ある世話人の一人語り/わたしの手から消えない感触

 『ある世話人の一人語り』


 オレは廃棄庭園ジャンクヤード名物、闘機場に所属するチーム“デスピア”で、オーナーのフィリポ・ディーゼルから操縦者パイロット連中の世話を、中でも一人の鬼札ジョーカーと、入りたてで数ばかり多い餓鬼共を任されている世話人だ。

 闘機場ここで闘わされている闘機操縦者ランブリングパイロットはほぼ全てが一五にもならねえ餓鬼共だ。

 この場所で一五を過ぎても生きている餓鬼は所謂いわゆる、花形って奴になる。ウチのチームじゃ、忌々しいがヴィスの奴がこれに当たるな。

 半端な都会のスラムより酷いこのゴミ溜めの街ジャンクヤードには、行きずりに産み棄てられた孤児も多い。オレも詳しくは知らねえが、どういう手段を使ってか、“廃棄庭園ジャンクヤードじゅうからかき集められたなんにも知らねえ餓鬼共に、最低限の操縦技術を仕込んで闘機操縦者ランブリングパイロットに仕立てるのが、オレのような世話人の仕事だ。

 他チームの世話人仲間に聞いた話じゃ、金のあるチームなんかじゃあ、遺失技術ロステクの忰ともいわれる生体合成装置マザーファクトリーを使い、遺伝子レベルから設計、調整槽の中で産まれたときから十代後半の体つきまで急速成長、その上、頭の中にゃあらかじめ操縦に必要な技術や知識のみを擦り込まれた。性別すらない操縦者パイロットにするためだけに製造された餓鬼なんてのもいるらしい。

 ヴィスの奴は数年前、この街の湿気た路地裏を彷徨うろついていた所を、オーナーに拾われたって話だが。アイツももしかしたらそういう類いの奴なんじゃねえかと、密かにオレはにらんでいる。

 まあ、オーナーの手前、口には出せないがウチのチームの懐事情は常に火の車で生体合成装置マザーファクトリーなんてもんを使う費用なんて、チームの財布をどう振った所で出て来ない筈だけどな。

 最近、ウチのチームはオレの世話している新人ルーキーの餓鬼共が負け続け、くだんののヴィスが勝ちを拾う事で辛うじてオレもチームも闘機場ここに残れている。

 チームオーナーとはいっても、フィリポの糞親父は雇われだ。闘機場に所属しているチームに配備されている何機もの“ランブリング・ギア”、整備員の多数の人員と、もろもろひっくるめた組織全ての真の持ち主はこの場所の主催者、闘機場運営者だ。その人は、名も顔も知られちゃいないがこの街の裏の全てを取り仕切っているといわれるスゲエお人だな。

 何度も負けの込んだ雇われオーナーは今までだったら部下達毎纏めて切り捨てられるもんだ。

 所がヴィスの奴のお陰で、フィリポの阿呆親父は調子くれて、今ものんきに生き残ってやがる。

 そろそろ、フィリポの馬鹿親父も、一つくらいはヴィスの願いを聴いてやっても良いんじゃねえかな。

 それで思い出したがヴィスよ、お前は一つ勘違いしている。流石にオレも再起不能の餓鬼共のなれの果てを、お前等操縦者パイロット連中に食わせたりはしねえよ。実の所、再生不能になった後、オレの手を離れた餓鬼共がどうなっているか最後までは知らねえから、オレが把握している限りにはなるがな。

 まあフィリポよ、あんたの首が今も繋がったまま肩の上に載ってるのはヴィスアイツが今日も勝ってるからなんだぜ。そこんところはよくよく考えるべきだろうさ。

 オレは展望室へと続く長いタラップを登りながら独り思う。

 ヴィスの野郎は、どうせ今日もこの上だろう。いつだろうと時間が有れば、アイツはいつもあの窓ばかり大きな、見晴らしだけはいい狭い部屋にいる。つっても、“廃棄庭園ジャンクヤード”の街並みは見てて楽しいもんでもねえし、だからといって、遠くに目を向けた所で名前の通りの廃棄物ジャンクうずたかく積み上げられたガラクタの山が幾つも重なって街の外周に壁となっているばかりだ。ヴィスはいつも何を見てやがるんだかな。

