シンデレラ・ストーリー

 扉を開いたその向こうには、黒髪乙女はおろか誰もおらず、明かりすらも灯っていなかった。

 私たちはあっけにとられていて、その場から逃げ出すことさえ忘れていた。あれだけ大掛かりな魔法が成功し、シンデレラ城はいまもはるか階下から活気ある音楽と人々の気配が伝わってきている。


 突然、私の腕が掴まれた。振り返るまでもなく、それは作業着姿のスタッフたちであった。


「あなたたち、これは不法侵入、私有地への無断による魔法施術。れっきとした犯罪です。今すぐあなた方の依代よりしろをこちらへ出して、私たちについてきてください。これは命令です」


 もはやなすすべなど何もなかった。ただ言われるがままに、私たちはついていくだけだった。悲惨ひさんなのは史郎だ。彼は言われるがままに卑猥図書を差し出し、なにを言われるでもなく連れていかれた。


 シンデレラ城から出ると、スーツの男たちが待っていた。私たちは、彼らに引き渡された。


「あなた方は重大な犯罪を犯してしまいました。もはや我々の裁量には収まらず、司法に引き渡すほかありません。ひとまず事務所の方へどうぞ」


 スーツの男の一人が、彼の依代であろう指輪から少しだけ流れた小さなチェーンを、シャランと鳴らした。たちどころにシンデレラ城の明かりは消え、もとの静寂が園内を包んだ。


 私の胸は絶望でいっぱいだった。これまでの魔法の研鑽けんさんは何だったのか。すべてが水泡に帰すならまだマシで、これから私は司法の裁きを受けなければならない。


 かててくわえて、その百害あって一利もない騒動に大切な友人を巻き込んでしまった。私には、運命の黒髪乙女などいなかったのだ。千尋の谷を登り切ったはずの私のメンタルも、さすがにとどめを刺されてしまった。


 彼らの言う事務所は、パークの外にあるらしく、私たちは望んでもいない真夜中のパレードでいやがおうにも主役なポジションで歩いていくしかなかった。


『あぁ、私たちを囲んでいるこの屈強な男性たちが、うら若き清楚な乙女たちだったならどんなに幸せだろうか』


 清介と史郎のほうを見やった。彼らは何らかの助けを求める目で私を見つめている。えぇい!乙女の熱視線ならまだしも、ここにきてむやみに男性からの視線を集めてどうせよというのか!


「なぁ、先生せんせ。これはさすがにまずい。退学になってしまう」


「はぁ…」


「史郎、なんとかできないのか?使える魔法もあるんだろ?」


「君と同じくらいのものさ。依代もない僕にどうしろってのさ」


「万事休す。しかし、貴君らはなんとしても守ってやるぞ。でもできれば一緒に道連れになってくれると頼もしい」


「しゃべらずに静かに歩いてください!」


 私たちは神妙にせざるを得なかった。


 最初に走り抜けてきたワールドバザールに差し掛かる。こうしてみると、普段は楽しそうなお店が軒を連ねているが、人気も明かりもないお店の列は、薄気味悪さが漂っていた。


 はて。いま、そこの店内にミッキーマウスがいた気がしたが、見間違いであろうか。私は歩きながら店内を凝視した。明らかにミッキーマウスがいる。いや、彼だけではなかった。


 バァン!!!


 店の扉がき放たれ、店の中からミッキーマウスを先頭に色んなキャラクターたちが飛び出してきた。ミニーが続き、ドナルドが怒っているかのような動きで飛び出し、プルートが回りを走ってはやし立てた。


「うわぁ!なんだ!なんでキャラクターたちがこんな時間に!」


 スーツ姿の男たちは、キャラクターから逃げまどいながら右往左往している。そこに聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。『エレクトリカル・パレード』だ。それだけではない。燦然さんぜんと光が輝くフロートの行列がやってきた。


 そこでは七人の小人たちがせっせとフロートを動かし、チップとデールが先導していた。ダンサーは誰もいない。いるのはキャラクターたちだけだった。


 スーツ姿の男たちは逃げまどい、私たちは何をすることもできず立ち尽くしていた。


 パン!!


 誰かが手を叩く音がした。その音と同時に暗闇になり、静寂が包み、気が付くと私たちはシンデレラの間にいた。何がどうなっている。


「先輩たち、無事でしたか?」


 シンデレラの椅子に座っていたのは、パーカーのフードを目深まぶかに被り、いたずらな笑みを浮かべている結子さんだった。


「なんだ…。何がどうなってる?なぜ君がここにいる」


先生せんせ、なんだこりゃ。俺たちをハメたのかい?」


「そんなことあるか。先ほどまでの私の顔を知っているだろう。青菜に塩を振りかけまくった表情だったろう」


「結子さん、君が助けてくれたの?」


 クスクスと笑い結子さんは言った。


「えぇ。先輩方を見送ったあと、私も夜のパークが見たくって、こっそり後から入ったんです」


 彼女は椅子から降りて、私たちのほうへ歩み寄ってきた。


「先輩たち、どうせ何も考えてない阿呆だから、そのままどうなるかみてやろうって思ったんです。そしたらシンデレラ城が一気に明るくなって。私、みとれちゃいました」


「あのキャラクターたちは君の仕業しわざか?」


「えぇ、私の魔法です。今はキャラクターやフロートでワールドバザールに注意を引き付けて、先輩たちをこちらへ移動しました。頃合いをみて私たちも外へ移動しましょう」


「貴君の魔法は本当に見事だな。窮地きゅうちを救ってくれてありがとう」


「どういたしまして!もうこんな面倒は御免ですからね!」


「いやいや、それにしても結子ちゃんも魔法がつかえただなんて思いもしなかった。依代は何だったんだ?」


 清介は、彼女が魔法をつかえたことに心底驚いていた。私も無論である。結子さんは魔法などなくとも、その腕っぷしで男どもをなぎ倒し、無双しているイメージしかなったのだ。

 

 そしてもうひとつ。私が確信していることがあった。


「もしかして。君が私の運命の恋人か?」


 彼女は小悪魔な笑みを浮かべて、くすくすと笑った。

「そんなことあるわけないじゃないですか。先輩と運命共同体なんて、私は御免被ごめんこうむります」


 私のハートは再度砕け散った。


「なんということだ。私は真実も君の心も、魔法がつかえることすら見抜けなかった。これでは魔法発見の第一人者の名折れだ」


「結子さん、君は何か依代をもっているの?」

史郎が尋ねた。


「私の依代ですか?内緒ですよ。あまり日常生活の中では使えないんです」


 彼女は被っていたパーカーを脱いだ。ツヤのあるさらさらのショートヘアが月の光に映える。


 彼女の頭には、ミニーマウスの耳を模したカチューシャがつけられていた。

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