死鴉

一齣 其日

光、拍動

一歩歩けば死人の香り、二歩歩けば鴉の足音、三歩歩けば生きる者の嘆き声。

時は平安、末法の世。釈迦が死んで千年経つというこの世は、何もかもが乱れていた。

そんな時代の都、平安京。

今日もそこで盗みを働く童がいた。身なりはたいそう薄汚れて、見るものは皆、目を背けていた。誰も、童に手を差し伸べることはなかった。

童の父はとうの昔に飢えて死に、母は忽然と消え失せた。盗賊紛いに攫われたのであろう。

そういう訳で物心ついた時から、童は一人で生きている。

この世とは思えぬ地獄の世界で、童一人が生き抜くのはそう容易くない。飢えと渇きは体の芯を容赦なく折っていく。争いの果てに体の所々に傷痕が残る。

そして遂には命尽きてしまうことであろう。

しかし、童は未だに生きている。童者を奪うをことを覚え、人を殺すことを覚えていた。想像を絶する極限状態の中で、幼少のうちから、人の道を外れることとなったのだ。

どうしたなら生き延びれるか、そんなことは一切考えてはいないだろう。ただ本能のおもむくままに、人を殺してその着物を剥ぎ取り食物を奪い取り、自らの生きる糧として培ってきた。

童はもう十になる年ごろだった。クマがついたその目で、ギラリと辺りを見回す。獲物が無いか、あるいはこちらが獲物にされてはいないか。

用心は怠らない。

油断したら死ぬ。

僅か十の歳で、童は弱肉強食の理を会得していた。

何もないことを確認して、童は寝床へと足を急がせる。童の周りが緊張で張り詰めていた。

寝床に辿り着いたところで、童はやっと緊張を解いた。そして体にどっと倦怠感がのしかかる。

取ってきた蝮を皮を剥いでそのまま食い、蛙は枝に突き刺して火で炙る。しかし、その蛙が炙り終わるその前に、童は寝息を立てていた。

こんな生活が何年も続き、そしてこれからも続いていくのだろう。この童だけではなく、この時代の多くの人々がそう思っていたことであったろう。



数年の時が経った。

童も若者と言える姿に成長した。だが、彼の生活はさらに酷くなるばかりだった。

盗むものは多くなり、殺すことは増えていく。まるで呼吸をするように彼はそれを行っていた。。彼にとってはこうでもしないと生きてはいけないから、呼吸と言ってもあながち間違ってはいないのかもしれない。

彼は最近手に入れた小刀をまじまじと見る。別に欲しいから獲ったものではない。ただそこにあったから、なんとなくで獲ってきた代物だった。それがどうも自分の具合に合うような感覚がしていた。

試しに近くの木の枝をバサリと落とす。違和感などはなく、むしろその刀が自分の体の一部のように感じられた。

ある程度試し斬りを終えると、彼は満足げにその刀身を舌で味わうように舐めて、懐にしまった。

途端に、早くこの刀を使いたいという欲が湧き出てくる。元々我慢ということを知らない彼は、早速その小刀を持って"狩り"へと出かけた。

彼は意外と物を見る目がある。価値ないものは得にもならないとして、手を出そうとは思わない。逆に少しでも価値があると思えば何が何でも奪い取ってしまう男だ。

時々、気まぐれに何かを持っていくこともあるが、そういう例外を除けば無闇にものを奪ってしまうことは無い。

しかし、今日はその気まぐれに持った刀で、気まぐれに何かを獲ろうとしていた。要は何でもいい。人の命だって、食べるものだって何でも……。出来れば裕福な家が良かった。

例えばそう、貴族の家だとか。

ひたりひたりと冷たい土を歩いていく。塀は随分と薄汚れてしまっていた。そこかしこに人の亡骸も転がっている。

もしかしたら明日にはあの亡骸のように、自分はなっているのかもしれない。

彼は亡骸から目を背け、彼は足を急がせる。

やがて、大きな屋敷が見えた。貴族の屋敷であろうその屋敷に、彼は目をつけた。

一も二もなく、彼は小気味のいい走りで屋敷との距離を縮め、一足飛びに塀を乗り越える。そして、身を屈めて着地した。その時間約十五秒。それなりに早い。

着地した態勢で、周りの様子に気をつける。が、大した用心はいらなさそうだった。そう思うほど、中は手薄だった。

この時間、主は屋敷を留守にしていた。陣議に出席しているという。だから中が手薄であったのだ。しかし、男はそんなことは知らない。知ってるのは、ここが金持ちの貴族の家であることだけだった

