僕らは鈍色の雲の下で

陽雪

第1話 僕らの日常

 僕らの暮らす街は、いつも有毒物質を多く含んだ小汚い鈍色の雲に覆われている。

 この雲の上には更に、惑星環境改造用極小機械テラフォーミングナノマシンが集まって出来た虹色の雲に覆われているそうだけれど、生まれてこの方、僕はそんな空を見た事が無い。

 淀んだ澱の集まったようなこの街の名は廃棄庭園ジャンクヤード、千年前の入植時に為された惑星改造テラフォーミングの際、惑星上に唯一造られた巨大ゴミ処理場兼ゴミ捨て場から興った街だ。今も、惑星中のゴミが集まってくる。

 街並みすらゴミゴミとした都市の中央、遺跡ともいえる巨大処理場から伸びるメガサイロは今日も黙々と有害な煙を大量に吐き出していた。

 僕は自分に出番が来るまでの僅かな間だけ、暗い色合いの薄汚い街並みを望む、闘機場の建物上層から張り出した展望室の外縁際の手摺に腰掛けている。

 地下闘機場アンダーランブリングというわりに、僕の居るこの建物は地上にある。しかも、この街の中でも巨大処理場に次いで、二番目に大きい建築物らしい。

 外から来た人が言うには娯楽という物の無いこの街で、この闘機場が滞在時の唯一の楽しみだそうだ。

 ……やってるこっちは命懸けなのにね。

 視界に入る雲の色が何時もより濃い気がして、僕は視線を空へと向けた。


「ヤだな……、今日は……雨が降るのかな?」


 雨の日は嫌い、都市上空の雲の中の有毒物質を含んだ危険な雨水は、何時も何人もの兄弟達を僕の前から奪って行くから。

 暗い気持ちで空を見上げていると、背後の出入り口の方からカンカンと金属製のタラップを踏む音が聞こえた。

 振り返った僕の目に入ったのは、ドレッドヘアに髭もじゃの固太りした筋肉ダルマ。

 オーナーから僕と入ったばかりの子供達の世話役を任されている男の人だ。

 彼の名はラベル・サンダース、あだ名は“大佐”、因みに従軍経験は無いらしいよ。

 もっとも軍なんて、この惑星じゃ行政府しか持って無いらしいけどね。


「やっぱりここにいやがったな、ヴィス! 賭試合ゲームの時間だ。さっさと、来い!」

「ねえ、大佐? 僕をヴィスって呼ぶの辞めてくれないかな? なんか女の子みたいじゃん」

「テメエの名前なんて何でも構わねえよ、ヴィスト・メレク! いいからさっさと来い! 今日もテメエ以外の餓鬼共が全員負けやがった。もし、テメエまで負けやがったら、全員刻んで豚の餌にしてやんぞ!」

「ヤだなあ大佐、豚なんて伝説上の生き物、この街のどこに居るのさ。僕ら、合成肉だってここんところ食べてないのに」


 大佐の何時もの台詞を、僕は手を広げて茶化す。

 この惑星に人類が入植して約千年、豚に限らず、母星由来の動物達は遺伝子パターンから再生されたのだけれど、家畜のたぐいはもう何百年も前から希少種で、食品合成機から吐き出された豚肉風味の合成肉位しか僕は食べた事が無い。

 ……因みに原材料は訊かないようにね。ただでさえ美味しくない上に、更に食べたく無くなるんで。


「負けやがったら、まとめて食品合成機にぶち込んでやる! こう言やぁ解るか!! いいからさっさと来い! 出番だって言ってんだろうが」

「はいはい、分かったよ。……あ、でも大佐? 今日、兄弟達は何人残ってる?」


 手摺から飛び降りて僕が訊ねると、大佐はにかっと笑って親指を立てた。


「今日は相手が良かったんでな。死んだ奴は出なかったぜ。……まあ、死んだ方が良かったような重傷負ったのが三人、出ちゃいるがな」

「……そう、誰? 僕の知ってる子達?」


 大佐の話を聞いて、僕の目が殺気立っていたらしい。大きな身体を縮こまらせ、大佐が怯えた表情をした。


「ああ、イーサン、ジェラール、マコトの三人だ。あの様じゃあ、再生も効かねえと思うぜ。全員、オス餓鬼だ。良くて使える内臓採るのにバラされるか、悪けりゃ、食肉用にそのまま潰されるだろうよ」

「…………そう。じゃあ、あの子達をそうしたソイツ等は殺そう」


 イーサンは元気な子だった。お調子者でお馬鹿な子だけど、身体能力が高くて、彼が走ると僕は追い付けない位だった。

 ジェラールは陽気な子で、良くイーサンと一緒に他の兄弟達を笑わせてた。でも、あの子が思慮深くて周りの兄弟達の不安を落ち着かせる為に笑わせていたのを僕は知ってる。

 マコトは物静かな子だ。イーサンやジェラールといつも一緒に居たけれど、二人に引っ張られているようであの子が二人を上手く動かしていた。

 僕は足早に展望室からタラップを駆け降りて、チームのピットルームに駆け込んでいく。ピットルームで待ち構えていたオーナーが僕に怒鳴った。


「遅いぞ、ヴィス! なにやってやがった。さっさと……」「オーナー、次の試合、僕が勝ったら、イーサンとジェラール、マコトの治療、お願いね」


 オーナーの言葉を遮るように言い放ち、僕は彼の前を走り過ぎると、ピットルームの隅に設置されたロッカールームに飛び込んだ。

 自分に与えられたロッカーの前に用意しておいた操縦服パイロットスーツとブーツの一式に足を突っ込み、足元から引き上げて数十秒で着替えを完了、ロッカールームを飛び出して行く。


