襲撃!!
「さて、と。始めようか?」
地下室の隠し扉を出てすぐに、俺は何気ない口調で呟く。
辺りはそろそろ日が落ちようとしており、オレンジ色の夕日が長い木の影を落としている。
もう少ししたら真っ暗になってしまい、あまり戦闘には向かなくなるだろう。
そう、戦闘だ。
「始めるって何をだよ?」
「あ?決まってんだろ?あのおっさんの後を尾けて来た奴らを片付ける」
乾の問いに俺はポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出しながら答える。
あのエヴァンスとか言うおっさんが、ここまで無傷でたどり着けたなんてのは流石に不自然だ。泳がされていたと考えるのが妥当だろう。
「ほんとだ。今も何人かこっち窺ってるねぇ」
「マジかよ…。あ…マジだ」
「鍋島、人数はわかるか?」
「んっと…五人くらいかな?あ、一人逃げた」
流石、獣人コンビは感覚が鋭い。
視覚、嗅覚、聴覚は普通の人間では到底及ばないレベルだ。
その感覚を駆使すれば、身を隠していたとしてもある程度正確な人数を割り出すことも可能という事だ。
「向こうがどう出るかもわからんからなぁ…鍋島、逃げた奴追えるか?」
「おっけー!ぱぱっと捕まえて来ちゃうね?」
「一応、他にもいないか索敵もよろしく」
「はーいっ!」
返事が終わるよりも早く鍋島の姿は消えている。普通の人間、しかもこの森の中なら鍋島から逃げる事は不可能だろう。
あっちは任せて大丈夫そうだな。
それで、こっちだが…鍋島の言う通りなら、残りは四人。
ここに残っているのは俺と乾と
華とメンタムさんには念のためエヴァンスのおっさんを護衛して貰ってる。
まぁ、ここの四人くらいなら乾一人でも蹂躙できるだろうが、相手もそれなりに訓練を積んだ相手だろうし逃げられたら厄介だ。
今戦えるのはこっちも四人。俺と乾とこころとくくるだ。くるりとクーネはジュウさんに任せとけば安心だろう。
「おい、隠れてる奴ら!今のやりとり聞いてたぢろ?隠れてても無意味だからさっさと出て来てくんねぇかな?」
「そうだぞー?そこの木の影と、そっちの枝の上、あとは…」
「…ちっ」
乾に隠れている場所を指摘され、隠れてた男達が姿を現わす。
その数五人。
鍋島ぁ!!話が違うぞっ!!
顔を覆面で隠した男達は無言でこちらを睨みつけると、予備動作も見せずにこっちへ走り込んで来る。その手には黒っぽく塗られた刃を持つ短剣。
ただの塗装とかじゃなくて毒なんだろうなぁ…。
てか、こいつら早えっ!
しかも、俺に三人、乾に二人という布陣だ。
一対一じゃないのかよっ!!汚ねえなっ!!
まぁ、俺まで届くのは結局一人なんだが。
常日頃から乾や鍋島の動きを見ている俺には、この刺客の動きを見切る事はそう難しい事じゃない。
突き出される黒い刃を身を捻って躱し、足をかける。
が、流石にそれで転倒してくれる程素人じゃないか。よろめきながらもなんとかバランスを保って振り返り俺に相対する。
初撃を躱した俺を警戒しているのか、すぐに襲って来る様な
だけど、その時間の猶予は命取りだぞ。
俺は手に持っていた紙を広げる。
そこに描かれているのは設計図。
精密に書き込まれたその図面には、俺達の良く知る文字や数字ではなく、魔法陣に使われる様な文様がびっしりと書き込まれている。
そう、この設計図自体が一つの魔法陣になっているのだ。
その図面に描かれた線が青白く光り始め、紙面から浮かび上がる。光の線が形作るのは一本の短刀。
その柄に当たる部分に手を伸ばし、そして掴むと同時にそれは実体化していった。
ーー
俺と同じ名を持つその短刀は、俺の手の中に顕現すると同時にその刀身に青白い電光を惑わせる。
「な、なんだそれはっ!?一体何処から武器を取り出したのだっ!!」
対峙する刺客の声が上ずっている。
そりゃそうか。丸腰だと思ってた相手が何もないところからいきなり武器を取り出したんだからな。
だが、襲撃を受けている立場としては、襲ってきた敵にわざわざ説明してやる義理もない。
「いいから。とっととかかってこいよ」
「うおおおぉぉぉ!」
◇◆◇◆◇
俺に向かっていた三人のうち、一人は
「姿を見せた時点であんたの未来は私の手の内だよっ!」
のたうちまわる男にそう告げるこころの両手には黒く輝く二丁の拳銃が握られている。
こころの獲物である、
こころは、その銃口を男に向けて油断なく睨みつけている。あ、目が赤い。そいつもう詰んでるわ。
「そうやって油断させといて含み針?随分卑怯な手を使うんだねぇ?」
ガァンッ!!
