第29話 祝うと呪う

「ねー。とれぼー」


 いつもの大六畳間。いつもの昼過ぎ。

 かちこちかちこちと、マウスの音の合間に、ろとがそう話してくる。


「なんだー?」


 こちらも、かちこちかちこち、忙しいマウス操作の合間に、返事を返す。


 余裕に溢れる、穏やかな光景に思えるが、ゲーム内の光景は、けっこう、デッドリー、かつ、クリティカル。ほんのワンミスが死に繋がるような魔人級。


 まあ死んだところで、ホームポイントに戻されて、経験値が若干減る程度のこと。


 そもそも極め尽くして、レベルなんて、もう上がることが稀な事態となってきているし、もはや経験値なんてどうでもいい領域になってるし――。


「ねー。とれぼー」


 ろとがまた言った。

 さっきはちょっとクリティカルすぎた。一対一でも大変なところを、二体目のモンスターが乱入してきた。一体目を素早く処理して、一対一の状況に戻すまでは、会話を続けられなかったわけだ。


「ぼく。これで、レベル、あがるかもー?」

「えっ?」


 そう言った途端、俺たちはモンスターを倒した。


 ろとの体のまわりに、光が回る。

 祝福のエフェクト。そして頭上に「Lv UP!」の文字。


「おー、おめでとー」


 俺はそう言った。

 すげえ。レベルアップなんて……、何ヶ月ぶりに目にしたぞ?


「だめだよー。とれぼー」

「ん?」


 ろとはそう言った。

 あれ? なんか、いま……、だめ出しをされた?


「なにがだめなんだ?」

「おいわいを、口でいうとねー。〝のろい〟になっちゃうんだよー」

「うん?」


 言ってる意味が、わからない。


「だからー。おいわいはー、口でいうんじゃなくてー、しめすんじゃないと、だめなのー」

「えーと?」


 俺は考えた。考えた。じっと考えた。

 口ではなくて、行動で示せと?

 つまり、ただ「おめでとー」と言うだけではなくて……?


 俺はスマホでLINEで、ワードナーにメッセージを打った。


 『ろとがお祝いになにかプレゼントしろって言ってきたんだけど。どうしたらいい?』と打ったら、数秒もしないうちに、『なに? プレゼントしたこともないの? 死ねばカス』と返事がきた。


 カスですかそうですか。てゆうか。なんでこれまでプレゼントしたことないって、あいつが知ってんだ?

 ……したこと、ないけど。


「なー。ろとー」

「なーにー?」

「なにが、ほしー?」


 俺はそう聞いてみた。

 気の利いたプレゼントをするなんて、俺には難易度が高すぎる。

 なにが欲しいか、本人に聞いてしまおうと思った。


「うん?」


 ろとはヘッドフォンを外すと、こちらを向いてきた。


「なにか、くれるの?」

「え?」


 俺は、きょとんと、聞き返した。


「いや。おまえがいま……」


 ――と、言いかけて、俺は口を閉ざした。

 プレゼントおくれー、とは、ろとは言ってない。言ってない。言ってない……が、しかし……。


「そういや、俺、おまえに、なんにも、やったことなかったっけなー」

「むかしー、剣とか鎧とか、もらったよー?」

「それはおまえ。ゲームの中の話だろ。あと俺、ドルイドだから、ガチ物理さんのプレート装備なんか使えないし、余り物だし、そもそも、たいしたもんでもないし、NEWBIEにはいい装備っていうだけで……」

「でも。ぷれぜんと。うれしかったよー。ありがとね。とれぼー」


 笑顔とともに、お礼を言われる。

 いまさらながら、俺は照れてしまった。


 照れくさいから、口では返さず――キーボードを、たかたかたかっと叩いて、メッセージを打った。ゲーム内チャットのほうで言ってみた。


『レベルアップ。おめでとうな。ろと』


 プレゼントは、なにか用意しよう。そうしよう。

 物でなくて、ゲームの中での〝物〟にしよう。なんかスッゲェ装備だとか。

 それによくよく考えてみれば、俺の持っている金は、ろとから貰った給料なわけだ。

 相手からもらった金で、相手に対するプレゼントを買うだとか……。

 やっちゃいけないような気がする。


『はーい。とれぼー。ありがとー』


 ろとのやつは、明るく返事をしてきた。

 くるくるーっと、その場でエモーションをする。

 戦闘中にそんなことやってるから、びしばしと殴られてHPを減らしている。


 ヒール。ヒール。ヒール。と、森の乙女ドルイドのちんまいヒールを連発して、減ったHPを戻してゆく。


「あれ? だけどおまえ……なんか、態度ちがくね?」

「なにがー?」

「いや。さっき、おめでとー、って、俺が言ったときには――」


「とれぼー。だめだよー。〝のろい〟になっちゃうよー」

「またゆった! また俺ダメ出しされた!」

「とれぼーが、おこってるー」


「いや……、怒ってない。怒ってはいないが……。不思議がってる」

「なにがフシギなのー?」

「なんで口で言うとダメなんだ? なんで口で言わないとOKなんだ?」

「だって、ほらー」


 ろとは、かたかたかたっと、キーボードを叩いた。


『ほら口偏くちへんだと、〝呪〟になるでしょー。示偏しめすへんだと、ほらー、〝祝〟になるでしょー」

『へ?』


 俺は、HE?と、手で打っていた。


『だからー、口でいうのはー、だめなのー』


 ……そっちでしたか。

 ……そういうことでしたか。

 示せっていうから、物をよこせって言ってるのかと思った。


 なーんだ。


 ろとは、やはり、ろとだった。

 プレゼントもないだなんてヤダモー信じらんない、サイアクー! ――とかいう現実によくいる女ではなかった。

 ろとは、やはり、ろとだった。


 俺はほっとしたり、ちょっと物足りかったり――。


 お祝いのプレゼントの〝すっごい装備〟は、こんど取りに行ってこよう。一人で。こっそりと。

 〝示せ〟ばいいのであるなら、べつに、アイテムで示してもいいわけだしな――。

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四億円当てた勇者ロトと俺は友達になってる/著:新木 伸 角川スニーカー文庫 @sneaker

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