第103話 王国を守り通せ

バルトレアの起こした竜巻によって雲はちぎれて、視界が開けると、そこには箒に乗った大勢の生徒達の姿があった。

「随分と大勢いるな」

「当り前さ。敵から自分たちの住処を守るんだもの!あんたはこの数を勝てるつもりでいるのかしら!?」

「ああ。勝てるとも。バルトレアを舐めないでもらおうか」

バルトレアは余裕で笑って見せる。

「よくぞ。吠えましたね。流石、一流魔術師の言うことは違います」

ダリダ ・メッディ女史は、魔術師達の真ん中位に位置しながら、冷静に眼鏡を直して見せた。

「王国を守り通す!絶対に!絶対にだ!!」

生徒の何人かが叫ぶのを

「やってみろ。こちらの障壁はお前らごときでは破れん」

バルトレアは動じずに返した。



2



 リヴェリの街も小康状態にあった。

 ローデリアの手によって、近隣の町はことごとく焼かれ、捨てられ、

 七英雄――――ヴィルジニア・リッピ――――も今はいない。代わりの軍監がにらみを利かせてリヴェリを包囲しているだけだ。

 そんな中、ハンナ、アリアナ、ミライザ、アナトリー達も王国の危機に合わせて王国へ戻るべく準備を進めていた。

ヴィルジニア・リッピがいないという事は最近の小競り合いの中で感づいていた。

戦闘に嫌らしさが無いのである。


あの魔術師が居ないというだけでリヴェリはすでに第一目標から外れたのだと、暗に知ることが出来た。安心感と同時に、王国がピンチにさらされることも皆が分かっていた。

 海路はローデリアの開発した蒸気船が幅を利かせていて、王国の近づくのには相当の犠牲が必要になることが試算されている。

「空飛んで行った方が良いわよ。魔術師は出払ってる。あの化け物も今は居ないし」

「でもですよ?本当にあの化け物ヴィルジニア・リッピは出払ってるんですか?どこかにいるんじゃ…。」

「心配して動かないのと、居ない方に賭けるのどっちが特だと思う?」

 アナトリーの意見に反論したのはアリアナであった。

「そうだな。ハンナ、アリアナ、ミライザ、アナトリーは戻れ。俺が居ればここの統率は出来る」

 エンリケは残ると言い出した。

「先輩より、あたしが残った方が良いんじゃにゃいか?」

それにミライザは口をはさんだが、

「いいや。俺の代わりが勤まるのはミライザだけさ。狙撃と空間の把握は得意だろう?」

「ニャッはは。分かったにゃ。先輩へ任すとするよ」

エンリケに説得されて、ミライザは景気よく笑ってみせた。


3


ハンナはドンとカウンターを叩いた。

「王国が襲われているのに!最低でも3日は掛かるなんて!」

リヴェリの街から急いで飛び、アポトリアの街から、船便を使って東の沿岸トリストへ行く予定だった。

「どうにか…どうにかならないの!?」

「そう言われましても…船の速度をいっぱいまで上げても3 日が最短でして…」

アポトリアの船着き場近くの商社、「海の窓」の窓口担当員はがなる聖女を前に言い訳を言うことしかできないでいた。

(なんてぇ日だ。相手はあの「聖女」だと!どこが聖女だよ。ただのクレーマーじゃねぇか)

彼は顔で笑いながら、心で毒づく。少しでも早く落としどころを見つけるのが彼の役目だ。

どうしてもダメなら、自分の上司に回すしかないのだと分かっている。しかし、出来るところまでやっておかねば、あとで上司に責められることも分かっている。

(ああ、スフォレ。父さんは今頑張ってるぞ)

心に娘を思いながら、彼は一瞬遠い目をして見せた。

「ちょっと!聞いてるの!?」

「ええ。聞いておりますよ。ですが、再三申し上げています通り…」

「ハンナ。ここはダメだ。海路がダメなら、陸路で行くしかないよ」

アナトリーが後ろからそっと忠告をした。

隣ではミライザが、同感を示すかのように頷いていた。


4


戦況は王国側に徐々だが傾きはじめていた。。

しかし、完全に「かた」が付いたかと言えばそうではない。最後のバルトレアがどうにも倒せないでいる。

明け方から始まった空戦は、4時間を過ぎようとしている。空が朝焼けで染まり始めていた。

「時間を長引かせても無駄だ。この間の対策はしてある」

魔術師達を前に、バルトレアは高らかに言った。

「そろそろ、待つのにも飽きた。攻めさせて貰う」

そう言って、彼が展開をしだしたのは横凪の光線だった。

「いけない!」

構成を見て、魔術かの誰もが回避行動を取り始めた。しかしその手は悪手だった。

なぜなら、回避をする前に熱戦が横凪に走り、何人かを焼き落としたからだ。

生徒の中には熱線を正面から食らい、墜ちて行く者もいる。

「起動が早い」

「だろう?これは先生にも誉められたもんさ。さぁて、焼ききってやるとしようか」

「させぬ!」

皐月が箒を足場にして、叫ぶ。続けて何人もの生徒が魔術盾を、構えて備えた。

「そんな盾でコイツが防げるものか」

「そうでもないで御座るぞ?自慢の魔術で試せばよかろう」

「フン――――」

バルトレアは嗤う。そして、彼は魔術を放った。



「吸い込む?魔力を?」

「はい。簡単に言ってしまえば…ですが。図式はこうです」

自慢気に鼻息を荒くしながら、科機工課の開発局の署員が図面を広げた。

態度からすれば自信作であるらしいことは、容易に想像できた。

「対象の魔術を触れた瞬間から、起動前まで巻き戻す。今回、科機工課が開発した時戻しの薬品を装備にしみ込ませ、障壁の代わりとします。短時間で有れば有効な手段になりうるでしょう」

