第105 話  冴えない終わり方と、新たな依頼

リッピの腹に一撃を確かに入れたが、しかしそのまま、リッピは耐えきって見せた。

「なん―――っ」

そしてリッピはトウタの背後に周り、首に刃を突き立てようと、腰から刃を抜いたところで、

ぱぁん!

トウタの振り上げたつま先が後ろにいたリッピの鼻を蹴り折った。

「フッ!」

続いてトウタが放ったのは後ろへの裏拳。そして、下からのヨプチャ・オルリギ蹴り上げがリッピの顎を下から掠めた。

たまらず、リッピは魔術で吹き飛ばしにかかるが、トウタは魔術を相殺し、構成そのものを上書き。

「そうよ。そのタイミングだわ。トウタちゃん」

シシリーはトウタの相殺した魔術の構築を頷きながら、喜んでいた。

「あの間合いで、相殺されたら打つ手がないわ。リッピ貴方判断を見誤ったのよ」

これはリッピが引き込んだつもりで、実は獲物が存外に強かったというだけの事だ。

「がはぁ!」

徹底的なインファイトは続く。

下がり際に置き土産として放たれる横蹴りはリッピの胸当てを貫通して衝撃を伝え。

足先はトウタの工夫で不可視の魔術がかけられ、顔面、わき腹と二度打ち込まれるが、そのどちらもがリッピにヒット。

遂にリッピがよろけて膝を付きつづいて吐き戻す。このころには防御壁は残り2枚まで減っていた。

「けはっ、はぁ…はぁ…」

リッピはようやく立ち上がったが膝が震えている。しかし、彼女の手には短剣がまだ握られていた。


2


「トウタちゃん!」

防御壁の中でにらみ合う二人を、ハンナはようやくの事で視界にとらえた。

そして彼女は、同時に周りにいた魔術師達に魔力パスをつなぎ終えると、

回復神手リカブル・エム!」

一斉に魔力を流し込み回復させた。


さらにその上では、残りが少なくなったローデリアの航空隊を打ち抜くミライザとアナトリーの姿があった。


「遅くなりました。シシリー導師」

そう報告したのはタチアナ。ハンナの友人だった。

「タチアナ。解呪は得意かしら?」

シシリー導師からの質問に、タチアナは否定を返したが、あとから代案を提案。

「いえ。残念ながら…しかし、3人ほど力自慢が志願しています」

「今こそ、義足の恩は返す。やらせてもらおう」とシュティーナが。

「そろそろあたしの鉄球が必要だろう?」と彩花が。

「拙者は、まだ終わっては御座らんぞ」

と皐月が言った。

「皐月。下がって居なさい。体がズタズタなはずよ」

「このくらいなんとも御座らん。やれまする」

シシリー導師が止めるものの、皐月は食い下がる。ここで彼女は引き下がるわけにはいかない。

「目の前に友がおるのです!助けぬことなどできませぬ!」

続けてそうも叫んだ。

「あたしも入れてよ」

そして最後に名乗りを上げたのは、ダークエルフのイリスであった。



「シュティーナさん、彩花さんは認めましょう。でもあなた達は…」

皐月、イリスの両名はともに歯を軋ませる。

「絶対にへまはしませぬ!」

「あたしもよ!」

体の負担を考えれば、選考に乗らないのは分かっていたが、気持ち的には二人を選びたい、シシリーはそう考えていた。

しかし、問題は蓄積したダメージで魔術で傷はふさがっていても、楽観視はできない。

順当に考えるなら…他のものを選ぶべきだ。

「行かせてあげてください。導師」

「女の子は好きな子の為なら、いくらだって頑張れるんです。導師だって覚えはありませんか?」

そう言ったのはハンナだった。

「そうね。そんな気持ちはとっくに忘れていたけれど、心に灯がともっていれば女の子は無敵よねぇ。良いでしょう。皐月、イリス両名は、リッピの防壁を突破しトウタちゃんを連れ帰ってくること。良いわね?」

