勇者と堕者

ウケッキ

正義執行

 世界を脅かす魔王。

 それはあまりにも強大で凶悪な存在であった。

 世界のどの軍勢も太刀打ちできず、誰もが怯えて暮さねばならなかった暗黒時代。

 だが、それを終わらせた者がいる。

 数多の敵を屠り、数多の人を救い……勇者は魔王を討伐し世界に平和をもたらした。


 そう、ここまではよくある英雄の叙事詩である。

 英雄のまつわる話は数知れないが、彼らの子孫に関する話は残っていないのがほとんどである。

 勇者のような英雄はその多くが人格者であるが……その子孫達が同じく人格者とは限らない。地位に溺れ、力に溺れ。語るに落ちた勇者の子孫は数知れない。

 勇者の血統……それを継ぐ者達は世界に広がり、数を増やした。


 これはそんな者達が猛威を振るっている、そんな時代のお話である。




 辺境、ブルーコート地方・ロンデ村。

 海に面した漁村であり、豊富とまでは言えないが美味しいと評判の魚が捕れる場所である。取れた魚の多くは都に献上され、村の大きな収入源となっていた。

 そんな村の船着き場に一人の少年がいる。

 金色の髪に碧眼、整った顔立ちはいまだ幼さを残すがあともう少し成長すれば美男子とも語られるであろうといえるものであった。

 簡素な布の服に小さな革バッグ、そして腰にはショートソード――鉄製の短い刀剣――を差している。

 彼は目を細めながら海の果てを眺めた。


「いい波だな。今日は美味い魚が捕れそうだ」


 彼……リベルテは村の漁師である。

 船を用いて沖まで行き、生きのいい魚を取る……それが彼の仕事であった。

 いつものように船を出そうと彼が倉庫に行くと、見知らぬ男が立っている。

 その男は騎士風の鎧を身に纏い、煌びやかな装飾の施された剣を持っていた。

 数人の者達と一緒に男は倉庫に入ると手当たり次第に戸棚やタンス等を漁り始める。


「あーあ、漁村だし期待はしてなかったけどよォ……なーんも、ねェな。せめて金貨数枚でもありゃまだ意味あったのによ」

「ツボの中にも魚が塩に漬けてあっただけで薬草すらないわ。全部割ってみたけど……ただ疲れただけね」

「こっちも何もないな。汚い布切れが数枚、あとボロい衣服が二着。持っていくにも値しないよ」


 彼らはタンスの中身を滅茶苦茶に引っ張り出してはそこらに捨てる。更には魚を保存する為に置いてあったツボを手当たり次第に壊したのか床には魚の塩漬けがばら撒かれていた。彼らが踏み荒らしたのであろう魚はぐちゃぐちゃに潰れ、食料として使えないのは見るだけでわかった。


「おい、お前ら! 人の倉庫で何してやがる!」

「……あ? なんだ、村人か。今、相手してる暇ないんだよ。さっさとお家に帰んな」

「ふざけるな! 人の倉庫を荒らしておいて……!」


 鎧の男が卑しい笑いを浮かべながら振り向くと大仰に手を広げた。

 リベルテに近づきながらへらへらと笑っている。


「ああ、ここの持ち主か! これはこれは失礼した。くっくっく、余りにも何もないのでなァ……持ち主なんぞいないんじゃないかと思った所なんだよ」

「貴様……俺達、漁師がどれだけの苦労をして魚を――――」

「はい、ストップストップ……そういう苦労話とかマジ、いらねぇから。俺はそんな在り来たりな話を聞くだけ暇じゃないんだよ? わかる?」


 顔を近づけ、息のわかる距離で睨んでくる男。その眼光の奥には狂気的な色に光が宿っているのが見て取れた。ふざけた態度を取っているが……恐らくこの中で一番強いのではないだろうか。

