2章『霧島慶二』①

──20時15分


「……だそうです。……さて、本日の特集です!」


 学校が終わり、週に2回ある皿洗いのアルバイトを早退してきた。


 丁度、国営テレビをつけたら今まさにという場面か。


 テレビの中の女性キャスターが生放送を意識してか、凄く笑顔な気がする。


 画面左上の『Live』の文字があると生中継だって分かりやすいよな。


「これからの情報化社会の展開について、また最新携帯ゲームの情報について盛りだくさんでお届け!

今中高生に絶大な人気を誇るあの方の特別インタビューを生放送にてお届けしちゃいますね。」


 調子よく続けるキャスターの声を聞きながら、オレはハンガーにブレザーをかけていた。


「運営から1年にして、10代20代の若者のなんと“95%”が使用している、国営サイトがあります!

『日本電脳遊戯協会 会長』にして政府の『特別情報省 情報技術第二開発部 部長』の霧島慶二さんにお越しいただきました! どうぞお入り下さい!!」


 若者の95%も使ってるのか?


 なるほどな、携帯を持っていないオレがアンモナイトの化石のように見られるわけだ。


 しかし慶兄の晴れ舞台、自分の事のように嬉しいな。


 画面の奥から『霧島慶二』がスモークと共に現れた。


「慶兄! すげぇや、ホントにテレビに出てる!」


 思わず大きな声が飛び出た。


 テレビを見て興奮するなんて、日本代表のサッカーくらいだと思っていた。


 まさか自分の一番尊敬する人物、見知った人物がテレビに出てるなんて……。


 オレは画面を食い入るように見つめた。


 慶兄の少し褐色の肌、精悍な身体つきが旧時代の22型液晶テレビに映しだされる


 観客の拍手を一身に受けた慶兄は、一人がけのおしゃれな椅子に腰掛けた。


 インタビュアーと対面形式。その時、オレは違和感を持った。


 なんだ……良く見ると服装がおかしい気がする。


 こういう席はスーツが基本のはずだ。テレビに出るのだから正装は当たり前のはず……。


 慶兄のその格好は、襟首(えりくび)にファーが付いている黒いジャケット。


 それに刺繍入りのジーンズ。


 インナーは赤いYシャツだ。派手なシルバーアクセサリが画面を通してギラギラと光っているのが分かった。


 髪は少し長めの長髪で、真ん中から分けてある。


 ワックスをつけているのかワイルドさを強調させている。


 実際に行った事はないが、どこかのクラブにで見かけそうな服装だ。


 画面には女性インタビュアーが映されていた。


 オレと同じ疑問をインタビュアーも持っていたらしい。


「ええっと、本日はよろしくお願いします。あの、随分ワイルドな格好……ですね? 普段もそのような格好で仕事をされていらっしゃるんですか?」


 おそらく日本中のお茶の間もそう思っているだろうな。


「ははは、まさかぁ。普段はスーツですよ。いや、ね。

今日は二つのテーマについてお話をさせてもらうって事で、ちょっとラフな格好で出させてもらいました」


「そうおっしゃるのはどういう意図でしょうか?」


「省庁の皆さんからお怒りの言葉を受けるのを覚悟の上で、ね。プロデューサーさんからも怒られるかな? それでもこの格好で話す訳は二つありますよ」


 カメラは慶兄の爽やかな笑顔とピースサインを捉えた。


 2年振りにテレビで見た慶兄は、昔の調子と全く変わっていない。


 なんだか高校生くらいから全く変わっていない気がする。


「今日のテーマは『これからの情報化社会の展開』と『最新携帯ゲームの情報』についてでしょう?

まず先に最新携帯ゲームについて話をさせて下さいよ。ほら、もう20時だから子供は寝る時間になっちゃうでしょ。この格好は若者向けにしてるんですよ」


 インタビューってこういうものだったっけ…?


