クリスマスオブザデッド
綿貫むじな
クリスマスオブザデッド
「なんか、言いたい事とか、ある?」
薄暗くて色々と資料とか機材が散らばっている部屋の中で、私は言った。機材は何だか高そうな雰囲気出てたり、大事そうな資料っぽいけど私にはどうでもいい物なので踏みにじりながら男ににじり寄る。
男は声を上げる事も出来ず、ズボンをじっとりと濡らしてただ私の方を向いて虚ろな目でたたずんでいる。男は身じろぎするが、上半身と下半身は女子高生だった者達に絡みつかれてとても動ける状況ではない。
私はわざとらしく顎に手を当て、にっこりと出来得る限りの最高の笑みを浮かべた。
ひぃっ、と上ずって掠れた声が男の喉から上がる。震えて歯の根が合わないさまは情けなくて、思わずS気をそそられる。
しかし、私はそれよりも怒りに震えている。何よりもこの男の今までやってきた所業が許せなかった。
男に絡みついている女子高生たちも同じ感情を抱いているようで、しきりに殺す、キンタマ噛みちぎって犬の餌にするとか、物騒な事を地獄の釜の底から響いてくるような恐ろしい声色で叫んでいる。
まあそりゃ、私と同じような事されてるわけだしそれには非常に同意できるわけで。かけらも同情する要素などなく、微塵も情けをかける必要もない。今更わかりきった事なんだよね。
これからどうしてやろうか。悩む時間くらいはまだ残されているだろう。私は部屋の窓から差し込む、青白く輝く満ちた月の光を眺めながら本日起きた奇跡と呼ぶべき何かに感謝していた。
今日はクリスマスイブ。街の人々が様々な理由で浮足立ったり、イラついたりしたりする日。私は何処かで目を覚ました。何処かというのは、とにかく周囲が真っ暗で状況が全く掴めなかったからそう表現した。
まず息苦しさに気づくというか慌てる。呼吸は出来ているが空気が薄いのか酸素量が少ないのかわからないけど、とにかく息苦しい。
そして身動きが取れないほど狭い空間に居るらしい。そうはいっても手を動かすスペースくらいはある。スペースの外周を触ってみる限りひんやりとした感触が伝わってきた。多分金属製の何かでできたものに私は突っ込まれていたようだ。
なんでキルビルでユマ・サーマンがやっていたような、棺桶の中から脱出するみたいなシチュエーションに陥っているのかさっぱり理解が出来ずに困惑していたけど、とにかく外に出なければならない。何か灯りになるようなものは無かったか?慌てて自分の体をまさぐる。服は着ている。良かった。
これで裸だったら外にも出れない。触った感じでは多分学校の制服を着ている。ポケットに手を入れるとスマートフォンが出て来た。
スマートフォンのライトを点けて、周囲を照らす。赤錆びた色の金属の、恐らくドラム缶の中に私はいる。とりあえず蓋を開けようと私の頭上の、ドラム缶の蓋を力任せに叩く。冷静に考えれば女子高生である私の力ではドラム缶の蓋を開けるほどの力なんてないのだが、この時は錯乱していたし死に物狂いで叩きまくった。そしたらバカッという音とともに土がドラム缶の中に流れ込んできた。
口やら目やらに土が入ってくるので目を瞑って口を閉じて必死で上に土を掘り進める。何か思ったよりも土が柔らかく、私は夢中に掘り進んでようやく地上に手を伸ばした。全く、セミの幼虫の羽化かっつうの。
「すーっ、はーっ……はーっ、はーっ、はぁっ……」
深呼吸。冷たい空気が、肺に、体に、気持ちに心地良い。私は地上に戻れたのだ。無神論者というか宗教に全く関心が無いけど神様ってのが居るならそれに感謝してもしきれないくらい自己流の祈りを捧げた。
満月が煌めいている。山を照らし、私が今より掛かっている樅の木を照らしている。月があるとこんなにも夜でも明るいんだなと感動した。そりゃ、今まで居た場所は真っ暗で何も見えないわけだし、それよりも光がある場所なら見えるのはもっともなことではあるんだけどさ。
私は埋められていた場所を確認し、自分が今いる場所を確認する。ここは山の頂上。私は樹齢千年とかうそぶかれるけどとにかく昔から街を見守ってる樅の木の下に居る。足元にはたった今出て来たばかりのドラム缶が埋められた穴。
山の頂上には小さな鳥居と社とこの木しかないので、ほとんど人は来ない。ごく稀に来たとしてこの小さな建物を管理する人くらいなものだ。
どうして私はここに居るのだろうか。安心を得て、ようやく冷静に思考が回りだす。その前に土だらけの自分の体を手で払う。乾いた土を満遍なくまぶされた体を下半身から、上半身へと手を動かして払う。そのうちに首周辺にも手が触れるが、そこで不可解な傷がある事に気づいた。
「……なにこれ」
頸動脈を鋭利な刃物でスパっと切られたような傷を、私の中指と人差し指が撫ぜていた。傷口を持っていた手鏡で見ると、思わず目をそむけたくなるような光景が映されていた。生々しい肉の色と、乾いて色褪せた血の跡。そして鏡で自分の顔を見る。よせばいいのに。
私の顔は土気色で生気がなく、目もどろんと濁って落ち窪んでしまっている。水分を失っているためか皮膚がカサカサに乾いていて、みずみずしい肌の感触はもう失われている。自分で触ってもよくわからないけど、多分体も冷え切って外の気温と同じくらいになってるんじゃないかな。
これらの事実を鑑みると、私は多分既に死んでいるという事になる。だってそうでしょ?首から致死量の血を出して、それでも生きている人間なんてまずありえないし、死体なんて葬式の時くらいしか見た事無いからわからないけど、血が通っているならこんなに顔色悪くないしさ……。
私は思わず木にもたれて座り込んでしまった。何で?何で私は蘇ったの?それも再び生を受けてではなく、もう一度自らの体に、死体として蘇ったの?