 貴賓客用にもっと豪華で立派な展望室が闘機場VIP席から繋がって設えられているし、ヴィスが展望室と呼んでいる部屋、あれは元は外の窓や壁を掃除する為か何かの設備だったのかもしれん。まあ、外壁掃除なんてする奴はこの街には居ねえし、オレの推測だな。

 あの場所を展望室と呼んでいるのもヴィスとオレの二人だけ、まあ、オレの場合は、いつの間にやら、ヴィスの奴から移っちまったんだが。

 タラップを昇りきりオレはいつものように、開いた室内の窓に向かって不安定な手摺に座る小柄な背中にがなりかけた。


「おい、ヴィス! 賭試合ゲームの時間だ」

 

 億劫そうにヴィスの奴がオレに向かって振り返った。


「やあ、大佐。今日、兄弟達は何人残ってる?」


 おい、ヴィス。いつもながら、そんなおっかねえ目でオレを見るんじゃねえよ。



※※※※



『わたしの手から消えない感触』


 薄暗い操縦席コクピットの中、わたしは両方の手のひらを開いてじっと見詰めていた。

 この手は目には見えない何人もの血に染まった手。

 綺麗に洗った筈だけど、初めて操縦席ここに座らせられた時の、無我夢中のままに誰かの命を奪った時の感触がまだこの手に残っている気がする。

 わたしはその手を顔へ持って行き、自分の頬に這わせると、一息に叩き付けた。

 レーリャ・セパル、しっかりなさい! 気を弛めた者に待つのは、ここではただ死のみなのよ。

 何時ものルーティンを終えて、気合いを入れたわたしは外していたヘルメットを被り直し、操縦桿コントロールグリップに指を伸ばしました。


「レーリャ・セパル。水魔メロウ起動します」


 といっても、今日はただの機体調整、この日ばかりは誰も傷付けないで済みます。

 わたしの操作に応えて、懸架整備台ハンガー上の骨格フレーム機核コア内の反応炉リアクタに生み出された極小機械ナノマシンが装甲となって覆い隠して行き、曲面の多用された女性的な形状の“ランブリング・ギア”、水魔メロウが姿を現しました。

 この闘機場ではほぼ意味はないものの、水魔メロウは下半身を鰭状に変化させた人魚のような姿の潜航形態を持つ水陸両用の機体です。

 まあ、この水魔メロウが自由に動き回れるほど水深がある水場はここには無いのだけれど。


『レーリャ! 聞こえていますか!? あなたの次の対戦者が決まりました!』


 闘機場では珍しい個人経営チーム“フルクトゥアト”に所属するわたし付きの世話役、ミレッタ・ヴェロッサが大きな声で通信を入れてきました。


「ミレッタ、そんな大声を出さなくても勿論、聞こえていますよ。……それでその騒ぎよう、一体、何処の何方になったのですか?」

『レーリャ、レーリャ、レーリャ・セパル! 最悪、最悪な相手なのです』

「ミレッタ、少し落ち着きなさい。それで、一体、何処のチームの、誰が対戦者なのですか?」

『……すう、はあ……、……ふう、少し落ち着きました。失礼しましたレーリャ、あなたの次の賭試合ゲームの対戦者はチーム“デスピア”のヴィスト・メレク。“デスピア”のチーム全体での勝率は著しく低いのですが、この人物に関しては過去の賭試合ゲームはほぼ全勝、その上、新人チームメイトに勝利した対戦者に対しては、決して容赦しないことで評判の確殺者スタッバーです』

「ミレッタ、先日の試合、嫌な予感がするのだけれど、わたしの前回の対戦者は誰だったかしら?」

『確認しますね。──少々お待ちを』


 ミレッタは手元の小型端末を操作、表示させた情報を読み上げる。


『レーリャ、残念ながら、前回のあなたの対戦者はチーム“デスピア”の名もない新人ルーキーでした。結果はレーリャが勝利、“デスピア”の新人ルーキーは……、あら、軽傷で済んでいたようですが』

「……短い付き合いでしたね、ミレッタ。……わたしは、ここで終わりのようです。セパル家再興の未来も」


 ミレッタの告げた事実に、気落ちしたわたしは、魂の抜け落ちるような声を絞り出すと水魔メロウ反応炉リアクタを停止させ、操縦席コクピットを後にする。

 明るみに這い出た瞬間、わたしの目には、手のひらから赤色の何かが滴り落ちているように映った。

 

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僕らは鈍色の雲の下で 陽雪 @HARUyu

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