掌編 押し売り話

珍しく客人が来た。客人と言っても押し売りである。商品を並べて弁舌は立て板に水のごとし。耳を貸さないつもりでいたが実がつけば商品を玄関に広げられていた。

「ご主人、どうかこれをごらんくださいませ」

「うむ。珍品か。だいたいはがらくたのようだが」

「あなた様ならば高く買ってくださるかと思い、もうして参った次第」

「私は好事家(こうずか)ではないのだがな」

「そこを何とか。一つだけでもお頼み申す」

「ふむん」

 目を押し売りが広げた品々にやる。たいていは本当に価値のないがらくたであったが、一つ目を引いたものがあった。簡素だがしっかりとした作りの女物の扇子である。そっと手にとって見ていると押し売りの商人は声かけてくる。

「さすが。それを選ぶとはお目が高い」

「おぬしは何を言ってもそう言う口をしておる」

「とんでもない。それは去る昔、どこかの姫君が使っていた逸品でございます」

「それはうさんくさいな。しかしこの田舎にかようなものはなかなか出回らぬ」

「お求めくださりますか」

 少し考える。そして決めた。

「よし、買おう。それとそのかんざしも頼む」

「ありがとうございます。しかし、女物ばかりを選ぶとは。あなた様も隅には置けませぬな」

 下卑た押し売りの笑いを私は見とがめる。

「どういうことかな」

「誰かへの贈り物でございましょう? まだここに来てから日も浅いというのに大した物です」

「……まあそんなものだ。あまり詮索するものではないだろう」

「これは失敬」

「では金子を払おう」

 私は懐から金子を出した。商人は両手を曲げて受け取る。

「ありがたいことで」

「次はもう少しましな物を仕入れてくると良い」

「ご忠告感謝致します。しかしですな、がらくたを物もわからん輩達に高く売りつけるという喜びもなかなか乙な物ですよ」

「そんなものか」

「はい。それでは失礼します」

 すいて承認は荷物をまとめ出て行った。奥の方から早雪の声がする。

「お行きになりましたか」

「うむ。出てくるがよい」

「買わされましたか」

 早雪が出てきて一言言う。

「まあ何か買わなくてはならない感じではあった」

「扇子ですわね」

「うむ。以前初瀬が私のために傘を無くしたろう。代わりと言ってはなんだが扇子を送ろうと思ってな」

「それはよろしいお考えかと」

「そして早雪にはこれじゃ」

「まあ、かんざしですか。以前に箒を貰ったばかりなのに」

「あれは掃いて貰うために送った道具だからな.それに初瀬ばかり贔屓するわけにも行くまいて」

「色々考えておられるのですね」

「まあな」

「そういう心まめなところが藤花様の良いところでございます」

 早雪が褒めてくれるが自分にそんな甲斐性はないと思う。

「時に初瀬はどうしておるか」

「さてあの商人を嫌って辺りを散歩してくると行っておりましたが」

「ふむ出かけたか。まあ初瀬らしいといえば初瀬らしい」

 私が言うと初瀬が姿を現した。

「なんじゃわしを呼んだか?」

「おお丁度良い。初瀬。お前に贈り物がある」

 そういうと初瀬は鼻を鳴らした。

「なんじゃ。あんなうさんくさい商人から物を買ったのか」

「うむ、わりと良いものだったのでな」

「して何じゃ」

「これよ」

 私は初瀬に扇子を見せる。初瀬は近づいて言った。

「扇子か。ふむ、まだ僅かに香の匂いがする。おぬしにしては気が利いた事よ」

「うむ。以前無くした傘の代わりにはならんが受け取ってくれるか」

 初瀬は私に出会って傘を失っている。誰に貰ったのかすら覚えていない大事な傘を。それが私には不憫でならないのだ。しかし初瀬の言葉が存外明るいものであった。

「あの傘か。まだ気にしていたか。わしはもう気にしておらぬぞ」

「しかしあの傘はお前によく似合っていた。初めてあったときの姿が忘れられない」

 私は思い出しながら言う。紅葉。白壁。そうして初瀬と早雪。出会ったときのことを思い出す。初瀬も思い出したのかどこか懐かしそうに目を細め私に言った。

「上手いことを言うたな。そこまで言うなら受け取ろう。確かにあの傘には及びは付かぬが、これもまた趣がある」

「そう言ってくれるとありがたい」

「では受け取ろう。時に早雪は何かもらったか?」

 扇子を受け取りながら初瀬が尋ねる。

「はい、こちらのかんざしを」

 早雪はもうすでに自分の髪に挿したかんざしを初瀬に見せる。初瀬は嬉しそうにうなずいた。

「良いことじゃ。わしだけ物を貰ってもむずがゆいところであった。藤花、差配という物をおぬしは心得ておるな」

「それは早雪にも言われた。自分に自覚はないのだが」

「八方美人で結構なことよ」

「そうですわね」

「やれやれ。全ておぬし達のことを思ってのことなのだがな」

「そうか。藤花はわしらの中が心配か」

 そう言って初瀬は私にしなだれかかる。

「心配せずともわしらは仲良くやっておる。のう早雪」

「ええ、初瀬。でも今のは抜け駆けですわ。早雪も藤花様に寄りかかりたい」

「すれば良かろう」

 早雪の言葉に初瀬は目線だけ向けて返す。

「ええ、今します。けれど初瀬の様に奔放にはできませぬ」

「それも早雪の良いところであろう」

 初瀬の代わりに私が言った。

「そうですか。そうおっしゃていただけると、嬉しく思います。では……」

 そう言って早雪も私にしなだれかかった。それを見て初瀬が笑う。

「ふはは。両手に花じゃの。二人の女の関心を買うた。まっこと安い買い物じゃな」

「ああ、事実安い買い物だった」

「では寝室へ参ろうか。早雪も準備はできておろう」

「……ええ」

 初瀬の言葉にうなずく早雪。私はさすがに恥ずかしくなって初瀬に言う。

「こんな昼間からか」

「そうよ。お前が誘ったのよ」

「物を渡しただけなのだがな」

「それよ。わしらに返せる物はなにもない。ではせめてひとときの逢瀬を楽しませるのがわしらのつとめよ」

「早雪は藤花様に感謝いたしております。この身などいかようにされても……」

 ぎゅっと早雪にしなだれかかられて私もとうとう覚悟を決めた。

「……ではそうしようか」

「藤花よ。早雪の言葉でその気になったな。この色男め」

「さてな。どうかな」

「はぐらかしよる。では今日は責めて責めて息果てるまでおぬしを責め立てようぞ」

「なんの。おぬしなんぞに負けはせぬ」

「言うた言うた。楽しみじゃ」

 私たちは立ち上がる。そうして三人ひとかたまりとなって寝室に向かった。その後のことは記さずとも良いであろう。押し売りの話はこれで仕舞いである。

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重宮藤花の残照録 陋巷の一翁 @remono1889

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