取り敢えず向かうのは大きな倉だった。そこにいろんな食物があるはずだと彼はにらんだ。抜き足、差し足、忍び足、足音は一切たてていなかった。その姿はさながら忍びのようなものだ。

お月様が夜をやわらかに照らしている。自らに当ててくれるなよと彼は思いつつ、蔵の近くまで近づいた。

すると、手早く戸を破り中に入る。あたりは闇に覆われている。だが、彼はこういう暗闇に慣れていた。少しもすれば目が闇に慣れてくる。

蔵には米俵などの食物はなかった。代わりにあったのは黄金に彩られた彫刻ばかりであった。どれも彼は見た事ないものばかりであった。

だが、生きるために不必要なものは彼の眼中に無い、無いはずだった。

適当に物色している最中、彼はある箱を見つけた。それは周りとは別に厳重に保管してあった。何かはわからないが、彼は好奇に心を囚われその箱を開けた。

眩しさゆえに、目を覆う。それは一瞬のうちだけだったので、すぐに覆った手をよけることができた。

光は、その中にぎっしりと入っていた砂金によるものだった。

彼は金を見た事はない。ただ呆然と見ていた。しかし、余りに眩しく、神々しいその光を前にその手は震える。

こんな近くに光があっていいものなのか。

彼にとって光は忌むべきものだった。元々彼は光とは縁遠い闇の底で生きていた。闇の中が彼の住処だった。彼はどうしても光というものに馴染むことができなかった。

だから日の光を見るたびに、自分がその下に立つことがおごかましく思えた。もっと言えば、自分がその光に掻き消されてしまうような感覚を覚えていたのだ。

そんな光が今、この目の前にある。彼は手を伸ばし、それを掴む。さらさらと、少し手から抜け落ちていくその光。彼は握った拳を引き寄せ、そして開く。

光だ。

ただ単純にそう思う。しかし同時に、これは自分が嫌っていた光ではないということを理解する。

それは日の光とは違う暖かくも優しくもない。冷たさと強さを合わせ持った光を、彼はその手で直に感じていた。

彼は口を震わせる。

この光が持つものを自らのものとしたい。

そう思った瞬間、震えた口はその光に食らいつき飲み込んでいく。その手に光が無くなっても、彼は未だ物足りない。口はそのまま箱の中の砂金にかぶりついた。獣が肉を食い散らすように彼は光を散らす。淡い光がまとわりつこうが関係ない。彼はその光を自分のものにしようと必死であった。

やがて、光がその箱から姿を消しても、彼は未だ物足りなかった。その光をもっと自分のものにしたかった。今すぐにでも。

だが、一歩踏みとどまった。こんなところで理性を吹き飛ばすほど、彼は馬鹿ではなかった。今日のところは一度引き下がり、改めて別の倉を襲うということを考えてこの欲を抑えた。

倉を出るとき、月の淡い光にその身を照らされた。しかし、彼は先程とは違い別に逃げも隠れもしなかった。

当てるんなら好きなだけ当ててみせろよ。

そんな余裕が彼にはあった。あの光を食ったことで、幾分か光というものは怖くなくなったらしい。まだ、幾分か……だが。



最近、都で金が無くなるという事が多発していた。それはもう、あらゆる所で。酷い話になると、仏像に塗られた金箔までもが剥げ落とされているという。流石に貴族達も何者かの仕業かと思ったが下手人は一向に捕まらず、またしても金がなくなってしまうということを繰り返していた。