神様という存在が居るのなら私は恨みをぶつけたい。意味が分からない。どういう理由で私をこの世に復活させたの?
「……傷、傷か」
独り言をぼやきながら、私の首に刻まれた傷をなぞる。私は殺された?誰に?どうやって……はたぶん首を切られてだから言うまでもないとして。
誰がやったのか。なんのために?頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。そして、ふつふつと腹の底から何かが煮え滾ってくるのを感じた。
誰が殺したのか理由を知り、その上で恐怖を刻んだうえで復讐してやらなければならない。私は使命に似た怨念を滾らせる。しかし現状何も情報が無い。何か手がかりになるものはないのだろうか?自分の服を改めてチェックすると、制服の左ポケットから名刺が見つかった。
御津山医院 院長
御津山 譲司
03-XXXX-XXXX(医院)
090-XXXX-XXXX
mail:xxxxxxxxxxxxx@xxxxxxxx
病院:東京都XX区XXXXXXXXXX
自宅:東京都XX区XXXXXXXXXX
なぜ自分にこのような名刺があるのか覚えていないが、とにかく手がかりであることは間違いない。ひとまず病院にでも向かうかと考えたが、今の自分の身なりで病院に行った所で大騒ぎになるのがオチである。両親はもういないし、居候させてもらってる親戚の家に戻った所で病院に連れていかれるか警察呼ばれるのがオチに違いない。……ここは病院に行くよりも、何らかの事情を知っていそうなこの男の家に行った方が良いかもしれない。
ともあれ、山を下りよう。幸い山はちょっと下りれば道路が走っているし、道路に沿って下っていけば車の一台くらい通るだろう。
私は山の頂上から下り始めた。体は出血した以外は他に怪我もなく、動かすくらいならなんてことはない。しかし血液も通ってないのに私は何を原動力として動いているのだろうか。……考えた所でわからないんだけどさ。クリスマスイブだし奇跡が起きる事だってある、のかもしれないけど、それならちゃんと生者として蘇らせて欲しかったなぁと我儘な事を思った。
獣道っぽい舗装されてない道を歩き続けると、その先に道路が見えた。やった、舗装された人工の道だ。これで文明社会に帰る事が出来るぞ。
私は喜び勇んで道路に向かって駆けだした矢先、いきなり左側から衝撃を受けて吹っ飛んだ。何が起きたのか把握する暇もなく道路をゴロゴロと転がる私。
しかしあんまり痛くないぞ。……痛覚まで鈍ってるのかな。やだなぁこれじゃゾンビそのものじゃん。
「やっちまった!てかなんで山に制服姿の女子高生いるのさ?」
車のドアを開くとともに、そんな声が聞こえて来た。声からするとおじさんっぽい。首を動かして車の方を見ると、緑に塗装されて車の上にはランプがついている。
タクシーか。ちょうどいいじゃない。
私はゆっくりと立ち上がる。肋骨あたりにひび入ったかもしれないけど痛み感じないしよくわかんないや。立ち上がった私の姿を見て、上ずった声をあげながらも心配そうに駆け寄ってくる運転手。
「あ、あんた大丈夫なのか?っていうか顔色随分と悪いけどどっか悪いのか?横になって安静にしてないといかんのか?あああああ」
錯乱してるな。まあ落ち着けっつっても無理だろうしひとまず私の目的を優先させてもらうか。
「おじさん、私をここに連れてってくれない?」
私は先ほどの名刺を運転手に見せる。
「……びょ、病院だな!よし分かった今すぐ連れていくぞ!!」
「あ、それで悪いんだけど病院の方じゃなくてこっち、自宅の方」
「じ、自宅?なんで?」
