清楚系黒髪彼女の退廃的なつくりかた

「私にはもう、無理だ」


 私は万年筆を放り投げた。いかんせん腕が痛いし、話を作れるほど想像力に長けているわけでもない。考えれば考えるほどに創造は卑猥ひわいな方向へばかり羽ばたいていった。そして私にはそれ以上、どうしようもなかった。


 これまでどれだけの努力をしてきたか、もはや私には創造もつかない。そして、そんな努力をもってしても、運命の恋人は現れはしなかった。


 運命の清楚な乙女たちはおろか、屈強な男たちにピーチ姫のごとくさらわれ、挙句、司法の裁きを受けかねない状況まで追い込まれたのである。


 あれからのことを多く語るつもりはない。


 しかし、それではこれを読んでいる諸賢はもとより、私自身も到底受け入れがたい結果であるので、少しだけ書こうと思う。


 あれから私たちは、結子さんの魔法によってシンデレラ城から舞浜駅へと瞬間移動した。いやはや、彼女が使う魔法は、夢と魔法の国においてのみ非常に強力なものを使えるようである。


 しかし、その移動によって結子さんの魔法は、人並みにしか使えなくなってしまった。パークを出てしまったからだ。

 僥倖ぎょうこうだったのは、彼女が私と史郎の依代を取り戻してくれていたことだった。史郎の場合はコンビニで恥や外聞をなげうって購入すれば代えは効くらしい。しかし、私の万年筆はそうはいかないものだった。


 依代の制限が多いものほど強力な魔法が使えるはずなのだが、なぜ私は下着に花が咲き乱れることしかないのだろう。


 結局、舞浜駅からタクシーで乗り合わせ、新宿駅東口付近でゴールドラッシュをたくさん食べてホテルに駆け込み、それぞれで孤独な夜を過ごした。それから翌朝、飛行機に乗ったのであるが、私たち三人の横には、念が入りすぎた準備によって、それぞれ空白の座席ができていた。


 意気消沈の帰宅である。


 それからさらに三日後のこと。私は万年筆を握りしめて、地獄の門の前にいた。


「私はこの力をそなたに返そうと思う。やはり、人間が魔法などつかえても、つかいこなすことなど到底できない」


 大帝は無言で聞いている。何も返事もない。


「私は世界平和や人ならざるものたちの根絶など望んでいない。ただ一つだけ。運命の清楚系黒髪彼女さえいれば他には望まないのだ」


「あなたは」


 大帝がこの日、初めて口を開いた。


「あなたは魔法という大きな力を手にしながら、純粋に自分のためだけに使ってきました。この世の富は、しょせんゼロサム・ゲーム。あなたが幸福になれば、まわりまわってその分誰かが不幸になります。けれども、あなたは誰も不幸にしなかった」


 自分のパンツの柄を変えるという無慈悲な所業が、どのように世界を巡って人を幸せにしたり不幸にするのかは皆目見当もつかない。ただ着実に、エレガントな私の下半身コレクションが増えてきたという事実だけが私を打ちのめす。


 思い出に対して相当な防御力をほこる私も、さすがに今の状況は背水の陣というか四面楚歌しめんそかな状況であった。


「あなたは私と対話し、攻めることも非難することもありませんでした。私が唯一、気を許した人間です。私が恋人を創る魔法をお教えしましょう。あなたになら」


「何!?それは本当か!?」


「私ははじめてその力を授けるだけでなく、使い方を教えます。心してきいてください。二度は言えぬゆえ…」


□□□□


 彼女と古書店を巡り、映画鑑賞えいがかんしょうの後のち、感想をカフェで語り合ったという甘いシチュエーションを書こうとしたところで気がついたが、そもそも私に恋人などいなかった。


 私は書き出しの一文を書いた。書き出しから暗雲が立ち込めている気がしないでもない。ここからどのような物語の展開が待ち受けているのかというと、それは誰にもわからない。無論、誰もわからないのだから、書いている私自身もわからない。


 大帝いわく、依代を使い込むことによって私の願いは成就する。自分の恋物語を書あげ、それを読み切った人が私の恋人になるらしい。私はかの伝説の剣、エクスカリバーのことを思い出した。選ばれしものだけがその剣を、岩から引きぬけたという。おそらく、私の書き上げる恋物語を読み切る剛の者もまた、選ばれし者なのだろう。


 万年筆を使い、文字を原稿用紙に書き込んでいく。その一文字一文字に「恋人が欲しい」という純粋な思いを練り込んでいく。やがてそれは怨念めいたものになってきて、そもそも恋愛物語なのかなんなのかよくわからなくなってくるのだが、もはやストーリーはなんでもいい。


 大帝はこれを「清楚系黒髪彼女の退廃的な作り方」だと言った。そして私はいま、ようやくこの長き物語の終わりに差し掛かっている。もうすぐ、私の運命の恋人が現れるに違いない。私の胸は、言い知れぬ高揚感こうようかんを覚えていた。


コトッ―――。


 目の前にマグカップが置かれる。その上からドリップしたてのコーヒーが注がれる。レポート用紙に走り書きした話のあらすじに目を通す。我ながら、走り書きで書いた文字であったけれどその半分くらいしか解読できない。コーヒーを一口飲む。温かい苦みが、食道を通って胃に収まり、少しだけ思考をクリアにしてくれた。さて、物語の結末はどうしたものだろうか。


 爽やかな春の匂いを、一陣の風が運んできた。そして目と鼻の前を通り抜けていく。


「無事に…、書きあがりそうですか?」


 私は、心配そうな上目遣いでみている結子さんの頭を撫でた。

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清楚系黒髪彼女の退廃的なつくりかた さるさ @shink

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