事が起き始めてから三ヶ月。

今日も金を貪るために、彼は悠々と月夜を歩く。それはもう堂々と。

この三ヶ月、金を食い続けてきたことで、なんだか自分も光に負けないものを手に入れたような感覚に彼は陥っていた。あれほど嫌だった陽の光の下も、最近では別段嫌でも無くなった。光を食らうことで、自分もあの光の一部が、いやあの光よりも強い光が体に回っているんだとも思えてしまう。

もっと光が欲しいという欲はもう抑えきれないものになり、彼の生きる活力にもなっていた。

しかし、そのせいで最近は注意が散漫になる節も否めなかった。

彼は愛用の小刀を腰に携えて、いい屋敷がないかと目を回す。

相変わらず屍が所々に転がっているが、今の彼の眼中に入ることはなかった。

やがて、また一段と大きい屋敷へと辿り着いた。

今日はここで頂くか。

思うが否や、彼はその塀を乗り越える。

人影は少しだけ見えていたが、彼はもはや恐れることもなく屋敷を彷徨く。流石に広いので、倉まで行くのにも少し時間がかかる。

見れば、庭には池があり風情のある光景が楽しめる。彼にとっては邪魔なことこの上なかったのだが。

池を避けて遠回りをする。早く金に食らいつきたいからか、この遠回りが凄くもどかしいとさえ感じる。しかし、倉はもうすぐだった。

彼は抜足に忍足とその場を駆ける。手慣れている、と言えばいいのだろう。この三ヶ月の欲が、彼の盗みの技をさらに向上させていた。

そして蔵の戸を簡単にあけると、あの好物がどこにあるか物色する。それは案外簡単に見つかるもので、彼は涎を垂らしながら、舐める。神々しい金の光に見とれながら、それを自分のものとしたいがために、彼は金をまた舐める。それがどうしても止まらなくて仕方がない。恍惚で病みつきで、どうしようもない。

彼は完全に金の虜と化していた。

こうして全ての金を舐めて、食べつくすと、満足したように息を吐いた。

しかし、彼は油断しきっていた。これ程油断したことはないであろうぐらいに。

「成る程、貴様が金泥棒というわけか」

ひゅっ。

その音を耳にした時にはもう遅かった。一本の矢が見事に彼の腰に突き刺さっていた。

「ぎゃっ」

呻き声を立てながらも、必死に足腰を踏ん張る。痛みは歯をくいしばることで我慢して、振り返り自分を射た者を見る。男だった。身なりからして、最近のさばっている武士だということがわかる。

人影はこいつだったか。

流石にこればかりは彼も後悔した。だがもう後先はない。

腰に差した小刀を抜き、彼は構えた。

「盗人まがいが私に勝てると思うなよ」

武士は腰に帯びていた太刀をすらっと抜くと、即座に彼に畳み掛ける。

彼は未だ矢が刺さった腰を無理に落とし、低い体勢からその太刀を受けて見せた。

ギャインと金属音が唸る。

一合、二合と剣を合わせると、彼はその身軽さで身を翻し、武士の体を抜け、そのまま屋敷の外へと駆け、逃げた。

逃げるしかなかったのだ。かれは武士と初めて戦い、その強さを知った。

怖かった。

全身が身震いするのを憶えていた。

一方の武士も、その速さに追いつくことはできず、とうとう見逃す形となった。

「……くそっ」

武士は荒らされた蔵の中を見る。盗人と見えたことを良しとするか、金を盗まれた挙句捕らえられなかったことを悪しとするか、しかしすぐに彼は考えるのをやめた。

……次は無いぞ。

目はギラギラと燃えていた。



それから、黄金の盗難は一旦下火になった。

それもそのはずだろう、顔を知られてしまってはそうそう盗みにも行けない。捕まったら殺されるのは必至、彼は必然的に金を盗み食べるのを断念するしかなかった。

だが、それが彼に思いもよらぬことを引き起こすことになろうとは、彼自身思ってもいなかった。

数日経った頃から、彼は妙に落ち着きがなくなっていったのだ。それと同時に起こるのは、どうしようも無いほどの飢餓感。

日に日にそれは増していき、苦しみは限界に達しようとしていた。

金が、足りない……!