 そういった感覚が知らずにリベルテの身体を小刻みに震わせる。


「なんだよ? 震えてるのか、お前。まあー仕方ないわな! 俺みたいな勇者に会うなんて……こんな辺境の漁村じゃ、まず……ねぇだろうしよ」

「もう、サージ。あんましいじめちゃ可哀そうじゃない? ただの村人でしょ。さっさと解放してあげなよ、殺しても毛ほどの経験値にもならないんだしさ」


 薄ら笑いを浮かべながら杖をくるくると回している少女。

 あまり品がいいとはいえない露出の多いをローブを着用し、目深に帽子をかぶったその姿は一般的な魔道士を思わせる。露出が多い所を除けば。

 近づいてきた少女はリベルテの顔を覗き込むと、笑う。優しい笑いではない。狩猟者がいい獲物を見つけた時のような笑いだ。


「あら、見ればすいぶんと可愛い顔してるじゃない? ねえ、サージ。この子貰っていいかなー? 私、気に入っちゃった」

「物好きだな、お前は。いいぜ、好きにしろよ」

「やったー。じゃ、さっさと契約しちゃおっか」

「契……約ッ……!?」


 少女に床へ組み敷かれたリベルテは身体を撫で回され、ぞくりと震わせる。

 その手付きは絶妙で彼は上手く身体に力を入れることができなかった。


「そーそ、契約。大丈夫……痛いなんてことはないからさぁ? それよか、すっごく……気持ちいいんだから」


 困惑するリベルテの唇を奪い、衣服の中に少女は手を滑り込ませる。



 ――――どれくらい経っただろうか。

 少女にいまだ組み敷かれている彼は時折呆けそうになる意識をなんとか留めつつ、考える事で理性を繋いでいる。


「……んっ、くっ……ふぅ、準備完了。早速契約の義に移るねー」


 リベルテの返事を待たず、少女は言葉を続ける。

 彼の同意は必要ないらしい。契約はかなり強制的な物のようだった。


「我、ここに結ぶは主従の証。古より続く因果の鎖よ……かの者は因果から解き放たれ、我が元に降る、鎖から解き放たれた者となる!」


 言葉の終了と共に床に赤い魔方陣が現れ、激しく明滅した。

 激しい耳鳴りが発生し……直後、ガラスが割れるかのような音を響かせ魔方陣が砕け散って霧散する。

 少女は全身の力が抜けたかのようにリベルテに覆い被さってきた。

 耳元で荒い呼吸が繰り返され、少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「はぁ、はぁ……これで、貴方は私の、物よ? 生きるも死ぬも、私の自由。末永く……よろしくね?」

「何を言ってるんだ!? 俺はあんたの物なんかに……」

「主、リーゼロッテの名において、拘束せよ」

「ぐぅうああああ!?」


 少女が聞き慣れない言葉を言った瞬間、縄できつく縛られたかのようにリベルテの身体は身動き一つとれなくなった。

 何かに縛られているわけではないはずだが、どうにもこうにも身体が動かない。


「わかったぁ? 貴方は、私……リーゼロッテのシモベなの。逆らう事なんてできないのよ」

「ぐぅう……貴様……ッ」

「いいわ、そういう瞳。ただの忠実なシモベなんていらないもの、ふふっ」

「お楽しみの所わりぃんだがよ、どうやら動きがあったようだぜ?」


 サージが視線を送る先では……黒煙が上がっている。

 微かだが焦げた臭いが鼻に届く。


「そろそろ勇者の出番だな、落ちた者達に……仕置きをしてやるとしますか」

「アルム、先に行って被害状況と注視事項さっさと調べてこい」

「言われなくとも。サージはゆっくり来てくれても結構ですよ、恐らく大した敵でもないですしね」

「ぬかせ、獲物は取っておけよ」


 にやりと笑ったサージはアルムと呼ばれた僧侶風の男を送り出す。

 何が起きているかわからない中、一人でいかせるなど絶対的な信頼でもあるのだろうか。

 それともたった一人でなにかあったという渦中に放り込まれても何とかできる人物なのだろうか、あのアルムという男は。


「なーに、気になるのぉ? リベルテちゃん」

「別に……気にしてなん、え……俺の名前をなんで?」

「契約したら、主にはわかっちゃうのよー? なんでもね」

「な、なんでも……?」

「そう、なんでも。例えば……さっきから、ちらちら私の谷間を見てる事とか、それでどこがどうなってるか、とかねぇー?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、リーゼロッテは上目づかいでリベルテを見る。その姿は小悪魔の様に魅惑的で、つい目を奪われてしまう。


「み、見てなんか! それにどこもなにも……!」

「んふふ、可愛い。まあ、今はついてきなさい。私達が何をする奴らなのか……言葉で教えるよりも、見た方が早いだろうから」




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