夕暮れの森に銃声が響き、男の目の前の地面に小さな穴を穿つ。
可哀想に。奥の手まで見破られた男はその銃声に身を竦ませている。
こいつらは総じて機動力に物を言わせて暗器で襲撃をかける
「こころ。そいつはもう戦えない。あんまり虐めてやるなよ…」
「ちぇっ!もう少し楽しめると思ったんだけどなぁ…」
「それならいきなり脚を撃ち抜くな」
「なによ。助けてあげたんじゃない」
「ん。そりゃどーも」
恩着せがましく言ってくるこころの台詞を適当に受け流して、すっかり戦意を喪失してしまっている刺客に近付き《神威》の刀身を押し当てる。
バチッ!
弾けるような音と共に刺客の体が跳ね、そのまま脱力して崩れ落ちる。
《神威》の刀身に纏う電光が刺客の意識を一瞬にして刈り取ったのだ。
まぁ、あれだ。スタンガンってヤツ。
最初に俺と対峙した奴も、馬鹿正直に短剣を振りかざして突っ込んで来たから、《神威》で受けたらあっさりと気絶した。
今は向こうでおやすみ中だ。
目の前で倒れ伏している刺客も一緒に転がしておくとして、まだ戦闘中のくくるに目を向ける。
乾?あいつに心配なんて必要無い。
「…参った。降伏するぜ…あんた強えな」
「…あら?もう終わり?」
「あぁ、仲間も捕まったみたいだし、俺一人だけ頑張るってのもガラじゃない」
「…」
くくるに刀を突きつけられている男は両手を挙げて降参の意を示す。
こっちも無事に戦闘終了かな?
くくるもその刀を鞘に戻す。
「こっちは終わった。九郎の援護いく?」
そう言って俺たちの方に振り向いたくくるの目は青い輝きを放っている。
《
つまり、くくるはまだ戦闘が終わったとは思っていない。
つまり、そう言う事だ。
案の定、くくるの思惑通りに事が動く。
無防備に背中を向けたくくるに対して、その背後から男が襲いかかってきたのだ。
その手には袖口に忍ばせてあったのかさっきの物よりよりも更に小さい短剣が握られている。勿論、その黒い刃には毒でも塗ってあるのだろう。
僅かな音も立てずにくくるに襲いかかる凶刃。
だが、くくるは振り返りもせずに刀の柄に手をかけて、それを押し下げる。
その最小限の動きで刀を鞘ごと跳ね上げ、男の凶刃を打ち落としたのだ。
「ばっ…」
「「馬鹿な。完全に気配は絶っていたはずだぞ」とでも言うつもり?」
男に向き直りにっこりと笑うくくる。
その笑顔は、俺達から見れば何の変哲もない可憐と言っても良い表情だが、現在進行形で心を読まれて追い詰められてる男からしたらハンパないプレッシャーを感じる事だろう。
正直、男に同情するわ。
「「心を読んだだと!化け物かっ!!」」
男の声とくくるの声がシンクロする。
うわぁ、精神攻撃としてはかなりエゲツないわ…。
「失礼な事言わないで。次はなに?含み針?靴に仕込んだ毒刃?それともまだ袖に仕込んである短剣でも投げる?」
言葉による追い討ちで男の心は完全に折れたみたいだ。
「…頼む。命だけは…」
「なら、大人しくしてる事ね」
くくるが気絶している二人の刺客を指差すと、男は大人しくそちらに向かって歩き出す。
こいつはもう刃向かってくる事は無さそうだな…気絶させる必要は無いだろう。
つーか、くくる怖えよ。
◇◆◇◆◇
「なんで助けに来てくんねぇのさっ!!」
「は?お前に助けなんて必要無いだろ?」
獣化を解除して上半身裸の状態の乾が文句を言ってくる。
乾に向かって行った二人の刺客は、ボコボコに殴られ気絶したまま転がされてる。
無論、乾には傷一つ付いてはいない。
つーか、やり過ぎだ。
乾の実力なら、こいつらを一撃で仕留める事も出来ただろうに。戦いを楽しんだな…?