「こら、ヴィス! きさま……」

「ごめん、オーナー。試合が終わったら聞くよ」


 僕はヘルメットを被りながら、何か言い掛けるオーナーの前を横切って、ピットルーム内の懸架整備台ハンガーに立つ機体に向かう。

 殆ど装甲に鎧われていないほぼ骨組みのみの機体。機体腹部に納められた極小機械反応炉ナノマシンリアクタによって稼働する全高8mの戦闘機械、“ワーカー・ギア”と呼ばれる工作用人型機械から発展、進化した“ランブリング・ギア”と呼ばれるこの惑星独自の人型兵器が待っていた。

 懸架整備台ハンガーに据え付けの機体搭乗用の籠型ゴンドラ昇降機リフトに飛び乗り、ギアの首の付け根に開いた操縦席コクピットに滑り込む。

 僕という人間の存在を感知して、極小機械反応炉ナノマシンリアクタが励起、発動する。

 反応炉から放出口を通り抜け溢れ出した極小機械ナノマシン群は骨組みだけの機体全身の表面に固着、結晶金属化して極小機械装甲ナノマシンアーマーへと変化した。

 懸架整備台ハンガーから踏み出し、機体の指先を何度か握り混むと具合を確認、骨組みの踵部に収納されている高機動走行用装輪リニアローラーを展開する。


『ヴィスト・メレク、“夜鬼ナイトゴーント”出るよ』


 蜘蛛の子を散らすように、整備員達が走り出し、僕の搭乗した機体“夜鬼ナイトゴーント”はピットルームの暗がりから明るく照らされた闘機場の中心へと飛び出して行った。





 闘機場のルールは簡単だ。

 対戦相手と決められた数の“ランブリング・ギア”同士が、闘機場に予め用意された実弾兵器と近接用質量兵器を用いて争い合い、最後に立っていた側が勝者となるだけ。

 なぜ実弾兵器や近接用質量兵器を用いるかといえば、光学兵器や熱量兵器では観客が盛り上がらないから。

 例えば光学兵器は、実際、強力で威力はあるけれど、どれほど鍛えようと人間の目では光の速さはとらえることが出来ず、気がついたら試合が終わっていたという事があったり。熱量兵器は熱量兵器で機体表面に対した変化も無いまま、操縦者だけが蒸し焼きにされて終わるという事がありえる。

 まあ、極小機械装甲ナノマシンアーマーを使える“ランブリング・ギア”には光学兵器が効き難いという事もあるけどね。

 僕らは命懸けだけど、地味な試合では会場が盛り上がらない。つまりは、賭試合も儲けに成らないわけだ。

 “闘機賭試合ランブリング”のセオリーとしては、如何に相手の機体より早く、射撃兵装である実弾兵器を奪い取るのかに尽きるわけだ。

 実際、今も闘機場の中央には実弾兵器である突撃銃アサルトライフルと、近接用質量兵器である実用性の欠片もない大剣が置いてある。

 でも、僕は敢えて相手に実弾兵器を取らせるようにしている。

 だって、なんか射撃兵装は性に合わない。

 僕の乗るランブリング・ギア“夜鬼ナイトゴーント”は、ピットルームから高機動走行用装輪リニアローラーで駆け出した勢いのまま、闘機場の中央に突き立てられた、8mの機体全高よりもな高い位置に柄を伸ばす鍔の無い大剣に飛びつくと、機体を空中で縦に回転させ、闘機場のリングに深く埋まった大剣の切っ先を抜き放った。その僕のパフォーマンスに会場も沸く。


「さあ、今日も兄弟達の私怨を、勝手に晴らすよ」


 相手が悪いわけじゃ無い、何が悪いかといえば、この街やこの場所だろう。

 だけど、僕はこれしかできない。

 僕より遅れて出て来た相手側のランブリング・ギアが、“夜鬼ナイトゴーント”が抜いた大剣の穿った穴の傍に散らばった大きな銃を掴み取った。

 如何にも馴れていないおたおたした動作で、敵の“ランブリング・ギア”が慌てた動作でこちらへと銃口を向ける。

 銃口が火を噴き、無数の弾丸が僕の機体に襲い掛かった。


「いくよ、“夜鬼ナイトゴーント”。可哀想だから一瞬で」


 最小限の動作で自機に襲い掛かる銃弾を避け、手にした大剣の腹に受ける。

 銃弾の雨に曝されながら、大剣を盾代わりに“夜鬼ナイトゴーント”をゆっくりと前進させ、僕は相手機体に肉薄する。


「そちらにいるのが悪いんだよ。じゃあね、バイバイ」


 僕は弾丸を撃ち尽くした銃をこちらに向け、諦めも悪く銃爪ひきがねを弾き続ける相手のランブリング・ギアへと大剣を振り下ろした。

 相手の機体の操縦席コクピットを肉厚の刃が叩き潰している。

 ……確実に死んだね。

 切っ先を抉るようにして大剣を引き抜き、夜鬼ナイトゴーントが大剣を降ろすと、躊躇なく対戦者を殺した僕に向け、会場中から拍手が贈られていた。 

 僕は僕自身を含めて、この場所が大嫌いだ。

 

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