第27話 ワードナーのはなし
「あー。ろとちゃん。今日もくっそかわいいわー。犯していい? 犯していい?」
「言っておくが。そんなエモーションはないからな」
「テラ犯す!!」
「口で言うだけかよ」
かちかち。こちこち。マウスの音が大六畳間に響きわたる。
弁当を食べに来たワードナーが、〝食休み〟と称して、そのままネトゲに参加。なんでか3人で、オーバーキル気味に狩りをやっている。
大六畳間には、ゲスト用のノートパソコンが、いつのまにか二台ほど常備されている。
ゲスト用PCのうちの一台は、俺の元の部屋から持ってきた物。
あちらは契約解除したので、そろそろ荷物をすべて処分しに行かねばならない。
この大六畳間に運びこむと手狭になってしまうから、あらかた捨てることになるだろうが……。さてどうしたものか。
「あー!! ろとちゃんの肉の壁に突っこみたい!! テラ犯す!!」
「うっせえ」
下品なことを口走る痴女の脚に、コタツの中でリアル攻撃を行う。
まあたしかに、ゲーム内の、ろとのキャラは、物理無双で――肉壁といえば肉壁だが。
そんなことをやっていたら、プレイのほうがおろそかになってしまった。
ラストダンジョンの中層を、前衛、中衛、後衛、の3人だけで攻略するのは、不可能とはいわないものの、ワンミスで命取りとなりかねないマゾゲーだ。
「ちょっとここ、話もできねーから。移動すっぞ。次やったら、転移かけるから」
その〝次〟というのと戦っている最中に、緊急脱出呪文を詠唱開始。
倒しきるのと、呪文詠唱が完了して発動するのとは、ほぼ同時。わずかに倒してアイテムが落ちてくるのが先。
安全地帯まで戻って、緊張を解いて、ほうっと――息を吐く。
「なぁに? トレボーってば、あたしと話がしたいワケ?」
赤く塗った唇を、にいっと歪めて、髪を払って、ワードナーが言う。
ろととまったく違って、こいつは、いつも服とメイクの〝完全武装〟を忘れない。〝オンナ〟って感じがする。玄関に転がされている靴も、ハイヒールっていうよりもピンヒールだし。赤いスーツの胸元はがっぱりと開いて、上乳と中乳を見せまくりだし。時代とか流行とか季節とか無関係に激丈のミニスカだが、それがまた似合っていたりもするし。
なんの仕事をしているのか(美容部員と言っていたが、このあいだ聞いたら保険の外交になっていた)、年齢も幾つなのか(18歳と言っていたが、あれは永遠の18歳という意味だ)、まるでわからない。
ゲームの中で友人だったのでなければ、きっと、一生縁がない人間なのではあるまいか。
「なーにー、リーダーってば? あたしの顔、じいっと見て? ――惚れた?」
「アホいえ」
ほんと、アホなことを言うワードナーに、そう返す。
えっひゃっひゃ、と、彼女は笑う。
「俺っつーよりも……、ろとなんだが」
俺はこたつの隣の面に座る――ろとに、目を向けた。
「そうなの! そうなの! ワードナーとお話したいのー!」
ろとが握った手を上げ下げして、しきりに訴えかける。
「おまえ。いつもウチくると、食ってるか寝てるかゲームしてるか、ひり出しているかの、どれかだろ」
「駅のトイレ汚いのよー。コンビニのトイレって混んでるのよー」
俺は顔をしかめた。
ごく普通にナチュラルに切り替えされた。
「聞いてねえし。スルーしろよ」
「スルーしてほしけりゃ、こっそり毒盛りつけんな」
ワードナーはロトのほうに顔を向け――。
「いいわよー。ろとちゃーん。お姉さんといっぱいお話しましょうー」
そして、ろとに、がばっと抱きつきに行った。
「あ。そうだ。トレボー。お布団敷いてくれる? ろとちゃーん。お布団のなかで、い~っぱい、お話しましょうね~?」
俺が、家の中でいちばん分厚い「辞書」に手を伸ばすと――。
「ああ。うそうそ。冗談冗談。――やだもー? 冗談だってわかるでしょー? 一般常識的に考えてみてもー?」
