第2話 お砂糖の魔法使い

勇者候補全員のプロフィールが紹介されたところで授業は終わった。それにしても、男装の姫君はともかく、妖精だの海神の尖兵だの、モンスターが存在しないと聞いた今では信憑性のかけらも感じない。異名みたいなもんなんだろうけど。

午後の授業は化学と物理だった。『魔法』への一縷の望みをかけて一応真摯に受けると、例のごとく望月と帰路に着く。


「ねー望月」

「ん?」

「『魔法』の実在とか、信じてる?」

「いや。そもそもエネルギー的にあり得ないだろ」

そうか、こいつは理科が得意なのだった。エネルギーがどうとかいう考え方は、理系には自然なことらしい。

「じゃあさ、そのエネルギーをどっかから持ってこられるとしたら? 例えば炎を出したりとか」

「そしたら色々出来るんじゃないかな。熱ってのは分子の運動エネルギーとかなわけだから、集めて高温にしたら炎魔法だろ。燃焼、つまり可燃物の近くに酸素を集めるとかして酸化させてもいいな」

「なるほど、そういうことを言ってたのか……」

「なにが?」

「なんでも。望月は、魔法使いになりたいと思ったこと、ある?」

「ないな。ちっちゃい頃から魔法史のこと知ってたらもう少し興味を持ってたかもしれんけど、本とか全然ないからなあ」

『魔法』を扱った書籍は驚くほど少ない。せいぜいUFOやらと同じカテゴリーだ。コンビニとかでよく見るやつ。

「そうだね。僕なんて勇者の名前も知らなかった」

「それはお前だけだ」

先祖の名前くらい把握しとけ、と冗談めかす。間も無く分岐路についたのでさよならをした。

一人になると、すぐ思考が昨日に飛ぶ。そういえば、今日は魔法使いを一人紹介してくれると言っていたような。『魔法』に対する期待はほとんど地に落ちていたので、割とどうでもよかった。


「ただいま」

「おかえり勇者様! 勇者様おかえり!」

どういう経緯のハイテンションだこれ。僕に駆け寄ってきたディアは、その勢いのまま僕の口元に何かを押し付けた。痛え。

「勇者様!まずはこれを食べなっ」

砂糖菓子だった。ケーキに乗ってるサンタみたいな単調な味だ……それなのに、不思議と美味しい。僕は甘党じゃないはずなんだけど。

「美味しいでしょ?美味しいでしょ美味しいでしょ美味しいでしょ!これ、錫木くんが作ったんだよ?」

錫木くん。今日紹介してもらえるという、魔法使いの名前だった。


「どうも、君がハルナリ君だね。僕は錫木千歳。『甘魅師(シェフ・グリカニカ)』、錫木千歳だ」

「よろしくです」

錫木さんは30代前半くらいの背の高い優男だった。薄く伸ばした顎髭が妙にクールだ。

「錫木くんはパティシエなんだよ」

補足するディア。するとこれがこの人の『魔法』なんだろうか。

「いや、これは俺の実力だよ、一応ね。『魔法』の方は、まあ、決して遠くはないんだけど」

せっかくだから見せてあげるか、と両手を広げる錫木さん。

「『絡糖源ー水飴玉(カラメルソース・リキドースボール)』」

と、その両手から粘っこい液体が迸る。一旦宙に舞い上がった液体は球状に纏まると、雪だるまの顔を形作った。

「親愛のキスを君に」

唇にぶつかった雪だるまは甘い味がした。これは……。

「そう、糖を生み出し、操れるのが俺の『魔法』だよ」

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勇者様と経験値 真賢木 悠志 @en_digters_sidste_sang

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