第104話  合流

「新手が来ます!数1!」

「視界を共有しなさい」

ビアンカ ・チェンバレン女史は探知に成功した生徒に視界の共有を求める。

「ッ!」

すぐに視界が共有され、彼女は歯を軋ませた。

「先生。あれは?」

「ヴィルジニア・リッピ。七英雄の一人よ。寄りにもよって一番出てきてほしくないのがきちゃったわ」

ビアンカ ・ チェンバレン女史は憎らし気に言う。 最悪のタイミングで一番来てほしく無い相手がくる。 戦術論的には最適解に近かった。



同じ頃、伝書フクロウが、聖女ハンナたちの元へも届いていた。

「ヴィルジニア・リッピが王国へ強襲を掛けている」

フクロウの報告に、すでに洋上にあったハンナ達は危機感を募らせた。

「待ってハンナ。フクロウはまだ何か言っているわ」

フクロウの声は無機質なものから、よく聞きなれたウェルデンベルグの物へと変わった。

「ウェルデンベルグ様!」

「元気そうじゃな。ハンナ。いいか。お前たちに命令を与える。よく聞きなさい」

「アトリストへ行ってくれ。そこから王国への転送路が開いている。すぐさまアトリストから王国まで帰ってきておくれ。トウタや他の子らがリッピを止めておるが、どれだけ持つかわからん」

「わかりました。絶対に間に合って見せます」

「決意の硬い、いい声を出せるようになったのう。期待しとるぞ」

フクロウはその言葉を最後に、再び空へ舞い戻っていった。


「ほら、どうした?こんなババアの攻撃くらい避けてごらん」

リッピの攻撃は、爆発をメインに据えたもので、避けたあとから爆風があたりを叩いていった。そのため、トウタ達は近寄れずにいた。

(エグすぎる。近寄ったものは全てダメージを受けるぞ) 

バルトレアはこんな攻撃を喰らいながら、やがて解呪を覚える事で、己の安全を勝ち取ったのだと思うと、それは、一つの正解のように思えた。

(シシリー先生の教えてくれた方法で、術の発生前に打ち消すしかない)

しかし、相手はリッピである。

簡単には行かないだろう事も予想できた。

(いや、相手はバルトレアじゃない。初見の技なら防ぐことは難しいんじゃないか?)

ふと.アイデアが浮かぶ。

自動の防壁があったとしても、多撃で攻めれば勝機はあるかもしれないとトウタは考えた。

(さぁどう攻めて来るね? バルトレアを落とした力を見せてごらん)

対して、リッピの防壁は4枚構造で自動修復だけであったが、爆風で攻めれば相手は近寄る事もできない。

もし、雑多な火力が飛んで来たとしても、そんなものは、決定的なダメージにはならない。

バルトレアを防御が硬い要塞としたら、リッピは全方位に砲撃ができる戦車。

彼女の弱点といえるのは、魔力総量が普通だというところ、そして、あまり、接近戦は得意ではないという2点だけである。が、しかし、その弱点はリッピ以外は知らない。

魔術を当て続け、魔力切れを狙うか、接近して何らかの方法で、防壁をかいくぐり一撃で沈めなければならない。

(身体に魔術を纏わせて、当たる時に相殺する…できるか)

構えを作る。慣れ親しんだL字ガードの構え。左肩を敵に向け、左足を前にだす。

左腕はフリッカージャブを出せるようにゆったり構えた。

そして、手足足先に魔力を集中させてまとわせる。

素早く動けるテコンドーを用いながらの、乱打と、当たる瞬間に相手の、防壁を相殺するシシリー直伝のコントロール術。

これに加えて、魔力量の多さを加えた3段じかけの戦法であった。

(蹴り足があたる瞬間に同等の魔力を逆方向へかける。そしてもう一つ。絶対に相手の正面から攻めないことだ)

地球にいたころ、道場では左か右45°から攻めろと教えられた。これはあいての身体を撚る前に一撃目が入れられるスキを常に作り出す。

相手が、振り向こうとすればまた、45°度ほど動いてから攻撃する。これで死角へと回りながら動くことができるのだ。

(随分と変わった構えだ。それに無手かい)

リッピは、トウタの変わった構えに、興味が湧いた。しかし

(無手ってことは、接近してくるんだろう?)