「本気かどうか判断つかねーんだよ。その一般常識がおまえには通用しねーんだよ」
「あら。あたしは常識あるのよー? TPOをわきまえて、大人として振る舞うべきときには、しっかりできるのよー。なにしろぉー、お、と、な、ですからーっ」
髪を払って、にっこりと微笑む。
痴女とは思えない、落ち着いた人格者の顔が、一瞬だけ、浮かぶ。
「で。ろとちゃん。なにを聞きたいの?」
「んっとね。んっとね。えっとね」
「質問、そのいち。――おまえとゾーマって、どういう関係?」
「なんであんたが聞いてくるのよ」
「し、し、しつもーん! しょのにー! どうすればそんなふうに、きれーになれますかー!?」
「それはいい質問ねー。ろとちゃーん。あとでじーっくり、おしえてあげるからねー」
そういえばワードナーの仕事のひとつに、美容部員ってのがあったっけ。
たしか、化粧品の実演販売をするお姉さんだ。
「トレボー。あんたの質問。ろとちゃんと関係ないでしょ。ろとちゃんをだしにして、あんた、自分が聞きたいことを、言ってるだけでしょ」
「いいだろ。まえから気になってんだよ」
「それはゾーマが気になるっていう意味? あたしが気になるっていう意味?」
「言った通りの意味だ。二人の関係が気になるっていう意味だ。……なんだよ? ゾーマが気になるって?」
まあ、ゾーマもゾーマで、正体不明で――。気になるっていえば、気になるわけだが。なんか、前に一度、ワードナーが「役員」とか言っているのが聞こえてきたことがあるが……。役員って、会社役員のこと? エラい役職?
「ゾーマは……、あいつ、そっちの気って……。あったっけかなー?」
「いや。それは聞いてない」
おいおいおい。いったいなんの話をしている?
天井を見上げて、むふふー、とか含み笑いをしているワードナーが、俺とゾーマのカップリングを思い浮かべているであろうことは、ヘッドフォンがなくても、〝てれぱしー〟が使えなくても、俺にだってわかった。
「あたしだったら、べつに、相手が男でも女でも挿れるのでも挿れられるのでも、ヘテロで男なんだけど特殊趣味で、あたしが挿れる側とかだったりしても、ぜんぜん、オッケーだから」
「聞いてない。ますます聞いてない」
変態性の話題へと、ずんずん突き進んでいく。
「ふたりのなれそめはー?」
――と、ここで、ろとが援護射撃。
ワードナーは、長い
ないす。ろと。
「馴れ初め? えーっとぉ……。そーんな、ドラマチックなもんじゃないのよー? 気づいてたら、つるんでいたっつーか、いわゆる、世間一般的に言うところの〝幼馴染み〟とかいうカンケイ?」
彼女は、そこで、うつむき加減になって、顔を赤らめた。
「なんか……、普通すぎて恥ずかしいんだけど」
恥ずかしいのか。
ワードナーの羞恥ポイントは、正直、まったく、わからんわー。
あと、ワードナーの恥じらう表情とか、はじめてみたわー。
下ネタ全開で、えっひゃっひゃっとか、豪快にオヤジ笑いをするところしか、見たことなかったわー。
いちおう〝恥〟という概念は持っているわけだな。ちょっと常人と恥じらいポイントがズレているというだけで。
「もうっ、ゾーマのことは、もういいでしょおぉー。……ほかになにか、ききたいことないの?」
赤毛をくるくると指先に巻き取りながら、ワードナーは言う。
おもろい。もっときいてやろ。
「幼なじみってわりには、歳が離れすぎてるように思うんだけど」
女の年齢はわかりにくいとはいえ、ゾーマとワードナーが、同い年ってことはないだろう。
「そういえば、昔は……、〝お兄ちゃん〟って、呼んでたときもあったわねぇ」
「お兄ちゃん――!?」
愕然となった俺は――つい、大声を張りあげてしまっていた。
「なによ変な声あげて? ……近所に住んでたわけよ。だいぶ年上なんだから、そりゃ、言うでしょ。――お兄ちゃん、って」