「話すと長いんだけど、知り合いなの。病院に連れてかれたくない事情あるの。お願い。ね?」
「う、うーん……」
「連れてかないつもりなら私、ここで警察に通報しちゃうから」
「わわわわ、わかった!連れてくから、警察沙汰は勘弁して!明日からおまんまの食い上げになっちまう!」
慌ただしくタクシー運転手のおじさんは運転席に乗り込んで、後部座席のドアを開いた。
「さ、乗って乗って!今回は事故の罪滅ぼしだ、タダでいいよ」
「ほんと?ありがとうおじさん」
お財布には結構お金入ってるし払えなくもないんだけどさ。私を殺した奴、お金には興味が無かったのか財布の中のお金には手つかずだったし。
私はなんとなく、バックミラーになるべく映らないように後部座席の左端に座った。首の傷とか見られたくないし、顔色悪くて本当は死んでるとか知られた日にはおじさんが錯乱して逃げちゃうかもしれないし。
「よぉし、いくぞぉ!」
いうや否や、おじさんは勢いよくアクセルを踏みだした。って、ちょっとスピード出しすぎじゃないのこのおじさん。大丈夫か?
「ここからでも飛ばせば20分もかからずに着くからね!なるべく速い方が君の容態の悪化も避けられるからね、急ぐよ!」
うんまあ、私既に死んでるから急がなくてもいいんだけど……まあ急いでもらう分にはいいか。いつ私も動けなくなるかわかんないし。
タクシーは山をあっという間に下り、街へと突入した。もう深夜なだけに、街を歩く人々の姿はまばらで、せいぜい繁華街に酔っ払いが千鳥足で歩いてたり、呼び込みのお兄さん達が忙しなく道行く人々に声を掛けたりしているくらいだ。たまに、私のような女子高生が行く当てもなく街中の公園や駅周辺に座り込んで携帯見ていたり、それをナンパしようとする人がいたりもするけれど。
タクシーは街中でも容赦なくスピードを出し、更に信号無視をしてクラクションを鳴らしたり鳴らされたりする。もう脈も打っていないとはいえ、心臓が止まるかと思うような荒々しい運転をおじさんはしていた。目は若干血走っている。実はアブないおじさんなのかな?
運転し続け、とある区域に入ったらタクシーはいきなり急ブレーキを掛けたかと思うと、ハザードランプを点けた。おじさんは汗をかきながらニッコリと笑い私に告げる。
「お待たせ!着いたよ」
「ありがと、おじさん」
「ほんと、通報だけはしないでね!お願いだよ!」
「わかってる、大丈夫だよ」
「頼んだよ~~!」
おじさんはまた慌てたようにタクシーを急発進させ、何処かへと走り去っていった。多分、あの調子だともう一度どこかで事故りそうな気がしてならない。
慌てん坊というかおっちょこちょいというか……よくもまあ今までタクシードライバーを続けられたものだと思う。
さて、ここが、名刺の医者の住んでいるマンションか。周りを見渡すとどこもかしこもお洒落で高そうなマンションや一戸建てが立ち並んでいる。私には一生、縁がなさそうな場所だ。って死んでるから縁も無かったか。
住所の建物を見ると、何処かの有名なデザイナーに頼んだかのような奇抜なデザインをした一軒家で、コンクリート打ちっぱなしの大きな建物だった。
なんていうか、見た目はいいんだけど寒そうな家。冬とか大丈夫なのかしら。……別に関係ないか。
とりあえず、門を見る。勿論施錠してあるんだろうなと思ってたけど、意外な事に既に開いている。というか、開けっ放しだ。不用心だなあ。私今から侵入するし都合がいいんだけど。そのままズカズカと家にお邪魔し、玄関にまで辿り着く。玄関はオートロック式で番号入れないと開けられないっぽい。これじゃあ中に入れないかな?
