1話 島の内情

「いてて。ったく、たいした歓迎会だぜ」


 隣の少年が呟く。金時もその言葉に同意した。

 どうやら金時の腕を極めていた少女は手加減していてくれたらしく、筋を延ばされるほどのダメージは追っていなかったようで、すぐ立ち上がれた。


「ああ、まったくだよ」


 金時はそう返事をし、未だ倒れていた少年に手を差し伸ばす。少年はその手に気付き、掴むとようやく立ち上がった。


「島に来て早々、いきなりお姉さんがたが飛びついて来るんだぜ。いや今後が楽しみで仕方ないぜ。なっ」

「えっ?」


 金時は少年の言葉に戸惑いを覚えた。一体何を言っているのだと。

 どうやらこの少年にとって先ほどの出来事は本当にだったらしく、金時とは話が噛み合っていない。


「……とりあえず寮に向かうか。キミ、学校は?」

「第二高校だ。お前は?」

「じゃあ一緒の学校だ。僕は寄岩金時よりいわかなと。よろしくね」

「おう、俺は別士羊一べっしよういち。じゃあ寮に向かおうぜ」


 2人はそれぞれ荷物を拾い、地図を見ながら歩きだした。




 第7実験島、またの名を『子どもたちの楽園』。その名の通り、ここには成年は一切おらず、全て未成年の自治で成り立っている。

 事の発端は15年ほど昔、有能かどうかはさておき声だけは大きい青少年保護を謳う女性議員の言葉がある。

 『子どもたちを大人のルールで縛るのはおかしい。それでは子どもたちが可哀そうだ』と。

 本来であればこのような戯言は放置すればいい。しかし彼女の支持者には同じく声のでかい、いわゆるモンスターペアレントと呼ばれる人々だったため、正論は通じなかった。

 ならばと用意されたのがここ、未成年のみの島である。


 もちろんこれにもモンスターペアレントザマスどもは文句を言った。子どもたちだけでは危ないだのなんだのと。

 しかしこれに対しての回答も用意されていた。


 『つまりあなたがたは子どもたちが自らルールを作り、律し、伸び伸びと生活する場に口を出すのか』と。


 完全なブーメランである。これには声だけ大きい連中も黙るしかなかった。

 しかもこの島は教師もいないため、体罰や教師による猥褻行為などもない。大人による未成年への犯罪が存在しない場所という意味でも成果を上げられるのではと思われている。

 病気や怪我が酷い場合に備え、ヘリポートと港はあるが、どちらも大人は区域から出ることができない。そういう緊急時以外に顔を合わせることは全くないのだ。


 もちろん未成年なら誰でも出入りできるわけでもない。生活態度や成績など、色々吟味されたうえ選考によって島にある学校へ入学できるのだ。

 特に男子は喧嘩や女子への暴行を鑑みて、運動能力が低いものが選ばれた。


 更には現在、この島の男女比率は3対7。圧倒的に女性有利となっている。それが女子による支配が行われるなどと思いもよらなかったのだろう。




 金時たちが辿り着いた男子寮はまるでスラムのような有様だった。たった数年でここまで荒れるのかというくらいに。壁の塗装はボロボロでヒビが入っている。草も生え放題だし木も整っていない。

 この島の施設ができてまだ13年ほど。一体どうしたらこうなってしまうのか、2人は身震いして深く考えないようにした。


「お、俺たち今日からここで過ごすのか?」

「う、うん」


 覚悟を決め、中へ入ると意外に小奇麗であった。その様子を見て二人はほっと胸をなでおろす。

 中に入ると玄関には掲示板がかかっており、部屋割りがもう既にされていた。

 ここでも同室であれば運命的であっただろうが、さすがにそれはなく金時と羊一は別の部屋割りだった。


 玄関横に積まれていた箱から自分の荷物を探し、手荷物共々部屋まで持っていく。金時と同室になる人物は、もう既に中へ入っているようで、表札に在室を表すマークを付けている。金時も自分の名前の横にマークを付け、部屋をノックして扉を開ける。


「やあ、よろしく」


 部屋にいた少年は、椅子に座り本を読んでいたらしく、その姿勢のまま顔を金時のほうへ向け、笑顔で挨拶をしてきた。

 線の細そうな、少し儚げな少年だ。だが少女的というわけではなく、骨格はしっかりと男であるとわかるものだった。


「よろしく。僕は寄岩金時」

「僕は比布夕くらふゆうきみは外部生だね?」

「ああうん。きみは?」

「僕は中学からこの島にいる内部生なんだ。答えられることなら何でも聞いてよ」


 島の外で中学時代を過ごし、高校になってからこの島へやって来た人物を外部生と言う。男子中学は2校で、高校は3校。つまり高校の3分の2が内部生だ。


「じゃあまず……あのネコ耳やらウサ耳とかを付けている女の子たちについて……」

「か、彼女らに遭遇したのか!?」


 夕は驚き肩を掴んできた。あまりの剣幕に、金時は面を喰らう。


「遭遇もなにも、フェリーから降りたところを待ち伏せされてたんだ」

「外部生が来るとき、男子生徒は港周辺立入禁止だったのはこのためだったのか。彼女らは秩序管理部マメーリア。この島の自警団みたいなものだよ。通称ミミツキって言われてる。なるべく近寄らないほうがいいよ」