「い、いえ――べ、べつに、おかしくはないと思います。ど、どうぞ。先をお続けになってください」
「なんで敬語?」
そう言われる。
ショックのあまり、俺は敬語になってしまっていた。
「中学生にあがって、高校受験の時かな? そうよね。受験だったんだから中学のはずよね。おに……ゾーマに、家庭教師やってもらってたわけよ」
「家庭教師?」
「あいつ、頭はいいのよー? 東大出てんだから」
「と、東大っ!?」
「ええと。東京工業大学のことでしょうか?」
「また敬語。……ちがうわよ」
「ええと。では東洋大?」
「ちがうってば」
「くいず? くいずー?」
「
「わかった。東海大学ですね?」
「あのね」
「そうか! 東大阪大だっ!」
「……だからね。六大学の東大だっつーの。日本の最高学府の東大だっつーの」
「本当に東大だったーっ!!」
「なにをそんなに驚いてんのよ?」
「いえ……。東大出の人とか、リアルではじめて見ましたので」
「東大ぐらい、あたしも出たわよ? ああ出てないか。途中で辞めてハーバードに入り直したから」
「えええええーっ!?」
「あはは。うーそ。トレボーのその顔、おもしろーい。敬語も面白いから、もっとやって、もっとー」
「ちっ。なんだ。うそかよ。ざけんな」
「あー、戻っちゃったー」
ワードナーは、面白そうに、にまにまと笑っている。
遊ばれた。遊ばれた。遊ばれた。
「ゾーマが東大ってのはホント。けど学歴なんてどーでもいいでしょーが。起業家に学歴なんて関係ある? ないわよね」
ないんだ。てゆうか。会社役員とかじゃなくて、起業家とかだったんだ。ゾーマは。
そんな人間が、なんで鍋奉行をやってんだ。いや鍋奉行はこのさい関係ないか。
「そんな人間が、なんで鍋奉行やってんだ、ってカオね?」
「――!?」
ずばり考えを言いあてられて、俺は絶句した。
「あんたは次に――考えを読むな! と、そう言う」
「考えを読むな――って! 言ってない! 言ってない! いまのはノーカン! ノーカウント!」
「あははははは! あははは! ハッハー!」
ワードナーは腹を抱えて笑っている。
遊ばれた。遊ばれた。遊ばれた。――遊ばれたーっ!
ゲラゲラと笑いながら、ワードナーはガラケーを取り出した。
どこかに電話する。
「――ああ。ゾーマ? なんかおもしろいから。あんた。来なさい。――え? 今日は無理? なにいってんのよ。3秒できなさい! ……ほんとにムリ? じゃあ夜! 夜には来なさいよね!」
電話が切られる。
いつものように問答無用の口ぶり。
そしてゾーマは来ることになった。幼なじみで、中学生と大学生ぐらいに年が離れているのに、どうしてこうも、頭が上がらないのだろうか?
「……ふふん。夕飯は鍋かしら。肉がかしら。――やっぱ肉よね。肉」
「おにくー!」
ろとが喜ぶ。
さっきから話には、全然ついていけていないが、こういうところだけは、きちんと聞いていて、反応する。
「そうそう。さっきの話の続きだったっけ。なんで頭あがんないのあいつ? ――って、あんた、いまそう思っていたでしょ?」
「読むな」
「おに……、うおっほん! ――ゾーマはね。中学生のあたしを、家庭教師していて、そんで――色々とあったわけよ。んで、あいつは、あたしに一生頭があがんないワケ。……わかった?」
おい! いまなんか
大事なとこ! ごっそりと省略したぞ!!
色々と、どんなことがあって――一生頭があがんなくなってしまったのか!?
3秒で来いと呼び出されて、頭があがんなくなるような、いったい! どんなことがあったのかー!?
「夜にはゾーマ来るんだから。聞いてみなさいって――。
そしてワードナーは、ウィンクをひとつ。
「今夜は焼き肉よー♪」
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