第22話 おしょうがツー
お正月の昼。
いつもとちょっと違う。俺とろととの、大六畳間――。
ろとは一生懸命、雑煮を食っている。
べつに正月だから、雑煮を食わなければならない、ということもないはずだ。
しかし、ろとのやつが、「ぼく、おぞーに、食べたことないのー」とか、不憫なことを言うので、飼い主――もとい、執事――もとい、ママ――もとい、介護人――もとい、友達としては、Google先生とYoutube先生の力を借りて、お雑煮を作って、食べさせてやりたいと思うではないか。
自分で言うのもなんだが、見よう見まねで作ったわりには、けっこう、いい出来だったと思う。
「なー、ろとー」
「ふぁーひー?」
ろとは、ぐいーんと伸びるモチと格闘している。
「和尚さんが二人いました」
「??」
「おしょうが、ツー」
「ぶはぁっ!!」
ろとが吹いた。盛大に吹いた。めっちゃ吹いた。
こんなに吹くとは思わなかった。
「おいおいおい。……だいじょうぶか?」
タオルを持ってきて、拭いてやる。
ろとはしょんぼりしているかと思いきや、キラキラとした目で――。
「すごいよー! とれぼー! すごいおもしろいよー! とれぼー! 天才だよー!」
「え?」
「いまのー! いまのー! おしょうさんがツー、っていうやつー!」
「こんなの、ただのダジャレだぞ?」
しかもオリジナルでさえない。いまのネタは、なんか子供の頃、テレビで観たやつ。
「もっとやってもっとやってー! もっともっとー!」
「隣の家に、囲いができたんだってねー。へー」
「ぶはぁっ!」
「カッターを買ったー」
「ひい! ひいひい!」
ろとは転げ回ってウケている。
足をばたばたとやっている。
ぱんつ見えんぞ。
「そんなしゃれ、よしなシャーレー」
「ひ! ひ! ひ!」
ついに呼吸困難になった。
このへんで勘弁してやろう。――でないと、ろとが死んでしまう。
「おーい。息しろー。息ー。……すーはー。はい、……すーはー、だぞー」
ふにゃふにゃになってるロトの脇の下に手を入れて、持ちあげて、しゃんとさせる。
深呼吸をさせてやる。
ろとは笑いすぎて、汗びっしょりになっていた。
「そんなウケたかー? おもしろかったかー?」
「すごいよ、とれぼー! とれぼー天才だよ!」
ろとは真っ赤な顔で大興奮。
いやー……。それはー。……どうだろう?
「ぼく! お笑い番組とかは、よくわかんなくて、ぜんぜん笑ったことないんだけど。とれぼーのはわかったよ! すごくおもしろかったよ!」
「あー。あー。あー。」
二人でバラエティ番組見ていても、そういえば笑ってなかった。
なるほど。そうか。
レベルが高すぎたのか。
「布団がふっとんだ」
「ひー! ひー! ひひぃ!」
俺はまた、ろとを悶絶させにかかった。
「イカを食べたイカ?」
「だめー! だめー! しんじゃうしんじゃう!」
足をばたばた。ぱんつ見えんぞ。
なんかちょっとイケナイ気分になってきた。
俺はさらにダジャレをぶっ放した。猛烈にハッスルした。
◇
「雑煮が冷めちまうなー。このへんにしとくかー」
俺はそう言った。
ていうか。レパートリーが尽きたわけであるが。
「とれぼー。おきれなーい……。おこしてぇ……」
すっかり甘えた、ろとの脇の下に手を入れて――ぐいーんと持ちあげる。
「そういえば。ろと。知ってっか?」
お雑煮の残りを食べながら、俺は、ふと思いついて――言った。
「もう笑わすのなしだよー? ぼく。しんじゃうよー? ぼくがしんじゃったら、とれぼー、ひとりさみしく、老後をすごすんだよー」
「すんげー気の長い話だなー」
4億円あれば、残り余生80年が安泰だ――と、いつも言い聞かせているからだろうか。
「笑いすぎちゃうと、おなかいたくなるから――。もう今日はだめ! ダジャレは1日15分!」
「しないしない。――てか。15分はいいのか」
「じゃあ。言っていいよー」
ろとの許可が下りたので、俺は、さっき思いだしたことを言ってみた。
「モチって年の数だけ食うといいらしいぞー」
「え? ほんと?」
「あー。なんか福があるんだっけかな? 一年を健康で過ごせるんだっけかな? たしか、そんなんだー」
「じゃあぼく食べる! おかわり!」
どんぶりが突き出される。
「お? おお?」
俺はモチを焼きに行った。
◇
「らめえ~……、もうたべられないぃ~……、しんじゃう~……、らめえ~……」
ろとは、よく頑張った。
15個までは食べた。
ふだん小食のろとであるが、意外と、食えるやつだった。
「ぎぶ~……、きぶでぇす~……、ぎぶで~……、ひとつ~……」
「お、おう」
あと何個食べれば年の数になるのか、それはわからないが……。(そういえば、ろとの歳は知らなかった)
まあ年齢と同じ数を完食するのは、無理だろう。
俺なんか、はじめから諦めてかかっている。二十数個も食えるかっつーの。
誰だこんな風習はじめやがったの。
◇
余談だが……。
あとでGoogle先生に訊いてみたら、歳の数だけ食うのは、正月の「モチ」ではなくて……。節分のときの「豆」のほうだった。
すまん。ろと。
すまんかったわー。
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