「はい!!」

大きく返事をする両名をシシリーは笑って送り出した。


「援護は任せろや」

科機構課がガシャガシャと銃をならす。後ろでは魔術課が静かに頷いている。

騎士課は空を飛び回り、敵を追い回しており、医療課は負傷した兵士を回復させ続けている。

「行って来いニャ。ここはお前に譲ってやる」

ミライザは狙撃銃のスコープから目を離さずにリッピを監視しながら皐月を励ました。

「すまぬ」

ぱちんと鍔鳴りをし、決意を固めて皐月は進行方向をリッピへと向け。

イリスはすでに魔力を高めていた。

「銃火の合図とともに、敵に一目散へ駆けろ。道は作ってやる」

ボネがぶっきらぼうに言うと、科機構課の魔術師達は一斉に銃口をリッピへと狙いを定めた。

「足場があれば、そこの鬼もケンタウロスも箒に乗らずに駆けられる。流石いいアイデアを出すじゃない」

「うるさいわ。だまっとれ」

マルセル・ボネが魔術で風を下から吹かせ、見えない道を一本リッピへとつなぐ。

「ケンタウロス。立てるかぃ?」

「ええ。これならいけるわ」

彩花もシュティーナも風の道の上に降り立つ。

「そのまま、まっすぐよ。いいわね?皐月は先陣を務めなさい。イリスちゃんは最後方へ」

「はい」

「では、そう時間もないわ。チャンスは一度きり。防壁は2枚。何としてもトウタちゃんを引っ掴んで帰ってくるのよ」

シシリーは4人を送り出した。



「てぇ!」

号令と共に、200本の銃火から一斉に弾丸が打ち出されると、そのあとすぐに

「行くぞ!」

皐月が一心に走り出した。続いてケンタウロスシュティーナが、彩花が、ダークエルフイリスが。

弾丸が防壁を一斉に叩き、穴を数瞬作る。そこに皐月が飛び込み魔術で強化した斬撃を真空刃として、飛ばした。

2撃目はシュティーナのランス。そして、追い打ちとして彩花の

「どっせぇいい!」

鉄球が2枚目の防壁をぶち破る。

「やれい!イリス!」

「ジルチアゼム!オプジーボ!」

叫び声と共に、特大の火珠が立て続けに上から流れ星の様に落ちて、最後の一枚をぶち破った。

「トウタちゃあぁぁぁん!」

「トウタ殿!」

皐月は大刀を振り下ろしながら突っ込み、イリスは防壁の修復を遅らせるために全力で火球を落とし続ける。

すれ違いざまに皐月の刀がリッピを刺し貫き、そのままの勢いで胴体を薙ぎ、切り裂いた。

勢いを殺さず、皐月はそのまま、防壁内を駆け抜けると、同時に片腕でラリアットをする様にトウタの胴体に引っ掛ける。

「――――!」

声にならない悲鳴を上げながら、胴体を持っていかれるトウタはそのまま、衝撃で気を失うことになった。



「気が付きましたか?」

起きると、そこにはヴェロニカの怒った顔と、シシリーの困ったような顔と、雪乃の笑った顔があった。

そして、皐月、イリス、シュティーナ、彩花の姿も。

「ここは…」

「冴えない終わり方でしたねぇ。ですが、よくぞリッピと打ち合いました」

めずらしく雪乃の声が柔らかいのを医療課の医務室のベット上で聞いている。

「ですが、肉体の疲労は笑えません。この先はしばらく安静にしていただきます」

ヴェロニカは怒っていて、

「うっぐ、ひっぐ」

皐月とイリスは涙をこらえながら懸命に笑顔を作り、シシリーの頭を撫でる手が心地いい。

そして

「良くやりましたね。よく戻ってきました。またあとでいっぱい褒めてあげますよ」

シシリーの言葉を聞きながら、再びトウタは眠りについた。



「―――――」

「なかなか面白い結果だったわ。あのリッピを倒すなんてね」

ふと気が付くと、暗闇の中から声がしていた。

トウタはこの事象は3回目で、すでに驚かずにいた。

「いい加減、姿を現せ」

暗闇に言うが、事象は変わらない。かわりに言葉が続く。

「あなたはこの世界でどこまで生きられるのかしら?」

声は笑い続けていた。



あれから、ローデリアは戦線の縮小と後退を繰り返し、いまはサンタリオーネと雪花国、そして南の大陸から渡って来た合同軍によって押される日々を送っていた。

各地で蜂起をする旧ローデリア勢力下の者たちが自治権を取り戻すべく戦っておりローデリアは英雄の一人をうしなったショックからまだ立ち直れずにいる。

蛇の王国はリッピの猛攻を防ぎきり、撃退したことで世界に再び権威を示したが、それだけで、領土の拡大は行っておらず、今も蛇の王国の領土は人工島一つのままであった。

しかし、特務は再び派遣され、サンタリオーネの側にはハンナとイリアナが。アトリスト、トリストの要所は、雪花国が。そして、南の大陸に派遣されたのはミライザとアナトリーだった。


