第102話 敵襲

 敵襲。

 緊急の魔術フクロウが要件を伝えた事で王国は大騒ぎとなった。


 最近になって帝国は嫌戦ムードが高まっており、同時に奴隷達が街で起こす解放戦線によってとてもではないが、国外へ派兵できる状態ではなくなっている。

 一方、ローデリア側も王国へ海上から攻撃を行ってはいるが王国側の守りが厚く、攻めあぐねている。

 加えて、月狼国が参戦、ローデリア沿岸の町へ上陸。

 トリストとアトリストの街は、月狼国の占領下におかれ、巨砲は接収されたまま、今はさらに内部へと食い込む形になっていた。


 そんな均衡の中で少しの間平穏が訪れるものと思っていたのだが。

 ――――今朝にフクロウが告げた敵襲の知らせがすべてを覆した。


 2


「敵襲だ。王国の西側3000。数は50人の航空部隊だ。総員起こせ! モタモタするなよ!」

 すぐさま、魔術師達が集まり王国の中庭に集合、空へ箒にのって飛び立つ。

「緊急呼集から5チィルト(分)か。まあまあの記録じゃないか」

「今日は魔術課の当番です。このくらいは当たり前ですよ」

 教師達が話し合いながら、眉間にシワを寄せていた。


「来やがった!来やがったぞ!」

「分かってるわよ! 鬱陶しい!」

 魔術課の二人ギュンター ・ ヘーネスとマウリツィア ・ アルドは平行して飛びながらも、怒鳴りあった。

 目の前には黒い点が散会しなから浮かんでいる。

 それが、だんだんと大きくなって、人形だと視認できてから、攻撃命令がかかった。

「落ちろ!ローデリアン!」

 ギュンターは追尾式の魔術を、二発、敵に向かって発射する。

 爆発が起こり、敵の一人が箒から墜落していった。

「はっはー! 先ずは一匹目だ」

 彼は箒の速度を更にあげた。


 3


 海上では、大砲が唸りをあげて艦砲射撃を繰り返している。

 飛来する弾丸に続いて第二波は、船上から魔術師が放った大きな雷玉であった。

 しかし、雷玉は王国の壁際で、動きを鈍らせてついには来たみちを、逆側に進み始める。

「沿う易々と抜けると思うなよ?」

「ええ――――その通りよ」

 十人委員会の3位、ロベルタ・カルローネが面白くなさそうに言った。

「随分今日は不機嫌だな。カルローネ先生?」

「私たちは攻められているのよ。面白いわけがないわ?それとも、リッチー、貴方、被虐趣味でもあるの?」

「いいや。そんな趣味はない。言ってみただけだよ」

 リッチーは魔力を分配しながら笑って見せた。

 壁際に張り付くようにして、陣取っていた魔術師たちを統率していたのは、図書館の主であるリッチー。

 彼女はとても悪い顔で笑って見せた。

不死者の王からの豊富な魔力量はそのままパスをつながれ、魔術師たちを後押しする、動力源になっていた。

「疲弊したらすぐさま交代だからな!」

 城壁の下には待機した医療課の生徒達がいて、怪我人は彼らの魔術によって回復される手筈になっていた。


4


「来る方向と、来る時間帯、規模が判明しているのであれば、止める事は出来る」

 開戦二日目の朝。会議の最中に、確信をもって呟いたのは十人委員会のエイブ ・ コールスだった。

「敵は対岸からやって来る。これはほぼ間違いない」

「なぜそう断言する?」

「王国の南側は、流れが荒い。船など乗り越えられるものではない。加えて北側は岩礁が多い。大きな船は乗り上げてしまうだろうな」

「そうじゃなあ。となれば、まず王国西側に戦力を集中させ、ひきこもるのが妥当かの」

「空はどうするのです?」

「それなら、良い手があるわ」

 嬉しそうに、声をあげたのはシシリーだ。

「トウタちゃんが集めてくれたハーピー達やドラゴニュートに任せるのはどうかしら?」

「数は?」

「総勢150程よ」

 ずいぶんいるなと、どこからか声が上がった。

 迎撃を行うのは十分に可能な数ともいえる。

「彼らに加えて、騎士課が脇を固めれば、生存率は上がるでしょう」