リッピは無手という事に着目した。

無手であれば拳でに来るに違いないとも。

しかし、予想と反して、

ドン!ドドン

防壁に打ち付けられたのは、3発のであった。続いて、浮いたままの箒に着地してそのまま回し蹴りをスルーさせてから、空中で足を入れ替える、代わりに踵が上から降ってくる。

「まるで曲芸のようだねえ」

リッピは警戒心を解かず、言った。そして一つの事に彼女は気付いた。

(あの脚が防壁へ当たるたび、解呪がかけられていく訳か。こりゃたまらんね)

リッピは解呪に気がつくと、すぐさまトウタと距離をおきだした。

しかし、逃げた先に、落雷が広範囲に降り注ぐ。

「逃がすものか」

落雷は、ボネの起こした魔術であった。


「おや、珍しい顔だ。元気だったかい?ボネ」

「リッピ。いつぞやの仮を返してくれるぞ」

「ははは。イイねえ、やって御覧よ」

バリバリィ!

言う終わる前にまたも落雷がリッピに降り注ぎ防壁を打ち据えたが

「そんなもんで、やれると思っているのかね」

圧縮空気を防壁の外に発生させると、彼女は小さな火種をその中へ投入しようとした。

火種が淹れられば、即爆発し、周りを吹き飛ばすだろう。

が、着火を打ち消したのはシシリーだった。

「それ、前にも見たのよねぇ。危ない業だわ。だから消させてもらうわね」

「先生!なんで!?こんな前に…」

「孫弟子が頑張っているのに、また後ろで見て居ろって言うのかしら。そんなの、もうゴメンよ」

シシリーは笑いながら、リッピの構成に真逆の構成をぶつけて火種の起こり自体をなかったことにした。

「ふん。ロートルに興味はないさ。ボネにもアンタにも…後ろでふんぞり返っているウェルデンベルグにもね」

「トウタちゃん。おばあちゃんにも戦わせてちょうだい。それにそろそろ包囲が完成するわ。御覧なさい」

シシリーはゆっくりとリッピの後ろを指さした。

「リッピ。サンタリオーネがローデリアに宣戦布告をしたそうよ。ついさっき、だけれど。それに、もうしばらくすれば、海上の輸送路も潰されるわ。貴方たちの巨砲によってね。逃げ帰ろうとしてもダメよ?対岸には雪花国の雪乃が率いる兵士たちがアトリストへ駐屯してるわ」

「それで?」

リッピはだからどうしたと言わんばかりにシシリーに聞きかえした。

「それがなんだっていうんだい?アタシを止めたきゃ力づくしかないのは知っているだろうに。いまさらアタシをそんな説得で止められると本気で思っているのかい?」



空を飛んでアトリストへ強行軍でたどり着いたのは1日半ごの明け方だった。

皆疲労困憊で、ハンナも医療課としての最低限度の回復しかしてやれず、ハンナ自身もぶっ倒れていたころ。

「起きなさい。ハンナ・キルペライネン」

べしべしと乱暴に頬を叩かれ、混濁していた記憶を呼び戻された。

「ううん…」

「ようやくですか。こんなところで寝ている場合ではないでしょうに」

ハンナの前に居た人物は、雪花国の紗枝であった。

「あなたは、たしか…」

「雪花国の紗枝です」

簡単な自己紹介を聞きながら、記憶を引っ張り出す

(サエ…暗殺者、サエ・グロリエ。ううん、今は呼ぶべきじゃないわね)

サエ・グロリエと彼女を呼んでしまえば、一撃で殺されると分かる。そして得策でないという事も。だからハンナは疑問を飲み込んだ。

「ありがとう。紗枝さん。なんでここに?」

偶然に見つけたとは考えられない。なぜなら、そこは街道を外れた森の中なのだから。

こんな森の中で合うのにはそれなりの理由が必要だとハンナは思っていた。

「見回りの途中でした。そして私の周りには『仲間』がいますので」

見回すと樹上や木の陰、岩の後ろや、霧の中に幾人かの気配がわかる。

(同業者ってわけね)

おそらく、この中の一人がハンナ達を見つけたのだ。そして暗殺者はハンナを生かしておいた。

(殺さないでくれて、感謝するわよ)

