第101話 凍子怒りの反撃
「トウタ!」
凍子の悲鳴が戦場に響いた。
魔術防壁に守られながら、バルトレアはよろけていた。
吹き飛んだ相手を見ながら、とどめを刺すためにもう一手、構成を編み意識を集めようとしたところで――――
「やらせない!」
前に大きな氷壁が現れ、彼の目の前を塞いだ。
「邪魔だ!」
バルトレアは氷壁を打ち抜き砕くと、穴の向こうから女が姿が見えてバルトレアは短く言った。
「またお前か。裏切者。邪魔をするな」
「やらせない。トウタはあたしが必ず守るんだから!」
姿を現したのは、凍子だった。
凍子はなるべく自分の消費が少なく、且つ、連発で放てる魔術を選びながら、戦いを続行しつづける。
魔術の大半は氷雪系を、そして相性のいい風、空系の魔術を補強として組み込む。
「
風系の魔術を呟きのみでそして、氷雪系は無詠唱で足を地面に打ち付ける事のみの動作で起動を可能にする。
そうして、出来上がった事象は「局所的」な吹雪である。そしてそれは、風雪で永続的に防壁にダメージを与えることができる魔術だった。
発動の瞬間をバルトレアは一瞬見落とした。疲れのために。
そして、その見落としは解呪に至るまでに少しばかり時間を要した。しかし、その一瞬の遅れが後を引きずる。
事象が掻き消える頃には、また次の魔術を打ち込まれ、バルトレアは徐々にだが弱っていった。
遂には――――
「自動修復が追っつかないみたいね」
バルトレアをにらみながら凍子は言った。
「もう、意識が集中できない筈よ。魔力生成もね」
(なぜだ?なぜあの女は魔術を無詠唱で打つことができる?なぜ魔力が切れない?)
バルトレアは息切れを起こしながら、思考を巡らせ答えを引っ張り出そうとしていた。
「逃げればいいじゃない。別に追わないわよ」
凍子はトウタを背負ったまま、足をいつでもタップできるようにつま先を上げたままだ。
地面に打ち付けることで、確実に氷雪の魔術がバルトレアを襲うだろう。
実際、すでに魔術防壁は自動修復の速度が極端に遅くなり、もはや防壁としては不十分になっていた。
「バルト。この術式は短い時間の間であれば、ほぼ無敵なんだ。しかしだ。戦局が長引くよう様なら、この術式よりもほかを選ぶべきだ。答えは分かるだろ?」
「魔力切れを起こすからですか?」
「正解だ。あたし達の体は長期決戦に向いていない。魔力生成はそれだけで意識の何割かを常に使うし、頭は使い続ければ動きは鈍る」
師、ヴィルジニアの答えに正論だとバルトレアは思った。
「鈍ったら最後だ。そこが魔術師の引き時だと覚えておきな」
「はい。先生」
一瞬、昔の会話が引っ張り出されて、バルトレアは歯ぎしりをした。
なんのことはない。昔から師は答えを言ってくれていたのだと、思い出して悔しくなった。
(忘れていたというのか)
同時に思い出したこともある。それは引き際についてだ。
(魔術が発動出来ないなら、引くべきだ)
ヴィルジニア・リッピはしっかりと小さかったバルトレアに伝えていた。そして、一度思い出したならバルトレアはしっかりと脳裏にとどめる。
記憶力のよさ、それこそバルトレアの本当の武器なのだから。
「引いてやる。この街も、くれてやる。巨砲は両方とも―――使えないみたいだな」
「ええ。しっかりと奪わせてもらいましたよ」
路地から姿を見せたのは、雪乃と王国の騎士課だった。
「リッピの弟子よ。よく聞きなさい。ここで引けば見逃しましょう」
「何を言って――――」
騎士課の一人が何かを言いかけるが、
「騒ぐな!」
雪乃が一括をした。
「んん、よし。それでよいのですよ。――――リッピの弟子。逃げるならば今ですよ」
「ああ。引かせてもらう。だがいいのかぃ?僕を逃がせばまた必ず目の前に立つぞ」
「構いませんよ。二度目に会ったらその時は容赦はしません」
2
戦況がバルトレアの不利に傾く中で、
「いくら傷をつけても無駄じゃよ。マウセン」
老人の周りには地面から木が生え、限りなく現実に近い森が魔術によって疑似的にふたりの間に投影され始めていた。
最初は小さな苗木だったものが徐々に育ち始めて、ついには一つの小さな森を作り出し始める。
「隠れるのが得意だこと。隠者さん」
木々の合間から時折、魔術が飛来し、シシリーを焼こうとするが、
「まだ、まだ」
シシリーはそのすべてを相殺して見せた。
「いくら打ってもムダよ?ドルフ。貴方ならわかるでしょう?」
返答はない。
(隠れている?――――木々が邪魔ねぇ。魔術で一時的に生やしているだけでしょうけれど、いっそのこと燃やしてしまおうかしら?)