 質問をして淡々と答えるイメージしかないけど……な。


 オレの気持ちが彼女に伝染しているのだろうか。 


「あ、あの……」


 インタビュアーの女性が露骨に困った顔をした。


 スッと観客席側の右斜め下に視線を移動させている。


 きっとプロデューサーか誰かが待機して、ボードに何かを書いているのだろう。


 インタビュアーは3秒程度でそれでいいとOKサインのジェスチャーで、霧島慶二へ伝えた。


「あはははは、ごめんねお姉さん。生放送だから下手なこと言えないんだよね、忘れてたよ。では改めて挨拶を……」


「テレビの前のよい子のみんなー!!」


 慶兄は突然大声で話しはじめた。


『日本電脳遊戯協会』会長の霧島慶二、26歳独身で彼女募集中でーっす! 

長いから国営総合SNS「JaCoPa」(ジャコパ)を運営してるおっさんで覚えてね!! 今までより更に多くのね、色んな会社が協力して新しいサイトを作ったんだ!」


 お構いなしで強引に進める所が慶兄のすげぇ所だよ、いやホント。


「10月1日よりサービス開始だからね! 俺もわざわざアメリカまで行ってさ、向こうの技術者とか偉い人とかとな、色々と話して作ったんだぜ!

より快適で楽しいサイトがオープンするから! 後2日、良い子で待っててくれよ! あ、後3日か?」


 観客席からの笑い声が、テレビを通じて聞こえてきた。


 予想に反して意外とイケてるようだ。


 場の力を無理やり捻じ曲げるのが得意な人なんだよな…。


 でも……オレも思わず顔がにやけて、恥ずかしい気持ちになる。


 今年で何歳になるんだよ、慶兄……。あっ、26歳か……。



──『リリリリリ』



 電話……?


 この携帯の着信は誰なんだ……?


 ……なんだ、愛梨か。


 通話ボタンは……これか。


 オレは初めて自分の携帯で通話をする事に……少しだけ緊張していた。


「……もしもし」


『すっごい面白いね! ねぇ今テレビ観てるんでしょ!? 

JaCoPaのサイトからストリーミング放送とテレビを合わせて観てるんだけど、みんなのコメントも面白いっていうのばかりだよ。なんだか慶二兄さんが褒められて自分のことのように思っちゃうよね』


 愛梨の口からよく分からない横文字が飛び出した。


 今はテレビに集中したいんだよな……。


「ああ、今楽しんでるんだから邪魔しないでくれよ。

うちはビデオもパソコンも無いんだから逃したら見れなくなるんだから。……そういえば愛梨も慶兄が大好きだったもんな。小学6年の時に告白してフラれてたよな」


 まずい、電話越しでも変なオーラを感じた。


『うるさい! もう龍ちゃんなんか嫌いっ!』


──『ツーツーツー』


 なんだよ……視線をテレビへ戻すと慶兄が満面の笑みで話し続けていた。


「……まぁそういう訳でね、完全無料で楽しい携帯ゲームが遊べるわけですよ。おーい!! テレビの前の若者よー」


 愛梨との電話で聞いていなかったが、今まさに紹介した所か。


「たつやくんや しょうたくんや けんじくんや たけしくんや まさしくんや たかしくんや らいやくんやりゅういちくんやりゅういちくんやたかこちゃんや まりえちゃんや あいりちゃん」


 今……2回言わなかったか?


「全国の男の子も女の子も…! ぜひアクセスして遊んでくれよな!!」


 席を立ってビシっと人差し指をカメラに向けて突き刺す慶兄。


 お茶の間には『お笑い』を、関係者に『冷や汗』を届けたはずだ。


 そしてオレには『羞恥心』を届けた。


 今のは露骨過ぎるし、やっぱり1回多かったと思う。


 だけどオレ達の事を気遣ってくれて、本当に嬉しい。


 慶兄は決めポーズを解いて、インタビュアーと観客に一礼した。


 これで終わりだという意味が込められた挨拶を受け、インタビュアーが続けようしている。


 右下をちらっと見て、軽く引きつり笑いをしている様子を見ると プロデューサーに何かを言われているようだ。


「あ、あはは……ありがとうございます……。霧島さんはとても面白い方なんですね、えっと、テレビの前の皆さん、国営総合SNS「JaCoPa」の最新ゲームはチェックしてくださいね!