しょうがないから庭を散歩してたらちょっと行った先にあったテラスの窓ガラスが乱暴に割られている事に気づく。泥棒でも入ったのかな?鉢合わせたら嫌だなぁ。
それはそれで相手も驚くだろうしいいか。お邪魔します。
中も勿論おしゃれなんだけど、なんか散らかってる、というか明らかに誰かが私より先に侵入している。灯りのスイッチを入れると、リビングのテーブルやらソファやら、TVやその他諸々のインテリアがごちゃごちゃと床に散らばっている。それと、何かの液体?引きずったような跡が見える。ほのかに腐臭みたいなものも部屋に漂っている。
それと、得体の知れない何か、残留思念というか、感情というか、よくわからないけどそういうオーラめいた何かを肌に感じた。わかる。この子も怨念を抱いているんだ。
私だけじゃないのかも知れない。何か共感に近いものを感じながら、引きずられた跡を辿っていくと地下室に通じる階段が見えた。何か凄い怪しげな雰囲気を感じる。
私以上にもっとおぞましい何か、忌々しい吐き気のするような、そんな雰囲気。しかし跡は続いているので、ひとまずそれを追っていく。追っていく。追っていく……。通路は奥に進むにつれお洒落感がなくなり、コンクリート打ちっぱなしの通路、天井にぽつぽつと蛍光灯の灯りがある程度で飾り気も何もない。通路や天井に沿ってケーブルがこれでもかと這わされていて、危うく足を引っかけそうになる。ちゃんとカバーして引っかからないようにしてほしい。
そうして辿り着いた先は、未来感あふれる研究室の一部屋だった。ドアのロックは解除されている。お邪魔します。
「あら?お客さんかしら」
聞こえたのは、若い女の人の声だった。でも違和感がある。なんだろう。声が枯れてるというか、ちょっとしゃがれてるというか……。
そうして部屋の様子を伺うと、一人の男が女子高生だった人々に絡みつかれて動けない現場に遭遇した。……なんだこれ、流石に私もこんな状況は想定してないぞ。
男は怯えて動けないし、ズボンにはなんだか湿った跡があるし。汚いなぁもう。男の上半身にはそれぞれ二人、下半身には一人絡みついて離れようとしない。上半身の右側に居る女の子は、超有名な女子高の制服を着ていて、お腹の部分が鋭く裂かれている。そこにあるのは空洞。黒く真っ暗で虚ろな闇だ。左側で腕に噛みついている子もこれまた都内でかなり有名な女子高の制服を着ていて、彼女は両目の瞳が無い。しかし目の奥には紫色に怪しく輝く炎のような色が揺らめいている。
下半身に両腕で絡みついているのは、両足を切り取られた女子高生。彼女もまた、同様に有名な女子高の制服を着ている。そういえば私もそれなりに都内では有名な学校に通ってたっけ。落ちこぼれて学校では疎まれてたけどさ。
おなかの中身がない女の子が、私を一瞥して話しかけてきた。
「あんたも、この男に殺されたの?」
「へ?いや、私は単に名刺がポケットに入っていたからここに来てみたんだけど……」
「ふうん……まあこの男の口から吐かせれば早いわね。ねえ、貴方この人に見覚えある?」
「……」
下半身に絡みついた女子高生が詰問するも、何も答えない白衣の男。
「何とか言わないとまた腕齧るかんね」
瞳のない女子高生が脅すと、慌てて男は叫んで答えた。
「ある!ある!確かに私が手に掛けた子の一人だ!」
「…………は?」
突然の真実に、私は狼狽える。目の前の男が、私を殺した?……なんだそれは。冗談にしておいてほしいんだけど。
「その首筋の傷には見覚えがある!20日に誘って御馳走して、その中に睡眠薬を入れて血を抜いて殺した!覚えている!だからこれ以上腕を齧らないでくれ!」
「やっぱり殺したんだね。私たちと、同じように」
瞳のない女の子が男の腕を齧り、肉を引っ剥がす。ぶちぶちぶちという嫌な音とともに、男の甲高い叫び声が響き渡る。
「齧らないって言ったじゃないかぁああああああああああああああ!!」
「そんな事は一言も言ってないし、その子も犠牲者なんじゃない結局。お前、どこまで外道なの?」
「そうよ。これで犠牲者は……何人だっけ?加奈子」
加奈子と呼ばれた下半身に絡みついた女子高生が答える。
「この奥に何人いるか数えようかと思ったけど、やめたわ。たぶん何十人っているんじゃない、巴」
「全く、度し難いわよねぇ。そう思わない?夢子」
「全くだわ。狂人ってこういう人の事言うのかもしれないわね」
巴と呼ばれた瞳のない女の子と、夢子と呼ばれたお腹の中が無い女の子二人は同時にため息を吐いた。巴は男から噛みちぎった肉は食べずに吐き捨てている。
