第25話 1個のからあげ

 いつもの昼どき。いつもの六畳間。


 正月の空気もすっかりどこかに流れて去っていって――。

 テレビの番組も通常ローテーションに戻った感じの、そんなある日の昼食タイム。


 世間様は仕事始めになっているが、ろと家は、まったくふだん通り。

 働く必要は一切ないので、朝起きて朝ご飯を食べて、昼には昼ごはんを食べて、夜には夕飯を食べる。

 そんな生活。


 午後には二人でログインして、いつものネトゲをやることもある。

 ワードナーとゾーマがログインしてくることもあるし、ゲーム内でなくて、リアルで押しかけてきて、夕飯が鍋にかわるときもある。


 今日の昼飯のメニューは、昨日の残りだ。


 たいしたものは並んでいない。

 お総菜コーナーの、きんぴらゴボウとマカロニサラダ。出来合いのコロッケが、俺と、ろととで、1個ずつ。

 あと、からあげが一個。これは昨日の夕飯の残りだったので、1個しかない。


 ろとが、からあげを、ぷすっと箸の先で刺した。

 ろとはどうもうまく箸を使えない。子供握りで持っている。


 その二本束ねた箸の先で、からあげを、ぷすっとやって――。

 もぐもぐと美味しそうに食べている。


 無心に食べている、ろとを見ながら、俺がなにを考えていたかというと――。


 からあげおいしいかー。よかったなー。とか。

 こんど先割れスプーンを買ってきてやろう。とか、


 だいたい、そんな感じのことだった。


「あっ? ……あーっ!!」


 ろとが、急に大声をあげた。


「どうした?」


 俺は慌てず騒がず、落ち着いて聞いた。

 一緒に暮らすようになって、ろとのオーバーリアクションには、だいぶ慣れた。そしてよく聞いてみれば、じつは、たいしたことではないことが多い。


「ぼく! ぼく! 食べちゃったー!」

「なにを?」

「からあげ! からあげ食べちゃったのー!」


 そうだな。食ってたな。


「ああ。楽しみにとっておいたわけかー。最後に食べようと思っていたんだなー。それは残念だったなー」


 俺は言った。そんなことぐらいで喜怒哀楽をあらわにできて……。ろと、くっそかわいいなー、もう。


「ちがうの」


 そうか。ちがった。


「じゃあ、じつは鶏肉が、キライ……、だったとか?」


「ちがうよ。トリさん好きだよ」


 そうだよなー。

 ろとは、あんまり好き嫌いはなくて、ぱくぱくと、なんでも、しあわせそうに食べるのだ。

 鶏肉料理はこれまで何度も出しているし。食ってるし。


「えーと……、じゃあ? なんだ?」


 お手上げだ。

 ろと学の第一人者である、この俺にもわからない。つまり、全人類の誰にもわからないということだ。


「あのね! あのね! からあげね! 一個しかなかったから……」


「ああ。一個だけだったな」


 俺はうなずいた。だから、ろとに食べさせたわけだが――。


「だから! とれぼーと! はんぶんこしないと、だめだったのー!」


 ろとは目をぎゅっとつぶって、そう叫んだ。


「あー……」


 俺はなんと言えばよいのか困って、言葉に詰まった。

 その発想は……、なかったなー。


 ろとは、しょぼーん、としている。

 からあげを一人占めしてしまったことで、落ちこんでいる。半分を俺に分けられなかったことで、本気で、しょげかえっている。


 そんな、くっそカワイイろとに対して、俺は――。


「なー。ろと」

「なーにー?」

「あとで買い物行くかー?」


「?」

「今日の夕飯は、からあげだー」


 暗かった、ろとの顔が、ぱあっと明るくなった。


「そっかー! お夕飯のとき、とれぼーのほう、一個多くすれば、いいんだねー! それでおんなじだねー! とれぼー! すごーい! あたまいー!」


 いやー。べつに、おまえのほうが、1個多くても、2個多くても、べつにいいんだがなー。

 それで、おまえの気が済むんだったら、俺は、なんだってするさー。


    ◇


 本日の出費。

 からあげ。数個。472円。

 菜っ葉。128円。

 チョコ。お菓子。252円。(いつのまにか、カゴに入っていた)

 牛乳。178円。(ろとは最近よく牛乳を飲む)

 合計。1030円。


 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9969万6708円。

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