では本日は霧島慶二さんをお迎えしてのインタビューをお届け……」



──瞬間



 慶兄が早口でインタビュアーの話にかぶせてきた。


「ちょっとちょっと、まだ情報化社会の展開についてお話していませんよ。

……少し悪ふざけが過ぎて大目玉になっちゃいますよね、僕から放送責任者の方へ謝っておきますね、あはは」


 慶兄、顔は笑っているが、目は全然笑っていない……。


「あ、良い子はもうテレビを観なくても大丈夫ですよ。おじさんが今からつまらない話をするんで。逆に大人の方は必ずご覧下さい」


 そう話ながら慶兄は立ち上がり、ジャケットを脱ぎ始めた。


 突然の出来事に思わず、オレの腰が浮く。


 おいおい、生放送でその発言とその行動はまずいって……。


 その時、画面から向かって右側の袖から何かが投げ込まれた。


 慶兄はそれを華麗に受け取った。白いタキシード。


 履いているジーンズもその場で抜ぐと、タキシードにあわせたパンツスタイルに早変わりした。


 霧島慶二会長の生着替えを、国営放送でお届けしている状況だった。


 『一瞬、焦りました』


 そうインタビュアーの顔にハッキリと書いてある。


 すぐに着替えが終わり、慶兄はインタビュアーからマイクを受け取った。


──『スンッ』


 突然、スタジオの照明が消えた


 スポットライトは慶兄の白いタキシード姿を照らしだす。


 画面の中央、奥にはいつの間にか演説で使うような台が置かれていた。


 慶兄は導かれるように移動し、少し長髪の髪を上にかきあげ、スッと左手をタキシードのポケットに入れた。


 つい30秒前まではクラブ帰りの男だったが…今の正装はとてもサマになってると思う。


「これからの情報化社会の展開についてお話をさせて頂きます。少しお時間を頂きますが大事なお話ですのでお聞き下さい。

皆様もご存知の通り、ここ数年で携帯電話を始めとする情報技術は高度な成長を遂げました。

あらゆる情報が瞬時に手に入る時代になり、利便性の向上については説明するまでも御座いません」


 慶兄の視線はカメラを見据えたまま、動かない。


 まるで画面の先に待つ聴衆一人一人の目を見て話しているようだった。


「しかし、利便性と共に浮き彫りになるのが『様々な害悪』です。インターネットは人間に利便性という『善』を持たせましたが同時に『悪』の一面も与えました。


『学校におけるいじめ掲示板』


『出会い系サイトによる未成年売春』


『投資市場への容易な参入による個人破産』


『引きこもりや無職の増加』


『情報販売による利益の搾取や付随する虚業』


話をすればきりがありませんね。もっと分かりやすい例を挙げます」


 慶兄はポケットに入れていた手を台の上にのせ、握り拳へと変えた。


 あまりの迫力にこれが自分の8歳上の男がやっている事だとはとても思えない。

 

 どこかの……大企業の社長のプレゼンのようだ。


 実際、慶兄も会長という職なのだろうが…枠には収まらない印象をオレに植え付ける。


「昨今問題となっているは自分の『つぶやき』をインターネットへあげるツールの問題です。

今や若者だけではなく、有名人も利用するコミュニケーションツールは多数存在します。

載せてはいけない写真やつぶやきをする事で、自分や家族を含めた民間企業への影響等は計り知れません。

これはインターネット上における正しい利用法、活用能力の欠如。

つまり『ネットリテラシーの低下』に起因します。

やって良い事と悪い事を理解出来ない若者を創出した『教育』に欠点があることが明白です。

ですが、今さらながら『そういう風に育ってしまった若者』を正しい方向へ導く事は容易では御座いません」


 慶兄の熱弁は続く。


 今度は右のカメラを意識しているのか、そちらへ視線を送った。


「連日続く『情報の悪用』の報道。

これに頭を悩ませていた政府や関係機関でした。ある時を境に、政府はその方針をガラリと変えました。

今までは悪い物があれば徹底的にフタをする。

言うならばサイトを『閉鎖』するのが政府のやり方でした。ですが今は全く違いますよね?

