2話
「大畑主任!やっと座れますね。」
「昼時外したのに、40分はちょっと長かったわね。」
時刻は午後2時ちょっと過ぎ。背広姿の二人の男女が席に着いた。
『
流行の熟成肉を目の前で焼いて提供するお高い店である。ただし、ランチはお手ごろ。昼のみであるが特上の和牛が食べられる。とすれば、人々は並ぶ並ぶ。もはや、目的は並ぶことなのでは?と考えてしまう。
そんな庶民の味方の店舗の本職はリッチでブルジョアジーな高級店。丸の内の商業ビルの32階にテナントを持ち、店内は窓から都内が一望できるパノラマビューを目玉にしており、今の日中は明るいためそうは感じないが、夜になれば夜景と小洒落た内装からそれはムーディーな雰囲気になるであろうと予想が出来た。
であるが、この二人にはそういったモノは一欠けらもなかった。
「で、結局、アイリス姫様は釈放になったんですか?」
「そそ、当事者同士の示談が成立したってのもあるけど、上層部としては外交上のカードとして使いたいみたいなのよね。そのうち、日本海辺りでレアメタル発見とかニュースになるんじゃないかしら?」
先日の誘拐事案は無事に地検まで事件送致したことから、アイリスの元取調官大畑恵子は久々に昼食を外で食べにきていた。お供はつい最近異動してきた
「毎回思うんですけど、よく世間にばれないですよね。一番初めの首都高事案とか映画って事にして、実際に誤魔化すためだけに一本放映してたじゃないですか。」
職場の話を外でベラベラと話すのは、如何なものかと思うが、今は昼時。周りは目の前の食事に夢中で、聞き耳を立てているような輩は見当たらない。
恵子はメニューをひと目も見ずに、日替わりランチを注文し、将星は自分も同じで。と店員に告げ、話を続けた。
「あの作品を上映してた時、まだ俺が高校生のときでしたけど、感動しましたもん。日本初のアカデミー賞総なめ。まさに日本映画史の伝説と言える作品です。」
熱を込めて語る将星に対し、え?あの時コイツ高校生だったの、あれそんな前だっけ。と恵子はまったく別のことで頭がいっぱいになった。その後も如何に素晴らしい作品であったかを語る将星は、難しい顔をする上司を見て言った。
「大畑主任?どうかしましたか?」
「えっ。何でもないわ。あの事件の時は、私も学生で大学に通っていたから、概要は、はっきり知らないけど、予算がすごかったのよね。学生時代の私も、普通に映画と思ってたわよ。」
やたらと、学生アピールをしていたのは気のせいだろう。何ら文脈もおかしくは無い。けっして、妙な見栄を張ったわけではない。断じてない。
「い、いくらなんすか?」
心の葛藤と戦う恵子に、将星は興奮気味に聞いた。
それに対し、恵子は指を四本立てた。
「よ、四億!?さ、さすがアカデミー賞。」
「違うわ。隠蔽費やら込みで―――」
驚く将星に恵子は、首を横に振った。
「―――四兆よ。日本政府は、事態の終息のために四兆円使ったの。あの時、医療費とか消費税の引き上げに年金とか生活保護の減額があったでしょ。全部そのため。」
「・・・・・・わお。」
「はい。この話はおしまいね。もう来るわよ。肉が。」
まさに鳩が豆鉄砲を食らったようなとしか形容できない顔をした将星を尻目に、紙エプロンを被った恵子、行儀は悪いが手にはナイフとフォークを持ち来たる肉の来訪を出迎えた。アイリスとの会話の中で、ゾンビの話題が出た際に恵子は、ふと頭の奥で考えたのだ。腐った肉といえば、熟成肉って腐る寸前なのかしら。と、こんな事考えていたのがバレては大変なことになってしまう。一応、周りには捜査のついでに食事をしてくるとは伝えているが、今日のメインは肉なのだ。
未だ男性色が強い分、それだけ女子同士の結束は強くなっている。年齢・階級・容姿等を加味した絶対なるカースト社会であるそこは、どこの異世界よりも異世界らしい姿であった。女子力の高さをアピールしたがる彼女らと食事に行けば優雅な店で延々と上司への不満と恋愛話に時間を費やすこととなる。ともすれば、一緒に連れて行くべきは、この新入りのぺーぺー以上の人選は存在しないのであった。
