第106話 エピローグ

 歴史学者のヘンリエッタは、約2年前に起こった大陸間大戦において、レポートを書いている最中だった。

 先の大戦において、海老事変に端を発し、ローデリア辺境府解放、南大陸における帝国領の縮小、そして講和まで、を調べている。のだが――――ある人物を調べ上げるうちに先に進まなくなっていたのだ。

 その人物とは、大戦において南の大陸で同盟国を集めて回り、南の大陸から王国へ舞い戻った「氷帝」と呼ばれる人物の事だった。


 歴史を少し知る者であれば、必ず一度は文献に出てくる。

本名は凍太。「氷帝」「解放者」などとも呼ばれる人物で雪花国の出身。しかし本人は雪人ではなく人間だった。

大戦以降、行方が知れないこの人物を、ヘンリエッタは取材するために王国へ何度も何度も取材許可の手紙を送り付けていた。が、一向に、王国からの取材許可は下りない。理由は、本人の行方が未だに知れないためだというのが王国の意見だった。


通称「黒宰相」グレイス・ミュラーの命を奪い、ローデリアの七英雄リッピと互角以上にわたり合ったとされる「氷帝」は、経歴を調べ上げるうちに、実は「魔痛症」に掛かっていたことも分かってきた。

「魔痛症」は近年かかる者がいなくなって、すっかり歴史からすがたを消した病名だが、彼は少ない被験者でもあったらしい。


「それにおかしいのよね。この人。魔術師なのに、どうやら接近戦闘が得意みたい」

 通常、魔術師は接近しない。

する必要がないからだ。接近せずに一切を薙ぎ払えばいい。

 其れなのに、この人物は接近戦闘を得意としている記述ばかりが目立つ。

彼が持っていたとされている「鉄扇」もどうやら補助的に使っていたようで

最後の記述は王国の入試時期にまで遡る。

「それも――――手よりも蹴り技が得意だなんて。頭おかしいんじゃないのかしら」

 ヘンリエッタは友達でもあり、助手を務めてくれているコールマンに、ぼやいた。

「ですよねぇ。どうにも変な記述が多い。敵の魔術を消したり、無効化したりしたと思われる記述も多いですし、剣や、銃で、戦うんじゃなく、相手を蹴り倒していた、なんて書いてある文献も有りますよ――――まぁ、どこまでが信頼できるのかわかりませんね」

 コールマンも悩みながら、タイプライターを打つ手を止めた。

「でしょう?だって圧倒的に優位に立てるはずなのに、なんで肉弾戦なのかしらね。戦闘狂?それとも死にたがり?――――この間、取材した王国の騎士課の話でも、ついこの間まで騎士相手に素手で戦ってたらしいわ。それも、あの『リッピを切った』「皐月」相手によ?信じられる?」

「よく頭が無くならなかったっすよね。それも皐月氏が言うには蹴りで剣に対抗したらしいですし」

「そ。信じられないわ。蹴りが、そうクニャクニャ動くかってのよ。蹴りなんて横縦、どんなに振ったって軌道が限られるハズなのに」

「それも、膝から先が消えたりするらしいですよ?信じられますか?」

 ハハハとコールマンは笑った。

冗談にしか思えない。

「それに隠者もまだ行方が知れないのよね」

 ランドルフも大戦以降消息をたった。

「二人とも重要人物ですよ。」

「凍太はランドルフの消息を追ってるとあたしは見てる。王国は隠しているけれどね」

 大戦以降、凍太もランドルフも姿を消していた。王国は今、大戦の前に起こった蒸気機関爆発事故の真偽で大わらわだった。

「そうよ。事故がもとでローデリアは大陸横断列車を牽けなくなって、遂には―――東側に兵隊を送りこむのが遅れた」

「ランドルフが犯人だとでも?」

「仮定での話よ?ランドルフが犯人なら王国は、ランドルフを使って爆破事故を起こさせたんじゃないのかしら」

「でも、おかしくないですか?もしそうなら、王国が大戦の引き金を自分で弾いたことになります」

アトリストの攻防戦。

結果的にはこの戦いの勝利が王国側の優位を作り上げた。と後の歴史家たちは記述している。

 もしも、ここでアトリストが落ちず、二門の巨砲が奪われていなければ、王国の橋頭保は築かれず、また、ローデリアの進行は止まらず、物量で王国を押しつぶしただろうとも言われている。