科機工課の開発局の署員は口の端を上げて笑って見せた。


「――――何をした?!」

自らの術の効果がほとんど出ていないことに、バルトレアは信じられないといった風に叫んでいた。


20日前に考案されたこの案は、バルトレアの放った魔術を無効化、魔力を吸い取りに成功した。


目の前で消えた魔術の効果に眉間にしわを寄せながらも2度、3度とバルトレアは出力を上げて打ち込んで行くが。

(・・・・解呪ではない。なんだあれは?)

目の前に居並ぶ、長方形をした盾。それを持った一団が、バルトレアを中心にして半円状に囲んでいる。

盾の数はほぼ全員が装備している。そして、防壁はついには4重の壁を作り出した。

「私たちには組織力があります。対して、あなた方は孤立無援の状態です。大人しく下りなさい」

「まぁ、そう簡単には降伏できやしないだろうけど。打ち破れるもんなら破ってみるといいわ」

その後ろで、煽る様に声を上げていたのはビアンカ ・ チェンバレン女史とユースティア・ケルンだった。

「おのれ」

わざとらしい挑発に、頭に血が上るのを感じる。しかし、止められそうにない。彼はこの時、目の前の敵を焼き尽くすことで頭が一杯だった。

「今です」

ビアンカ ・ チェンバレン女史が手を上げ振り下ろす。

と、盾の後方に30人ほどの科機工課の生徒が大きな筒を構えて、筒口から砲丸をゴトンと装填するのが見えた。

数瞬後、ドンという破裂音と共に、一斉の砲弾がバルトレアへと降り注ぐ。

砲弾の内のいくつかは魔術壁を突破。、中のバルトレアへ当たろうとするが、内側に展開された魔術壁に当たり、そのまま勢いを無くして、真下へと落ちていった。

「くっ」

苦しくなったのか、バルトレアは後ろへ距離を開けようとして、今度は斜め下からの銃撃を浴びた。

「!」

銃弾も、すべて魔術壁に阻まれた。しかし、彼の体制は大きく崩れることになった。

「撃ち続けなさい」

ユースティア・ケルンが第二声を発する。またも、砲弾が科機工課から浴びせられ、徐々にだが、ついに、魔術壁の回復が遅くなり始めた。

「魔術しか防御壁には効果がないかと思いましたが、やはり、物理攻撃であっても、いや、なんらかの力が加わってしまえば、その魔術防壁は防いでしまうという事は間違い無いわね」

ビアンカ ・チェンバレン女史は眼鏡を直しながら、薄笑いを浮かべた。

「それが分かったところで、まだ魔力は尽きていないぞ?それに、よけきればいい」

「そう、都合よく行くわけがないだろうが。騎士課はもう我慢の限界なんだよ」

盾の後ろで、騎士課の誰かが言った。

「ああ、そうよ。殴られっ放しで、イライラしっ放しなのよ。もう限界だわ!」

ほかの生徒同じく叫んでいた。

ユースティア・ケルンが静かに告げる。

「いいでしょう。騎士課の諸君。全員攻撃を許可します。相手に食らいつきなさい」

指示のあとに、剣が抜かれる音が盾の後ろから聞こえ――――盾の第一陣が弾かれたようにバルトレアへと突進した。



ドガン、ドガン。

魔法障壁が盾によって叩かれる。徐々にだが魔力を吸収されていくのを見ながら、バルトレアは魔法障壁のなかで動けずにいた。

時戻しの魔術の効果はすでに薄れて、実質、ただのシールドバッシュと大差ない。それでもバルトレアの障壁は自動的に術者を守ろうと動く。

魔術で反撃をしようと意識を集中しようとすれば、その一瞬を狙って盾の後ろから剣が突き出され、バルトレアの集中を乱していく。

どうにか打った魔術も盾に減衰されて、騎士課を少し下がらす程度。有効打にはならない。どうにか隙間を開けることが出来た。

(今!)

