーラーである澄礼女子の制服まで真っ白だ。そこへ白いサイハイソックスを履き、白いスニーカー。

 さすがに髪は白くないし、目も赤くないのだが、全身真っ白と言えるだろう。


 しかしそれだけでネコ耳2人が怯むことはない。白ウサギは身長163と女子では少し高めな程度、若干違和を感じるくらいに長い脚。

 とろそうな印象を受けるが、愛嬌があり人懐こそうな笑顔のかわいらしい、髪の長い少女である。

 どこからどう見ても恐怖を感じる部分がない。それどころかつけ入る隙しか見当たらないのだ。


「アタシ的にはこのまま帰ってもらえるとうれしいんだけどなー」

「う、くっ。で、でもな白ウサギ! ここにはここのルールってもんがあるだろ! 男に好き勝手されちゃあ……」


 ミミツキに男子が逆らったことを放置しては示しがつかない。常になめられないようにしていなければならないのも彼女らの仕事のひとつなのだ。


「んー、じゃあさ、そっちの子にアタシがってことにしておいてよー」

「へ? あっ、いや、あんたがそれでいいなら私らは別に……」

「ごめんねー」


 白ウサギは片手で拝むように謝る。それでも悪びれている感じではなく、ニコニコと笑っていた。


「いや、私らはいいんだけどさ、あんたほんとにいいのか?」


 白ウサギは笑顔のままで頷く。敵意も邪気もない、純粋な笑顔だ。


「そっか。あの白ウサギがねえ。そういうこともあるんだな」


 何か納得したような面持ちで、ミミツキ少女たちは少し嬉しそうにこの場を去った。


 なにが起こったのかわからない。そんな感じでぽかんとした顔でその始終を見ていた金時と2人の男子。ネコ耳の少女たちが去るのを見届けた白ウサギは振り返り、


「久しぶりぃーっ」


 そう言って金時に飛びついた。

 まるでロープを電柱にくくりつけ、体にぐるりと巻き、もう一端をバイクに結びつけて走らせているのではないかというくらいの締め付けが金時を襲う。

 どれだけの馬鹿力なのかと思いつつも、金時には別の感情が湧き上がってきた。


 彼はこの感覚を知っている。幼き日のあのとき。


「も、もしかして神恵かもえ奈保なお!?」

「やった、正解ーっ! 覚えててくれたんだぁー」


 白ウサギ────奈保は感極まったのか、抱きつく腕に力を加える。ただでさえ力が加わっていたところにこれはきつい。


「いででででっ! な、奈保!」

「あっ、ごめんー」


 奈保はパッと手を離し、両手を降参しているかのように肩の高さに挙げる。そしてごめんといいつつもやはりニコニコとした笑顔だった。


「おい金時! その娘誰だよ!」


 その様子を見ていた羊一は半ば怒りを込めた声で叫ぶ。なにをそんな怒っているのかはわからぬが、金時は奈保の顔をちらりと見てから答える。


「誰って……幼馴染かな」

「ふっざけんなぁ!」


 羊一は切れた。それは奈保がかわいかったからなのか、胸が大きかったからなのか、はたまた両方だったからなのかはわからぬが、とにかく女子に抱きつかれたことに対しての抗議なのだろう。


「別にふざけているわけじゃ……」

「幼馴染の女の子ってなんだよ! 漫画か? アニメか? それともエロゲの主人公かよおめぇ!」

「ごめん、何言ってるのかわからない」


 彼の考えが金時にはよくわからなかった。どうやら羊一にとって幼馴染とは物語にしか存在しないもののようだ。地元の幼稚園や公立小学校へ行っていれば大抵幼馴染くらいはいるものだ。それがいつまでの付き合いになるかはさておき。



