1章 よい土がよい野菜を育てる
1話
「さて、それではお話をさせてもらいますね。その前に、小林大吾さん。おかえりなさい、ご家族を初め多くの人があなたの帰りを待っていました。」
異世界から日本に戻ってきて、何時間が経ったのだろうか。大吾は今、個室の中で森田と二人っきりである。
「で、今から取り調べすんの?」
先の大捕り物で大吾は憔悴しきっており、以前の覇気は見る影も無かった。
「いえいえ、ご家族のお迎えがもうすぐ来ますので、少しお話をと思いまして。」
「話って何さ?あんたたちのせいで、めちゃくちゃだよ!俺の人生を返してくれよ。」
大吾の悲痛な叫びに、森田は眉ひとつ動かさない。
「小林さん、勘違いされているようですが、異世界への転生や旅行は正規の手続きをすれば、一向に構いません。ですから、このあとあちらに戻るのも自由です。」
「なら!なんで!なんで俺はここにいるんだよ!?」
「はい。ですから、あなたは女神アンジェリカと巫女アイリスに誘拐され、異世界に拉致されたことから警視庁で事件として取り扱っているのです。」
「誘拐だって!?俺は、あの二人には感謝しているんだ!つまらない日常から開放してくれた彼女たちには!」
机をドンと叩き声を上げ立ち上がる大吾に、森田は冷静に答えた。
「一通りはあなたのむこうでの活躍や経験については、目を通しています。ですから、あなたが彼女たちを庇い立てするのは、ストックホルム症候群だとか脅されてだとかではないことは重々承知しています。」
なら。と大吾の顔が一瞬明るくなるが、
「親御さんから被害の訴えでが出ておりますので。」
「ふざけんなぁぁああああああ!!ちょっと期待させんじゃねぇよ!!!!」
大吾の声が響き渡った。
「ですから、何が駄目なのでしょうか?わが国の英雄として召喚され、富と名誉を得る。まさに男子たるものの誉れではないでしょうか。ジキトハインでの大吾の活躍は全国民の知るところですし。まさに生ける伝説なのです。」
廊下にまで響く声を上げる大吾とは、逆にアイリスは非常に穏やかであった。むしろ自分の言い分を理解しないこの者たちはどうかしてしまったのだろうかと心の底から心配している。
「うん。貴女の国ではオーケーでも、日本じゃ駄目なの。わかるかな?戦って英雄!わぁ、すごいっていうのは、日本の法律とか文化とは相容れないんだわね。」
アイリスの取調官を名乗り出た、大畑恵子は心底後悔していた。この女、全く罪としての認識がないのだ。完全に落ちた女神と違い、こちらは非常に難航していた。
「じゃあ、アイリスさん。小林くんを召喚したとして、急に小林くんがいなくなった家族はどう思う?平和な日本でね、けんかすらしたこと無いような彼にに聖剣なんたらを持たせて。」
「アウグスト。」
話を遮るようにアイリスが声をあげた。
「あうぐすと?」
「聖剣ではなく、神剣アウグストです!!」
恵子が話したアイリスの中でもっとも興奮した様子であった。彼女なりの譲れないところがあるようだが、まったく理解はされていない。
「はい、親権アウグストね。それで、アウグストを持たせて、戦いに行かせたんでしょ?」
「そうです。女神の、わが国の剣として大吾には戦ってもらったのです。」
「ふむ、アイリスさんは今までに殺生は?」
「ありませんわ。魔物や死霊とはありますが、あれは駆除みたいなものですし。そもそも、王族は手を汚しません。」
「そうなんだ。魔物とかいるの?死霊って、ゾンビ?ゾンビなの!?前から聞きたかったんだけど、ゾンビって走るの?あと、噛まれたたら感染しちゃうの?」
今日一番の食いつきを見せる恵子に、アイリスはドン引きである。不浄な存在であるアンデットに興味津々のこの女は背信者か狂人の類であろう。と判断していた。
「ゾンビ女、話が逸れていますよ。」
興奮する恵子に、補佐官の女性捜査官が声をかけた。すみません。と顔を真っ赤にする恵子は、咳払いをし続けた
「一応ね、この日本は国民主権ってのがあってね。ん~、簡単に言うと国民一人一人が王様みたいなものなんだよね。アイリスさんのところでも、他国の王様とかその家族を誘拐してきてさ、戦わせたりすると大変なことになるでしょ?」
「お、王族!?大吾は王族なのですか?」
「いやいや、王族ではないけどそれに準ずるような権利と義務は持ってるよ。だから、私たちは小林さんを助けに行ったわけだし。」
王族王族と言いながら、がくがくと震えるアイリス見て、恵子はやっと話が通じるかなと安心した。
「それに、よく考えて。英雄になるような人材を、アイリスさんは勝手に連れて行っちゃたんだよ。小林くんの家族はショックを受けただろうし、日本にも大きな損害なんだよ。」
「そういわれれば、初めて会った大吾は学生でありながら、ニートという選ばれし者で、幾つもの世界で、数々の冒険をこなしてきたといっていました。そんな、偉大な人物を拉致するなんて、大吾の故郷からすれば。あぁ、なんてこと。わたくしは、なんて罪深い。」
顔を真っ青にするアイリスに恵子は、この女面倒くせぇと思っていた。口に出せないが心で思うのは自由なのだ。すると、ノックとともに捜査官が外から声をかけてきた。
「アイリス・ライズ・ナターシャ・ジキトハインさんに弁護士の先生から接見がきました。」
恵子は、来たかとつぶやいた。どうせ奴であろう。数ある異界事案において、異世界転生・召喚関連の事件のみを取り扱うスペシャリスト。
敏腕異界弁護士___ナロー・翔・セッカ
この物語の中でもっともハンサムで頭がキレ、おまけに人徳者という。いけ好かない男である。
◆◆◆◆
「で、結果として起訴猶予処分かね。」
「はい。間違いなく、アイリスさんは反省しておりますし、小林さんのご家族とも示談が成立すると思われます。何より時間軸の点で被害の規模が小さいと公判で判断されそうだとのことです。」
「ふむ、むこうでの2年間が、こちらでは」
「4日間です。」
冷静に答える森田に、座っている男はため息をついた。そして、思い出したように
「小林大吾に対する外為法と条約違反はどうだ!?」
と大吾の技術や知識の流出について聞くが
「それも全くです。所詮、子供の知識ですので、大量破壊兵器どころか、きちんと形を成している物のほうが少ないです。次元界保護条約違反は、いつもどおり緊急避難という形で適用されています。」
「むむぅ、そうか。ところで、森田君。」
絨毯張りの部屋で、森田は今回の事件について報告をしていた。この異界捜査官チームは警視庁の各部署から人を集めており、それぞれの立場は非常にややこしくなっている。当然、組織である以上管理する部署もその頭も必要になるわけで、代々の異界捜査官チームは、交通部の傘下となっている。これは、日本初の異界事案が、道路交通法違反であった事に起因するためであった。
首都高を時速230キロで駆け抜ける飛脚たちとナンバープレートを首から提げたドラゴンとその騎手。夜の湾岸道路を舞台とした大捕り物は、関東陸運局と国土交通省を巻き込み、当時のマスコミを大いに盛り上げた。
だが、昨年より管轄部署が新たになった。
管轄は、警視庁警務部人事課直轄。担当はキャリアで人事課長の千葉幸太郎。
「孫と娘は元気してるかね?」
そして、森田の義理の父親であった。完全に公私を混同している。冷静沈着で不動の心を持つ森田が苦笑いをこぼす姿は、彼の同僚たちが見ると、目を見開いて驚くにに違いない。
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