掌編 柿取り話
私の家の庭には近頃落ち葉一つ無い。暇があれば早雪が久々津の術で操った箒で集めてくれるのだ。しかしその早雪も辟易していることがある。
「また庭に柿の実が落ちてましたわ」
「そうか」
私が流すように言うと早雪は大事のようにまくたててくる。
「あれが落ちていると落ち葉が張り尽くし、せっかくの箒も汚れるしで困ってしまいます。なにより見栄えが良くありませぬ。藤花様、何とかなりませぬか」
「そうだな。ちょっと見てみよう」
私は早雪に促され庭に降りて地面を見る。庭の所々に柿の実が落ちて潰れた実と汁を回りに飛び散らせていた。確かに見栄えはあまりよろしくない。私は木に成った柿を触ってみる。柿の実はぶよぶよに熟れ過ぎてその汁で私の手を汚した。ふーむ。私は早雪に言った。
「これは木守りを残して取ってしまわねば駄目だな。物置に梯子と箕(み)があったはずだ」
「お手伝い致しますわ」
私の言葉に早雪は言った。
「何じゃ柿取りか」
二人庭で話し込んでいると初瀬が顔を出す。私たちが準備している道具を見て何をするのか悟ったのだろう。さしておもしろみもなさそうに言った。
「渋柿だがな。庭が汚れるので取ってしまわなくてはならぬ」
私は初瀬に言った。
「鳥が食うくらいならもう熟しておろう」
「うむ。さわってみるともう腐りかけでぐじゅぐじゅだ」
「ふむ。それでは干し柿にもできんな」
「残念だが、柿は来年だな」
「いたしかたあるまい」
特に残念そうな様子もなく初瀬は言った。私は梯子を柿の木に掛け、一息入れたあと一段上る。
「さて取ってしまうか」
「取った柿はどうする?」
「集めて庭の隅に埋めてしまおうと思う」
「ふむん。するとそこからまた新しく芽を出すかやも知れぬな」
「柿ばかり増えても仕方ないのだがな」
「では枇杷(びわ)か無花果(いちじく)でも植えると良い」
「うん……? それはお前の好みを言っているだけではないか」
初瀬の言葉に私は返す。初瀬はえへんと胸を反らせていった。
「さよう。わしは柿よりそういった果実が好みじゃ」
「やれやれ、さて取ってしまおう」
私はない胸を張る初瀬をそのままに柿取りに取りかかる。熟しきって触っただけで潰れるような物もあればまだ若干固いものもある。私はなるべく固いものをいくつか残し柔らかい物を鋏で切って箕に入れた。
「庭の木も手入れしないと行けませんわね」
「うむ」
早雪の言葉に生返事をしながら柿の実を取る。時間はかかったが柿の実は取り終えた。あとは穴を掘って埋めてしまうだけである。私はやはり物置にあった鋤を持って庭の隅に穴を掘る。そうして箕に集めた柿の実をばらばらと放り込んだ。最後に土をかけてお終いである。
「これでよし」
私は一息吐く。早雪が労をねぎらってくれた。
「助かりました。少しもったいないですけれど」
「なに、良い肥やしになろう」
井戸水で手を洗い、私は言った。ついでに手ぬぐいで手と柿の果汁の付いた箕を拭く。箕は陰干しし、手ぬぐいは洗い日に当て干しておく。
「少し疲れたな。茶でも出そう」
私が言うと若干目を輝かせた早雪が私に言う。
「藤花様。お茶の件ですが、早雪にやらせてはいただけませんか?」
「早雪がか?」
「はい、久々津の術を試したいのです」
私は早雪を見る。たしかにそれができるのならばありがたいことだ。私は早雪に頼む。
「それができるのならありがたい。頼む」
「はい。よろこんで」
早雪が言うと初瀬が早雪に声をかける。
「早雪、わしは何もしてなかった。手伝おう」
「助かります」
そう言って早雪と初瀬は台所に消えた。私は手持ちぶさたに縁側で茶を待つ間、庭をぼんやりと見る。地面こそ綺麗だったが庭の木は荒れていてやはり手入れが必要かな。そんなことを思いながら茶を待った。
だいぶ時間が経ったがようやく茶碗が載ったお盆がこちらに飛んできた。早雪と初瀬、どちらも物を動かす力を持っている。はてさてどちらの力だろうか。ぼんやりそんなことを思っているとお盆は私の隣にしずしずと降りた。茶碗は一つきりで、それに半分ぐらいお茶が入っている。
「早雪、初瀬、お主等は良いのか?」
呼びかけるとのろのろと二人がやってくる。そうして互いに口にした。
「味見をしておりましたらお腹が一杯になってしまいましたわ」
「初瀬もじゃ。早雪が味見をせがむので、ついな」
「ふうむ、一人では少々味気ないが、では、いただこう」
「召し上がれ」
早雪の言葉で私は茶碗を手に持つ。ほのかに暖かい。私はぬるめのお茶を一気に飲み干して感想を言う。
「うむ、動いた体にぬるい茶がありがたい」
「さようですか。そういってくださるとありがたいです」
「こちらこそだ。早雪のお陰で助かった。これから茶は早雪に頼もうか」
「はい、まかされました」
「わしも盆を動かしたぞ」
初瀬が横から口を出す。私は初瀬もねぎらった。
「そうか初瀬よ。それはすまなんだ。私は二人がおって幸せだよ」
どこか恥ずかしいが日ごろの感謝の言葉を口にする。案の定早雪も初瀬も照れくさそうにしている。そうしてしばらく私たちは落ち葉一つ落ちてない庭を眺めるのであった。と初瀬が庭の隅に立てかけられた箒を見て言った。
「早雪が使っているのは福を呼ぶ箒だな」
「そうですわね。こう言った物は使わなくては価値がありませんから。まあ、福が来たという実感はありませんが」
「なに、二人がここにおることが福だ。違うかね」
私が言うとまた二人が恥ずかしそうにする。初瀬などは呆れたように言う。
「やれやれ。藤花は恥ずかしいことを言わせたら大した物じゃわい」
「そうですわね」
そういって二人は飲み干した茶碗を載せた盆を脇に寄せ私の両脇に身を寄せてきた。怪異とは言えそばに寄れば暖かい。それとも日差しのせいだろうか。そっと秋の日差しが庭に差し込んでいる。早雪はそっと身を寄せたまま日を見上げ言った。
「今日は小春日和ですわね」
「そうじゃの」
初瀬もそれに同意する。
後は無言で私たちは並んで秋の名残の日差しを浴び続けていた。これで家の柿を取る話はおしまいである。
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