「一体なんの騒ぎ?」


 突然冷たい声が耳に届く。大声を出す羊一に対し他のミミツキが警告に来たのだろう。

 声のする方にいたのは背が高く、角のように尖ったイヌ耳を付けた黒いブレザーの二人の少女と、その間にいる、とても背の低い少女だった。

 左右に立つ少女の背が高いせいで尚更小さく見える少女は、同じ形だがベージュの制服に、顔が隠れるほど大きな狐耳をつけていた。

 柔らかなウェーブのかかったボブヘアに、なんの面白みを感じていないかのような冷めた瞳。普通にしていれば可愛らしい顔なのだろうが、きつそうな印象をしている。


「あっ、弥生ちゃんー! 久しぶりーっ」


 奈保は嬉しそうに手を振った。だが弥生と呼ばれた少女は深いため息をついた。


「奈保ちゃん、また何かあったの?」

「ああえっと──」

「男子は黙っていてください。できればこの場から立ち去るのをお薦めします」


 弥生は金時の言葉を遮るように冷たい声でそう言い放つと、恐喝されていた少年は礼も言わず一目散に逃げ出した。しかし金時はそこから動こうとしない。


「……何か用でもあるんですか?」


 今度は冷たい横目で睨みつつ言われた。話したくもないといった雰囲気がよく解る。


「お、おいほら行こうぜ」

「いや、僕は用があるから」

「男子に用なんてありません。立ち去りなさい」


 弥生がそう言うと、2人の犬耳少女は金時から弥生を守るように立ちはだかった。2人とも身長170は越えており、綺麗な顔立ちをしているのだが黒の制服のせいでいかつく見える。まるでシークレットサービスのようだ。


「ちょっと弥生ちゃんーっ」

「なに?」


 不満げな奈保の言葉に弥生は少し面倒そうな顔を向ける。奈保は普段から厄介ごとばかり起こしているようだ。


「金時君だよ、金時君ーっ」

「えっ!?」


 そこでようやく弥生は金時の顔をしっかりと見た。

 冷たかった表情は次第に溶け、目には微かに涙を浮かべ、前に立つイヌ耳2人をかき分けるように割って出た。


「ほ、ほんとに!? ほんとに金時君なの!?」

「弥生……ひょっとしたら、妹背もせ弥生……?」


 本物とわかり感極まったのか、弥生は金時にしがみつき泣き出してしまう。それに驚いたのは金時よりも2人のイヌ耳だ。弥生は男嫌いというのが世間の認識であり、まさかこのようなことになるなんて思いもよらなかったのだ。


 だがこのような弥生の姿を周囲に知られるわけにはいかない。イヌ耳はすぐに混乱から戻ると羊一へ厳重な口止めをし、追い払った。

 そしてさり気なく金時たちを建物の内側へ誘導し、周りから見えぬようガードしつつ弥生が落ち着くのを待った。


 暫くして泣き止むと、自分の行いがあまりにも恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にする。そして顔をそむけ咳払いをし、まだ赤みが残ったままの顔でなるべく冷静でいるかのような話を始める。