 騎士課出身のエイブ・コールスは意見を続けた。


 その頃、トウタ達は、ハーピー、ケンタウロス、ドラゴニュート、翼人、ダークエルフ、そして鬼たち総勢、約350名を引き連れて王国の守りについていた。


「戦略は決まったのか?」

 ドラゴニュートの一人がトウタに疑問を投げる。

 それにトウタはフクロウから受け取った書簡をみながら答えた。

「ああ決まった。戦略は引きこもり。籠城戦だよ」

「物資はもつのか?」

「大陸から、奪ってきた物資が倉庫に備蓄してあるからね。6か月は余裕で持つ。餓え殺しかつえごろしの心配はいらない」

籠城戦で最も心配される、食料の備蓄は以前にウェルデンベルグが奪ってきた物資が食料庫に満載の状態だった。

(水は魔術で生産出来る。食料も持っている。おまけに周りは海だ。艦砲射撃が厄介だけど、それさえ防げれば疲弊するのはローデリアの方だ)

 加えて、ローデリアの沿岸、トリスト、アトリストの湾岸都市は月狼国の占領下だ。ここから月狼国の兵士が沿岸部の港を破壊して回っているとの情報もある。

 時間が長引けば、戦線は広がり、ローデリアの領地は侵食されるだろう。

 ローデリアが領地を取り返そうと動けば、兵の分散になるし、何より、ローデリアの兵を沿岸部まで運ぶのは時間がかかる。

 大陸横断列車も、レールの生産に時間がかかるし、ローデリアの科学技術院は爆破され、蒸気機関の知識を知るもの達は多数死傷者を出している。

 列車で中央部から兵士を東沿岸部まで輸送するのは時間が掛かるだろう。

「トウタちゃん。配置はどうなるの?」

 組織表に眼を走らせ、イリスが聞く。

「ドラゴニュートとハーピーが空を担当するみたいだね」

 組織票から目を離さず、トウタは答える。

「任せてください」

「ああ」

 ドラゴニュートとハーピーは牙を見せた。

「無理は禁物。必ず編隊を組むこと。良いかい?」

 トウタの念押しに二部族の代表作はうなずいて見せた。

 しかし――――



「一人化け物みたいなやつがいたわ」

 ハーピーの報告によると二回の空戦の内、どちらにも苦戦を強いられたとの報告があった。

「こちらからの動きをすべて、読んだような動きだった」


 ローデリア魔道空戦隊が猛威を振るったのは正午を過ぎた辺りでの事だという。

「バルトレアと言っていたんだな?」

 シュティーナがハーピーに聞く。

「間違いありません。確かに」

「バルトレアって、このあいだの…。」

「おそらく、リッピの弟子のバルトレアだね…なら、編成を変えて、魔術師を加えないと不利だ」

 魔術防壁を持ったバルトレアは、空に浮かぶ頑丈な要塞に近い。王国の上空に近付かれれば、空からも魔術の雨が降り注ぐことになる――――それだけは避けなければならない。

「十人委員会と相談が必要だね。ドーラとスティーグも一緒に来て、ありのままを話してほしい」


 十人委員会はすぐに召集された。

 議題はバルトレアについてだ。

「バルトレア。と言うより、魔術防壁をどう潰すか。だ」

 十人委員会のクリストフ ・トールボリが呟き、ほかの委員会委員も其れに頷く。

「トウタ。君はあの化け物とすでに一度やり合って、勝てなかった。間違いないかね?」

 マルセル・ボネが、確認した。

 トウタは「はい」とだけ言う。

「だが、騎士課の報告では、君の母親、凍子殿が障壁を破ったそうだが、その時のことは覚えているかね?」

「いいえ」

 トウタはあの時すでに意識はなく、気が付いたのはヴェロニカに治療されたあとで、アナントリの野戦病院で目を覚ましたのだ。

「ただ、ローデリア式魔法障壁の崩し方を母さんはおしえてくれました」

「ほう」

「間断ない魔術の攻撃で、相手の魔術を総量を上回り防壁を破る――――これ以外の方法はないそうです。母さんの場合は局所的な吹雪を作り出しました。でも、これは陸地で遮蔽物の多い市街戦だからできた方法です。

