第23話 初夢

 正月二日目の六畳間は、かなり賑やかだった。


「ロト殿。おモチは。いくつにしますかな?」

「ぼく15――」


 今日もがんばろうとしている、ろとの口を塞いで――。

 俺は台所に立つゾーマに、そう言った。


「ろとは3つ。俺は4つで」

「了解いたしました」


 ゾーマが来ると、鍋だけでなく、キッチンも仕切られる。

 俺も、ろとのために料理はするが、べつに得意というわけではない。

 手伝ってもいいわけだが、ゾーマは嬉々としてやってる感じなので、今日は任せっきりにしている。


 あれ? ワードナーには聞かねえの? モチの数?


 なるほどー。

 ちょっと考えたら、その理由はわかった。

 その事実は……、深いなぁ。


 そのワードナーは、正月のバラエティ番組を見ながら、あはははは、とか笑っている。

 のっし、と、おっぱいが、二つほど――コタツの上にのっかっている。


 俺はカゴからミカンを取り出した。

 二つの山にわけて、自分の前に積み上げてゆく。

 同体積を作りだすには、左右、それぞれ、ミカン4個ずつのピラミッド構造が必要となった。


 けっこーデカイな。

 ミカン4個ずつを重ねて、両方の手のひらで、もみもみと、やっていると――。


「そういえばさー」


 と、ワードナーが言った。


「なにかな?」


 積み上げたミカンを、ずびっと崩して――俺は聞いた。


「今朝――っていうか、昨夜? へんな夢みたのよねー」


 ミカンを一個持っていって、ワードナーは言う。


「夢? 初夢っていうやつか?」


「とれぼー。はつゆめって、なーにー?」


 ろとが会話に入ってきた。

 さっきまで、ワードナーと一緒に、テレビの正月特番を、じーっと集中して見ていた。ワードナーが、「あははは」と笑うところで、ワードナーとテレビとを交互に見比べていたりしたから、ダジャレ以上の、高レベル「お笑い」を習得しようと頑張っているところなのだろう。


 俺は剥いてやったミカンの半分を、ろとにパスした。

 半分は自分で食べる。


「初夢ってのは、一月二日の朝起きたとき、覚えてた夢のことだな」

「はじめて見る夢なら、一月一日の夢なんじゃないのー?」

「え?」


 あれ? 言われてみれば……、たしかに?


 ささっとノートパソコンを引っぱってきて、Google先生に訊いてみた。


「いや……、一月二日の夢で、あってるらしーぞ」

「なんでー?」

「さあ……、なんでだろうなー。――で、初夢が、どーしたって? どんな夢をみたんだ?」


 俺はワードナーに顔を向ける。誓って言うが、おっぱいは見ていない。顔を見ている。


「それがさー。こたつでロトちゃんとトレボーと、あんたら二人と、ミカン食ってる夢なわけ」


 美女はそう言った。手をぱたぱたと動かすから、そこへミカンを一個のせてやった。これで、元・右乳部分は、もう1個しか残っていない。


「かなったじゃないか。その初夢。正夢になったぞ」


「よかないわよー。そんなの、わざわざ夢に見るようなもんでもないでしょー」


「ねー? ぞーまは、いないのー?」


「ああ。……そういえば。いたよーな。たしか雑煮作ってたっけ」


「いま作っておりますぞー。もうすぐ出来ますぞー」


 ゾーマは仕上げに入っている。なんか味噌とか入れている。

 あれじゃ味噌汁か豚汁に思えるが……。

 雑煮の作りかたにも色々あるんだなー。ちなみに、我がろと家は鶏ガラの清んだスープで作る醤油味の雑煮だ。


「ぼくも、なんか、夢みたよー。おぼえてるよー」

「へー。どんなんだ?」

「んっとね……」


 唇に指先をあてて、ろとは天井を見る。


「わーどなーと、とれぼーがねー、……ぷろれす? やってる夢ー」


 ギクギクギクー、と、俺は身を強ばらせた。


「ほうほう。それはそれはぁ」


 ワードナーは大変面白そうな顔で、ニマニマと笑っている。



「――で、どっちが勝ってた? その夜のプロレスっ?」


 聞くな。やめとけ。

 こっちがどうやって話題を逸らすか一生懸命考えているのに、このアマ、すこしは火消しに協力しやがれ。


 だが無駄なようだ。

 俺が全力で回避したいと思う話題も、セクハラ上等のオヤジ的感性を持つ彼女にとっては、すごく関心のある話題なのだろう。


「えっとねー……、とれぼーの、勝ちー!」


 ぜんぜんわかっていない、ろとは、あっけらかんと言う。


「わーどなーはー、負けちゃってー、泣いてたよー。すすり泣きー」


「あっはっはっは!」


 ばしばしと畳をぶっ叩いて、ワードナーが超ウケている。


「あたし? 負けてんのー? ――えっひゃっひゃ!! ないないない。20年はええわ。あたしがどんだけ年季積んでると――おおう!」


 ワードナーが妙な声をあげる。俺がコタツの中で足を蹴った声だ。

 そしたら、蹴り返された。


「いてっ」


 俺は蹴った。蹴った。

 蹴りっく。蹴りっく。

 蹴られた蹴られた。

 ――うおおおい! ヘンなとこに足あてんな! この痴女めえぇ!


「なにしてるのー?」


 ろとがコタツの布団をめくる。

 そのとき俺は、足をつかまえられて、ワードナーに技をかけられつつあるところだった。


「痛ててててててて! ギブ! ギブギブ!」


 俺は畳をばしばしとタップした。だがワードナーは、力を緩めず、ギリギリと締め上げてくる。

 たしかこれ、〝4の字固め〟とかいうやつ。プロレス技の一つ。

 片葭が、ワードナーの股間とおっぱいとに押しあてられていたりするが、そんなもん、気にすることができるような状況ではない。


「ぷろれす? ぷろれす?」


 ろとが聞いてくる。

 だが答えることもできない。


「痛い痛い痛い! マジ痛い! 折れる折れる折れるって! すいませんした! ナマ言ってすいませんしたあああぁ!」


「お雑煮がー。できましたぞー」


 レフェリー・ゾーマがやってきて、ようやくブレイクで、切り離してくれた。

 あー。ひでえ目にあったー。


「ほらー、ねっ? ロトちゃーん? ――泣いてるの、トレボーのほうでしょー? あたしじゃないでしょー?」

「ほんとだー」


 ほんとだー、じゃねえよー。

 まあ、しかし――。

 ろとが夢でみた「ぷろれす?」が、すっかり本当のプロレスの話になっていて、よかったよかった。

 安全かつ安心だ。

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