「王国は、この時期、ローデリアにやられっ放しだったのよ?巻き返しとして、一気にケリを付けようとしても不思議じゃないわよ」

「どうだろう。なんか陰謀論めいてやしませんか?」

 コールマンは懐疑的だ。

「なら、アンタはどう思うの?」

「僕は――――そうですね。ランドルフ氏の単独犯なんじゃないかと思いますよ」

「へぇ」

ヘンリエッタは「続けて」と、先を急がせた。

「ランドルフ氏の行動は、王国よる命令じゃない気がするんです。例えば――――アナトリー・ヘイグラム氏によれば、彼は途中まで、ランドルフ氏と行動を共にしていたことが分かっています。が、ある日から忽然と、ランドルフは姿を消したとアナトリー氏は言っていますし。それに、ランドルフ氏はシシリー・マウセン導師からも実際に戦ったとの報告が上がっています。もし、先輩の言う通り、ランドルフ氏が王国の放った人物だとしたら、敵対するのはおかしくないですか? 例え、王国の自演による犯行だったとして、ランドルフ氏は王国から何も受け取った形跡がないんです。――――敵国に痛手を負わせた英雄として称えてもおかしくないのに」

「うーん。邪魔になったんじゃないの?」

「あれだけのビックネームですよ?王国が切り捨てなんてもったいないことをしますかね?」

こんな二人のやり取りは結局朝まで続いた。


 2


「今年もいい子がそろいましたねぇ」

「全くじゃよ。大戦から早二年。合格者数は減りはしたが、いい子がそろって居る」

王国内にある研究室の一角で、ウェルデンベルグがシシリーと茶を楽しんでいた。

少し前に、王国の入学式が終わったところで、二人とも一休みしている。

「面白そうな子はいたかね?」

「――――居るにはいましたけれど。それが何か?」

「いや、トウタが居無くなって、さみしいのなら――――弟子でも取ってみてはどうかなと思っただけじゃよ」

「いいえ。もう結構です。弟子はもう取りません。あの子が私の最後の弟子ですよ」

シシリーはきっぱりと言い切った。

「トウタちゃんにまだすべてを教え切っていませんもの。まだまだやるべきことはたくさんあるんです」

「厳しいのぅ」

やれやれと言ったようにウェルデンベルグは天井を見上げた。

「それに、ドルフも捕まえてきて貰わねば困ります。そのためにトウタちゃんをわざわざ出したのですから」

「ドルフの奴は生きておると?」

「生きていますとも。最後の魔術は効果の途中で解呪されましたし。逃げ足も速かった。もと医療課のトップなのですよ?あのくらいの傷すぐに治してしまうハズです」

シシリーは自信を持っていた。

「かもしれんな」

ウェルデンベルグもかつての仲間が死んだとは思っていない。

彼の治癒力は、教え子のハンナ・キルペライネンが追い付いていないと言われるほどなのだ。

そう簡単に死んでいるなどと、とても思えない。

それが、二人の共通認識だった。



「本当にお前さんは欲がない。今頃、王国で英雄のはずだ。それが何故、こんな仕事を引き受けたんだい」

 霊峰ヒラルクーの山中で、東の仙人シンリンは凍太に聞き返した。

「一つは英雄になんてなりたくない事。あとはシシリーおばあちゃんと雪乃おばあさまのもとに、ランドルフ先生を引きずってでも連れていかないと、僕が死んじゃうから」

 凍太は力なく笑った。今、王国からの密命でランドルフを追っていて――――そしてその依頼の大本は雪乃とシシリーだった。

今、トウタは18歳になっている。青年とも言っていいはずのティーンエイジャーのはずだが、その顔は30歳ほどに見える。暫く伸ばし放題にしていた髭と髪のせいかもしれない。どこか疲れて見える。

「「かならずあのバカを連れてきなさい」」

 シシリーと雪乃の言った言葉は判を押したかの如く一緒だった。

 シシリーは笑って。雪乃は酒を煽りながら。だったが。

「ああ、あの二人は厄介だねぇ」

 東の仙人はやれやれと首を振った。特に雪乃は、筋が通らないことは嫌いだと、シンリンは良く知っている。

「シンリン。あなたなら何か知っているんじゃないかとおもって」

 凍太は、少しでも手掛かりがつかめればと、此処、霊峰ヒラルクに来たのだ。

 流石と言うべきなのか、ランドルフの足跡は、全くと言っていいほど分かっていない。

「そうさな――――あいつを見たのは2月前だ」

「生きてたんですか?」

「ああ、ズタボロだったがね。あれはランドルフに間違いない。場所は確か――――北央の周辺だ」

「ありがとう」

「ランドルフの件が済んだらまたおいで。そのときは、あたしと術比べをしよう。きっと楽しいことになるから」

「いいね。死ねない理由が増えたよ」

 そう言って彼は「霊峰ヒラルク」を下りはじめ、仙人も其れをただ見送るのみだった。


山を下りながら彼は考える――――あの黒騎士もこんな気持ちだったのかもしれない――――と。

目標とも復讐ともどちらともいえるようなそんな気持ち。

そうしないと、シシリー先生とおばあさまにどんな顔をして会えばよいのか、彼には分らない。

(やることは簡単だ。ランドルフ先生を思いっきり蹴っ飛ばして、バルトレアの高慢ちきも、もう一度必ず蹴っ飛ばしてやる)

山を下りながら、彼は決意を新たにした。




 完

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転生から始まるもう一つの物語~師匠と弟子とおかしな仲間 ヒポポタマス @w8a15kts

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