汚らわしくて食べる気も起きないのだろうか。生ける屍として蘇ったとはいえ、食べるものくらいは選びたいし、例え生肉しか食べられないとしてもこいつのだけは食いたくないということだろう。
私は徐々に、20日の事を思い出していた。そうだ。確か、私は親戚の家に戻る気になれなくて、駅で座り込んでスマホで暇つぶししてたんだった。そしたら、妙に身形が整ってかっこいい男がごはん御馳走してくれるっていうから、ノコノコとついていったんだった。名刺まで見せられて信用しないはずもない。そして、裏が無いはずもなかったんだ。
私は豪華な夕食を食べた後しばらくしたら気を失って、多分そのまま……。
「思い出した?」
「ええ…ようやく。この男にまんまと引っかかったんだわ…」
ずかずかと私は男の前に立つ。男は相変わらず怯えたままだ。そして、そのまま男の金的を蹴り上げた。ぶちゅっとした、内臓の潰れる感触が実に気持ち悪い。この男のすべてが気持ち悪いけど、それ以上に私はこいつの事が許せなかった。当たり前だ。人の命を何のために奪ってるんだ。男は悶絶して泡を吹いているが、その顔を見た所で私の人生は帰ってこないしすべては終わった事なんだ。今はちょっぴり、終わった事を巻き戻して取り返している。取り返せているかなんて誰にもわかりゃしないけど。
そして冒頭のシーンに戻る。男はタマを潰されてもなお、意識を保っている。なるほどそれなりに根性みたいなものはあるようだ。私は更に男に問う。
「あんた、私たちを何の為に殺したの?快楽?研究?医者の癖に職業倫理の欠片もないサイコパスなの?」
「おおお、俺は妹を蘇らせる為に研究を続けていたんだ!そのためには色んな女のパーツが必要だった!お前達はそのために必要だったんだよ!」
……更にトチ狂った答えが返ってきて、私は思わず頭を抱えた。妹を蘇らせるため?なんじゃあそりゃあ!死者は蘇らない。それは現世においては当然の理だ。
私たちみたいなのは例外中の例外、なんかの間違いみたいなもんだ。そもそもどうやって蘇生させるつもりだったんだ。
「フランケンシュタインの怪物って知ってるだろ?あれだよ、俺はアレを現代でやって蘇らせたかったんだ。妹は病弱でお前達と同じ年齢になったら死んでしまった。
俺は以後妹を蘇らせる為に生命の研究をずっとやってきた。今日、ついに復活させられるって言うのにお前達のせいで邪魔させられて……!」
「うるさい。あんたが妹をどんだけ愛してたか知らないけど、私たちはとんだとばっちりよ。ふざけないで頂戴」
「どうする?やっぱ殺しちゃおうよ。もう面倒くさいしさぁ」
「そうね、殺しちゃおうか」
「殺そう殺そう。こんな男生かす価値もないわ」
「私も賛成する。バラバラにして引き裂いちゃおう」
四人の意見が一致した所で、いよいよ男の表情が絶望に染まる。その程度で私たちの恨みが消えると思ったら大間違いだぞ。
と、その時、更に奥の部屋から轟音が鳴り響いた。なんの音だ?落雷のような物凄い音。そして、ずるり、ずるりと部屋の奥から何かが這い出て来た。
「よ、蘇った……!蘇ったんだ!……俺の研究は間違っていなかったんだ……!」
男は歓喜にむせび泣く。いや、お前そこで喜んじゃだめっしょ。ダメダメ。倫理的にアウト。それはともかく、奥の部屋から這い出て来たのは、恐らくは男の妹である
女性の頭部と、色々な女性から持ってきた体のパーツで構成された人体だった。それぞれのパーツが違うせいで体がアンバランスで、縫合して各パーツを繋げているんだけど外科手術は下手くそなのか、縫い目が目立っていてそれが痛々しさをより助長させる。せめてなんか服でも着せろよバカ兄貴。
「げぇっ……気持ち悪っ……何あれ」
「あ、あの瞳私の目じゃん!うっわキモッ」
「あの両足私のだし!!」
三人はあからさまに嫌悪の表情を妹とされる何かに向ける。その際に男の拘束を解いてしまっている。しかし男は逃げる様子も見せずに床に転がってむせび泣いている。
よっぽど蘇ったのが嬉しいのだろうが……。
妹とされる何かは焦点の定まらない虚ろな瞳で辺りを見回し、私たちを見た後、床に転がっている兄を見つめる。……なんだか様子がおかしい。能面のように無表情なのに、今にも泣き出しそうな顔をしているように私には見えた。おぼろげに体が紫色の何か、例えて言うならオーラ?めいたものが集まっているように思える。
「ねえ、なんかヤバくない?あの子」
「……うん、なんか、ヤバいよね」
「今にも暴れだしそうなっていうか……怨念がたまってきているっていうか……」