ハンナは心の中で小さく礼をいった。

「それで?ここで行き倒れていたのは、何か理由があるのではないですか?」

紗枝が聞いてくる。

「ええ。アトリストから転送路を使ってすぐに王国に戻らなくちゃいけないのよ」

「そうですか。なら、お行きなさい。時は金と同じだけの価値があるのです。休んでいる暇はありませんよ」

「随分、厳しいのね…トウタちゃんにもそうやって教えたの?」

「…そうですね。トウタ様には、ことさらに厳しく教えました」

なぜか、紗枝は悲しそうな顔をして見せた。

「ですが、厳しく教えたことは、脳裏に焼き付きます。最後に差がつくのはそういうところですよ」

紗枝の顔は一瞬にしてもとの顔に戻った。

「やっぱり、あたし雪花国にはなじめそうにないわ。怖い町長さんと、怖いお目付け役がいたんじゃ心が休まらないもの。さて……それじゃいくわね」

ハンナは気合いを入れて体を起こすと、紗枝に背を向けて歩き出した。


アトリストにつくと、すぐに大きな魔力の痕跡があるのをかんじてハンナ達は元兵舎へといそいだ。

元兵舎兼、食料庫の奥の一角に、見慣れた感じの魔術陣を発見して、起動させ、ハンナ達一行の姿はすぐに魔術陣のなかへと消えていく。

そして数瞬後、彼女たちは王国の床に目を覚ますことになった。


「おい!起きろ!」

「起きろ!ミライザ・ウェルチ!」

「ハイにゃ!」

怒鳴られて、反射的に飛び起きると、そこには騎士課のエイブ・コールス導師の姿があった。

「目が覚めただろう?」

「はいにゃ」

「すぐに表の医療船へ迎え。そこで回復の後、戦線に加われ。いいな?」

「はいにゃ。医療船へ向かい、回復の後、戦線に復帰します」

「よしいけ!行って、外に居るバケモンの頭を吹っ飛ばしてやれ!」

後ろで激を飛ばす、エイブ・コールスの声に励まされてミライザは外へと飛び出していった。


「ミライザさん。こっちです!」

外に出て、都市の裏道に出ると、すぐにアナトリーが、手招きしているのが見えた。

「アナトリーお前ふら付いてにゃいか?」

「そりゃあ…そうですよ。転送路に入ったのなんて初めてですから。正直まだ頭がくらくらします」

「ほかのみんなは?」

「医療船で回復中です。空では、どうやらあのバケモンが暴れて居るみたいですね」

「リッピか。こっちは誰が戦ってるんにゃ?」

「騎士課、魔術課が周りを囲んで、陣頭指揮を執っているのはビアンカ ・ チェンバレン先生です。それに…トウタとシシリー導師も」

「そっか。トウタはまだ生きてるんだな。さすがにゃぁ。やっぱりあたしが負けただけはあるにゃ」

「そうですよ。トウタは僕たちのなかで一等厳しいことに耐えてきた。そう簡単には倒せやしない」

アナトリーは親友をかたるときに、特に嬉しそうに語る。まるで、自分の事の様に。

「そうだにゃ。よし、まずはやるべきことをやろう」

「ええ」

二人はそのまま、医療船へと進んでいく。



「やっかいなババアだねぇ!すこしは離れたらどうだい!」

「そっちこそババアでしょう?そんなに近づかれるのが嫌ですか?それなら、もっともっとちかづいてあげますよ」

空では防御壁に包まれたままのリッピと、それを追うようにシシリーが攻防戦を食い広げている。

その間を縫って、ドラゴニュートの吐いた火球や、騎士課の打ち出す弾丸が防壁を打ち据え、またその間を縫って、トウタと騎士課とダークエルフが思い思いの攻撃を打ち付ける。