「お、お久しぶり。金時君」

「う、うん。……ほんとにあの弥生なの?」

「えっ? それってどういう──」

「なんていうか、可愛くなったよね。見違えたよ」


 そこでまた……いや、先ほどよりも弥生の顔は真っ赤になった。まだ肌寒い4月、頭から湯気が立つのがわかる。

 しかし今度は戻ってくるのが早かった。弥生は自らの頬をぺちぺちと叩き、強引に自分のペースを取り戻した。


「それでええっと……奈保ちゃんはなんですぐ金時君ってわかったの?」

「だってー、新入生のー……なんだっけ? カタログ? みたいなのに乗ってたじゃんさー」

「んー……名簿のことかな? 私はあれ見てなかったから」

「駄目だよー、弥生ちゃんは偉いんだからそーゆうの見ないとー」


 弥生は基本、男子に全く興味がないし、そもそも金時がまさか来るなどと思いもよらなかったのだろう。大体ここの女子は意中の男子以外全て『その他男子』でしかないのだし。

 それでもやはりミミツキという立場上、ある程度のことは把握しておいたほうがいい。弥生はそれを誤魔化すかのように別の話題を振ることにした。


「えーっと、それより奈保ちゃん、高校でも兎の女王レポリディーのままなんだね」

「うんー。高校になったら変えてみたらどうって先輩にも言われたんだけどねー」

「まあ、奈保ちゃんくらい有名になっちゃうと難しいかもね」


 澄礼の白ウサギは新入生以外なら誰でも知っている。今更変えてしまうと色々と混乱を招いたり、知らぬものがちょっかいをかけたりするかもしれない。


「弥生、奈保ってそんなに有名なのか?」

「うん。中学生プライマリ兎の女王レポリディーになったっていう、現在進行伝説リアルレジェンドと言われるくらいなの」


「ちょっと待って。その、れ、れぽ? って何?」

「レポリディーだよー。ウサギリーダー!」

「余計わからないんだけど」


 奈保の説明で理解できる人がいるのか不明だ。長く島にいるならばわかるかもしれないが、生憎金時は昨日今日来たような感じなため、わけがわからない。


「この島に秩序管理部マメーリアという組織があるのは知ってるよね?」

「うん。初日に叩き込まれたよ」



 この島にある7つの女子高と3つの男子高、そのうち7つの女子高で組織された警察組織みたいなものだ。

 主に男子への取り締まりのため、基本的に武闘派女子で構成されている。


 動物耳を付けているのは、視認性の問題だ。遠くからでも確認できるため、それらが歩いているというだけで犯罪防止にも繋がる。

 そして耳の種類にも意味があり、速度特化の兎耳、軽身と攻撃に優れた猫耳、攻防バランスのよい犬耳、司令塔コマンダーの狐耳などがある。

 更に各学校で一番能力が高い生徒はリーダーとして、他の生徒と異なる色の制服を着る習慣がある。リーダーは女王とされ、様々な呼び方をされている。奈保の兎の女王レポリディーもそのひとつだ。


 そして本来高校生で組織されているはずの秩序管理部マメーリアに、奈保は中学時代から在籍していた。しかも澄礼女子の中等部で兎の女王レポリディー

 最初は中学生にリーダーと周囲の学校に笑われたものだが、全て実力で黙らせ、今では澄礼女子の島内序列は2位まで上げられた。



「なるほどね。でもなんで奈保はウサ耳?」

「ウサギかわいいからだよー」


 かわいいからで付けられてはたまったものではない。弥生とイヌ耳たちは苦笑する。基本的にウサ耳は足が早いだけの弱者という認識を持たれているから、あまり付けたがる人はいないのだ。



 金時は共に過ごした小学校低学年時代を思い出す。

 奈保は誰よりも足の速い子であった。それもクラスや学年ではなく、全校生徒の誰よりも。

 だがそれは足が速いだけで終わらない。それを可能にできるだけの脚力があり、全身の力もそれに追随するだけのものがある。


 奈保の身体能力は全てが別次元であり、大人だろうと彼女の力に歯向かうことはできない。だけどそれは本来の力ではなく、病気のせいであるということも金時は知っている。



 体細胞高炭素結合症。それが奈保の病に与えられた名だ。

 骨や腱、筋肉に炭素が縫い込まれるように結合している病気である。

 その炭素は体内で自然のカーボンナノチューブやグラフェンのようなものを形成しており、鋼より丈夫でしなやかな骨と、ワイヤーを凌駕する腱を作り上げている。通常病気だと思われていないのか、病院でも精密な検査を行わなければわからないため、世界でも3例しか確認されていない。

 そもそも放っておいても死んだり体が弱ったりするわけでもないため、治す必要性があまりないのと、これは新人類、生物の新たな道なのではないかとも言われている。

 そんな体から生み出される力は常人の理解を遥かに超えたものであり、それでいて壊れることもない最強の肉体を有していた。


 対して幼少の弥生はとても体が弱く、病気がちでよく学校を休んでいた。そのせいか貧弱な体型をしていたし、とても小さかった。金時も出会った当初は2つも年上だなんて思っていなかったくらいだ。まさかこんなところで武闘派組織に入っているとは考えもしなかっただろう。



「とにかく話を進めようか。ねえ金時君。会えたのはすっごく嬉しいんだけど、一体この島へなにしに来たの?」


 金時の運動能力はそれなりに高いことを弥生は知っている。それに見る限り、怪我や病気で体が蝕まれた様子もない。本来ならばそこで落とされるはずであるのにここへ来れたということは、わざと体育の成績を落としたとしか思えないのだ。


 知人に会えば容易く見抜かれるだろうなと金時は理解していた。それでもここへ来るための理由があったのだ。


「僕は────」


 弥生や奈保ならば信頼できる。そう思い金時は説明することにした。

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