トウタは今回の派遣には名を連ねてはいない。彼はまた別の命令がくだされていたからである。その命令とは、反逆者となったランドルフの拘束で、今回の戦いの聴取が行われる手はずになっていた。

トウタは、ランドルフを引きずってても王国へ帰らなければいけない。

各地でランドルフらしき情報が王国へ伝えられるたびにトウタは後を、追って旅をしている。

「今回も外れか」

街の外れにあるはぐれ魔術師の工房が怪しいと報告を経て、調査行ったのだが、結果は外れだった。

彼の前にいるのは、少し魔術の素養があり、どこにも属していない、どこにでもいる魔術師。

ランドルフとどこを見間違えたのかと不思議に思う。

「いったいなんの権限があって…」

「なんの権限が?」

左手のリングを、みせながら、トウタは嘆息した。

「あんたも魔術師なら知っているはずだ。これは王国の特務だけが持つ指輪だ。で、王国はこの村の管理局からこの工房をしらべてほしいと言われたわけさ。しかし、なかなか大規模な魔術回路だね…この術はアンタ独自のものかな?」

どうも怪しいのだ。

工房なら辺鄙な場所に作らなくてもいいはず。なぜ、わざと街から距離おいたのか? 

「ねぇ、独自のもので、かつ、人のためになる魔術なら、どこぞの商会に売り込めるはずだ。なぜ売り込まなかったんだい?」

売り込まなかったのではなく、。に違いない。そうトウタは想像した。

同時にクルリと帰るように男に背を向けた。

「?」

しかし次の瞬間、反転しながら後ろ掛け蹴りパンテ・コロ・チャギが相手を蹴り抜く。

相手の男は、彼の掛け蹴りをもろに受けて意識を失い、膝から地面へ前のめりに倒れた。

「今回は、ウェルデンベルグ様に外れだと伝えてくれ」

フクロウを呼び出してから、昏倒した魔術師を氷漬けにしておく。

建物は特務権限で差し押さえとしておいたし、張り紙を氷で作ったピンでドアに貼り付けておいた。

内容は次の通り。

「一時、この施設は蛇の王国が差し押さえとしました。御用の方は蛇の王国、トウタまで書簡を送付下さい」

「さあ、町に伝えなくちゃな」

トウタは丘を下り、町へ向かう事にした。



同じころ皐月もローデリア内でランドルフを探す任務についていた。

「特務員とは辛いもので御座る、かつての恩師を敵に回して探さねばならんとは」

やれやれと言いながら借りた宿の一室から通りに怪しい影はないか探る。

彼女の他にもおおくの特務員が各地に散らばりランドルフを探している。

今回の彼女の任務はランドルフに似た男の追跡、確保。

(む、出てきよったか)

向かいの店からフードを被った男が手で来ると、彼女は、剣を持たずに立ち上がった。

帯剣はなさらないのですか?