「おぉ!!すごい肉ですね。お高いお肉もランチなら手が届く。ランチ万歳ですね。」
さすがに肉の焼ける音と匂いで、我を取り戻したのか、将星は不思議なリズムに乗って肉に祈り始めた。まさに肉の舞と言って良いだろう。脂身の載ったジューシーな肉が、香ばしい匂いを漂わせ目の前にいらっしゃるのだ。お肉よ、お肉よ、お肉様。世界で一番おいしいのは誰?と尋ねれば、この肉はこう答えるだろう。
もちろん、わたしです。と。
「しかし、凄い肉汁ね。これ和牛だからなのかしら。それとも、熟成したからかしら。」
「どこ産なんですかね。国産ブランド和牛って書いてありましたが、ブランド牛もいっぱいありますからねぇ。けど、流石に違いのわからない俺でも、はっきり美味いってのが見てわかります。さぁ、食べましょう。せっかくのレアが余熱で。」
不覚にもこの三流舌の言うことも最もである。今現在における、この肉汁は黄金より貴重であり、これ以上の流出は人類にとって大きな損失となってしまう。
自分でも今日は異常にテンションが上がっていることを自覚している恵子であるが、この肉を目の前には致し方無し。
「「いただきまーす。」」
そう言って、二人は同時に口に肉を運び入れた。
「「!?!?!?!?」」
その瞬間に電撃が走る。まさに味の衝撃。これぞ、日本が世界に誇る和牛の底力だと言わんばかりの圧倒的スケールの旨味であった。昇天しそうな顔をしている将星を見て、気持ちは分からなくも無いわ。私もこんなお肉は食べ・・・・・・・
ん?んん?
肉に何か違和感を感じた恵子は考えた。味が悪いわけではない。むしろ美味しい?はずである。しかし、何かが
口にしただけにも拘らず栄養が即座に吸収され、この全身に駆け巡る感覚。所謂、霊的な生気的な充足感。これはまさにアレだ。
異世界出張で何度か体験した感覚。霊薬だとか秘薬を口にした時に感じられる魔力を摂取している感覚だ。
そして、この肉の味の片鱗も遠い記憶の先にあった。自分がまだ目の前のペーペーの様な見習いの時に幾度も味わった肉。忘れもしないあの味の延長線上に、この肉はいる。そうに違いないと恵子は確信を持って言える。
とすれば、この店は何らかの手段で入手した異世界産の肉を和牛と言って提供していることになる。これは、自分たちの領分の事件だ。
「新海、ストップ!食べるのを止めなさい。この肉は―――。」
「ふひひひひひっ、やややヤバいっす。超ぱないっすよ。この店マヂリスペクトなんですけどーっ。肉が蕩けとととtトレビアーン。あばばあばb。」
「・・・駄目だわ。そういえば、アンタは魔力に触れるたことなかったのよね。」
だらしなくも口から涎を垂らして、トリップしている部下にため息をついた。
しかし、よくよく見回してみると周りの他の客も似たような状態である。一部異世界ではメジャーな魔力というご都合元素は、この世界においてはあることはあるのだが、非常に稀有なものなのだ。
一般に魔力は、世界ごとに異なる性質を持つことから、違う世界に来ると安定性と整合性を確保するために揺らぎを生み出し曖昧さを生み出す。
そうすることで、元の世界と今の世界どちらにも適応するのだが、そんな現象が体内で起これば当然に変調をきたす。それが魔力酔いである。
だが、慣れればどうということはない。それに、要は異世界に行ってもホイホイ現地で魔力的な物を拾い食いしなければ良いのだ。
「問題は、中毒とか依存よね。これだけ行列が出来ている店だし。すでに遅いのかもしれないわねぇ。先月辺りからずっと話題だったし。」
厄介ごとを見つけてしまったと頭を抱えながら恵子は、とりあえず出直そうと判断し、再度肉を口に運んだ。
「うん。魔力が混じってるって分かって食べれば、普通だわコレ。」
悔しくも肉の魔力に負けていた先ほどの自分を情けないと思いつつ恵子はランチを再開した。ランチとは言え、奮発したのだ食べるものは食べなくては。
異界捜査官 青海 景都 @dadant
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