〈3〉氷の数々は、日の光を受けて、きらきらと反射していた。

 がうぅん、と鳴った。


 音のもとへ顔を向けると、そこにいたのは一人の少年だった。


「テグリ、あれって……」

「第一村人発見、ってやつね。でもまあ、一番最初にあたるには、ちょっと不適切かもだけど」


 言いながら、テグリは歩き始めている。

 発話と行動までに間を置かないのがテグリだ。一歩一歩の歩幅は小さいけれど、もうずっと遠くまで歩いている。テグリの行動は常に一足飛びだ。置いて行かれないようにしないといけない。何事においても、置いて行かれないように。


 女性の氷像を改めて一瞥し、ぼくは彼女の後を追った。


 ぼくとテグリの出会いは、最悪だったと思う。ある星で、彼女は、ほうきに跨がり空から現れた。その劇的で凄惨な出会いは、ぼくを赤く、しかし温かく変えてくれた。それ以来、彼女の星々の旅に同行させてもらっている。


 テグリとの旅の中で、彼女には特別な嗅覚があることを知る。

 物語を探る嗅覚だ。

 その嗅覚は、今日も健在だ。


「ねえ少年、少し話を聞かせてくれない?」


 テグリに追いつくと、彼女はもう少年に話しかけていた。

 まだ子どもだ。大人と呼ぶには見当違いだが、自分のことを子どもと自覚できているくらいには大人になった、それくらいの年の子どもだった。少年はつば付き帽を深く被り、片目が隠れている。残りの瞳には、警戒心がありありと表れていた。


 少年の瞳から、視線を下に、少し汚れたオーバーオールを経由して、彼の右手を見る。そして今度は彼の足下を。


 テグリは、いたって普通に、当たり前のように話しかけ、いたって普通に、当たり前のように尋ねる。


「その手に持っているものは、なに?」


 その問いは、あくまでも少年が手に持っているものを尋ねているのではない。「それ」で「何」をしているのか、もっと言えば、なんで「そんなこと」をしているのか、それを尋ねている。テグリはいつも一足飛び。そしていつも物語を呼び寄せる。


「お前に、関係ないだろ」


 少年は吐き捨てると、踵を返し走り去った。

 少しだけ不格好に左右に揺れながら走る少年の姿を、ぼくたちは見送っていた。


「ソラ、これからどうする?」

「どうするもなにも……」


 足下に——先ほどまで少年がいた場所に——目を落とす。

 そこには。砕けた氷像、もとい氷の数々は、日の光を受けて、きらきらと反射していた。


『その手に持っているものは、なに?』


 テグリの先ほどの問いに、ぼくが表層的に答えるならば、それは【木槌】だ。

 そしてその木槌で【氷像を打ち壊した】のだ。

 それは一体にとどまらず、少し見渡せば、いくつもの氷の集合を発見できる。あの少年は何体もの氷像を、壊していたのだ。


 なぜそれを行っていたのかは、ぼくにはわからない。

 テグリを見ると、考えるように唇に触れている。そして数秒もしないうちに、彼女は「よし」と声を発した。


「決めたよソラ。あたしたちも氷の像を壊して回ろうか」


 まったく、彼女は一足飛びなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虹色のキャンディドロップス 木村(仮) @kmk-22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