第24話 おっぱい

 いつもの六畳間。いつもの午後の光景。


 テレビの番組は、まだ通常シフトに戻っていなくて……。世間様もなんとなく、正月気分から抜け出していない。


 俺はコタツの上でミカンクラフトに勤しんでいた。


 特別に買ってきたLLサイズのミカンを、4つ――ピラミッド型に並べたこいつは、ワードナーだ。

 左右それぞれで二山ほど。

 計8個の出費は、けっこう痛くはあったものの……。Mサイズのミカンが4つでは、どうも再現不能なのだ。あの物体は。


 よってLLサイズは絶対に必要なのだ。これは必要な出費というやつだ。

 それにミカンはどうせ食うわけだし。

 うん。まったくもって、問題はないなっ。


 あと、SSサイズのミカンも一袋ほど仕入れてあった。

 こちらは、ろと用。


 ミカン一個ずつだと、どうにも違和感がでてしまうのだ。体積的に。

 SSサイズでも大きすぎる。現実とまったく見合っていない。

 SSサイズのミカンを、半分ずつに割って、右と左に置いた感じが……、ぴったりなのだ。

 ちょうど、ろとサイズだ。


 実際にさわったことはないが、チラって見えたり、ぎゅーって抱きつかれたりしたときの感触からして、誤差数パーセント以内で現実と合致している蓋然性は、非常に高いと言わざるを得ない。


「ねー。とれぼー」


 テレビに顔を向けていた、ろとが――ぽつりと言った。

 俺は慌ててミカンを崩した。

 ワードナーの右乳編と左乳編を崩し去ったのちに、速やかに――可及的速やかに、ろとの右乳編と左乳編の、証拠隠滅を計った。


 もっきゅ。もっきゅ。

 SSサイズとはいえ、1個分まるごとを口にすると、ハムスターになってしまった。


「ふぁー、ふぁひふぁふぁっ?」

「たべてからでいいよー」


 もぐもぐ。ごっくん。


「な、なにかな?」


 俺が聞くと――。

 ろとのやつは、きっちりと正面を向いてきて――。


「とれぼーって……」


 なぜか、そこで溜めて……。


「……おっぱい、好き?」


「い、いやべつに。そんな取り立てて言うほど好きなわけではないぞ。まあ一般的に言って男子の85%――いや95%以上は、好きか嫌いかで答えれば好きのほうに含まれるんじゃないか。だから俺が仮に好きだったとしても、それは平均的というだけであって、べつにおかしくもなければ変でもない。むしろここで嫌いと言ったりするほうが不自然というものではないかな。俺はそんな自意識の肥大した答えなんてするつもりもないし、そんなふうに斜に構えることをカッコいいと称する意識は、すくなくとも中学二年生の時点において卒業していたことは、これはもう明かであり明白な事実である。なんなら高校時代の同級生の証言を取ることも可能だが、そんなことをする必要はもちろんないわけだ。……わかるな?」


 ろとは俺の話の途中から、ミカンを剥きはじめていた。

 ワードナー左乳編の先っちょが欠けてしまった。また買ってこなければ。

 あ。おわった? ――という顔で、ろとが、こっち向いた。


「とれぼーって、おっぱい、好きなの?」


「いやだから何度も言っているように、俺はべつに大小で区別や差別をするつもりもなければその予定もない。大も小も貴賤なしというのが俺のポリシーでありマニュフェストでもあるわけだ。これは俺の個人的意見というよりは世間一般的な共通観念の話になるので、誤解しないで聞いて欲しいのだが、まあその種の永遠の命題に関しては「」と答えるのが一般解であろうと俺は思う。しかしこの問題は高度に政治的な要素もはらんでおり、血で血を洗う闘争の原因でもあって、巨派と貧派とは永遠の闘争を繰り広げる間柄でもあるわけだ。さらに昨今においては、〝無派〟と〝微派〟が参戦してきたこともあって、全体的な傾向でいえば〝貧派〟のほうが分解能が高い。よって世間的には人気なのは貧派であるといえなくもないわけだ。まあ対する巨派のほうには美派と魔派があったりするので、分解能もしくはミームの闘争としては、拮抗しているともいえるが。そして貧派の一派においては〝虚派〟なるものまであるわけだが、俺はそこについては懐疑的だ。しかし微と貧ならぜんぜんありだぞ。……だから希望を持て。な?」


 ろとはまた別のミカンを食べていた。

 こんどはワードナー右乳編の先っちょから、一個を持っていっている。だからなんで先っちょだけなんだ?


 あ。おわった? ――という顔で、ろとが、こっちを向いた。


「とれぼーは、おっぱい好き?」


 俺が口を開こうとすると――。


「もう、長いの、めっ……だよ?」


 めっ、されてしまった。

 しかたがないので、俺は、正直に白状することにした。


「……好きだけど。いけないかよ」


「べつにいけなくないよー。」


 ろとは言う。

 うっわー。フォローされてるよー。俺ー。どうしようどうしよう。


 ワードナーのおっぱい、見てること、バレてたのねー。

 あと、ろとのおっぱい、たまに見てることも、バレてたのかなー。

 うわー。うわー。うわー。


 ごめんなさい。

 生まれてきてごめんなさい。男の子でごめんなさい。

 もうカンベンしてください。


「そっかー」


 ろとは、にぱっと明るく笑った。

 話は、そのまま、そこでおしまい。

 ろとは「納得いった」という顔で、テレビのリモコンでチャンネルを替えている。


「あれ? いいの?」


 俺は聞いた。


「え? なにが?」


 ろとは聞き返す。


「いや……、てっきり、俺は、責められるのかと……」


「なんでー?」


「いや……。なんで……って、だっておまえ……?」


 俺は、ろとを見た。まじまじと見た。

 ろとは天使の笑顔を浮かべている。


「ぼくがきいたのはー、わーどなーが、言ってたからだよー」


「ワードナーが? なにを?」


「〝おとこはみんな、おっぱいがすきー〟なんだってー」


「あんのクソアマビッチ」


「あ。そうだ」


 ろとは、こたつから出ると、こっちを向いた。

 畳の上に正座で座って――。深々と、頭を下げてくる。


「ぼく。おっぱいなくてー。ごめんなさい」

「いえ。こちらこそ」


 俺も同じように正座で深々と礼を返した。

 おっぱいスキーでごめんなさい。


    ◇


 本日の出費。

 買い出しあれこれ数日分。5304円。

 ミカンLL。2袋。530円×2。

 ミカンSS。1袋。480円。

 合計。6844円。


 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9969万7738円。

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