そんなことをふと考える。
「シシリー様」
やがて森の一角を焼きながら、ヴェロニカたち医療課が近づいてきた。
「いいところにきたわ。ヴェロ。貴方、探知は得意かしら?できるなら、ランドルフが隠れているところを見つけて頂戴。どうにも疲れて来たわ」
「やってみます」
ヴェロニカは探知魔術をあたりにできた森にかけ、ランドルフの居場所を見つけようとしたが、
「だめです。気配がありません。おそらくは逃げたのかと」
「逃げ脚は昔から早いこと。でも――――もういいわ。傷は負わせたもの」
ヴェロニカの報告を聞きながら、シシリーは頷いた。
「ヴェロ。王国に急いで急いで伝えて頂戴。ランドルフ導師が敵になったとね」
「――――はい」
ヴェロニカの顔は暗い。彼女の脳裏にはランドルフとの思い出がよみがえっていた。
「事務的にで良いの。出来るわね?」
シシリーは泣きそうな顔のヴェロニカにそっと言う。
「はい。問題ありません」
「それでこそ、ヴェロよ」
頷いたヴェロニカをシシリーは満足げな顔でうなづいた。
「あのババアめ。なんちゅう威力だ」
ランドルフは傷口を塞ぎながら、毒づいた。こんなに追い込まれたのは30年以上前、シシリーと初めて会ったころ以来だった。
「諦めるものか。蒸気機関はこの世界から無くらなければならんのだ。だれの知識からも消すいがいに方法はない。諦めてたまるか」
ランドルフは考えを改めてはいない。
それどころか、蒸気機関を消すことにより執着心が強くなった。
「なあに。まだまだこれからこれから。技術を知るものを消さなくてはな」
ランドルフは陰鬱に笑いながら、闇夜に消えていった。
3
「また来やがった」
魔術課のアビー ・タウンゼントは周りに浮かぶ蒸気船を見て、報告のために緊急魔術パスを上空に指で書いた。
「魔術課 アビー ・タウンゼントから報告。海上に2隻の蒸気船を確認。いずれも大砲を積んでいます」
「――――こちら、十人委員会。エルゼ ・アイクです。監視を続行せよ。手は出さない事。分かりましたね?」
「分かりました。監視を続行します」
(あの様子じゃ、近く必ず撃ってくるぞ)
アビーは危機感でいっぱいだった。
「分かりました。監視を続行します」
報告を聞いてマルセル・ボネはうなだれた。
「今週に入って3回目か。どんどん接近して来よる」
緊急会議の場でウェルデンベルグは肩眉を面白くなさそうに吊り上げた。
「何か意見のある者は?」
「はい」
何人かが手を上げる。その中からダリダ = メッディ女史が選ばれた。
「ダリダ先生。どうぞ」
「はい。まず、外交ルートを使って脅しを掛けましょう。それでも引かないようなら魔道航空隊から直接、撤退の交渉をすべきかと」
「あまいな。生徒達が騒ぎ始めている。そんなことをやって居ては生徒達が暴動を起こしかねん」
「しかし、こちらから打って出るとなると、大砲の弾が飛んでくるぞ」
「何発かなら止めてあげるわ」
そこで声を出したのはシシリーだった。
「無理じゃな。強がるな」
マルセル・ボネが反論した。
「出来るわ。初手の30発までなら」
「30発か。その間に蒸気船を乗っ取る。もしくは大砲を破壊するか?ワシもその案にはちと不安が残るな」
ウェルデンベルグが疑問を呈す。
「ならば、私が一枚噛もうか?」
扉が開いて姿を見せたのは大図書館の主、リッチーだった。
「あらあら。貴方が出てくるなんて珍しいこと」
「自分の住処は自分で守るさ。昔もこれからも」
「ふむ。リッチーが協力するとなれば、魔力に余裕ができるわい。それに、この島に眠る奴にも協力してもらおうかのう」
ウェルデンベルグは何かを考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます