異界捜査官

青海 景都

プロローグ

異世界ライフは順風満帆

「英雄殿、いよいよですな。」

 少年の横に立つベルクが興奮気味に言った。白く輝く全身鎧に身を包んだ騎士。かつては、ジキトハイン白竜騎士団の一番槍として戦場を駆けたこの男も老いには勝てず、今回は作戦参謀として本陣に構えている。

 このベルクが「英雄」と呼ぶ少年。大国に囲まれ滅亡寸前であったジキトハイン皇国に突如現れた救国の騎士。その叡智は、産業から魔術ありとあらゆる分野において革命を起こし。また、その武力は、千の騎士と同等であり、彼の聖剣の一振りは空が裂け、地が唸るほどである。

 目の前に広がる平原には数万を超える兵が展開されている。ジキトハイン皇国と大国ジャズラ帝国との最終決戦。

「安心しろ、ベルク。今回も俺たちは絶対に負けないさ。」

 英雄と呼ばれた少年、小林大吾こばやしだいごは躊躇なく答えた。

 思えば、大吾にとってこの2年間は目の回るような忙しい日々の連続であった。どこにでもいる普通の学生である彼が、いきなり異世界に召喚され、女神から得た祝福と元の世界での知識を駆使し乗り越えてきた冒険は、まさに英雄譚と呼ぶに相応しい物であった。


「大丈夫、大丈夫。」


 大吾は誰にも小さな声でつぶやいた。 

 前の世界では思い通りにいかないことがいっぱいだった。けど、この世界で俺は特別なんだ。チートもハーレムも異世界では思うがまま。理想の世界がここにあるんだ。こんなところで、負けるわけにはいかない。大丈夫、大丈夫だ。

 大吾は自分に自分で何度も何度も言い聞かせていた。口から漏れたのは、本人も気づいていなかったのかもしれない。

「準備が整いました。それでは、大吾様よろしくお願いします。」

「あ、ああ、任せてくれ。」

 自らを召喚した巫女姫アイリスの声に案内され、指揮台に上った大吾はマイクに向かって言った。

「諸君、いよいよ最終決戦だ―――」


 英雄大吾、女神の祝福を受けし異世界人の能力スペックは、圧倒的であった。上位位階の世界からの来訪者である彼の魂、肉体はともにこの世界の住人とは階位という大きな壁を超えた差が存在し、技術体系や知識も大きなアドバンテージとなっている。また、彼の魔力性質『実現リアライズ』は元の世界の物をあいまいな知識や認識であっても、その手に作り出すことができる。まさに万物の創造者たる権能を手に入れていた。

 今、手に持っているマイクも、どういう原理なのかはっきりしないが、マイクというものを創りだし使っている。マイクロフォンというものが、音を電気信号に変換する機器であるということなど、彼は全く知らない。スピーカーの必要性。発明した者が誰なのか。無知な少年であった彼は全く知らない。自らが与えた技術や知識が、如何に、不合理で不秩序でちぐはぐなものなのか、そして、失敗や多くの過程を経ずに成功した都合のいい結果のみを得た進歩や発展がいかにいびつで愚かであるかを、彼は知らない。


「―――さあ、立ち上がろう。わが同胞たちよ。この戦い勝つぞ。」

 熱意の篭った演説に、無数の咆哮が上がる。そして、戦いの火蓋は切って落とされた。

「お疲れ様でした。私たちも前線に行きましょう。」

 アイリスの労いの言葉とともに水を一口飲み、大吾は一息ついた。内心では、彼女とイチャイチャしたいが、そうもいかず。後ろに控えるは数々の激戦を潜り抜けた彼のパーティーメンバー、大吾と出会いでその才能を開花させた元奴隷のリリィ、現白竜騎士団団長の女騎士シルビア、ファルクス教国の聖女パステル、魔術都市オルクナリアの麒麟児ゼタ、戦場では他にも多くの仲間が彼を待っている。大吾の英雄譚に名を残すヒロイン達は、皆それぞれに物語に恥じることのない実力者であった。

「よし、みんな行くぞ!」

 大吾の一声とともに、英雄パーティーの出陣となった。


 突然、大吾たちがいた本陣の四方から転移門が現れ、目の前に自動車が現れた。数台のワンボックスカーとセダンは出入り口を塞ぐように停車し、中から人が降りてきた。背広の者や作業着のような者など服装に統一性はなかったが、全員が同じ腕章と白い手袋を着用していた。

 突然現れた集団は、大吾たちを取り囲むように並び、背広の男が一人一歩前に出てきた。

「曲者め、貴様らは何者だ!いや、聞くまでも無い。ジャズラの刺客共め、成敗してくれるわぁぁあああ!!」

 剣を抜き、声を上げたベルクに、男は制止を求め告げた。

「ご安心を、そのジャミラとやらではありませんので。」

 男は懐から、二つ折りの財布のようなものを出し、上下に開いて、顔写真と名前の書いてあるページを見せた。

「警視庁の森田です。」

「はぁぁああああ!?」

 思わず大声を上げてしまった大吾の目には、警視庁のエンブレムが目に焼きついた。

「こちらに、アイリス・ライズ・ナターシャ・ジキトハインさんはいらっしゃいませんか?」

「わ、わたくしですが。」

 アイリスは、突然のご指名に思わず声が裏返ってしまった。

「わかりました。それでは――」

 と森田は懐から書類を一通取り出して彼女に開いて見せた。

「裁判所からね、あなた対して小林大吾さん誘拐の容疑で逮捕状が出てるから。現在時刻を持って執行します。」

「はぃいい????」


 これは何なのだと大吾の方を振り向くアイリスに女性の捜査員が手錠を掛けた。

「ちょっと!?何を一体!わたくしを誰だと思っているのですか!不敬です」

 いきなりの手錠に大声を上げるアイリスだが、女性の捜査官は、

「はいはい。大丈夫。怖くないからね。」

といいながら、車の方へ案内している。

 納得がいかないアイリスは手錠のかかった両手で飛び掛るが、押さえ込まれてしまった。息を荒くするアイリスに、女性は淡々と、危ないものを持っていないか確認しますねぇ。とアイリスの身体を物色し始めた。

 初めは吼えていたアイリスの声は次第に艶っぽくなり、耳の先まで真っ赤にする彼女の姿に誰もが視線を向けていた。

「よしよし、いい子ね。お姉さんとちょっと車の中行きましょうね。」

と大人しくなったアイリスをワンボックスに連れ込みドアを閉めた。

 ゴクリと唾を飲む兵士たちを尻目に、森田はさらに声をあげた。

「あとですね、外国為替及び外国貿易法違反と次元界保護条約違反、神族間における管轄規定違反で捜索差押許可状が出てますので、ご協力をお願いします。」

「ちょっと待てよ!!さっきから何なんだアンタたちは!?」

 顔を真っ青にして大吾は、今にも掴みかからん勢いで森田に言い寄った。

「あなたが小林大吾さんですね。ご家族から捜索願いが出ていたのですが。」

 と言いながら森田は令状を懐に仕舞い込み更に告げた。

「先日逮捕された女神アンジェリカさんからあなたの誘拐と他の余罪の自白を得ましたので、このたび特捜本部として捜査しております。あと、先ほどお話した外為法違反の関係でお話が聞きたいのでご同行願います。」

「ふざけるなぁぁぁああああああああ!!!」

 真っ青だった顔を今度は真っ赤にして、大吾は剣を抜き振り上げた。許せるわけが無い、思うが侭に進んでいる異世界ライフがここで終わるなんてことはあってはならない。自分の居場所は前の世界ではない。こここそが小林大吾が求め焦がれた場所、理想郷なのである。

 大吾の声に我を取り戻したジキトハイン皇国の兵士たちも一斉に武器を手に立ち上がった。仮にもこちらは兵士、平和ボケした日本の公僕ごときが手に負える相手ではない。

 そう確信していた大吾であったが、それらは突然現れた数十人の男たちによって見事に打ち砕かれた。

「阻止ぃぃい!」

 大声とともに金属製の大盾で、兵士たちの猛攻は防がれた。パーティー最速の元奴隷リリィとベルクは刺叉で押さえられ、身動きが取れなくなっている。

 そして、攻撃を防がれた兵士たちの武器が次々と切り裂かれている。どれも大吾が英雄の力で作り出した一級品にも関わらず、いずれも、鋭い一太刀でだ。

「ふん。せっかくの異世界と聞いていたのに全くもって骨が無い。錬度も低ければ、武具の質も劣悪。」

 一太刀で兵士の手に持った武器を切り裂いた少女は、ため息をつきながら、刀を鞘に納めた。

 その姿を見た白竜騎士団団長のシルビアは、ぞくぞくとしたものを感じていた。若く、さらに女性である彼女が今の地位にいるのは、その実力が他の追随を許さないほどであるからである。個人の武力に加え用兵や戦術論についても彼女の実力は飛びぬけていた。だからこそ、今の一太刀をみて彼女は思ったのだ。