金がそれほど彼にとって、無くてはならぬものになっていたものになっていたということを、彼は全くもって思っていなかった。最早彼の体は、金無しでは生きていけなくなっていたのだ。

「金ぇ……光ぇ……」

戯言を上げながら、もがく彼に救いの手は差し伸べられない。

自業自得、とでも言うのだろうか。

しかし、彼に救いの手が現れないのは、もはや至極当然のことと化していた。

自分を救う奴は自分しかいない。

彼の生涯はその言葉に集約されている。孤独で生きていたのだ、仕方のないことだろう。

だから今回も自分で自分を救うしかない。この苦しみから、もがいて抜けるしかない。

しかし、どんな痛みよりも、どんな空腹感よりも、その苦しみは彼にとって地獄であった。頭がグルグルと巡り巡って、心拍は驚くべき速さで脈を打つ。筋肉は小刻みに震え、いくら水を飲んでも体の渇きは止まらない。

金が、光が欲しい!

この苦しみから抜け出すには、もう金を喰らうしか術はなかった。

もはや死のうが死ぬまいはどうでもいい。この身に金さえ喰らえればあとはどうとでもいい。

目を据えたままゆらりゆらりと歩いた先は、自分を捕らえようとする者が多くいると同時に、自分の求めるものが多くある都。もはや荘厳さの跡形も見せない羅城門の前に彼は立った。

陽はまだ遠く空に見えている。なのに、以前みたいに光を当てられることを嫌だとは思わなくなっていた。

……金さえ喰らえれば、こんなものどうということねぇ。

彼は足を一歩、前に踏み出した。



そいつは堂々と姿を現した。日の本がようようとそいつの姿を照らす。警護の武士達はすぐにわかった。

奴が、金泥棒の男だと。

「とまれぇいっ!」

その男の前に、武士共は弓を構える。鏃がキラリと光るのを見ても、奴はにやりともしない。

「……腹減ったんだ、どいてくれねぇか」

言うや否や、一人の首が飛んだ。血の雨が民衆共の恐怖を煽る。

そして響き渡るのは悲鳴。

「うっせえんだよぉ!」

奴は駆け出す、一直線に広がる朱雀大路を大きく駆け出した。

「射て、射てぃ! 奴を進めてはならん!」

その怒声を合図に、矢の雨が降り注ぐ。だが、ひらりと浮かぶ紙のように動いているせいか、どの矢も奴を身を貫くことは叶わない。どころか隙間をぬって、武士共の囲いを抜け出すことすら容易にやってのけた。そして、一息に彼は駆け出す。後に続いて彼らも追うが、何故か彼には追いつけはしなかった。

たっ、たっ、たっ。

軽い足音が朱雀大路を駆けていく。奴の行く先には大内裏がある。彼の目は、そこしかもう見えていない。そこを目指して、走る、奔る、疾る!

そこに金があるから。

執念が、彼の足を動かしていた。止めれる者は誰一人として目の前に現れない。

向かう者はことごとく血の河を流す。

向かう者はことごとく血の雨を降らす。

朱の道が奴の後ろに作られる。その悉くが死体で埋め尽くされた。

しかし、奴自身の体も限界に近づきつつあった。疲労に加えて、つけられた傷の痛みが容赦なく彼の足を止めようとする。さしもの奴も無傷というわけにはいかなかったのだ。

びしゃっと、血だまりを踏んで彼は立ち止まる。

「また会ったな……!」

目の前には、先日お世話になったあの武士が弓を構えて待っていた。

武士はギリギリと弓を腕いっぱいに引き、狙いを定める。

対して奴も腰を低く落として、もう一度全速で駆け出す構えを見せる。目は武士に据えたまま。やつを倒せば、大内裏はすぐそこである。最後の番人が、執念に駆られた男の前に立ちはだかる。

