第28話 ゾーマのはなし

 いつもの夕飯どき。いつもの大六畳間……ではなくって。


 なんか。きらきら。ぴかぴかしている店の中。


 俺はあまり落ち着かない気分で、席に座っていた。


 4人掛けのボックス席に座るのは――。

 俺と、ろと。

 ゾーマとワードナー。


 テーブルの真ん中には、丸い穴が開いていて、ごんごんと燃えさかる真っ赤な炭が、熱気を放っている。


「とれぼー。とれぼー。あったかいよー。これあったかいよー」


 ろとのやつは、手をかざして暖を取っている。

 なんつーか……。物怖じしてない。

 知らない人と会うのは苦手なのに、知ってる顔ぶれでありさえすれば、場所はどこでも平気らしい。


「ロト殿は、焼肉は、はじめてですかな?」


 そう聞いてきたゾーマに、ろとは――。


「――知ってます!」


 びしぃ! と指を突きつけた。


「牛かるびさんと、牛ろーすさんは! もとは牛さんだったのです! かるびと、ろーすという生き物ではないのです!」


 ドヤ顔になって言う。

 ああなるほど。シャケの切り身が、あの形で海の中を泳いでいると思っていた、ろとのことだ。牛肉と豚肉も、スーパーで売られる――その形のままで、生きていると思っていたわけね。


「あー。ろとちゃん。焼肉ははじめてなのねー。きょうはいっぱい食べるといいわよー。ここ。けっこう美味しいから」


 ワードナーが微笑みながら言う。もうビールに口を付けている。店に入ったとたんに席にもつかず、「とりあえず中生と枝豆ね」とか頼んでいるから、酒だけはもう出てきている。


 ろとだけでなくて、俺もはじめてに近いんだけど。

 焼肉なんて。昔。一回だけ連れて行かれたくらいで。


「ろとちゃん。なに食べたい?」

「かるびしゃん! ろーすしゃん!」


「ではカルビをとりあえず四人前で。あとロースも四人前で」


 店の女の子を捕まえて、ゾーマが注文をする。


「あたし。タン塩ないとだめなのよ。最初は絶対タン塩って決めてんの。それがルールなの」

「タン塩も四人前で」


 四が単位で、ばんばん注文がされてゆく。

 女の子が別のテーブルに呼ばれて、駆けて行くのを見送って、俺は顔を上げてゾーマに向けた。


「いやー……、でもー、こういうところってー、高いんだろー?」


 きょろきょろと店の中を見る。

 チェーン店の焼肉屋っぽいが……。それなりに高そう?


 ちなみに、ワードナーとゾーマは慣れているのか、メニューも開かずに注文をバシバシ決めている。


「四億円持ってるやつが、なーに言ってるんだか」

「うち倹約志向なんだよ。余生80年持たす予定なんだよ」


「資産運用なら相談に乗りますぞー」

「そそ。ゾーマ。そーゆーの詳しいのよ」

「いやー。まあ。うちは手堅く元本保証でいく予定なので。増やすことより、減らさない方針なので」

「そうですか。では必要がありました、いつでも」


 そう言うと、ゾーマは仏の笑顔で、にこにこと笑った。

 俺はその彼に、聞いてみた。


「ところで……、よかったのか? ろとと俺まで、お邪魔して? なんか二人で、食う予定だったんだろ?」


「いえいえ。かまいませんよ。ちょっと、一仕事が、片付いたお祝いをしようと思っていただけでしたので。私事でロト殿とトレボー殿を煩わせるわけにはいかないかなと思いまして、遠慮していただけです。一緒に食事して頂けるなら、こんなに嬉しいことはありません」


 仏の笑顔で、にこにこ。

 これはまあ社交辞令ではなくて、本心なのだと思うようにする。


「きーてない!」


 だん、と、ワードナーが、中生のジョッキをテーブルに落とした。


「ぜんぜんきーてない! そりゃ、今夜開けとけって言われてたけどさぁ――でもそれが、よりにもよって? 焼肉ぅ? バーくらい連れてきなさいよね?」


 うっわー。

 真っ赤なゴージャス美女は、焼肉でも、ご不満のご様子だった。

 ひえー。


「で? なんのお祝いだっつーのよ?」

「……なんのお祝いなんです?」


 つい思わず敬語になってしまった俺を――。

 ろとが、じーっと、見つめてくるので――。


 俺は咳払いをひとつして――。


「……なんのお祝いなんだよ?」


 いつもの口調で、そう言った。


「これ、です」


 ゾーマは、ひとつうなずいて、そう言った。


「これ?」

「あん? なによ? これって?」

「どれー? どれー? ぞーま、どれー?」


 皆は、一様にわからないといった顔を浮かべる。


「ですから、これです」


 したり顔で、ゾーマは、もういちど同じことを言った。


「うん……?」

「くいずー? くいずー? それ? くいずー?」

「あたしにクイズ出すなんざ十年早い! ゾーマのくせに!」


 皆で腕組みして首を捻った。

 最初に気がついたのは、ワードナーだった。


「あ――。なーる。この店か」

「そう。ここなのですぞ」


 ワードナーが言って、ゾーマがうなずく。

 それでなんか話はおしまいになった。

 なんか二人の間で、話は解決をみたっぽい……?