その結果は、携帯電話やパソコンを持つみなさんがご存知の通りです。政府はどういう方法を用いたのか」


 おそらく、今テレビを観てる人間は慶兄の演説に、真剣に見入っているに違いない。


「その答えは逆転の発想です。


── 『規制』ではなく『創造』する ──


2年前の10月。

特別情報省の情報技術第二開発部で上司にタンカを切った私の言葉です。

私は『悪い事は止めろ』、と抑制するのは逆効果だと気づきました。

国が主体となり、様々な情報を受け入れる『受け皿』をしっかり作ってあげることが重要ではないか。

インターネットが危険というのなら、国が受け皿になり、きちんと運営をするなり監視する。

たったそれだけの話なんです」


 いつの間にかスタジオの観客も静まり返っていた。


 マイクの影響だけではない、他の音も一切入らない、霧島慶二の声だけがきれいに伝わってくる。


「簡単なように思えます。ですが、長年に渡りこの国の誰もが成し遂げなかった事です。

私は、大学時代につまらない携帯ゲームを作り、販売していた事がありました。多少の情報企業には顔が利きます。何回も話し合いを行いました。

ですが相手は『民間企業』であり、社会活動をし報酬として『賃金』を得なければならない。

国民の皆様の税金で活動している我々『省庁』とは違います。

上司に迫り、引くに引けない状況になった私は、来る日も来る日も対策方法を考えました。

『情報』という見えないものを売る、販売する、そして利用する企業。

彼らに対し、どうやって政府が決めた管理や監視といった、全ての事柄を制御出来る『ルール』を受け入れさせるのかその方法を。答えは凄く単純でした」


 純粋に知りたい。オレも、その答えを。


 慶兄が何を考えてどう実行したのか、その真実の扉を。


「企業の売り上げに貢献しつつも規制をかけるように調整することです。政府が推奨する監視や管理と言ったルール。

言い換えれば『統一規格』に対して、参加した企業には『法人税率の引き下げ』

そして、国が運営する情報サイトに参入頂く代わりに『完全なる利益分配』

この二つを思いつきました。

もちろん、最初から「はい、参加します」と言う企業はございません。先日の『あるIT企業倒産』のニュースは国民の皆様の記憶にも新しい所でしょう」


 世間を賑わせたあの事件じゃないのか。


──『偽ガシャポン事件』


 メディアは囃(はや)し立てて事件を追求してたな。


 特に主犯格の3人はかなり重い刑になるとテレビで言ってた気がする。


「倒産した『モバイルフリーダム』の一件です。通常よりも高額に設定してある様々なカードを用いたゲーム。基本無料と謳いながらすぐに費用を取るように仕向けた事。

もちろん、なんら問題もない商業的な行為です。

しかし、『法律』が変わったのにも関わらず、こちらの『協力要請』に一切耳を貸さずに営業を行っていました。

それどころか、彼らは「政府が権力の乱用をし、善意なる民間企業を潰している」と有りもしない『捏造記事』を週刊誌に書かせる始末。

見かねた我々、『特別情報省』としても対策を講じました。

その結果、トップを含めた役員の総逮捕に踏み切りサイト停止とさせて頂きました」


 心なしか、慶兄の瞳に強い憎悪を感じた。なんだろう、この感じ……。


「国としては、このような権力行使の力技など使いたくはありません。ですが、より『健全な社会の育成』の為に従わないなら仕方ありません。テレビやストリーム放送をご覧の視聴者の皆様に、私は問いたいのです。『若者の想像力や生産性を欠如させる社会』をあなたは望んでいますか?


──なんら生産性も持たず



──企業の営利目的に夢を奪われ



──夢中で携帯電話を操作する人間はあなたの周りに居ませんか?


