第2話 今日も鈍色の空を見上げる

 “夜鬼ナイトゴーント”に限らず、ランブリング・ギアの操縦席コクピットは暗くて狭苦しく棺桶に似てるらしい。

 ……棺桶ってのがどんな物か、実際に見た事も入った事も無いけど、僕らがどれだけ死んだって、ここでは葬式さえ行われないし、ましてや墓になんて納めちゃ貰えない。だから結局、僕が棺桶に入る事は、まあ無いのだろうけど。

 僕はやる気の出ないまま、今日も“夜鬼ナイトゴーント”の操縦席コクピットで、シートの左右から伸びた操縦桿コントロールグリップを握る。

 もう既に対戦は始まっているけれど、ふと兄弟達の事を思い出した。

 数日前にはイーサンとマコトは食用にまわされていたらしい。食品合成機にかけられて出されただろうから、何時食べた、どんな料理になっていたのかすらもわからないけど。その二人に比べればまだましだっていうジェラールだって、幾つもの臓器に生きたまま腑分けされ、あの子にはもう脳さえ残っていないんだろう。

 僕はまた、小さな兄弟達を助けられなかった。あの子達でもう、何人目になるんだろうな。

 こんな場所、本当はさっさと脱け出して仕舞いたいんだ。

 けれど、僕ら闘機操縦者ランブリングパイロットにそれは赦されない。

 僕らがこの闘機場の敷地から一歩でも外に出た瞬間、この場所に連れられて来たその日に無針注射銃インジェクションガンで体内に打ち込まれた極小機械ナノマシンが脳や心臓に繋がる重要な血管に血栓を生じさせて行動力を奪い、酷い時にはそのまま心臓や動脈を破裂させ、僕らの生命を簡単に奪う。

 この場では、僕らの命は最低ベット額の百分の一、1クレジよりずっと安い。

 だけど、今日は本当にやる気が出ない。適当に負けようかな、……ここでの敗北は、=死、ではあるけど。

 今日、僕が対戦している相手は積層型極小機械装甲ラミネートナノマシンアーマーを構築可能なランブリング・ギア“悪夢ナイトメア”、猫科の四足獣の本来、頭部の在るべき箇所に代わりに人型の上半身の生えた異形の機体だ。極小機械装甲ナノマシンアーマーを解いて、後脚と獣の胴体部の骨格フレームを背部に畳み、前脚に余剰分の極小機械装甲ナノマシンアーマーを重ねる事で人型となることも出来る。夜鬼ナイトゴーントのように脚部骨格フレーム高機動走行用装輪リニアローラーは備えていないが、重そうな見た目に反して機動力も高く、馬上槍ランスとか似合いそう。

 本来、軽装型で高機動戦闘を得意とする僕の“夜鬼ナイトゴーント”には相性の悪い重装甲型だし、……ここで、僕が負けても問題はない筈。

 “ランブリング・ギア”は、動力源である極小機械反応炉ナノマシンリアクタと制御中枢を納めた機体腹部にある機核コアと呼ばれる装置さえ無事であれば、ほぼ無限に再生が可能な機械だ。僕ら操縦者パイロットという生体部品を含め、機核コア以外は全て代替が利く。

 “夜鬼ナイトゴーント”に握らせた今日の近接兵器は、角錐形の打面を鎚頭ハンマーヘッドの両端に備える柄の長い破砕鎚デモリッションハンマー

 重い得物を手にしたこちらの夜鬼ナイトゴーントから距離を取り、右に左に下半身の獣の四脚で器用にジグザグに飛び跳ねる“悪夢ナイトメア”が両腕で抱える暴徒鎮圧銃ライアットガンの大口径から放たれる砲弾を、鎚頭ヘッドの重みに任せて振り回し直撃コースの弾のみ、狙って砕き散らす。

 負けても問題ない、……その筈なのに……。

 僕は何で、こんな頑張ってるんだろう?