 今回は空が戦場です。箒で飛ばれたらおしまいだ」

「空が主戦場なら「魔力をすいとる霧」を発生させてはどうかしら。下は海。自然現象の霧と判別は難しくなる。そして、魔術課の総員と、十人委員会が援護する形でなら、破ることは可能ではないかしら」

 ダリダ ・メッディ女史が意見を出した。

「ほう。珍しく、やる気か?」

「はい。ですが、もう一人、頂きたいところです。エルゼ 先生。一緒にいかがかしら?」

 まるでお茶に誘うような気軽さでダリダがエルゼ・アイクに声を掛ける。

「ええ、まぁいいですよ」

 エルゼは余裕を持った表情のまま笑った。

「ちょっとまってください。相手はバルトレアです。そんな簡単に…」

「心配いらんよ。トウタ。エルゼ先生の魔力コントロールは知っておるじゃろ?」

 ウェルデンベルグに言われて考え込む。

 たしかにエルゼ・アイクは医療課出身の魔力コントロールに長けた術者で、いつまでも魔術を撃ち続けることができるのは知っている。

 最長魔術発射記録は4時間越えの記録を持つ猛者であった。

「トウタ君。魔力の総量では君には届かないけれど、4時間以上ぶっ続けで魔術を放つことは可能よ?それに相手がいくら守りに長けていても、魔術の霧の中からは早々にげられない。罠に嵌める事さえ出来れば勝つのは可能だと思うわ」

「バルトレアは僕を餌にして追いかけさせれば良いですが、他の空戦隊はどうするんです?」

「それこそ、私達が対応すれば良いのよ」

 ハーピーは当然のように言う。

「そうだ。化け物は引き受けてくれるんだろ?なら、次は勝つ」

 ドラゴニュートもうなずいた。



 開戦3日目の未だ夜が明けきる前に、バルトレアが率いる魔道空戦隊は箒を操りながら大陸西側の沿岸部から飛び立ち、一直線に王国へ向かっていた。


 姿消しの魔術はかけている。

しかし、解除されるはずだとバルトレアは分かっていた。

 魔術師が相手を感じ取れないなど、ありえ無い。

しかし少しでも相手からの発見が遅れれば第一攻撃はこちらから仕掛けることが出来る。

(なんとしてもたどり着いて、特大の一撃を叩き込んでやる)

「バルトレア様。編隊が崩れます!」

 バルトレアはさらに速度をあげようとしたところで、後ろから声がかかった。

「まだついてこれるだろう?」

「ですが、還りを考えるべきです。このままの速度では、魔力切れを起こして堕ちてしまう」

「心配はいらない。行きの魔力だけで平気さ。寝ている奴を、特大の魔術でたたき起こすだけだ。気づいたときには奴等は混乱の最中だ。追いかけてこれる訳が無い。例え、飛んできたところで魔術防壁は破れやしないさ」