電車に乗ってこの放送を携帯電話で見ているあなた。

周りをすぐに見渡してください。あなたを含めて、何人の乗客が携帯電話を見ていますか?」


 慶兄の演説は熱を帯び、そして全ての人の意識を吸い込んでいるかのようだ。


「現代社会に生きる多くの人にとって、携帯電話やパソコンは欠かせません。私も同じです。


良く言えば『機械を利用』している。


悪く言えば『機械に利用』されている。


どちらにせよ、情報端末はもう現代人と切っても切れないものへと『進化』してしまいました。

もちろん、国民の皆様が今まで通り携帯電話やパソコンを利用し、遊んで頂く事は構いません。

むしろ、そういったことに生きがいを見出している人間が多くいることも事実です。

ただ、己の利益の為だけに、若者を無駄にたぶらかし、『脳細胞を破壊させる行為』は断じて許しません。

結果として、大多数の企業様が『統一規格』を利用する事にご賛同頂き、今日に至る訳でございます」


 本も売れなくなっている寂しい時代だ。


 オレがバイトの休みに利用する、神田の古書店が潰れていくのを目の当たりにしている。


「政府公認にして唯一無二の存在。

国営SNS『JaCoPa(ジャコパ)』を運営している事もその一環で御座います。

もちろん企業ばかりが対象ではありません。

個人が開設するホームページやブログ等も“特別情報省”の検閲を行っております。

もっとも、個人レベルであればそこまで厳しく監視はしません。

ですが、必ずサイトのトップページに『JaCoPaのロゴマーク』を入れる事。

これが義務付けられているのは、皆様ご存知でしょう。

無ければ『不当運営』となり罰金や懲役もございます。車の免許と同じ物です。

話をまとめます。

これからの情報化社会の変革ですが、日本電脳遊戯協会主催の「JaCoPa」(ジャコパ)が音頭をとって、国民へ正しいカタチのサービスを提供させ続けて頂く事です。

これ以上もこれ以下も御座いません。

僭越ながら、これにてご説明を終えたいと思います」


 もはやインタビューではない『演説』が終わりスタジオに照明がつく。


 慶兄はオレには見せた事がない、威厳に満ちた表情を浮かべていた。


 キャスターとインタビュアーが誘導をする前に、深々と礼をして奥へ消えた。


 最後にカメラ目線での指差しスマイルだけは忘れずに。


 オレは、終始食い入るように見ていた。


 慶兄が話す一言一言に熱を帯びていたのが分かる。


 今すぐ、凄い演説だったと伝えたい。


 どうしても、今すぐに。


──21時10分


 放送終了から30分が過ぎた。


 携帯電話の説明書を見ながら、慶兄が言った事を思い出してみる。


 話が本当なら、雷也も愛梨もハマっているのはまさに「JaCoPa」(ジャコパ)が運営しているゲームのはずだ。


 雷也は…こういうサイトをまとめあげた兄貴のことをどう考えているのだろうか……。


「こう、か…いや、どこにアドレスを入れるんだ?」


 未知の操作をしていると自然と声が出る。


 オレの力だけで、初めて携帯電話をインターネットへ繋げてみる。


 家にはパソコンも無ければ携帯電話も無かった。


 学校で何度か使用したことがあるのと、雷也に見せてもらった事くらいだけどなんとかなるだろ。


 見よう見まねで検索できそうな所へ言葉を入れる。


 もちろんこの検索のシステムも日本政府が主導した統一検索エンジンだろうな。慶兄が言ってた「JaCoPa」(ジャコパ)のロゴマークが入っている。


「日本……電脳……遊戯…協会」


 画面はツヤツヤしていて触りにくい。


 ちょっと前まではボタンで押せたはずなのに、画面に直接触れるタイプの携帯電話なんて使いずらいんじゃないか? 