しかし、少しの間魔術によって開いた隙間からバルトレアは真下へと脱出するべく下へと自由落下を開始した。

魔術を解除し、落ちる。横へ風の魔術を使って自分の体を飛ばそうとしたその時。バルトレアの背中を強かに打つ者があった。それらは2匹のハーピーだった。

「がっはぁっ」

打ち出される背中側から加わる強い衝撃を受けて、バルトレアは初めて悲鳴らしい悲鳴を上げた。


「その時を待っていましたよ。そして、良くやりました。ハーピーよ。値千金です」

ユースティア・ケルンが満足げに言った。

全ては、バルトレアの障壁を解除させるための手段だった。わざと敵を煽り、魔術を撃たせた。騎士課で周りから押しつぶそうとした。

「退路を絞り、誘導し、横合いから思い切り殴りつける。常道ですが、実に効果的です」

ビアンカ = チェンバレン女史も満足げに頷き、眼鏡の位置を直す。


「よおし!」

ハーピーの蹴り足には確実に相手の背中を蹴りぬいた感触があった。が、そこでは彼女たちは止まらない。今度は相手の頭へ踵を振りぬく。

「!」

相手が頭を打ち抜かれて体が一瞬弛緩する。バルトレアの顔が確実に白目をむくのがわかる。追撃を仕掛けようとしたが、下に振りぬいた攻撃のおかげでぐんぐんとバルトレアは落下していった。


「落下速度が速すぎます。追撃が間に合いません!」

科学機構課の一人が遠見の魔術でバルトレアを追いながら報告を行っていた。

「ハーピーはよっぽど悔しかったのね。思い切り振りぬいたか」

ビアンカ = チェンバレン女史はしまったと上を見上げた。

「ドラゴニュートへ追撃命令を出して頂戴。ここで逃げられるわけにはいかない」

「分かりました」


「ドラゴニュート!突っ込むよ!」

上でバルトレア以外の航空隊を食い散らかしていたドラゴニュート達はトウタの声で

一斉に下へと軌道を変え始めた。

垂直に近い落下。

その一番前に居るのはトウタだった。

大気圧で戻されるのを防ぐために、魔術で周りの空気抵抗をドラゴニュートが当たらない様に弱める。これによって、スリップストリーム現象が起きた。結果、ドラゴニュート達の速度が速まり、バルトレアを眼下へとらえた。

「下に回り込んで!落下を止めるよ!」

トウタは叫ぶ。ドラゴニュート達はトウタの叫びと並ぶ速さでバルトレアの下へ回り込んだ。続いて尻尾で彼を上へと弾いた。


「やるじゃあないか」

彩花は医療課の船の舳先に立っている。

彼女は望遠鏡を覗き込み笑っていた。

「あの様じゃここに墜ちてくる前に、食われて終わるかね」

サイカは医療課の生徒達を守るためにここにいる。

此処は負傷者の回復、即時復帰を目的としている船団である。バルトレアに乗り込まれたら船に居るけが人が、医療課の生徒が消し炭になるのは目に見えていた。

「彩花さん。休憩してください」

「あん?休憩だって?そんなもん要らないさ。あたしは鬼族だよ?あんたらとは自力が―――」

「そうですか?さっきから心拍数は上昇しっぱなしですよ。体は平気でも、心はつかれているはず。僕らは感知する魔術には長けているんです。分かっていますよ」

医療課の生徒は彩花を奥へ下がらせようとした。しかし

「休むならここで休む。回復の魔術を軽めにかけてくれりゃあそれでいい」

彩花は望遠鏡から目を離すことはしない。

「今は、ドラゴニュートが押してる。が、気を抜くんじゃぁないよ。あんた等は、自分の仕事を完璧にやり遂げるんだ。分かったかい?」

「はい」

「いい返事だ。さぁ、軽めに魔術をかけとくれ」

彩花はもう一度今度は念を押すようにゆっくりと言った。



「おやおや、あのバカ、まんまと孤立させられて、ざまぁないね」

ヴィルジニア・リッピは洋上を高速で飛びながら、弟子バルトレアの落ち行くさまを見ていた。

(とはいえ。あの防壁を破ったのかぃ。蛇の王国もまだまだ、強い奴がいるねぇ)

ローデリア魔術学校ではバルトレアの防壁を破れるものはいない。対抗術式の専門家に育った彼は、今ではリッピの自慢の弟子だった。

(上には十人委員会が二人。その下は――――ドラゴニュートとハーピーの群れか。統率してる奴は――――おや、子供だねぇ)

遠見の魔術で上の状況を確認する。ドラゴニュートに混じって一人、新顔の子供が見えた。

(生徒の一人か。誰だかは知らないが、うちのバカ弟子を追い詰めたのには違いないだろうね。やるもんだ)

そんな相手に、リッピは少し感心し口角を上げたのであった。



「爆風の魔術で打ち上げる!巻き込まれないでね!」

トウタは上昇気流をバルトレアの下へ展開した。気流が竜巻となる。バルトレアを打ち上げようと起動したが、竜巻は効果の途中で霧散した。

(打ち消された?)

トウタは直感でなにか良くないものを感じた。

「危ないことをしてくれる。うちの弟子が死んだらどうしてくれるんだい?」

下から聞こえるしわがれた声。少し先にバルトレアを箒に乗せた老齢の女性が見えた。

「さぁて。ここからは、バカ弟子に代わり、このアタシ、ヴィルジニア・リッピが相手をしてやるとしようかね。来るがいいさ。おチビちゃん」

(バケモンだ。本当のバケモンが下に居る)

遥か下から睨みつける眼光にトウタは、一瞬身をすくませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る