そんなヤバげな空気を読めない男が、妹に近づいて抱きかかえて喜んでいる。
「よし、これで俺の研究も学会に報告して認められるものになるだろう!急いで論文にまとめなければ」
「……命を冒涜する愚か者め」
背筋も凍りつく様な恐ろしい声が、妹とされる体の何処かから響き渡った。明らかに口から発された言葉ではない。直接、私たちの脳に響き渡っている。思念を頭に直接流し込んでいるのだろうか。
男は一瞬たじろぎ、妹から離れようとするがもう遅かった。リンゴを握りつぶしてジュースにするかのように、妹の手は男の頭をあっけなく潰してトマトジュースみたいにしてしまったのだ。首から噴出する血を眺めながら、妹は男の残された体を壁に投げつける。コンクリートをぶち抜いて男の体は外へと投げ出された。哀れな最期。
私と他三人組は身構えていたが、どうも襲ってくるわけではなさそうで、妹とされる体も所在なさそうに立ち尽くしているだけっぽい。私たちに敵意はなさそうなので、話しかけてみる事にした。
「あなた、本当にこの男の妹なの?」
私が質問すると、彼女は首を横に振った。
「私たちはこの男の妹じゃない。妹は既に天国に居る。私たちは、この体を依代に集まった、男に殺された怨念の集合体。あいつを殺す、ただその一念の為だけに寄り集まった」
「てことは、私たちと同類?」
「少しばかり違う。君たちは自我を持っている。私たちはもう個々の自我はない。殺されてから長い期間が経過していたからそこまで保っていられなかった」
「……ねえ、何で私たちが今日、いきなり蘇ったか、知ってる?」
フランケンシュタインの怪物は、首を傾げつつもぽつりと一言だけ呟いた。
「蘇る前に、声が聞こえた。命を冒涜し、神を顧みない者には死をもって償わせるべしと」
「神?神って、なんのこと?」
「私たちにもわからない……。長い間、怨念としてこの世に留まるのはもう疲れた。私たちは、帰る。黄泉の国に帰って裁きを待つ」
「……そう」
「……君たちも、世の理から外れた存在。長くはこの世に居られない。それまで、各々の想い残した事をやるのも良いかもしれない」
言い残して、怪物はぷっつりと糸の切れた人形のように音もなく倒れた。すると、紫色をした多くの火の玉がお腹の中から現れる。ふわりふわりと辺りをしばらく漂っていたけど、やがて天から紫色の一筋の光が降りてくると、彼女らは光に導かれるように集まって吸い込まれていく。そして、光が天に昇るとともに、かつて生きていた姿を取り戻しながら消えていった。
「さて、どうしよっか」
巴が取られた瞳を取り返し、自分の目の中にはめ込む。ホラー映画の一種の演出っぽくて限りなくグロい。同じように加奈子と夢子も取られた自分のパーツを自分の体に付け直している。人体、そんなに簡単に着脱できる代物だっけか?それでいてちゃんと足も付け直せているし、内臓もちゃんと元通りになっている。おかしいだろ。
「君名前なんてったっけ?そういえば聞いてないよね」
「私?……クリスティーナ=外海」
「あんたも取られたの取り返したらいいのよ。多分今日起きたのは奇跡ってやつね、奇跡。だから大丈夫よ」
よくわからない勧めに従い、私は怪物の首筋につながれていた輸血用チューブを自分の頸動脈につなぎ、自分の血液を取り戻す。血の気が失せて土気色だった私の顔は瑞々しい肌の色を取り戻し、落ち窪んだ瞳も水分を得て碧く輝きを取り戻した。乾いた肌もうるおいを取り戻してぷるぷるだ。
「はぁ……」
手鏡を見て自分の姿を確認する。うん、この顔、この姿よ。やっぱり死んでる自分の姿なんて見るのもぞっとしないわ。
「あら、随分と可愛らしいじゃない!生きてるうちにお友達になりたかったなぁ」
「ほんとほんと。可愛い可愛い綺麗綺麗」
「ちょっと嫉妬しちゃうかもなぁ。ハーフで金髪だしさぁ」
「褒めてくれて嬉しいけど、時間制限あるっぽいこと言ってたし、なんか思い残してる事あるんでしょ?みんな」
「そうね。私たちは家に帰るわ。行方不明のまま心配させちゃってるし。……どうせ別れる事になるけど、最期の一言くらいは言っておかないとね」
そうだ。彼女らには帰るべき家がある。でも、私には帰るべき本来の場所はとうになくなっているんだ。
「じゃあ、さよなら。クリスもちゃんと家に帰るのよ」
「うん」
そういって、三人はそれぞれの家に帰っていった。……私は何処に行こう。当てもない、また20日と同じように駅で座って、スマホでポチポチ適当に暇つぶしして、そのうちに意識を失ってまた死ぬという事にでもなるのだろうか。そんなのは嫌だ。でも、他にするべき事も見当たらないしなぁ。