合間の沈黙。両者とも微動だにしない。カラスがよく鳴いている。見れば日が静かに沈もうとしていた。


ひゅっ。


と、奴の脳天めがけて矢が飛んだ。同時に風が抜けるように奴の体が動いた。武士が弓を捨てた時には、すでに彼の目の前にいた。逆手の持ちの小刀が武士の喉元を掻っ切った。

しかし、武士は笑っていた。

首から血が噴き出しながらも、その腕は奴の頭をがしりと掴む。

「俺は貴様みたいに一人じゃないんだよ」

最後に笑うと右手に持った太刀で、自分の身ごと奴の背中越しに突き刺す。

刹那、無数の矢が二人の体を貫く。見れば多数の武士達が弓を構えて周りを囲んでいた。


『一人じゃない』とは、こういうことかよ。


意識は、未練と無念に沈んでいく。見上げてみれば大内裏が、すぐそこにあるのがわかる。手を伸ばしても、もう届かない。

「おれの……おれのひかりぃ……」

どれだけ喚いて彼が金を喰らうことなど、不可能。

否が応でも理解しなければならない、奴はこのまま死んでしまうということ。理解しなければならない、もう二度と金を、光を喰らうことは叶わないということを。

だが、


「いやだぁ!」


認めなかった。


「死んでたまるか!

死んでたまるか!

このまま死んでたまるか!

俺はまだ死にたくねぇ!

だって、金を、光を喰らってねぇじゃねぇかよ!

死んでたまるか!

死んでたまるか!

光を手にしないまま、死んでたまるか!

どうせ死ぬぐらいなら、おいらは人間をやめてやる!

やめて、人間をやめて、一生生き続けて喰らい続けてやる!

おいらは死なねえ!

死なねえぞ!

空で雄弁と鳴く鴉のように図太く生きてやる!

死んでたまるかぁ!」


ズン。


奴の首に煌びやかな白銀の刃が、突き立てられた。

鮮血が飛び、そこに一つの血溜まりが浮かび上がる。奴にはもう息はない。

孤独な黄金喰らいは、こうして呆気なく死んだ。


奴は人間として、死んだ。

死んだ、紛れもなく死んだはずだった。


『生きてやる』


そんな執念さえなければ。


どっ、と心拍が轟く。

瞬間、周りの鴉どもが奴の死体によってたかった。肉を撒き散らし、血を浴びて、酷く汚い様相がそこにある。

そしてあげるのは耳障りなあの泣き声。まるで歓喜をあげるかのように、奴らは鳴いた。祝福するかのように、奴らは鳴いた。

いや、確かにそれは歓喜だろう、祝福だろう。


そして、漆黒の羽を撒いて、奴は生まれた。何よりも高い高笑いを宿して、生まれたのだ。


死んだからこそ生まれた鴉、『死鴉』。


奴は紛れもなく、誕生した。

鴉の群れをとりこむかのようにして、奴はそこに現れた。

赤い隈取りをほどこした三白眼、両肩に生やすのは鴉のような黒い羽。

ニヤリと口角をあげる。

「……よぉ」

血の滲むような夕陽を背に、奴は人間の自分を殺した武士どもを一瞥する。

「どうだぁ? 殺したはずなのに死んでない様は? 殺したはずなのに生きている様ぁよぉ!」


カァアアアアアアアアア!


その光景に恐れを抱いた武士どもは弓を引く手を離し、膝をつくしかなかった。常識ではありえない情景を前に、彼らは腰を抜かしていた。そこにいるのはもはや、格好の餌食でしかなかった。

しかし、奴はその武士らを殺すことはしなかった。どころか、一瞬にしてその姿を忽然と消してしまったのだ。

そして、後に残るはひらりと舞う黒羽根ひとつ、夕陽に染まって地に落ちた。

耳障りな笑いが辺りに響く。

かあかあかあと辺りに響く。

見れば金粉の雨が降っていた。金箔の雪が降っていた。黄金の石が降っていた。

鴉が一羽、飛んでいた。


人々は、一羽の歓喜を呆けた目で見ているしかなかった。

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