 バルトレアは驕りがあった。


「敵襲!」

 網をはって待ち受けていた魔術師の一人が上空に移動するなにかを察知した。

 鳥や飛竜の間違いでは無いことも、彼は気付いていたし、姿消しの魔術の痕跡がはっきりと関知できた。

「敵は真上だ!姿を消してる!」

先ず真っ先に上に上がったのは、騎士課の数十名だった。

「いやがった!」

上に魔術の痕跡が見えて、騎士課が一斉に突っ込む。

下向後ろ側から急加速で突っ込んで来る騎士課にローでリアの編隊は何人かを犠牲にした。

そのまま騎士課は相手を前に追いすがるが、ローでリアの編隊から5人程が応戦。空中戦に入った。


上で起こる爆発音と風切り音が夜空に響く。

時折、騎士課の生徒が墜落していく。

「――――!」

「のやろ!」

それを見て、医療課の生徒が海に墜落する前に拾おうと引っ掻けるように横から鷹のようにかっさらう。

真っ先に、下から上昇気流を起こし、速度を緩める。そうしてから二人一組で大きな魔術網を空に展開しながら対象を掬い上げ、直ぐ様、回復魔術をかけ始める。

「爆発で気を失ってる!」

「火傷もあるわよ!」

海上に用意された船に降り、二人は船上に用意された回復用の魔方陣へ墜落者を寝かせ、現状を確認し始める。

焼け焦げた衣服を破り、出血箇所を確認しながら、一人は意識を回復させ、もう一人は傷を癒し続ける。

やがて、患者が意識を取り戻すと

「分かるか?名前と課を言ってみろ!」

「ジョシュア。騎士課だ。」

「よし。意識混濁なしだ。ジョシュア。良く頑張ったな」

「ジョシュアくん。敵の規模は分かるかしら?」

「10から30はいる。姿を消してるが、先ず間違いない」

ジョシュアは上昇する際に数を数えていたし、間違いではない。

「30か。二陣はあると思うか?」

「わからん。が、警戒はしておいた方がいい」

これは、騎士課としての意見だった。


「追いかけるだけではダメだ!行く手を遮らないと」

「んな、こた、分かってるわ!」

バルトレアに追い付こうと、王国の生徒が全速力を出すが、バルトレアとのさは詰まらない。が、上空からバルトレアに突っ込んで行く一団がいた。

ドラゴニュートとハーピー、総勢150きの編成である。


「突っ込めえ!」

「またきたのか?懲りない奴等だ」

バルトレアは慌てない。

150人がバルトレアの後ろにいた残りの魔術師達に襲いかかった。

上から襲い掛かるハーピーの爪、ドラゴニュートの牙と炎。

「こっちに来るな!」

「糞、糞!」

バルトレアを除くローでリアの魔術師達は焦りと恐怖に飲まれ、唯一逃れる術であった速度を緩めてしまった。

そして、ドラゴニュートとハーピーはのりに乗ったままで、魔術師を食い散らかしていった。

なかには、魔術師達の放つ魔術に焼かれて落ちていくハーピーも見受けられるが、仲間が殺される事によって、彼女達の怒りは沸点を越え、速度を増して襲いかかるばかりだった。


速度が落ちている

と感じ始めたのは、いつだったのだろうとバルトレアは不思議に感じていた。

視界が雲に飲まれた瞬間辺りから、雲のなかを飛びつずけ徐々にではあるが、速度が落ちているのを雲の流れ具合からバルトレアは感じ始めていた。

雲が邪魔だ。

眼前を覆う雲が視界を遮り、そのために速度が落ちているのだと、彼は勝手に解釈した。


「入ったわ」

エルゼ・アイク女史は探知魔術を上空に拡げたまま、呟いた。

上空には雲に紛れ込ませた、魔力吸いの霧が広範囲に展開されている。これは魔術課の生徒と、エルゼが生み出したものであった。

「あいての進む速度に合わせて霧を前進させる」

魔術吸いの霧がなかなか晴れないのはバルトレアを中心に移動する仕組みをとっているためで、しかし、コントロールには多くの魔力を消費、調整する技術が伴う。

彼女はまさしく、魔術課を操る指揮者であった。

「意識長く保ちなさい。細く、長く」

魔術課の生徒の前に立って指示を与えて行きながら自らも魔力吸収量を操っていった。


トウタは霧が近付いて来るのを箒に立ったままで見据えていた。

王国の最外にあたる壁際からそれほど離れては居ない。

そんな辺りで、トウタは霧の中を探りながら、雷撃を放つように構成を組み上げて行った。

もちろんバルトレアの障壁に阻まれてしまうだろうが、少しでもダメージを上乗せ出来れば良いと彼は考えていた。


雲の合間から雷が飛来するのをバルトレアは魔術だと知りながらも、障壁が防ぐのに任せて雲を抜けようと試みていた。

(雷撃は魔術によるものだ。この雲も自然現象か―――魔術か、判断が難しい)

解析をしてはいるが、どうにも雷撃が邪魔で集中ができない。そのために先ほどからはれない雲が魔術の為であるのか、はたまた自然現象であるのかバルトレアは決めかねていた。

(まぁ、迷っていても仕方ない。晴れないのであれば―――強制的に払うまでだ)

バルトレアは竜巻を前方に回転させながら進ませる構成を頭に描くと、魔力に乗せて構成を現実世界へ具現化した。

数瞬後に現れたのは前に渦を巻きながら突進する竜巻。それが、周りの雲を散らすように晴らしていった。





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