「おーい。ぜんぜん、俺ら、おいてけぼりなんだけどー」

「答え、いわないクイズは、だめなクイズなんだよー」


「ほら。前。この店――、っていうか、この焼肉屋チェーン。だいぶ落ち目だったでしょ?」

「そうなん?」

「この店だって、ガラガラだったわよー」

「いや知らんけど」


「やっぱ味よね。焼肉店は」

「いい肉にしたのですぞー。これだって。オーストラリア産ですが、運んでくるあいだに、勝手に熟成肉になってくれます」


 ワードナーが言う。ゾーマがうなずく。


 てか。いつのまにか、肉きてた! 焼いてた!


「とれぼー。おにく。焼けてるよー」


 ろとが俺の皿に肉を〝おそなえ〟していった。

 俺! ろとに介護されてた!


「そういや。ゾーマ。鍋のときは仕切るのに、焼肉のときは、なんも言わないんだなー」

「いえ。仕切ってなどおりません。もっとも美味しい鍋の食べかたを提示しているだけですので」


 ゾーマは笑顔を浮かべると、そう言った。俺にはその笑みが〝邪神〟の笑いに見えてなからなかった。


「いい肉に……〝した〟とか、さっき言ってたか? いい肉に〝なった〟じゃないのか? まるで自分が変えたみたいな――」


 肉を食いながら、俺は言った。

 なーんか、さっきから話に違和感を感じている。


「そうよ? ゾーマが変えたのよ」

「へ?」


「おや。そういえばまだ説明しておりませんでした。ちょっと傾きかけていたこのチェーンを買収しまして。そして建て直しおわりまして、この度、売却先が決まりました」



「へ?」


「ふだんはこういうことは、あまりしないんですが。〝買収してくれ〟って知人からの、たっての嘆願でして。まあ買収とかいっても、そんな物騒なことや、阿漕あこぎなことはしていないですよ。事業を買収された方も、売却先の方も、店で働く従業員の方々も、常連客のお客様も、そしてもちろん、わたくし、ゾーマも、皆、笑顔になれるWINWINなお仕事でして」


「へ?」


「とれぼー。おにくー。やけたよー」


 ろとが肉を運んできてくれる。また介護された。


 肉をもぐもぐと食べながら、俺は考えた。

 いっぱい。考えた。


「ええっと……、つまり……?」


「もう。まだわっかんないの? ゾーマがこの店――チェーンの、オーナーだっていうこと」

「今夜までですよ。24時からは、他人の店となります」


「ということは……、つまり……?」


 俺は考えた。いっぱい考えた。


「つまり……、ゾーマの店ってことは……。いくら食べてもいいってことか!?」


 ずびっと、手を挙げた。

 女の子に声を投げる。


「カルビ4――いいや! 8人前! おかわりっ!」


「オーナーであっても、代金は、きちんと払わなくてはなりませんぞ? そうでないと国税庁から脱税の嫌疑をかけられますぞ」

「と――取り消しでっ! カルビ8人前は取り消しでえっ!!」


「まあ株主優待券で払うわけですが」


 ゾーマはジャケットの内ポケットから、分厚い商品券の束みたいなものを取り出した。


「やっぱり8人前でええ!!」


「とれぼー。おもしろいよー。もっとやってー」


 ろとが喜んでいる。


「どうせなら、もっと、ばーんと行きなさい。8じゃなくて16で。――じゃんじゃん持ってきて!」


「いきなり2倍になった!?」


「あとビールも二つ!」


「ビールも2倍だ!?」


 その夜、俺は、はじめて知ったゾーマの素顔に驚きながらも、肉をいっぱい食った。

 ゾーマの仕事の成功を、皆で賑やかに、お祝いした。


    ◇


 本日の出費。

 焼肉食い倒れ。0円。(ゾーマのおごり)

 ホットおしるこ。120円×2。(帰り道で、ろとと二人で、ふーふーいいながら飲んだ)

 ミカン補充。480円。(いつものコンビニ)

 合計240円。


 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9969万3828円。

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