そんな事を思いながら結局駅に座り込んでいる。流石に明け方の駅に人はおらず、私だけだ。タクシー乗り場にも乗客待ちの車はなく、駅周辺で今の時間唯一営業しているのは、24時間営業のファミレスくらいだ。ファミレスで時間を潰せれば良かったなと思ったけど、死ぬことがわかりきっているし店の中で死んだら営業妨害になりかねないしなぁ。寒い寒い。缶コーヒー、買ったけどなんか飲む気になれなくて今更口を開けたらぬるくなっちゃってた。飲むけどさ。
空を見上げれば、太陽が山の向こうから顔をひょっこり覗かせようとしている。空が紫色から徐々にオレンジ色にグラデーション状に変わっていっている。夜がもうすぐ明けようとしているんだ。
ぬるんだ珈琲に口をつけていると、一台のタクシーが目の前を通り過ぎようとして、バックして戻ってきた。
「どうしたんだい嬢ちゃん。こんな所で座り込んで」
「あれ?おじさん?」
「あ、君は……山の中で事故った女子高生じゃないか!なんか夜見た時よりも元気になってるね!きっと良い治療してもらったんだろうなぁ。良かった良かった」
おじさんは呑気に缶コーヒーを飲みながら喋る。奇遇と言うかなんというか。でもちょうどよかったかもしれない。
「ねえおじさん。私、行きたい場所があるんだけど」
「ええっ!?もう今日は終わりでこれから回送なんだけどなぁ……」
「おじさん、私を轢いた事忘れてない?」
「あっ、ああっ!それを言われると弱いなぁもう!わかったよ、乗ってきな」
おじさんはさっきと同じように、慌てて運転席に乗り込んで後部座席のドアを開けた。私は座席の中央に座る。
「で、どこに行きたいの?」
「あの山の頂上に行きたい。宜しくねおじさん」
「よぉし任せときな!多分ここからなら15分もかからないで済むからな!」
そしてまた、荒々しい運転が始まり、私はしばらく勢いよく走り出すタクシーに揺られていった……。
山にたどり着いた。おじさんは私を降ろすや否や、あっという間にまた山を下り始めた。あのおじさん本当に忙しないなぁ。
……山の頂上。御神木と嘯かれるほどとにかく、何時からあるのかわからないくらい生きて来た年数が長い樅の木と、小さな鳥居と社がひっそりとあるだけの、それだけの場所。普段は管理人以外誰も来ない、ひっそりとした場所。でも、今の私にはわかる。
「……応えてよ。あんたなんでしょ」
私は神木に寄り添い、両手を広げてその懐に抱かれる。ごつごつとした樹皮は固い。耳を樹に密着させる。何かを吸い上げているような音が聞こえる。生きている。
確かにこの樹は生きている。千年を過ぎたと言われてなお、まだまだその生長に衰えはない。私は目を瞑る。耳を樹皮に押し付けて更に音を聞こうとする。水を吸い上げている音。命の音。
樹は何も言わないけれど、私を優しく包み込んでいる。そんなような気がする。樹の息吹を体中に感じ取って、私は彼とひとつになったような感覚を覚える。
何も言わない、言えないけれど、彼は微笑んでいる。私の事を見届けている。私は、何気なく樹皮を少しだけ剥がした。一部を、もらったような気分になる。
……もう、私に残された時間は少ないのかもしれない。でも、ここで私は残りの時間を過ごそう。そう決めたんだ。風は冷たいし、吐く息は白いけれど居心地は何処よりもいいものだし、何より樹が私を迎えてくれている。こんなに良い場所は何処に行ってもないんだもの。きっとそう。
ああ、このままずっと一緒に居れたら、一緒になれたらいいのにな。でも、植物と人間じゃそもそもの生態が違いすぎて無理だししょうがない。このまま寄り添っていられるだけでも良い、多分。……昨日のような騒ぎには、もう疲れたな。この先生きていてもしょうがないし、誰にも相手にされてないし。疲れたな。
本当に疲れた。誰もが私を見ていないし、生きてたってしょーがないし。うん、もういいんだ。だからこのまま寝ても良い。寝よう。彼に抱かれて眠れればそれ以上の幸せなんて無い。このままが一番幸せ。
……そのうちに、私の意識は、いつの間にか、途絶えた。
「……ここは?」
私は目覚めた。ここはどこ?体中、チューブにつながれている。生命維持装置っぽい機会がこれでもかと私の生命反応を読み取ろうと動いている。壁や天井は白い。
看護婦が居る。忙しなく動いている。私が起きたことに気づいて、何処かにすっとんでいった。はぁ、看護婦か。