 この島は実質女子により支配されている。女子中学が5校、女子高は7校あるのだから、数で圧されたら男子は確実に負けるだろう。この島では女子の権力が圧倒的に高く、男はそれに従うことしかできない。

 そして秩序管理部マメーリアに関しても、平等を謳っているものの男子は存在しない。女子による女子のための法がここにあるのだ。



「とにかく、この島で無事に過ごしたいならミミツキには逆らわないほうがいいよ」

「うん、わかったよ。他に注意したほうがいいことはある?」

「そうだね……。この島に来たんだから多分ないとは思うけど、運動好き?」

「まあそれなりにはね。なんで?」

「運動をしているところを見られたら反逆罪に問われるから気をつけたほうがいいよ」

「なんで!?」

「簡単に説明するとね……」


 話をわかりやすくすると、こういうことだ。

 運動を行い筋力を付けるということは、女子にとって脅威となるからだ。小学生までだと女子のほうが成長が早いため、その分力に差はあまりないのだが、中学以上になると男子の筋力は女子を上回る。3分の1以下しかいない男子といえども、全員が力を持ってしまったら女子に勝てるかもしれない。だから運動禁止になっている。そもそもそうならぬよう運動が苦手な男子しか入れぬようになっているのだ。


 運動能力が低い人物は、大抵運動が好きではない。金時はこの島へ渡るため、あえて体育の授業の成績を落としていたイレギュラーである。基本的にここへ来る手段は通知表に書かれているものだけの判断であり、先ほど戻された少年のような、教師の前だけ良い子ちゃんを演じているだけの、潜んだ素行の悪さを持った人物など考慮していないものだった。


「……なるほどね。気をつけるよ。他には……そうだ、確か島で仕事とかあるよね」

「ないよ」

「あれ? でも話によると──」

「外の話は知らないけど、男子にできる仕事はないんだよ」


 この島で男子に仕事はない。様々な店などはあるのだが、ほとんど女子だけで運営されている。もちろん客も女子だけだ。

 そのくせ『働かざるもの食うべからず』というわけで、男子の食事は社会奉仕部による配給だけしか与えられない。働いていないせいで金がないのだから食えるだけマシと思うしかない。


「うーん……、きついなあ。あと、この建物の外側がちょっと気になったかな」

「外観が悪いのは、まあ……。あっ、でもさすがに寮の中まで女子は入って来ないから」


 つまり建物の近くまではやって来るということだ。外観に関しては、石などを投げつけられたりしていたせいだろうと推測できる。そしてその行いが女子からによるものだとわかる。だけど抗議することはできない。なにせ取り締まっているのも女子だからだ。


「なんか、本当男子に人権はないんだね……」

「まあそれでも彼氏レムールになればそれなりの生活はできるよ。彼女の権力次第ではある程度の口出しができたりね。女子力ってやつかな」


 それ女子力と違う。金時はその突っ込みを飲み込む。学生島この世界では言語が若干異なるということにしておくしかない。


「そうなんだ。比布君はどうなの?」

「夕でいいよ。僕にも一応彼女がいるから、多少はいい生活をさせてもらっているよ。よく夕食をごちそうしてくれるんだ」


 ニコニコと笑いながら語る夕に、金時はひきつった笑顔を返す。男子に金がないのは当たり前のことで、男子から払うという発想がないらしい。まるで財布の紐を握られているうだつの上がらない亭主みたいだ。

 まあ男女問わず働いているほうが払えばいいというのは当然として、働けない現状がそうさせているのだろう。これでは将来が悲しい結果になりそうだ。


「じゃあ夕君。きみの彼女ってその、秩序管理部マメーリアなの?」

「ま、まさか! あんなおっかない……じゃなくて、その……ああそうだ、ミミツキの子は少数だからね。その彼氏も相対的に少ないんだよ」


 ミミツキは大体5人1組で、各学年に3組。1学年に5クラス、1クラス30人だから10分の1程度しかいない。

 それに軟弱な男子よりも強い同性に憧れる女子が多いため、ミミツキだと彼氏持ちよりも彼女持ちのほうが多かったりする。もちろんミミツキではない女子同士で付き合っていることも珍しくない。彼女のいる男子なんて一握りなのだ。

 つまり彼氏レムールというのはそれだけでステータスとなり、男子の憧れの職(?)となっている。だから夕も自慢気なのだなと金時は理解した。


「なんとなくだけど、島の実情を把握した気になったよ……」

「そう? わからないことがあったらいつでも聞いてね」


 彼女がいる余裕が親切心を持たせているのかはさておき、金時は他の外部生よりは多少マシな相部屋生活を行えそうである。

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