「…あんたら、一体何者なんだ…?」
「あ?ただの学生だが?」
「ガクセイ…?」
くくるの相手をしていた男の問いかけに、正直に答えてやる。
相手がそれで納得するかどうかは知らん。
「それより、こっちも聞きたい事があるんだが?」
「…正直に答えるとでも?」
「さっき自分で体験しただろ?少しでも質問の答えを思い浮かべただけでこっちには筒抜けになる。質問する事に意味があるんだ」
「…なるほどな」
ちらりとくくるに目を向ける男。
その目には軽く怯えの色が浮かんでいる。
まぁ、確かにアレはトラウマものだよな…。
「まず、あんたらの立場は?ラムスの部下か?」
「部下とは少し違うか…俺達はラムスに金で雇われて汚れ仕事を請け負っている…」
「ラムスとの繋がりは金だけって事だな?」
「あぁ…」
「そんなあんたらから見て、ラムスの人望はどうだ?」
「…最低だな。自分の部下だろうがなんだろうが、ラムスの機嫌を損ねた奴は始末される」
「なるほど。なら、ラムスに反感を抱いてる部下ってのは…」
「山程いるだろうな」
これは良い情報だろう。
くくるが口を挟まないところを見ると、嘘も言ってないようだ。
「…それなら、俺達がラムスより良い金を払えばあんたらはこっちに付いてくれるか?」
「…俺達はそれなりの金額を受け取ってるぞ…?払えるのか?」
「まぁ、うまくいけばな」
「俺達を雇ってどうするつもりだ…?」
「国に喧嘩を売る」
「はぁ!?」
「まずは、ラムスを領主の座から引きずり降ろして他の奴をここの領主にする」
「そんな事が許されると思ってるのか!?そんな事すれば王国と戦に…」
「そうだ、だから国に喧嘩を売るって言ったんだ」
クーデターを起こしてラムスを引きずり降ろせば、王国が黙っていないのは百も承知だ。
ラムスに爵位と領土を与えていた王国のメンツを正面から踏み躙る行為だからな。
だが、元々こっちの目的は王女ナディアなのだ。そう考えるとどっちにしろ王国とは事を構える必要があるだろう。
それなら、ついでにラムスの領土ごと奪って地盤を固めた方が良い。
勿論、内政でこちらの動きを鈍らせる訳にも行かないから、ラムスの代わりにはエヴァンス辺りにでも投げてしまうつもりだが。
「ラムスの領土ごと財産も奪ってしまえば、あんたらにも今以上の金は払えるだろ?」
「…簡単に言うが、そんな事が可能とは思えない」
「そりゃそうだ。だからそれは俺達が実際にラムスを倒してから決めてもらえば良い」
「…何故だ?」
「あ?」
「俺達はあんたらに負けた。それも、これ以上ない程の完敗だ。殺されても文句は言えない。…それなのに、何故そんな好条件を出す?」
「ああ。そりゃ、あんたらがこれからやる事の第一歩だからだ」
「…どう言う事だ?」
「いくら何でも、俺達だけて戦争に勝つのは無理がある。あっちは大軍勢になるからな。だから、こっちはそれを切り崩して仲間を増やす」
「仲間…?」
「そうだ。向こうは軍隊だ。それに対抗する為に何万、何十万という仲間を作る」
「そんなのは夢物語だ」
「でも、面白そうだろ?」
心を読むまでもない。
男の顔には楽しそうな笑みが浮かび始めている。
夢物語みたいなでっかい野望。
それは全ての男子にとって大好物なのだ。
「…俺の名はエイルだ」
「カムイだ。よろしくな?」
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