看護婦が居るという事はここは多分病院なんだな。それくらい今の私の脳の働きは鈍っていた。チューブにつながっては居るものの面会謝絶ってわけではなさそうで、すぐに主治医らしき医者と親戚の叔父さん叔母さんがすっ飛んできた。なんだか二人とも目が潤んでる。やだな、居候にこんなに心配しちゃって。……心配させちゃったな。
「クリス!今までどこに行ってたんだ!心配させないでくれよ」
「そうよクリスちゃん!叔母さん、何日も探し回ったんだから!」
口々にどれだけ寂しかったか、心配だったかを語る二人。
私はこの二人の優しさがありがたかったけど、でも同時に申し訳なくて、何処かで腫物のように扱ってないかと疑念を抱いていて、時々今の住処に戻るのが億劫だった。それが今のような結果になって、叔父さんと叔母さんには本当に申し訳ない。ごめんなさい。
「……私、確か、山に居た筈なんだけど……」
そうだ、なんで病院に居るんだろう。あのまま私は死ぬはずだったのではないか?怪物の説明では世の理から外れた方法で蘇った私たちは、時間とともにまた死ぬはずだったのに、何故。
「それがね、小柄な人が、貴方と三人のお嬢さんがたを連れて病院の受付に下ろしていったっていうのよ。医者に急患だからすぐに見てやってくれって」
叔母さんが答える。相変わらず身振り手振りが派手な人だ。
「小柄な人?もっと特徴はないの?」
「それが、見る人によって印象が変わって総合的な特徴がつかめないらしくって……結局、お礼も言えないまま何処かに消えちゃったっていうのね。全く不思議な人だったわ」
「ふうん……」
「オホン、そろそろ宜しいですかお二人とも?」
「あ、すいません。ベラベラしゃべっちゃって」
主治医がカルテを持ってずっと私たちの喋りが途切れるのを待っていたらしいが、ついにしびれを切らしたらしく、今の私の状況について話を始めたが難しくて何が何やらさっぱりわかんない。要はまだ体は衰弱状態にあるから、色々激しい運動やら何やらすると死ぬらしいからしばらく安静、だってさ。まあそりゃ、昨日の夜まで死んでたわけだし、生者に戻ってもしばらくは体の調子を取り戻すまでは時間掛かるだろうなとはうっすらと予感していた。
私はいい加減飽きたが、体はチューブにつながれていて自由に動く事が出来ない。手を握ったり開いたりするくらいは出来るっぽいけど。グーパーしてるうちに、左手に違和感。何か握り込まれてるっぽいぞ。
どうにか左手を自分の胸元にまで腕を上げて、左手を開く。中には何らかの樹皮の破片があった。
「おや?それは……」
主治医が私の手から破片を一つ拾い上げる。じろじろとそれを見た後、何か納得したかのようにポケットに破片の一つを仕舞った。
「クリス。お前何を持ってるんだ?」
叔父さんが問うと、主治医が答える。
「これは樅の木の樹皮ですね。もしかしたらこの子が助かったのは木のおかげかもしれませんねぇ」
訝しげな表情をするおじさん。何を言っているのかわからないと言った風だ。医者は続けて説明する。
「樅の木はですね、ラテン語で永遠の命とも呼ばれているんですよ。まあ永遠なんてこの世にはありませんが、少なくとも霊験あらかたな樹であれば、死にかけている人を救う事くらいは容易かもしれませんな」
勿論、私の医療技術があってこその、その後の神頼みですけどね。と医者は続けた。
「は、はぁ……」
叔父さんと叔母さんは困惑していた。そりゃ、いきなり樅の木が私を救ったなんて言いだしたら頭がおかしくなったのではと思うに違いない。
……でも私にはわかるんだ。きっと、私を運んできた人も、あれも化身に違いない。そういえばさっき叔母さん、三人のお嬢さんがた、っても言ってたっけ?
「ねえ、私の他にも三人のお嬢さんがた、って言ってたけど……」
「ああ。皆なんだか知らないけど制服着てたわね。どの子も超有名な学校に通ってるのねぇ」
「そうじゃなくて、三人、生きてるの?」
「ええ、衰弱してるけど命に別状はないそうよ」
……良かった。良かった。本当に、良かった。やっぱり、神様は居た。私を助け、三人を助け、犠牲になった女の子たちを救ったんだ。
私の瞳からは涙が溢れて来た。それはきっと喜びであり、哀しみでもあるけれど。
今日は12月25日。クリスマス。再びの生の喜びを、感謝を今日に捧げます。
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クリスマスオブザデッド END
クリスマスオブザデッド 綿貫むじな @DRtanuki
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