しかし、そこまでしても、ヴィルジニア・リッピの防壁は残り3枚を優に残して、余裕の動きを見せている。弟子一人を抱えているというのに。だ。

「イリスちゃん!あんまり前に出すぎちゃだめよ?」

シシリー・マウセンは油断せず、突出しようとした、イリスを止めた。

「どうしたね?ダークエルフの娘っ子?精霊魔術を打ってごらん?キヒヒ」

「乗っちゃだめだよ。我慢だ。イリスちゃん」

「分かってる――――でも」

「一時的な暴風雨や竜巻程度では、意味がないの。それにもう、辛いのでしょう?無理せず下がりなさい」

「まだ行けるっ」

イリスは頑張ろうとしたが、彼女の首根っこをつかみ、後ろに投げとばすものがあった。

「なにが、まだ行ける。だ。そういうのは限界だって言ってるようなもんで御座ろう」

イリスを投げ飛ばした冷めた声は箒に立って、あきれたように言う。

「皐月!その黒いのを後ろへ下がらせろ。命令だ」

「はっ」

皐月は声の主に、すぐに従ってイリスを空中でとらえるとバインドを掛けて、一度医療船へと下がろうとした。

しかし、そこにリッピの起こした小爆発が現れ、一帯を爆砕する。

「!」

爆発に飲まれ、下へ落ちてゆくイリスと皐月。しかしそれを助けようと動けるものは居なかった。代わりに声の主が一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろした。

ガァン。

響き渡る金属音。あまりの素早さにリッピも爆砕が間に合わずに終わる。

「騎士課を皐月だけだとおもうなよ。クソババァ。この俺、カレル・ノヴァクが相手をしてやる」



「カレルが出たわね」

ビアンカ ・ チェンバレン女史は遠見の魔術で戦況を確認しながら、次の一手を考えた。

「騎士課、魔術課に通達。各人、二人一組を組んで目標に接近後、カレルの援護をなさい」

上空に浮いていた魔術師達の塊が、徐々に形を変えていく。

「ちっ…しかたねぇな」

「今だけだぞ?」

お互いに文句を垂れはするものの、おのれの責任は理解している。そのためにビアンカ ・チェンバレン女史の出した指示を遅滞なく行動に起こすことが出来ている。

やがて――――二人一組になった者たちは各々の判断でカレルの後ろ側から魔術で攻撃を行っていった。

「ヴィルジニア・リッピの視線の先をよく見るのです!爆砕に巻き込まれないようになさい!」

ビアンカ ・ チェンバレン女史は声を張り上げた。

(さすが十人委員会のビアンカだ。魔術の3要素に気づいてるねぇ)

ヴィルジニア・リッピは声を聴きながら嗤った。

(集中、イメージ、構築のどれかを欠けば、魔術はできない。基本だが、どこに来るかを視線で予測するとは、やるもんだ)

 ローデリアにいれば、相当にやりづらい相手になったろうとも考えられる。

そして、そんな人材がわんさかいる蛇の王国が憎らしくてたまらなくなる。

(お前ら天才に凡人が勝つのが面白いんだ。番狂わせと行こうじゃないか)

ヴィルジニア・リッピはさらに魔術に工夫を加え、視界とは別の場所に爆砕を起こし始めた。

あちこちで、爆砕が生徒達を吹き飛ばし、落とす。

それを見た、ビアンカ = チェンバレン女史はすぐに後退を命じたが、命令に従わないものがあった。それらは、カレル・ノヴァク、トウタ、シシリー・マウセンの3人である。

 彼らは、引けば相手に逃げられることを知っているし、安全な場所などないのだと分かっていた。

 対抗できる手段は、接近戦。それも、攻撃されても引かないことが重要な接近戦で、下手をすれば爆砕を食らう。しかし、食らうことが前提でなければならない。

勝機は魔術と魔術の間。そこしかないのだ。

(厄介なのがのこったかい!)

 後ろ下からカレル・ノヴァクが突っ込み、横からはシシリーが魔術をかき消す。そして右と左から動き回りながらトウタが蹴り込む。

 どれか一撃で必ず、防御壁が削れていく。引き時はすぐそこまで来ているが、爆砕を出そうとするときにかき消されていくのは流石にリッピも焦れていた。

(なら、拮抗状態をつくるとしようか!)

 トウタが蹴り足を防御壁へ叩きつけた瞬間、すべての壁が解除されて、あわせて攻撃が少し前にずれ、中にトウタが滑り込み。そして再度解除された壁が再度、掛けなおされ、そして、リッピはトウタの蹴り足を抱え込むようにして

「大分痛かったが――――さぁて捕まえたよ」

そうつぶやいたのである。


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