 僕自身の意に反し、この身体は機械的に操縦桿を操作、それに応えた機体は的確に駆動し“悪夢ナイトメア”の攻撃に対処している。

 僕の操る“夜鬼ナイトゴーント”は小刻みな機動を繰り返し、砲弾を弾き飛ばしていたが、確かに彼方へと弾いた筈の弾丸が意図せず跳弾、跳ね上がって“夜鬼ナイトゴーント”の頭部に突き刺さる。左頬の極小機械装甲ナノマシンアーマーを砕き割り、こちらの顔面に大きな罅が入った。

 操縦服パイロットスーツを介して機体と直結されている僕の視界が半分、唐突に不明瞭になる。追撃を警戒した僕は、致命傷を避ける為、まだ視界の良好な右半身を前にして夜鬼に構えさせる。

 だけど、あちらも弾丸が尽きたのか、暴徒鎮圧銃ライアットガンの銃口を此方へ向けてはいるけれど、思ったような追撃がない。

 睨み合いを続けて暫くして左半身の予備センサーが作動し、完全ではないにしろ僕の左側の視界が回復する。

 意を決し、僕は夜鬼ナイトゴーントの脚部に格納されていた高機動走行用装輪リニアローラーを展開、重さの為に置き去りになる破砕鎚デモリッションハンマーを腕とごと機体後方へ流して、高速で疾走し詰め寄ると、悪夢ナイトメアへと突っ込んだ。

 敵機の眼前で機体を回転させ、加速に加え遠心力の載った破砕鎚デモリッションハンマーが“悪夢ナイトメア”へと襲い掛かる。

 僕が機体を回転させる瞬間に捉えた視界に、銃を抱えた敵機の両腕を包む極小機械装甲ナノマシンアーマーが輝いて解け、雲状となった極小機械ナノマシンの粒子の膜が暴徒鎮圧銃ライアットガンを包み込んで伸び始めるのが見えた。


武装化マテリアライズ!?」


 思わず声を出した僕の視界に、斬り飛ばされゆく鎚頭ハンマーヘッドが映り込む。





 極小機械武装化ナノマシンマテリアライズまたは武装化マテリアライズと呼ばれるそれは、“ランブリング・ギア”の特徴といえる機構なんだ。

 極小機械反応炉ナノマシンリアクタを動力源のみとして利用していた工作用人型機械ワーカー・ギア戦闘用人型兵器ランブリング・ギアを分かつ最大の相違点でもある。

 反応炉リアクタで増殖させ、機体駆動の為のエネルギーを抽出した極小機械ナノマシンに追加命令を与え、放出して装甲化、更に重ねて命令を付け加え、装甲化を解かせた極小機械ナノマシンを武装へと変化させる。何重にも付け加えられる命令に、極小機械ナノマシンの実行性には限界が有り、その機種毎、機核コア毎に定まった形状に変化させる事しか出来ない。大抵の機核コア武装化マテリアライズには近接戦闘用の武装が登録されている為、今では先ず使用者のいない、ある意味では廃れた機構だ。

 使いこなせばとても強力なんだけど、特にこの闘機賭試合ランブリングでは、操縦者パイロットの入れ替わりが早い為か、その機能の使い方を知らない方が多いので、滅多に使われる事はない。

 悪夢ナイトメアは弾切れの暴徒鎮圧銃ライアットガンを芯として機核コアに登録されていた長柄の先に片刃の刀を付けた形状の長巻という武装を顕現させ、その刃で僕の破砕鎚デモリッションハンマーを切り払ったみたいだ。

 あちらの刃が鎚頭に喰い込んだ瞬間、僕は咄嗟にハンマーの柄を手放し、夜鬼ナイトゴーントの機体を突進の勢いをそのまま利用して空中に投げ出して一回転、悪夢ナイトメアの初撃をなんとかやり過ごす事に成功する。


「そっちが武装化マテリアライズするなら、こっちも武装化マテリアライズで! 反応炉リアクタ全開駆動フルドライブ、右腕部極小機械ナノマシン設定解除イニシャライズ極小機械粒子膜ナノマシンクラウド展開、収束、極小機械武装化ナノマシンマテリアライズ作動、物質化武装マテリアルアーム解放リベレイト!!」


