第26話 超能力

「なー。ろと」

「なーにー?」


 いつもの大六畳間。いつもの夕方。


「なんで、ヘッドフォンつけたままなんだー?」


 ろとがヘッドフォン娘になったまま、ぱたぱたと、部屋のあっちこっちを動いていたりするので、俺はそう聞いた。


 ゲーム中は音が混ざるので、ヘッドフォンをしていることもある。

 でもいまはべつにゲームはしていない。


「しらない? ヘッドフォンつけてると。超能力ーっ、つかえるんだよ?」


 ろとは、ない胸を張って、あたりまえのように、そう言った。


「うーん? 超能力?」


 俺は腕組みをして、考えた。

 ろとのいうことは、論理の飛躍が激しすぎて、たまについていけないことがある。

 アホなのか天才なのかどっちかだ。まあどっちでもいいのだが。


「……して? そのココロは?」


 わからないので、素直に聞いてみる。


「マンガにでてくる超能力者さん、みんな、つけてるよー?」

「そうか? そうなのか? 本当にそうなのか?」


 そこ〝みんな〟っていうところ。突っこむべきところだ。

 ほんとにそうか?


「このあいだ、よんだマンガー、そうだったよー?」


 ろとは言った。

 そう言えば、ふたりで駅前の漫画喫茶に入ったっけ。「ここ、なにを売ってるお店?」って、ろとが、首を四十五度に傾げて聞くので、なんとも説明がしがたくて――。二人で入った。


 狭い個室で、ろとを体の前でだっこする形で、二人で積み上げたマンガを、黙々と処理した。

 なるほど。その読んだマンガのなかでは、そうだったわけだな。

 なるほど。ろとにとっては、たしかに「みんな」だな。


 ちなみに……。

 はじめ、ろとは、「マンガの読みかた」を教えてやらねばならなかった。右上から左下に順番に読むんだぞー、とか、教えてやった覚えがある。

 ろとはマンガを読んだこともなかった。どんだけだ?

 ろと、くっそかわいい。


「とれぼーは、超能力ー、つかいたくないのー?」

「うーん」


 俺は腕組みをして考えた。


「中2の時には、使いたかったような気もするなー。異能に憧れたっけなー」

「でしょー」


 ろとは、にっこりと笑った。

 この笑顔を見ていると、細かいことは、まあいいか、という気になってくる。


「それではー、超能力をー、つかいまーす……」

「お? お? お? ……使うのか?」


 俺は身構えた。

 ろとのやつは、両手を突きだして、目をかたくつむって、む~~~、と、なにやら全身で念じている。


「お? お? お? なんの能力だ?」

「て……、てれぱしー!」


「ん? テレパシー? それはどんな異能だ?」

「あいてのー、かんがえていることがー、わかるー! 超能力ーっ!」


 なんだか地味な能力だなー。それもマンガにあった異能なのかなー。

 まあそのへんはいっかー。


「じゃあ、俺はいまなんて考えているー?」

「ろと、くっそかわいい、テラオカス」

「それはワードナーがいつも考えていることだなー。別の人の思考を読んでしまったなー」

「しまったー」

「あと、ろと、おまえ、〝テラオカス〟って、意味わかってる?」


 俺が聞くと、ろとのやつは、目をぱちりと開いて――。


「ううん」


 ――首を横に振ってきた。


 うん。だよねー。

 ろとが、〝オカス〟の意味を知ってて言ってたら、こわいわー。


「つぎの超能力ーっ、いきまーす!」


「お? お? お? まだあるのか?」


 ろとは、またも手を突きだして、うーんとうなる。

 目をつむって、念を込めるポーズ。


「お? お? お? こんどはなんだっ? どんな能力だっ?」


「さいこきねしすー……! 物をー、うごかすー、能力ーっ!」


 またなんか地味な能力きた。

 異能とは違うのか? 超能力って、地味なもののことをいうんか?


「なにを動かそうとしているんだ?」


「ミカンー……、ミカンー……、ミカンー、こっち、こーい……」


 ろとは、〝サイコキネシスとかいう能力で、ミカンを引き寄せようとしていた。


 俺は、コタツの上のミカンを手にとって、ろとの手のうえに、ぽんと置いてやった。


「やった! ミカン! きたー!」

「うむ。きたな」

「さいこきねしすー、つかえたよー」

「でもどっちかっていうと、サイコキネシスというよりは、トレボーネシスとか、そんな感じだったがな」

「つぎ。てれびー、つけるー、むむむむー」

「あいよ」


 俺はテレビのリモコンを押した。


「みらいよちー! 30分後に! ピザがくるのがみえます!」

「あー。きょうの夕飯は、ピザ食いたいんだなー。おっけー。おっけー」


 俺は、WEBからピザのデリバリーを手配した。

 ろとの未来予知通りに、30分後にピザが届いた。

 人見知りする、ろとが、めずらしく――自分で玄関まで駆けていった。


    ◇


 本日の出費。

 ピザ。Mサイズ。2160円。

 合計。2160円。


 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9969万4548円。

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