1、新たな出会いは夢の中で


「次郎様――」

 少年は、走っていた。丘に続く一本の道を。

 その道の周りには、色鮮やかな花が咲いていた。

 今日ものどかな春の陽気が広がり、とても気持ちがよい。

 本当は、ゆっくり歩いて花を眺めたりしたいもの。

 しかし、今の少年には、そんなことをしている暇はなかった。

 (まったく・・・)

 ふぅー、と少年はため息をついた。そして、自分のあるじを探しながらも、心の中で悪態をつき始めた。

 なんでこんな時に限って、はふらりと、どこかへ行かれてしまうのだろうか。よりによって、こんな忙しい日に。正直言って、これはものすごくいい迷惑だ。

 そうだ。見つけたら、文句をたくさん言ってやろう。うん、それが一番いい。

 走りながらも、そう決めた時。

 土手の草の上の藍色の衣が、目の端に映った。

「次郎様?」

 あわてて道をはずれ、そばに寄る。

 見ると、自分のあるじは猫のように丸くなって眠っていた。






 



 ここは、どこだ?

 なぜ、私は、こんなところにいる?

 頭の中に、まず浮かんだ言葉だ。

 目を開くと、真っ黒な墨にぬりつぶされた暗闇の中に、たった一人で立ちつくしている自分がいた。

 光は一筋も見えてこない。

 まるで、ここは漆黒の闇の世界だ。何があるのか、さっぱりわからない。

 それでも顔を動かし、辺りを見回そうとした時。

―――風が吹いた。

 その風の中に、細く微かなつぶやきを聞く。

 それと同時に、背後に人の気配を感じた。

「誰だ!」

 思わず後ろを振り返る。

 すると、今まで真っ暗だった世界に、小さな光が揺らめいた。その光の色は――純白。まだ何色にも染まっていない、絹衣のようだ。

 気が付くと、強風が吹いたら今にも消えてしまいそうなくらい、おぼろげだった光が、どんどん大きくなっている。そして光は、人の形へとった。

 男・・・いや、女の人だ。

 ぼんやりとしか見えないので、顔はよくわからない。でも何となく、そんな気がした。


「・・・・・・・・しゅ・・・・り・・・」


 夜闇に響く、小さな声。白い、幽霊のような人が、自分の名を呼ぶ。蚊の鳴くような細く、小さな声だったのに、なぜか聞こえた。

 その人は、再び口を開いた。

「・・・・丘へ・・・今宵こよい・・丘へ・・参れ・・・」

「丘へ?」

 思わず、首をかしげる。丘、といえば、あそこだろうか。

「今宵・・・待っておる・・・」

 今度は、はっきりと聞こえた。でも、頭の中は疑問符でいっぱいだ。だから、「なぜですか」と聞こうと思い、口を開きかけた、その時。

―――現実につき戻された。









「次郎様、起きてください。次郎様。このような場所でお眠りになられたら、風邪をひかれてしまいますよ」

 誰かが自分の体を強く、揺さぶる。

 なぜか全身が重くてだるい。頭はまだ、夢と現実の境をさまよっている。それでも、くっついたまぶたを無理やり押しあげ、その声のぬしを見た。

「なんだ・・春暁はるあきか・・・びっくりした」

 春暁、と呼ばれた少年は、少し怒った顔をして答える。

「びっくりしたの僕の方ですよ、次郎様。僕が少し用事で目を離した隙に、こんなところに行かれてたなんて・・・まったく。本当にいい迷惑ですよ。次郎様にもしも何かあったら、守り役である僕の首がに飛ぶことはご存じですよね?!」

 春暁が、まくしたてる。それに最後の方は、もはや悲鳴に近い。しかも春暁は、自分の頭の上で叫んでいる。正直、こっちの耳きつい。おかげで眠気がいっきに覚めた。

「ああ・・・そうだな。悪かった」

 こんな起こし方をされたので、こちらも機嫌きげんが悪い。そのため、語尾も暗くなってしまった。

「悪かった。じゃありません!今日は忙しい日だと、わかっておられますよね?これは僕に対する、嫌がらせですか?いいかげんにしてくださいっ!!」

 春暁の文句が続く。さすがにまいったな―と思いつつい、自分の上半身を起こした。

『東雲の里の見回り』と称し、一人でふらっと散歩に出かけたりするのは、たまに・・・いや、結構けっこうやっている。そのたびに、自分の守り役である春暁にやかたへ連れ戻されるのは、もはや恒例となってしまっている。

 でも、今日はやるつもりはなかった。だけどなんで、自分はこんなところに来ていたんだろう?・・・疑問だ。春暁の文句を聞き流しつつ、そう思った。

 それともう一つ、思い出したことがあった。

 それは。

「夢だ・・・・夢を見た・・・」

 思わず、口に出してしまった。

「はぁ?何言っているんですか?」

 突然口を開いたので、驚いたのだろう。春暁の続いていた文句が止まる。しかし、春暁の切り返しは速かった。

「夢ですか。何のんきなことを言ってるんです?もう、行きますよ」

 ほら、速く。と、春暁に急き立てられる。そして、春暁は立ちあがった。

 いつもの春暁なら、こんな風に人の話を切り捨てたりはしない。どんなことでも、きちんと相手と向きあって話を聴いてくれる・・・はずなのに。      

 まずい。これはかなり怒っている。こういう時は、相手の言うことに従うのが一番よい。(たぶん)

 そう、思い直し、急いで立ちあがった。

「次郎様―――、速くしてくださ―い。おいていきますよ――」

 声のした方を見ると、春暁はもう、一本道のところまできている。

「わかった。今、行く」

 返事をして、あわてて春暁の元へ行く。そして二人で並び、一緒に歩きだした。
















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