追撃!!

 森の木々の隙間から差し込むオレンジの光。

 綺麗だけれどこの時間は長くは続かない。

 太陽は急ぎ足で沈んで行こうとする。

 もう30分もすれば、森の中はすっかり闇に包まれるだろう。

 を追うにはその方が都合がいいのかもしれないけど…

 あんまり時間をかけて待っている先輩達を待たせるのも良くない。

 は私の追撃を振り払おうと、必死になって森の中を走っている。

 まぁ、そりゃそうだろう。

 もしも捕まれば身の破滅が待っているようなものだし。


 まぁ、いくら必死に逃げた所で私から逃げられる筈がないんだけどさ。

 私の能力、《獣化・猫チェシャキャット》は戦闘能力こそ九郎先輩に一歩劣るものの、探索能力では勝っている。

 落ち葉を踏む足音、風に乗って流れてくる匂い、そして自然に生きる動物達とは異質な気配が私に獲物の位置を教えてくれる。

 その気配の先には…いた。獲物だ。

 深い緑色の服を着ているせいで視認しにくくなってるけど、間違いなく私が追っている人物だ。

 急いではいるようだけど、なるべく足音を立てないように道を選んで蛇行しているのがわかる。

 つまり、見つかってるって事には気が付いてないって事だ。

 気付いてたら足音なんて構わずに全力で逃げるだろうから。

 それならっ!


 私は木の幹を蹴って一気に太い枝まで駆け上がると、そのまま枝を伝って獲物の頭上を目指す。

 下手に細い木を足場にすると音が鳴って気付かれるかもしんないから、なるべく太い枝を選びながら慎重に近付いて…

 枝を蹴り、頭上から一気に飛びかかる。


 このタイミングなら例え気付かれたとしても躱せないっ!

 猫の持つ身体のバネを最大限に活かして身を捻り、体重を乗せた後ろ蹴りを放つ!

 …が。

 不意に相手の姿が消える。

 嘘っ!?気付いてなかった筈なのにっ!?

 私の蹴りは空を切り、勢いを殺すことなく下生えの茂みの中に突っ込む。


「痛ぁぁーーーっ!!」


 姿勢の制御が間に合ったおかげで地面に激突することはなんとか避けたけれど、代わりに枝や葉で軽い傷をたくさん負ってしまった。

 それより!一体どうやってあの一撃を避けたのっ!?

 すぐさま獲物のいた筈の場所に向き直り、消えたその姿を探す。

 …いた。


「あいたた…」


 消えたその場所でゆっくりと体を起こす深緑の服の女の子。私と同い年くらいだろうか?動きやすいようにハーフパンツを履いているのだが、その膝が赤くなって少し血が滲んでいる。

 …つまり、コケたのだ。


「えー…」

「ひぇっ!?」


 あっ。衝撃の事実に声が漏れてた。

 その声で私に気付いた女の子はビクッと体を震わせると、茂みの中の私に気付く。


「……」

「…えっと…」


 だっ!


 あっ!逃げたっ!!

 しかも、なんで来た道戻ってるのさっ!!

 余りにも予想外の出来事に一瞬だけ固まりかけたけど、すぐに気を取り直す。

 このまま逃げられたら先輩達の所まで戻っちゃう。そうなれば私は彼女を捕らえるってミッションを失敗した事になっちゃう!

 それは嫌だっ!

 絶対に逃がすもんかっ!

 こっちももう気配を隠す必要なんて無いんだ。全力で追い付いてさっさと捕まえるっ!


 元々森の中で私の方が有利なのだ。あっという間に追い付き、その背中に手を伸ばす。


 ぽと。


 え?

 もう少しで手が届くその瞬間、私の手の上に何かが落ちてきた。

 ロープみたいに長くて、少し冷たい何か。

 は私の手を伝って二の腕まで登ってくると、顔から数センチの所で鎌首をもたげる。


「にゃーーっ!?へっ、蛇っ!!?」


 やだやだやだやだっ!!

 蛇は嫌いっ!!

 ニョロニョロしててウネウネしててもう最悪っ!!

 ぶんぶんと手を振ってみても離れるどころか登ってきたーーっ!!

 ヤバいっ!蛇が顔に付くっ!!

 それだけはなんとしても避けなくちゃっ!!

 でも無理っ!触れないっ!誰か助けてぇっ!!


 肩口まで登って来ていた蛇がいよいよ顔に差しかかろうとしたその時、不意に蛇が私の体から離れた。


「…蛇、怖いんですか?」


 私のピンチを救ってくれたのは、さっきまで私に追いかけられて逃げていた刺客の少女だった。

 さっきまでは獲物だった筈なのに、今はこの子が天使に見える…


「ぐすっ…あ、ありがとう…」

「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ」

「怖かったよぅ…」


 少女天使様は半泣きの私の頭を優しく撫でてくれた。

 ええやー!