―――戦いたい。と


「わが名は、誉れ高き白竜騎士団団長シルビア・ファルベルト。貴殿に決闘を――」

 本来なら、アイリスや大吾を守らなければならないが、剣士としての矜持が自然とそうさせたのか、シルビアは、騎士団に伝わる聖剣ホーリーノヴァを抜き斬りかかっていた。

「はい。あなたも公務執行妨害ね。」

 つまらなそうに少女はそう告げると、聖剣を一太刀で切断した。あまりに一瞬の出来事のために実感が全く湧かなかったが、彼女の態度をみるに自分は取るに足らない存在なのだろう。シルビアはぺたりとその場に座り込んでしまったが声をあげた。

「名は、貴殿の名は!」

「私?皇宮警察官、田中瑞樹。いずれ『草薙』を継ぐ、次期日本最強の剣士よ。覚えておきなさい。あと、私は出向中なだけだから、そこの暑苦しい奴らとは一緒にしないこと。」

 そう告げると彼女は、シルビアの両手に手錠を嵌めた。続いて、リリィとベルクも手錠を掛けられていく。一騎当千の英雄パーティーの面々が取り押さえられいく中、ジキトハインの兵士たちは次第に戦意を失っていった。


「これ以上、好きにはさせません!ゼタさん!」

「任せなさい。」

 次々の打ち倒される仲間たちを前に、聖女パステルと魔女ゼタは、魔術を発動させた。この女神の恩恵ある異世界のみに認められた奇跡の行使。ましてや、二人は当代きっての使い手であり、戦況は覆るには十二分な実力であった。


「聖術・セイクリッドブレイク」

「炎術・ハインズの紅炎」


 大盾を持った男たちは、起動の呪言に対し陣形を組み受け構えるが、互いに予想した奇跡の発現は起こることはなかった。

 彼女たちは何度も魔術を発動させるが、何も起こらない。何かがおかしい。パステルもゼタも誰よりも魔力に優れ、生まれてこの方この様な事態は初めてであった。

「いったい、何をしたんですか!こんなことありえるはずがありません。」

「いや、だからね。裁判所から令状とって、正規の手続きをとってきてるだけなんだけどねぇ。そもそも、君たちの女神アンジェリカさんは今は地検に送致されちゃってるし、この世界の主神にも許可は取ってるから、そういった行為はできないはずだよ。」

 声を荒げるパステルに淡々と説明する森田であるが、彼女にわかるはずも無く、

「チケン?ソーチ?何をわけのわからないことを。ファルクス教は神聖光神ファルクスの加護の下に奇跡を起こすのですから、そんなものに私の信仰が負けるはずありません!あなた方は、この聖女パステルと74万3000のファルクス教徒を敵に回したのです。神の鉄槌を受けなさい。」

「魔力なんて身体の中から搾り出せば、どうにでもなるんだよぉぉおおおお」

 どこからか持ち出した鉄塊を木の枝のように振りかざすパステルと小さくも手から炎を吐き出すゼタ。どちらも仲間を奪還せんと捜査員に飛び掛っていった。

 か弱く見えた少女たちの豹変振りに同様を隠せない捜査員は声をあげ、上司に助けを求めるが、森田は一言、頼みました。と告げ大吾の方へ足を向けた。



「おかしい。おかしい。何なんだ。どうしてこうなった!!」

 さっきまで順風満帆であった自分の異世界ライフはどうなっているんだ。これは何かの間違いに違いない。小林大吾の英雄譚はまだまだ続くのだ。と彼は混乱しながらも考えていた。女神アンジェリカの祝福がある限り負けるはずなんてない。

 だが、聖剣は真っ先に折られ、『実現リアライズ』で創った、壊れないはずの数々の武具は砕かれていくばかりであった。

 特におかしいのは、この田中とかいう女、異世界でチートを得た大吾以上の動きをする。

「何なんだよ!なんで日本の警察官ごときが、異世界に通用するんだよ!?」

 喉が裂けるような声をあげる大吾に、瑞樹はつまらなそうに答えた。

「普通に努力しただけ。あんたが知らないだけで、誰だって精一杯頑張ってるのよ。いい加減さぁ、止めない?時間の無駄だし。」



おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。

 俺のチートが、ハーレムが。最強の英雄様が負けるなんてありえない。ここで負けると、あんなつまらない日常に戻るなんて嫌だ。絶対に嫌だ。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「返せよ!アイリスとアンジェリカを、俺の仲間たちを返せよ!」

 気がつけば、目から涙が出ている。その姿は、数々の武勇伝を残してきた英雄の姿ではなく、家に帰りたくないと駄々をこねる子供でしかなった。


 そして、完全に心が折れ座り込んでしまった大吾に、相も変わらず冷静な森田は告げた。


「詳しくは、署で伺いますのでご同行を。」

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