第二章 魔法使いと日常

第1話 『魔法』なんてつまらない

 黒板をぼーっと眺める。本日の魔法史は前回のおさらいから始まった。『勇者』の名前はカイル・ブレイブハートというらしい。ご先祖様とは思えないくらい勇壮な名前だ。続いて先生は隣に会津家と書いた。やめろ。

「このクラスの会津くんも、もしかした勇者様の子孫かもしれませんね」

やめろ。

 『勇者』の解説に対して、『魔王』の紹介は特になかった。人間じゃないのかもしれない。しかし『勇者』とか『魔王』とか、昨日まではまるで現実味のない話だったのになあ……。

 逡巡している間に授業は本題に入る。『勇者』とは別に、≪七人の勇者候補≫とかいうのがいたらしい。時のお偉いさんから任命された『魔王』討伐者――モニカ・ライヒリーエン、セララ・ロレルト、カンテナ、スバル・バーナウト、イヴィア・ストラヴィア、ジーグ・パスカルギア、リンテ・ラトマニエ。順番に板書を写すものの、外国人の名前ばかりで覚える気が失せる。つーか当の『勇者』本人を含んで八人でよかったんじゃ。

「勇者を含んで八人ですが、入試で書くと大抵バツにされるので気を付けましょうねー」

 先回りされた。納得いかねぇ……。

 それにしても、授業内容はあまりに当たり障りがない(というかいい加減としか思えない)。最早他人事じゃないから、少しは理解しておきたいのに。歴史だけでも。


 あの日の帰路、僕はディアを質問攻めにした。実際に(ショボい)『魔法』をこの目で見、追加で説明を聞けなければ到底呑み込めないと感じたからだ。ディアもディアで、感情的に飛び出したことを失敗だと感じていたようだ。説明不足を詫び、できる限りのことを教えてくれた。

 それがまた夢のない話だったのだ。

 そもそもだ。経験値の概念はあるくせに、モンスターはいないらしい。だから基本的に人はレベルアップしないのだという。仮にレベルアップしたとしても、力とかの上がり方は、物理法則を逸脱するほどじゃないんだとか。

「縄をちぎれたのは、握力の使い方が上手くなった、って感じかな。闘いが上手くなったのも、冷静さが増した、って感じ。別に数値に現れるような成長ではないんだよ」

「ステータスがどうとか言ってたのは冗談だったの?」

「うんまあ」

「おい」

「強いて言うなら……『四力』って言ってね。魔力・呪力・精神力・生命力の潜在値は上がるかな。簡単に言えば魔力はMP、生命力はHP。あと二つはちょっと難しいから、また説明するね。生命力は回復力でもあるし――二回も経験値入ってるから、ハルナリの傷も思ったより早く目立たなくなると思う」

「ちょっと器用で傷が治りやすくなったみたいな感じか……待って、魔力が上がったってことは、僕も魔法が」

「魔力があるのは生まれつきの魔族だけだよ。『勇者』だって刀剣使ってたでしょ? がーん」

「僕の感情を表現せんでいい」

「そもそも魔法はそんな簡単じゃないよ。ハルナリ、理科は得意?」

「文系志望だし全然わかんないけど」

「じゃあ無理だねっ」

ばっさりである。さすがにムッとして返す。

「どういうことさ」

「基本的にね、『魔法』は魔力コストを支払ってエネルギー障壁を乗り越える手段に過ぎないからだよ。物理現象を書き換えることはできない。例えばね、炎魔法なんてものはなくて、炎を出せるとすれば熱輸送か化学反応の利用ってこと。さっきの男は身体機能をいじってたってことは生物学ね。例外は『四力』と感情だけど、後者は心理学が必要」

「えーと、つまり」

「今の意味がすんなり分からない人には無理っす」

「がーん」

ぐうの音も出なかった。『魔法』に理科が必要なんて……。

「ハルナリ」

「…はい」

「せっかく精神力上がったし、勉強しようね」

「はい」


 じゅ、授業で寝なくなったし、ノートをとるのも早くなったぞ! レベルアップって素晴らしいな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る