 着地する間も惜しみ、僕は闘機場の床を頭上に逆さのまま操作を続ける。

 空中で“夜鬼ナイトゴーント”の右腕が極小機械粒子膜ナノマシンクラウドに覆われ、腕を包んだ雲状の粒子は掌から、何も無い空中の先へと真っ直ぐに伸びていき、“夜鬼ナイトゴーント”の掌中に逆さにしたハートを中抜きした環状の護拳に、それを真ん中で縦にグリップとそこから伸びる両刃の剣身が二つに裂く形状の一振りの両手剣を形成する。

 その刃は鍔元から切っ先へと緩やかな弧を描いていた。

 右手の中に現れた剣を振り、空中で崩れたバランスを調整し、機体を捻らせて着地、僕へと長巻を振り下ろす“悪夢ナイトメア”へ地面を蹴って斬り掛かる。

 僕と相手の双方が物質化武装マテリアルアームを手にした事で、滅多に見られない賭試合ゲーム内容となった闘機賭試合ランブリングに観客席も派手に湧いているようだ。

 機体ナイトゴーントのセンサーが遠く離れた観客席の歓声を拾うが実に耳障り。

 切り結び、打ち合わされるこちらの剣と、対戦者の長巻の刃。互いの振るう刃に配された極小機械ナノマシンの粒子が、相手の刃を構成する極小機械ナノマシンの構造を乱し、侵食し、喰い裂こうとせめぎ合い、打ち合わされた箇所で極光オーロラのように七色の燐光の火花を散らす。

 いつもの泥臭い鉄塊と硝煙を纏った砲火の応酬と違い、七色の派手な視覚効果エフェクトに会場のお客さんは楽しそうだね。


「……あ、ヤバい」


 僕の意識が脇に反れていた間に、長巻を振り上げた“悪夢ナイトメア”の全身が極小機械粒子膜ナノマシンクラウドに覆われて、粒子が渦を巻き始めている。

 僕は“夜鬼ナイトゴーント”を後方へと退かせる事なく、こちらも反応炉リアクタを超過駆動させ、極小機械粒子膜ナノマシンクラウド物質化武装マテリアルアームの両手剣に纏わせて前へと突き出した。脚部の高機動装輪リニアローラーを再び作動させ、高速で対戦相手との距離を詰め、その目前で僕の機体は飛び上がる。


「ヤバいよ、君? ……僕に勝たせる気か? そんな隙だらけな大業、いくらなんでも撃たせるわけないだろ?」


 “悪夢ナイトメア”の渦巻いた分厚い極小機械粒子膜ナノマシンクラウドを易々と切り裂いて、“夜鬼ぼく”の剣閃が“対戦相手の機体を走り抜けた。

 振り上げた両腕が長巻毎地面を叩き、“悪夢ナイトメア”の機体に渦巻いていた極小機械粒子膜ナノマシンクラウドが霧散、地面に力無く崩れ落ちる。

 悠々と“悪夢ナイトメア”へと近づいた僕の操る“夜鬼ナイトゴーント”は、“悪夢ナイトメア”の頭部を掴むと地面から引き離した。


「運が良かったね? 今日は殺すまではしないさ。……そんな気分じゃ無いんだ」


 “悪夢ナイトメア”との重量差からか、持ち上げた“夜鬼ナイトゴーント”の全身がめきめきと軋む音を立てる。

 宙に浮いた“悪夢ナイトメア”から手を放し、自由落下する塊へと僕は手にした両手剣を振り抜かせた。

 “悪夢ナイトメア”の頭部が高く飛び上がり、首なしのランブリング・ギアが重い音を立てて倒れた。

 操縦席コクピットは無事な筈だし、今日の賭試合の内容なら、生きていればまだまだ操縦させられる筈だよね。

 闘機場の舞台の真ん中に対戦相手の残骸を置き去りにして、僕はゆっくりピットルームに向かう。

 ──また、展望室に行こう。

 そんな事を思いながら。


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