終章
帰宅したわたしはそのままシャワーを浴びた。帰ってきた時間が六時ということもあり、母も家に帰ってきていた。
学校では、とりあえず一段落着いた。そもそも、学校の中において、生徒というのは自分の立ち位置に敏感だ。わたしが人気者の近くにずっといれば、わたしをいじることなど中々できない。今後どうなっていくのかはわたしにはわからないけれど、ひとまず表面的にはクラスのみんなとも落ち着いているから、わたしはそれでいいと思っていた。それでもやはり気まずさは拭えないし、なんとなくみんな嫌な雰囲気が流れているけれど、そのうちそんなものも雲散霧消していくじゃないかって思う。学校生活の中には、こんな些細な噂話なんかよりも大きなイベントがたくさんある。
運動会に、学校祭に、合唱コンクール、宿泊イベントだってまだまだ残っている。そうして三年生になったら受験勉強も始まる。
今は二人と付き合っているけれど、わたしが三年生になった時にはハイスペックな彼は卒業してしまう。彼が卒業してしまった後にわたしがどうするか、あるいは環境がどうなるか、そんなことは想像もつかない。それでも、物事はきっと、なるようになって、収まるべきところに収まるような気がする。それがわたしにとって幸せなものになるのか、不幸せなものになるのかも分からないけれど。
結局のところ、未来のことなんてわからない。分からないものに対して想像力を働かせるなんて、労力の無駄だ。そんなことに労力を使うなら、今を精一杯生きればいい。今のことを必死になって考えればいい。今の積み重ねが未来なのだから、確実な今を積み重ねていけば、確実な未来が待っているんじゃないか、そう思うことにする。
わたしは胸元にシャワーを受け続けたまま考える。
人はなぜ名づけることにこだわるのだろう。人はみな、物事に意味を見出したがる。意味を見出したとき、それに名前を付けてそれを他のものと分節化する。
しかし、そんなものは最小限でいいのではないか。最近、なんだかみんな神経質すぎる気がする。
個人にとって、一人一人が分節できていればいいのに、それを世界に適応しようとする。人の名前だってそうだ。わたしにも、母にも、廃スペックな彼にも、ハイスペックな彼にも、みんな名前はあるけれど、わたしはそれを意識したことはない。わたしにとって、母は母だし、彼は彼だ。それ以上でもそれ以下でもない。名前にとらわれる必要はない。
取り留めもないし、自分の中でまとまってもいない考えだけれど、わたしはそう思っている。必要以上に人の心に飛び込むべきではない。人は誰しも嘘をついている。人の心に飛び込んでみて、その嘘が分かったとき、わたしは傷つく。だったら、わたしは最初から人を信じない。
わたしは嘘をつくけれど、その代わり誰も信頼しない。信頼しなければ裏切られることはないから。
そんな、自分でもひねくれているなという考えを抱きながら、わたしはシャワーを掴んで髪の毛を濡らす。肢体をすべる水は滑らかに床に落ちて排水溝へ流れていく。
シャンプーのポンプを押す。
しかし、それはスカという音を発するだけで何も出てこない。何度試しても同じ。
わたしは嘆息する。
「お母さん! シャンプーが空なんだけど! おかしいと思って何回も押しちゃったよ!」
返事はすぐに来た。
「あらら、それじゃあ何も出ないわね」
母はそんな暢気なことを言っている。
わたしは、早く替えのシャンプーを持ってきてくれないかな、と思いながら再度嘆息したのだった。
晴れた日の雨傘 くかたけ @tatsu
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