 

 少なくともオレには合わなそうな気がするけど、加藤のおじさんから貰った宝物だ。


 大事に使わないと。 パッと画面が切り替わった。


 これが慶兄が職場……。


 特別情報省の管轄団体「JaCoPa」か。


──『日本電脳遊戯協会』


──『JAPAN COMPUTER PLAY ASSOCIATION』


 なるほどね。オレは一通りサイトを調べてみた。


 目的のページはあるはずだ。


 まだ操作がおぼつかず、何回も画面を消してしまう。


 あった、これだ。


 協会の『電話番号』を確認し、紙にメモをする。


 “24時間対応”と書いてあるのは慶兄が話をしていた通り、全ての情報サイトの管轄を行っているからだろう。


 クレームにも対応します、ってところか。


 自動音声案内の後、オペレーターの人が出た。


 正直に事情を伝えても、トップに繋いでくれる訳は無い


 一芝居演じる用のメモを用意していて良かった。


───────────

 俺は霧島慶二の南米時代の仕事の知り合いで、たまたま日本に来ている


 テレビで彼を観て、急に連絡が取りたくなった


 携帯を無くして番号が分からないので、知り合いの携帯から電話してる


 『南米帰りの龍一』と伝えたら絶対に分かる

───────────


 オレは話を手短にまとめ、オペレーターへ伝えてみた。


 ……そうだよな。


 やはりまともに相手にされない。


 そう来るのはわかってるよ。逆の立場でもそうするもん。


 オレも食い下がり、上を出して欲しいと伝え、なんとかその場の責任者だけは呼んでもらう事が出来た。


 さぁ、慶兄の出番だな。


 オレが中学3年の時には慶兄は働いていた。一度オレと雷也で兄貴の電話対応を見た事がある。


 今思えば……あれが霧島慶二流の『商談術』だったんだろうな、強引な方法だったけど。


 一つ咳払いをしてから切り出す。あくまでも声色は大人を予想為に低く、低く……。


「分かりました、これでもダメならお電話を切りますね。

新しいビジネスを持ちかけているのにも関わらず、門前払いですか。

こちらの不注意とはいえ、携帯を無くしてしまい霧島氏へ連絡が取れなくなるのは非常に困りました。

せっかくのビジネス話が頓挫(とんざ)するんです。

後日、霧島慶二氏にこの一件が耳に入ればあなたが大目玉を喰らうでしょう。

ですが私は存じません。


『こういう仕打ちを受けて霧島氏の耳に入れる事が出来なかった』


と事実しか述べませんので。

たった一言『南米の龍一から連絡が来てる』と伝えるだけです。

10秒もかからないですし、これだけで彼には伝わるはずです。

これでも霧島慶二氏へお話をして頂けませんか」


ちょっと伝え方が下手かもしれないが、まぁまぁだろ。


 世間じゃこういう風に言うはずだ。


 『ブラフ』ってね。


 『分かりました』と声が聞こえた。上司が覚悟を決めたようだ。


 オレは内心ほくそ笑んだ……性格悪いな。


 狼狽した声が受話器から聞こえてくる。


 そりゃそうだ、本当の話だったらまずいよね。


 来賓からの電話の取次ぎをしない部下ってレッテルを貼られたら、これからの出世にも関わる。


 男の声が少しだけ震えていた。


「会長は多忙な方です。あの、本当にそれだけで会長に伝わるんですね……? あなたの話を信じます……」


 通話が保留に切り替わり、メロディが流れ始めた。


 オレは窓から秋の夜空を見上げる。冬の匂いがする。


「……もしもし」


「はい」


「お待たせしました、会長に一言伝えました。伝言を承っております」


「秋葉原の『イルミナスタワー』の30階『特別応接室』に今夜11時に来て欲しい。お知り合いの2名にも必ず来てもらうように、との事です」


 良い人だ。ちゃんと慶兄に繋いでくれた。


 オペレーターの所属は違うかもしれないが、流石は政府の息がかかってる人間。


 おざなりな対応はナシ、か。


 オレは慇懃(いんぎん)にお礼を述べ、電話を切った。


 ……となれば、今からする事は一つ。


 テレビを見ながら外した腕時計をもう一度『右手』に着ける。


 慶兄に時計を貰った時に言われたんだ。


「龍一、どうしてお前は右手に時計をつけるんだ? 利き腕だから使いづらいだろ?」


 あの時、オレは恥ずかしくて笑って誤魔化した。



 『左利きの慶兄』に憧れて右手につけたなんて言えなかったんだ。

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