もう一人の仲間が尋ねる。

「かつての恩師に帯剣する必要はない。ただ尋ねるだけでござる」

そう言うと、そのまま、宿屋の窓から下へ降り立った。

「ひい」

近くにいた通行人が腰を抜かすが、皐月は構わなかった。

「驚かせてすまぬ、しかしこちらも急いでおる故な」

皐月はそう言うと、フード男の背後にトンボを切りながら着地し、脇下から首を片手でロックした。

「ごめん仕る」

フードを逆手で脱がすと白髪頭の初老の男であった。が、あからさまにランドルフとは違っていた。

「すまぬ。人違いであった」

皐月が拘束を解くと、男は苦情を言い始め、そして剣を抜こうとしたところで、剣が抜けない事に気が付いた。

なぜなら、一瞬で男の抜き手は皐月の膝で蹴られ、皐月の足は上から相手の足を踏みつけにしている。

蹴られた腕は握力がなくなり、直後に足を踏まれた痛さで体が硬直した。

そして、

「ランドルフを知っているか?」

そう皐月は耳元でささやく。

「??」

相手の顔に変化がないのを、横目で見ながら今度は下から顎を肩に乗せるようにしてかちあげ、食らった相手は脳を縦に揺らされ皐月によりかかるようにして意識をなくした。


「やりすぎですよ。皐月様」

「あれくらい防げぬようなランドルフ様ではない。安心せい」

バディであるココット・ミリオルドは皐月の言い訳に頭を抱え込んだ。

「そうじゃありません。あんな勢いで殴ったりしたら、死んでしまうでしょう!」 

「殴ってなどおらぬ。ココット。さてはお主見えんかったな?」

実ははココットには相手が、倒れ込んだところしか見えていなかったので、彼女は腹への当身だと判断していた。

「見えるわけないじゃないですか!あたしは医療課の出ですよ」

「何を行っておるか。ハンナは見えずとも拙者の動き方で判別ができると言っていたぞ」

ココットは半眼になった。

「あなた達と、一緒にしないでほしいわ。ハンナ・キルペライネンなんて医療課の最上位じゃない…あんなのと比べないでよ」

ココットの成績は中位で、ハンナは医療課でトップ。それと、皐月は一緒にしていた。

先の大戦でもココットは医療船で従事していただけで、皐月など遠い存在だったのだが、ある日皐月が、自分をバディとして選んだのをきっかけにして、生活がガラリと変わってしまった。

「ふむ。ハンナと比べるな…か。しかし、ハンナ以外にも拙者のしたことが見える者がおる」

「誰よそれ?」

「科機構課のミライザとトウタ殿、そして雪花国におるイリス、雪乃様、紗絵殿もな」

2つ上がった名前はどちらも先の大戦の立役者であった。他の二人もなかなかのビックネームだった。イリスと言う名には聞き覚えが無かったが、皐月が例に出すくらいである、只者ではないと感じた。

「あのね?一人は科機構課の狙撃手だし、もう一人はシシリー先生のお弟子さんじゃない」

「左様」

「どっちも拙者の動きが読めるが?」

「あんな上の人達と一緒にされても困るわよ!」

同じ学園にいるというだけ。特にシシリーマウセンの弟子の実力は頭抜けている。

「比較対象が間違っているわ。あなたの攻撃は普通の人の目では追えないし、威力がありすぎる」

「そうは思わんがなぁ。バルトレアならあんな攻撃かすりもせぬ」

「ああ、もう…!いちいち比較の対象がビックネームすぎるのよ!バルトレアなんてローデリアの導師じゃない!」

この日、言い争いは夕方になるまで続くことになった。



酒場で聞き込みを続けて数日。

一方のトウタも、手がかりを掴みつつあった。

酒場で、すれ違う一人の客から情報を受け取り、飲みながら話す。

相手はローデリアに内に居を構えるレジスタンスの一人。名リッチモンドをといった。

「重騎兵のモーニングスターが当たらなかった?」

「ああ。霧のように姿が霞んで当たらなかったらしい」

「特殊な歩法や見間違えじゃないのか?」

「さあそこまでは何とも、とはいえ…うちらが渡せる情報は全部だ」

「分かった。金は王国に請求してくれ。ここでの払いはこっちが持つよ」

「へへ。また次も頼むぜ」

リッチモンドは酒を追加で一杯頼み、それを飲み干すと店を出て行き、トウタは情報のあった場所へ翌日向かう事にした。



「魔力の残滓がある」

現場に行ってみて分かったことだが、魔力を使った痕跡があり、トウタは王国から解析班を呼ぶ事にした。

「よくこの微量な魔力がわかりましたね」

相手はマルセル・ボネの内弟子。彼女は王国の科機構課のナンバー3でもあった。

「あった事がわかるだけです。誰のものかは迄は僕では無理だ」

(そう簡単に誰のものか分かったら苦労はないわよね)

彼女は残滓を調べながら、考える。

(あまり関わりたくは無いけれど、仕事は仕事だもの。仕方ない)

残滓は魔術を使った直後にピークを迎えてそこから徐々に減衰する。

そしてこの残滓を使った個人の特定法は王国のマルセルボネが発案最近になって考案したものであった。

(確かにある。あるけれども相当に薄いわ)

これに気づいたのだとしたら、相当に感度が鋭敏なのだと思う。

まず常人の気づく濃度ではないからだ。

「サンプルを持ち帰り調べて見ます、今のところそれ以外はなんとも」

「そうですか…」

トウタのランドルフ追跡の、旅はまだ終わりそうになかった。

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