「蛇はもう逃がしましたし、もう大丈夫ですよ〜?」

「…うん…」

「それじゃ、私はこれで…」


 立ち去ろうとする少女天使様

 しかし、私はその手を握る。


「…え?」

「ぐすっ…捕まえたっ!」

「ふ、普通ここは「助けてくれたお返しに見逃してあげるよ」とかって言う所じゃないですかねぇっ!?」

「いや、それはそれ」

「そんなぁっ!!」



 ◇◆◇◆◇


「神威先輩!花房先輩!ただいまですっ!!」

「タマちゃんおかえりっ!!…って、何その子?迷子?」

「この子がさっき逃げた敵の一人なんですよー」

「あう…」


 鍋島が帰って来たようだ。

 どうやら、首尾良く捕まえて来てくれたみたいだが…どう見ても仲良く手を繋いで来たようにしか見えない。

 こころが驚いた様に、迷子を保護して来たと言われても納得してしまいそうな光景だ。


「シャリオ!無事だったか!」

「…エイルさん…ごめんなさい、捕まっちゃいました…」

「いや、少し事情が変わってな。無事に戻って来れて良かったよ」

「…はい?」


 シャリオと呼ばれた少女は不思議そうな顔をしている。

 確かに、彼女が逃げ切ってしまっていたらこっちの情報を与えてしまうと同時にエイル達を味方に引き入れるのは難しくなっていたかもしれない。

 それに、ボロボロに痛めつけていたら、また説得し直しになっていたかもしれない。

 そう言う意味では、彼女を無傷で連れ戻した鍋島は最上の選択をしたって事になる


「とりあえずあんたらも含めてこれからの方針を決めたいんで、悪いが一度地下室に戻らないか?」

「む?こいつらって敵なんじゃ…?」

「悪い、鍋島。その説明も地下室でいいか?」

「はぁ…?まぁいいですけど…」

「それじゃ乾、気を失ってる奴らは頼んだぞ?」

「はぁ!?なんで俺だけ!?」

「力仕事はお前が担当だろ?」

「いや、メンツ的に否定はしねぇけどさっ!神威も1人くらい運ぼうぜ!」

「嫌だ」


 ガクンと項垂れる乾。

 結局、申し訳なく思ったエイルの申し出で乾が運ぶのは三人で済んだようだ。

 ちっ。



 ◇◆◇◆◇


 地下室に戻った俺は、気絶していた四人の刺客達が目を覚ますのを待って、さっきエイルと話したこれからの方針をその場にいる全員に説明した。

 もちろん、刺客達の傷はクーネが綺麗に治療してある。


 互いに現在の状況を擦り合わせ、その上で向こうの代表であるエイルにこれからの予定を説明する。



「もちろん、あんたらはこの場ですぐに俺達への協力を決める必要はない。俺達はこれから街に戻って人質を奪還するついでに街を解放してくる」

「…奪還と解放って…簡単に言うがラムスの兵は1000近くいるぞ…?」

「…マジか」

「敵の戦力も把握してなくて大丈夫なのか…?」

「まぁ、なんとかなるんじゃね?」

「お前達の戦力は…?」

「ここにいる10人。…と、間に合えばもう少し追加が来るかもな」

「無茶だっ!!」

「まぁ、無理だと思えばラムスの方に戻っていいぞ?その代わり、街の解放作戦が終わるまでは大人しく様子を見ててもらいたい」

「…正直な話、俺達はもうラムスの所には戻れない」

「あー…失敗は許さないとかってヤツか」

「そうだ…。だから、良かったら俺達にもその作戦に協力させてくれないか…?」

「ダメだ」

「何故っ!!」

「何故って…俺達が喧嘩を売るのはラムスだけじゃなくてこの王国だぜ?成功すればいいが、もしも失敗したらあんたらもお尋ね者になるぞ?」

「それはお前達も一緒じゃ…」

「俺達だけなら、失敗してもクーネをさらって自分達の世界に逃げ帰るだけだ」

「世界…?」

「まぁ、安全な逃亡先があるとだけ思ってくれ」


 多分、クーネ一人くらいなら俺達の世界に連れて行ってもなんとかなるだろう。

 最悪、学園長にでも頼めば戸籍すら用意してくれるかもしれない。

 だが、エイル達まで増えるとなると話は別だ。

 なので、ある程度勝算が見えるまでは保留にしておいてもらう方がこちらとしてもやり易いのだ。


「…それで、街を解放するにしても何か作戦はあるのか…?」

「ん?正面から行ってラムスをぶん殴るだけだが?」

「…無茶だと言っても聞かないんだろうな」

「まぁな」


 ただラムスをぶん殴るだけなら、ジュウさんにでも頼んで直接ラムスの元まで歩いていけば良いだけだ。

 だが、今回は俺達が王国を相手にしても戦えるという事を見せ付ける必要がある。

 そうしなければ、ラムスに叛意を持つ兵達も味方にはなってくれないだろう。

 だからこその正面突破だ。

 無論、サポートも付けるが。


「それなら、一つだけ言わせてくれ」

「お?何かあるのか?」

「ラムスの側近のグレナー騎士長には気を付けろ。何か特別な能力ちからを持っていると言う噂だ」

「ほう…どんな能力ちからかはわかるか?」

「すまない…そこまではわからない…」

「そうか。まぁ、その方が面白くなりそうだ」

「面白いかよ…」


 エイルが呆れた顔をして俺を見る。

 そりゃそうだろうな。エイルは俺の『能力』を知らない。

 俺の能力は使い勝手が悪い。

 能力を持たない奴を相手にした場合は地味な戦いをするしかないのだ。

 そのせいでいつも乾や鍋島に良いところを持ってかれている。


 グレナーとやらがどんな能力を持っているかはわからないが、もしも使える能力なら今後の戦にも役に立つだろう。


 明日の決戦が楽しみになってきたぞ。

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百花繚乱学園異世界召喚部!! 弓月ゆら @yura

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